主十七話 学校のグラウンドは

 学校のグラウンドは普通、夜間立入禁止な場所であり、それは陶姫高校でも変わらない。

 しかし、陶姫高校のグラウンドは夜間の侵入に寛容というかなんというか、フェンスも低いし、警備員もめったに来ない。

 それに、誰も使うはずが無いのに、魔法が外にいかないようにするための魔法障壁は一晩中張りっぱなしなのだ。

 つまり、こっそり魔法の練習をするにはうってつけだということだ。

 僕からすれば、これには確実に竹森先生が関わっているのだろうと思うが、言及してもはぐらかされるだけだから、真相は分からない。



 僕と元緋は慣れた手付きで、遼は恐る恐るフェンスを乗り越え、グラウンドに入り込む。

 運のいいことに、他の人はいないみたいだ。


 僕は一年生ながら十回ほどは侵入を試みたことがあるが、そのうち三回は他の人がいて入ることはできなかった。

 最初は大名と友達になってすぐ、桐馬も含めた三人で夜の学校に来たときだったと思う。

 人がいたのは気づいていたが、多少入る分には大丈夫だろうとフェンスを登ろうとすると、大名に止められ、暗黙の了解でこういうときには入ってはいけないと言われた。


 考えてみると当たり前のことで、授業中なら、魔法の暴発なんかで誰かが怪我をしても保健室などですぐに治療できるが、夜中であればそうもいかない。

 仲間内なら多少の怪我は自己責任ということで済ませられるが、接点のない他のグループの人が怪我をしてしまえば大事になりかねないし、それは避けるべきことだということなのだろう。



 まあそんなマナーもあったりするが、今は誰もいないので関係ない。

 肉体への攻撃が主になるから、多少の怪我は二人とも負うことになるだろうが、元緋は回復魔法が得意だから心配することはないだろう。


 僕は少し距離を取り、二人を見守る。


「喧嘩…というか試合か。どうすれば勝ちなんだ?」

「一方がボロボロになって負けを認めれば、もう片方の勝ちだ。」

「伸弥、お前の学校には戦闘狂しかいないのか?」

「そうかもしれない。」


 いや、そんなことはないだろ。これは僕が身をもって反証できる。

 そんな不満な感じの目で二人を見つめる。


「明出なんか、特にそうだ。自分では防御魔法なんて言ってるけど、魔法の尖り方が明らかに攻撃向きだからな。」


 元緋が言う。魔法については確かに否定できないが、回復魔法を使う脳筋元緋という反例があるから、魔法と使い手の性格に相関がないことはすぐに証明できる。


「何でもいいや。眠くなってきたし、早く始めてくれよ。…三、二、一、初め。」

「明出!お前さっき五時間も寝ただろ!」

 

