副一章 研究テーマ
副一話 魔法研究士
今年十五歳になった俺は、今まで住んでいた修道院を出た。
修道院では、十五歳を過ぎると大人と見なされ、何かしらの仕事をさせられるようになるからだ。
仕事とは言っても修道院の掃除や、自分達も食べる食事を作ったり、大した仕事はしないので、俺のように修道院で育った孤児は、十五歳になると当然のように修道院で仕事をすることが多い。しかし俺はここを出る。俺にはどうにもここの雰囲気が俺に合わなかった。
さいわい、ここを出るのは簡単で、ただ院長と少し話をして、ここを出る許可を取れば良かった。
修道士は神との誓いとか、色々な制約が付いて回るので簡単に修道院を出るわけにはいかないが、孤児はまだ修道士としては見なされないため、無理強いはできないというわけだ。
修道院を出るとき、俺は院長からいくらかのお金を渡されている。外で買い物をしたことはないから物の相場は分からないが、院長から、節制すれば一週間は生活できるお金だと聞いている。
つまり、節制しても、約一週間後には俺は餓死するのだ。しかし院長もそういうつもりでお金を渡したわけではないだろうから、俺は一週間以内に何かしら金の稼げる職に就かなければいけないということになる。
この世界の人間は基本的に魔法を使えるから、大抵の職業には魔法を使う仕事があるし、したがって職に就くためには魔法を使える必要がある。
しかし、俺は魔法を使えない。実は確率的にはこの世界全体で大体百人くらいしかいない、魔法を使えない人間の一人なのである。
つまり、俺が就ける仕事というのはとっても少ない。だから俺は、初めにする行動をあらかじめ孤児院で考えてきた。
ということで。
まず、冒険者ギルドに行き、ギルドカードをもらう。
ギルドカードというのはギルドに所属している証のようなもので、あるといろいろ融通がきくらしい。そして、冒険者ギルドでは誰でもギルドカードを受け取れる。
***
冒険者ギルドに着いたが、非常に困ったことになった。
というのも俺が聞いた話と違い、冒険者ギルドのカードを作るのには試験が必要らしい。そして、試験を受けた時点で、俺はこの町から去ることになる。というのも、試験の内容というのが、商隊の護衛への参加だからだ。
基本的には冒険者に対して出ている依頼は難易度が高い。ここも俺が聞いた話と違うのだが。
冒険者として、一つの街に定住するのは良くない。と誰かが良い始めたらしく、依頼の多くは商隊などの護衛だ。他の依頼もあるが、それはドラゴンの討伐やゴブリンの村を更地にすることなど、まるで一人では達成できそうにない依頼ばかりだ。
院長はじめ修道院の皆には恩義がある。出来ればこんなすぐにこの町を出たくはないが、どうにかこの町にいつつ、冒険者になれないだろうか。以前のように。
訊いてみる。
「難しいですね。冒険をしないのならば、冒険者として認めることはおそらく出来ません。それではただのこの町の町民ですので。」
「では、住民票とかは…」
「この町に住所はお持ちですか?」
「修道院は…住所か?」
「難しいですね。修道院は住居としては認められていません。例外的に、修道士ならば…」
「そうですか。無理ですね。」
どうしよう。万事休すか。
「それでは…何か技術などはお持ちですか?」
「技術…礼拝とか、かな。出来ることというと。」
「それも修道院の…はあ、まあ何にせよ、冒険者ギルドは管轄外ですね。」
俺の顔を見て、修道院に戻りたくないのを察してくれたらしい。
これ以上職員に迷惑を掛けるのも申し訳ない。とりあえず冒険者ギルドを出よう。
さてと、どうしようかな。
この町に残るなら町民になるのが必須っぽい。
冒険者以外なら、おそらく町民になれるのだろう。特にやってみたい仕事もないが、町を守る仕事ということで、衛兵に志願してみるか。
「魔法も使えんのに衛兵になれるわけがなかろう。」
