主十五話 ダンジョンは
ダンジョンはこの世界に自分たちの要求を呑ませるための脅しなのではないか。
そんな趣旨を持った佐田さんの発言は場を凍りつかせた。
今の今まで会議室に響いていたいびきがぴたりと止む。国木を挟んだ向こう側を見ると、元緋が机から上半身を上げている。
目の前に置かれていたメモ帳が国木によって回収された。
おそらく元緋にも今の事情を説明するのだろう。
にらみ合う久利須と佐田さんを除いた、会議室の全員が僕たちの方を見ている。なんの意図を持ってこっちを見ているのかは分からないが。
時間にして多分、一分も経っていなかったのではないだろうとは思うが、この重い沈黙はかなり長く感じられた。
元緋が唐突に手をぴんと上げ、沈黙を破る。
「あの…トイレ行ってきてもいいですか?」
緊張でパニックになって取った行動だと思うが、その動作がどことなく面白く、少し吹き出してしまう。
つられたように向かい側の警官も吹き出す。
どことなく緊張が緩和し、佐田さんは苦笑しながら、ただ、行って来いとだけ言った。
「僕も…」
別にトイレに行きたいわけではないが、少し外の空気が吸いたいと思って外に出てもよいか訊くと、誰かの提案で、少し休憩することになった。
外に出る。
会議室は警察署の四階の北側にある。
すぐ近くに大きな建物でもあるのか、ブラインド付きの窓からは、ほとんど光が入ってこない。
外に出ると、廊下はほぼ全面ガラス張りで、暗い会議室とのギャップもあって少し眩しい。
四階にはちょっとした中庭のようなものがあって、特に関係者以外立入禁止ということもないので、そこに行ってみることにする。
国木と桐馬も一緒に来た。
外の空気を吸いつつ伸びをしていたところ、桐馬から話しかけられる。
「明出、よくあんな雰囲気の場所で寝れるな。無頓着というかなんというか。」
「本当に。流石だよ明出くん。」
どうやら呆れられているらしい。
「むしろ、あんな難しそうな話を聞いていてよく起きていられるね。日本史の授業のほうが、まだ起きていられる自信があるよ。」
「えー、私、日本史好きだけど。」
この世に日本史なんてものが好きな人がいるのか。驚きである。
「俺も、どちらかというと好きだな。」
桐馬。お前もか。
とそんな感じで日本史談議をしていたところで、中庭に元緋が入ってきた。
どことなく、眠気が取れていないのか、ぼんやりとした様子だ。
「眠い。国木さんいるし、もう一人で帰っていいんじゃないか?…うん。いや、一人じゃ寂しいから、明出も一緒に帰ろうぜ。」
それはいい考えだ。どうせ大人たちの話なんだから、僕たちはいてもいなくてもさして変わりない。
「せっかくなら、四人で帰らないか?」
「「会議の続きも気になるし、俺(私)は残りたいかな。」」
僕の提案はすぐに却下された。なら、二人で帰ろうかな。
帰るなら、一言言っておくべきだろうと思い、会議室に行ってその旨を伝えると、佐田さんに止められた。
異世界を見てきた元緋はまだしも、僕は帰っていいだろうと思ったら、相手側の要求で僕は残っていて欲しいらしい。
僕はトラブルメーカーの
僕からすれば多分、まだニ、三回くらいしかトラブルは起こしていないはずだが、どうしてそう思うのかと近くにいた久利須さんに訊くと、直観だと言われた。
直観だろうがなんだろうが、客人の意見になかなか逆らえないのが日本人の悪いところというか。
結局、僕たち二人は警察署に残ることになった。
その後の交渉の結果、会議室にはいなくても良いという許可を得た。
僕は中庭に戻り、もっていたバッグに入っていた読みかけの本を読んで一時間半ほどを過ごした。
元緋はもといた部屋に戻ったらしい。
本を読んでいると、にわかに外が暗くなり、ふと上を見ると雨が降ってきそうだったので室内に戻った。