 元緋が僕の方を向いて叫び、同時に、遼が元緋に接近する。一瞬目で負えなくなるほどの速さだ。

 元緋はその遼の動きを見ていつつも、何もせず、ただ立っている。


 遼の振り上げていた拳が、元緋の顔面へときれいに入る。

 しかし、元緋は微動だにせず、遼のみぞおち辺りに膝を入れる。

 遼は崩れ落ちそうになりながらも、元緋の間合いから外れるところまで後ろに下がって距離を取る。


 遼は苦しそうに腹を押さえ、元緋は、余裕そうな様子で遼を眺めてはいるが、頬が大きく切れて血が出ている。


「そんな攻撃じゃあ、いつまで経っても傷つきそうにない。」


 元緋はそう遼に話しかけつつ、指を頬の傷に這わせる。

 指の伝った後には、既に傷のついていた形跡はない。


 以前は回復と言っても、戦闘中にできることは血を止めたり、痛みを抑えたりすることだけだったはずだが、いつの間に傷の完全回復なんて出来るようになったんだろう。


「……」


 塞がった傷を見て、遼が絶句している。

 今の元緋は、物理で倒すのは難しそうだ。僕であればすぐに、魔力体を削る方針に切り替えるだろうな。

 まあ僕は元緋に対して、その戦法しか使ったことがないが。

 しかし、身体強化魔法では、よっぽど上手い使い手でなければ、相手の魔力体に干渉することが出来ない。もちろん遼もできないだろう。


 ちなみに、身体強化魔法で魔力体に干渉する方法というのは、


・まず自分の魔力体の密度を偏らせ、手に大量の魔力を集める。

・相手を殴り、それと同時に素早く手を引き、魔力体の手と肉体の手の位置にずれ・・を生み出す。

・肉体から離れた高密度の魔力は爆発的に拡散するので、その影響で、相手の魔力体の位置も、肉体から離れる。

・魔力体の魔力の密度はそもそもかなり高いので、相手の肉体から離れた魔力も同様に拡散する。

・連鎖反応によって、相手の魔力体が削られ、拡散する。

・反応に巻き込まれないように、自分は全力で逃げる。


 というものである。

 ぶっちゃけ使い勝手の悪い技である。


 連鎖反応は制御することができないから、もし上手く技が決まったとしたら、連鎖反応によって魔力体は不可逆的なレベルまで拡散し、相手は死ぬ。今の時代で言えば、殺人罪である。

 しかも、もし技を外したとしたら、何も起きない。

 

 外す、外さないの境界もシビアで、いわゆる弱点と言われる正中線に技を当てたとき、ほとんどの確率で技が発動せず、つまり“外す”。

 これは「爆発による魔力体の遊離は、接触面の面積に反比例する」という現象であり、魔法物理でこれから習う範囲の一部だ。

 技を当てたとき、ほぼ確実に技が成功する位置は二の腕の内側という狙いにくさ。


 誰かと殴り合いの喧嘩をしているときに、常に全力で逃げることを考えながら、二の腕の内側を狙い続けるのである。しかも当然、相手にはバレずにやる必要がある。

 僕には一生かけてもできる気がしないな。

 


 今回は明らかに遼のほうの分が悪いだろうと思う。


 二人の方を見ると、未だに遼は腹を押さえていて、元緋はそれを見ている。

 まさか内臓を傷つけたんじゃあるまいな。


 今、回復魔法を使えるのは元緋しかいない。

 元緋が何を考えているのか分からないが、ここは試合中断ということにして、治療してもらわないと。


 急いで元緋の方に向かう。



「反撃してくるかと思った。」


 というのが元緋の第一声であった。

 どうやら、怪我をしているように見せかけて、攻撃のチャンスを見計らっていると読んだらしい。

 実際、そんなことはなく、遼は今元緋の治療を受け終えて、グラウンドにぐったりと寝転がっている。


「死ぬかと思った。」


 遼がそそんなことを呟くたびに、元緋はとても申し訳無さそうな目で遼を見るが、遼としてはその態度が気に入らないらしい。

 気持ちはわかる。

 しかし、一方は、自分で言うのもなんだがエリートな魔法学校に通い、一方は、魔法が使えない(と日本では見なされる)ただの(実質)フリーターである。

 結果を見たあとで言うことではないが、結果は見る前から明らかだっただろう。


 殴り合いで友情が深まるなどと言うが、それは両者が互角である場合に限るだろう。

 これでは生まれそうになっていた友情も、むしろ無くなってしまうのではないだろうか。


 微妙な距離を保って黙ったままである二人を、僕はさらに遠くから眺めつつ、自分の友人同士の仲が悪い時、自分はどうすればいいのかと考える。


 とりあえず、遼が起き上がったら僕たちは三人で帰宅するだろう。

 その後、しばらくは酔鶴に行くことはないだろう。一週間後には学校が始まり、忙しくなる。

 遼とも疎遠になるのだろうな。


 そうなれば、友人同士の仲などという面倒くさいことは考えなくていいなと思った。

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