主十六話 なぜ二人がため息をついたのか
なぜ二人がため息をついたのかと思うと、どうやら、僕の発言が、意図せず遼を傷つけていたらしい。
僕としてはただふざけて言ったつもりだったのだが、ちょっとやりすぎたらしい。
遼の方を見ると、変な笑顔をしながら全然気にしてないよなどと言うが、絶対に気にしているのは分かる。
この話題については何かしら彼にしか分からない爆弾があるのだろうから、この辺は今後触れないようにしておこう。
僕は少し気まずかったので、遼とは二つ離れた席に座る。カウンター席である。
元緋は僕と遼の間の、遼側の席に座ったので、僕は疎外感を感じて席を一つ詰める。
考え無しにこの店に来てしまったが、良く考えると「三人でいると疎外感」なんて言葉もある。失敗したかもしれない。
まあとにかく店に入ってしまったことは仕方がない。
終始無言でもいいから、何かしら食べて帰ろう。
前回はラーメンを食べたから、何か違う料理を食べたいと思ったが、何を食べようかとても迷う。だからといって信二さんとかにおすすめを聞いてみたりするのも通ぶっていると思われそうで気が進まない。誰に思われるのかは分からないが。
どうせいくら考えても納得の行く答えの出るものでもないので、元緋と同じものを食べようと決める。
というわけで元緋に何を食べるか訊くと、何がオススメかと聞き返された。
あいにく僕はこの店でラーメンしか食べたことがないから、なんとも言えない。
しかし、先程も言ったように僕はラーメンを食べる気分ではなく、元緋と同じ料理を注文するし、元緋は多分、僕の勧めた料理を注文するだろう。
ならばもう何も考えなくて良いやと思い、壁を見て初めに目についたものを口に出す。
「ニラレバ。」
ニラレバ。嫌いではないが好きではない部類の食べ物だ。
それに、レバーを使った料理だから、店によっての当たり外れが大きい。
まあ僕も信二さんを信用していないわけではないが、それは人格についてであって料理の腕についてではない。
確かにラーメンは普通に美味しかったが、中華料理屋のラーメンなんてどこもそんなに差異はないし、他に長ずる差異があるならラーメン屋でやっていけばいいのであって、だからこそ初めて行く中華料理屋であれば僕はラーメンを頼むのであり、つまり今までの経験則から、当たり外れは全く予想できないということになる。
しかし悩んでいても仕方がなくて、今の発言は注文として捉えられただろうし、考えようによってはむしろ美味しくないと予想できるよりは大分ましなわけであるから、これで良かったんだろうと僕は結局思うことにした。
白飯も注文した。
多分、料理が出てくるまで十分はかからないと思うが、相対性理論の有名な例えのごとく、雰囲気が良ければすぐに経つ時間も、雰囲気が最悪なら無限に長く感じられる。
横を見ると、元緋は厨房の方を眺めていて、遼はぼんやりテレビを見ている。
どちらにも話しかけられそうな感じではないが、ポケットに常備している本も、今読む気分ではない。
結局、斜め上の方をぼんやり眺めていたら、しばらくして、ニラレバが出てきた。
僕はご飯とおかずを一対一くらいで食べる
まずはニラから…、次はレバー…
などと言っていても僕の語彙力では不味いも美味しいも表現できないだろうから詳細は割愛するが、美味しいような気がした。
元緋と僕は結局、終始無言でニラレバを食べ切り、その間、他の客も入ってこなかった。
見てはいないが、信二さんはどことなく気まずそうな顔をしている気がした。
元緋の方が早く食べ終わったのか、意識していなかったから分からないが、僕が食べ終わったところで、元緋が食器を上げつつ遼に言う。
「バイトは何時ごろ終わる?終わったら会いたいんだけど。」
遼は何を思ったか、
「十時。」
と返す。
僕がぼんやりしている間に、無言で友情でも築いたのだろうか。
まあ僕はそんな遅い時間には付き合えないし、二人で宜しくやってくれ。
と思っていたが、十時までは後五時間もあるので、それまで僕の家にいさせてくれと元緋が言う。
そんなに時間があるなら家に帰ればいいのにと思いつつも、断る理由もないので、僕は了承する。
狭い部屋に男二人という状況に何か感じるところがあるかと思ったが、当事者に薔薇の香りは感じられないらしい。
元緋がやたらとパソコンを褒めるので詳しいのかと思ったら、そうでもなかった。
ただ、やたら光ったりするのがかっこよかったとか。
使わせてほしいと言うので勝手にしろと返し、僕はそのまま畳の上で寝入ってしまった。
それから四時間。僕はぐっすり寝た。
九時半頃に元緋に叩き起こされ、貴重品だけ持って家を出る。
一人で勝手に出かけてしまえば良いのにと思ったが、もしかしたら、元緋は初めから僕を連れ出すつもりだったのだろうか。
さっき通った道を寝ぼけ眼で二十分かけて歩き、店の裏手らしきところで五、六分待つと信二さんと一緒に遼が出てきた。
遼は僕の方を見て露骨に嫌な顔をするが、僕は無視する。
困ったような懐かしいような目をして、信二さんは遼に、先に帰っていると言う。
「分かった。すぐ帰る」
「十一時までには帰ってこいよ。」
「うん」
そんな短いやり取りをして、遼は僕ら、というか元緋の方へ向き直る。
僕が視界に入ろうとすると、わざとらしく目を逸らした。
「三春遼だ。よろしく」
「そういえば、名前は言ってなかったか。元緋伸弥。」
どこか仏頂面の遼に対し、元緋はにこやかに返す。
名前を聞いたら興味が無くなったのか、遼は僕の方を見る。
「何?」
「別に?」
何もないならこっちを見ないでくれと返そうかと思ったが、やめた。
どうも今日は失言が多くなりやすいみたいだ。疲れているのだろうか。
「多分だけど、三春は魔術師だよな?」
元緋が聞くと、遼は少し逡巡した後に首を横に振る。
おそらく僕でも同じ反応をするだろう。
身体強化魔法は、日本では魔法としては認められていないが、海外にははっきりと魔法と認めている国も多くある。
はっきりと、魔術師でないとは言いづらい類のものなのだ。
「雰囲気、魔術師っぽかったんだけどな。」
元緋は呟く。
「一応、魔術師というか、身体強化魔法は使える。」
「やっぱり。」
元緋は嬉しそうに言う。
考えてみると時たま、魔術師の膂力について不満があるとか言っていたような気もするし、単純な身体強化を使う相手と戦ってみたいのかもしれない。
そこそこ痩せてるし、眼鏡をかけてるから一見では分からないが、元緋は学年で一二を争うほど力が強い。
この前授業で大名の巨体を軽く投げていたりしたし。
「ちょっと手合わせしても良いかな?」
元緋はニヤニヤしながら言うが、遼は何の話だか良く分かっていないように見える。
「元緋がお前と戦いたいってさ。それと、この辺の公園をデコボコにするのも嫌だから、学校のグラウンドに行かないか」
僕が口を挟むと、遼は何となく理解したらしい。
「あんまり喧嘩とかは好きじゃないんだけどな。」
なるほど。まるで聖人君子のような言葉だ。つい先日僕の顔を殴った人間の言葉とは思えない。
「喧嘩じゃなくてバトルだよ。」
元緋が謎の論を展開する。僕はツッコむのも面倒くさいので放置。
「とりあえず、グラウンド行こう。」
とだけ、再度提案した。
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