ちょうど同じタイミングで会議が終わったらしく、部屋から出てくる一同に鉢合わせする。
会議の結論を訊くと、とりあえず受け入れについては前向きに考えることになったらしい。
大人たちは何か打ち解けて話すために、居酒屋に行くらしい。僕たちは四人で帰ることになった。
ふと昼食を食べていなかったことに気づき、お腹が空いてくる。
どこかで昼食でも食べないかと提案する。
元緋は賛成してくれたが、国木と桐馬はすぐにでも帰宅して休みたいということで却下。
仕方ないからどこかで二人で昼食を摂って帰ろうとも思ったが、四人で帰ったほうが楽しいだろうと思い直した。
代わりに、どこか自宅近くの店で元緋と夕食をとることになった。
結局、電車に乗ると桐馬と国木が早々に寝入り、釣られて僕も寝てしまった。
危うく乗換駅を寝過ごすところだったが、元緋が起きていてくれたので助かった。
帰宅方向が違うので、国木とは乗換駅で解散。
夕食について元緋に提案を求めたが、食べたいものは特にないとのことだったので、酔鶴に行くことにした。
なので、三人で工鵜駅に向かう。
家に近いし、桐馬も一緒に行かないかと誘ったが、豚肉の賞味期限が近いということで断られた。
工鵜駅に着いて桐馬と解散する。
元緋はもしかしたら酔鶴に行ったことがあるかも知れないと思い、訊くが、工鵜駅に来たこと自体が初めてらしい。
確かに、普段使わない方面に電車で行くことは、僕もあまりしないか。
駅を出て、周りを見渡して元緋は、結構発展してるんだなと呟く。
まあ腐っても市一番の繁華街である。デパートと言えないまでも駅チカの大型スーパーは五階建てだし、高層マンションもちらほら見える。
元緋の住む
駅から十分離れた辺りで元緋が言う。
「酔鶴って駅から結構遠いんだな。」
「まあ、あと十分もかからずに着くよ。」
僕は答える。
「もっと駅の近くに色々あるものかと思ってたんだけどね。」
「もしかして、歩き疲れた?」
「全然そんなことないけど。繁華街みたいな場所からめっちゃ遠ざかってるから。」
「から?」
「道が合ってるのかちょっと不安になった。」
元緋の言うように、今周りの景色は駅前とは比べ物にならないほど地味になっている。
しかし、このくらいの距離を進んだところで、東口側ならば未だに背の高いビルなどがちらほら見えるだろう。
線路によって土地を二つに分けているゆえに必然的なことだとは思うが、駅の出口によって(例えば工鵜駅では東口か西口かによって)全く環境が違うということは良くあることだ。
桐馬の住んでいる東口側は、大型スーパーなど大きな商業施設がいくつかあって使い勝手がいいこともあり、マンションやビルが多く立っている賑やかな場所になっている。
一方で今僕たちが歩いている西口側は、駅からしばらく歩いたところに商店街はあるが、やたらと公園が多いこと以外には魅力という魅力がない。ただ、そのおかげで土地が安いのか、あるいは容積率が低いからなのかは分からないが、一階や二階建ての一戸建てが多い。地味と言われれば地味だが、平和なエリアである。
そんな感じで、この辺りの良いところを語っていたら、酔鶴に到着した。
店を覗くが、客はいない。以前来たときと同じく、三春遼がカウンターに座ってテレビを見ている。
入店。
扉の開く音で、三春遼と店主の信二さんが僕達の方を向き、遼は驚いたように
「お前、友達いたんだ。」
と呟く。
これには全くもって一般の不登校の人を中傷する意図はないが、とあらかじめ注意しておくが、僕は、
「学校に行けば、普通、友達の一人や二人はできる。」
と返答する。
元緋と信二さんが同時にため息をつく。
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