「……」
「もしかして地図を書けはしないか?うちの地図書きがひどいものでな、…その顔は無理そうだな。やる気はありそうだが…あいにくうちには新人の地図書きを育成する金はない。」
「……」
「そんな顔をするな。どこにも事情というものはある……しかし悪い奴には見えん。なにかあれば儂の名を出すとよい。衛士長のダルグだ。…強く生きろよ!」
背中をバシバシと叩かれつつ、衛兵の詰所を出る。
「万事休す♪万事休す♪」
絶望的な状況を歌で表現しつつ、俺はふらふらと街を歩く。太陽はもう頭上をすぎたが、お金を使うのがもったいないので、昼食は食べていない。
「もう、どうでもいいや。」
そしていきなりの諦観である。突然落ち込むことってあるよね。
この世界にステータスウィンドウというものがあるのならば、この男のそれにはおそらく“状態異常:情緒不安定”という表示が出ていることだろう。
ふらふらと歩いていて気が付くと、路地裏の方に来ていた。修道院では絶対に入らないようにと言われていた場所だ。
早く表通りに行かなくては。暴漢に襲われでもしたら大変だ。
大体の場合はこうだ。
ある少年は後ろから声を掛けられた。
「おい。そこの坊っちゃん。」
少年が振り向くと、柄の悪い男が一人。少年を睨み付けている。
「お前今、地面に落ちてる紙踏んだよな。」
路地は汚く、紙などのゴミもたくさん落ちている。
そのうちの一つを踏んでしまったとしてもおかしくはないだろう。
「それはな。俺の大事な小切手だったんだよ。」
男は紙を拾う。
「こんなになっちまったら、もう使えないなあ?」
小切手には七桁の数字が書いてある。
「こうなったら体で返してもらうしかねえな、おい。ちょっと事務所来てもらおうか。」
-BAD END-
「おい。そこの坊ちゃん。」
ほら、さっそく来た。
俺は脱兎のごとく走る。
「こら、待て!」
やばい。逃げなければ。
走り始めたところで、足を掛けられて転ぶ。
そこには、
「俺っ、何もっ!」
「何もやってないことなんて百も承知だ。と言いたいところだが、それならなぜ逃げたんだ?」
え?
「……」
「あやしいなあ。ちょっと事務所まで来てくれないか?」
反抗しても、更に怪しまれるだけだろうな。
俺は付いていくしかない。
路地裏で声をかけてきたのは町の職員だった。
「ちょっとふざけただけだろう。そんなに睨むなよ。」
「裏通りで声掛けられて、事務所に来いとか言われたら、ヤクザの類だと思うでしょ。普通。」
「ぎゃはは。それは笑えるな。お前、俺がそんなに悪そうに見えたか?」
そう言われて顔を見ると、ぼさぼさに伸びた髪に無精髭の生えた……悪人面がそこにはあった。
しかし、その笑顔は人を安心させるようで…
「…はは、まあ……」
「そうかあ。そろそろ髭剃るかな?」
「そうですね。…あと、さっき言っていたのは本当ですか?俺でも入れるギルドがあるって。」
「お前、さっきの狼狽が嘘みたいに冷静だな?」
そりゃ、連れてこられた“事務所”が見慣れた町役場だったら、安心して、冷静にもなる。
「まあいいや。お前が所属できそうなギルドは、ズバリ、魔法研究士ギルドだ!」
「……?」
魔法研究士?聞いたことがない。
「おう。反応が悪いじゃねえか。まあ当然だがな。」
「やっぱり、小さいギルドなんだ。」
「ああ、小さい。しかも、このギルドはこの町にしか無い。」
「何でか分かるか?」
分からない。そもそも、そこまで小さいギルドがあるってこと自体に衝撃を受けているというのに。
「お前のように魔法が使えない奴しか、そのギルドには入れないんだよ。」
…? でも説明を聞いても理解できないだろう。取り敢えずそういうものとしてスルーしよう。いや待てよ?
「なんで俺が魔法を使えないって知ってるんだ?」
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