主十四話神 戦闘シーンが足りなくて
戦闘シーンが足りなくて退屈してきたので、伏線も兼ねて戦闘シーン書く。(前書き)
神田
陶姫北高校に通う彼は、実家の近くにダンジョンが現れたと聞き、盆も兼ねて三日ほど前から帰省している。
夏でも涼しそうと思われがちだが案外暑いこの北の地で、スイカをかじりつつ入道雲を眺めている。地元の友達とも遊び、夏を満喫している気分ではあるが、実は今日、往復券の有効期限である。今日中に帰らなければかなりの金が無駄になる。
それゆえ朝早くに帰るなどと言っていたから、今日は家に友達は来ない。だからといって家を出る気にもなれず、縁側で入道雲を眺めていた。さっき、母がスイカをおいていってくれた。
昨日皆で食べた残りであるスイカは、台所に放置されていたからか少し生温い。
塀の上に広がる青空からはいつの間にか入道雲が消えていて、代わりに淡い紫色の巨大な龍が、神田のほうへ漂ってくる。
あれがこの地域のダンジョン。通称、龍のダンジョンである。
実家に向かう途中に特急の中で見かけ、家について母に訊いたところ、そう言われた。
全世界にダンジョンが現れた日、この龍も空に突然現れたという。そしてそれと同時に、近くの町役場に異様な雰囲気の美青年が来て、一枚の封筒をおいていったらしい。
その封筒を受け取ったのが母だったらしく、その時の緊張感というか、威圧感のようなものについて執拗に聞かされた。
その時の封筒に「龍のダンジョン主
と書いてあったことで、あの龍がダンジョンであることが分かったらしい。
とはいっても最初のうちは母も何かのいたずらだろうと思ったらしく、その封筒も机の端に放置していたらしいが。
いくつかあったスイカを食べきってしまった頃、昼食は食べていくかと母が訊く。
そろそろ帰りますと答えてスイカの入っていた皿を母に渡し、自室に戻る。
荷物は一つのリュックにまとめてあるから、それを持って家を出る。
また正月にも戻るだろうが、会えなかった数人の親戚にもよろしく伝えといてくれと言い残しておく。
家の外は遠くの山までずっと平地が続いている。畑の多い地域だから、その区画の並びで四つ辻が多い。
家を出てから初めのその四つ辻に、長身の男が立っている。
身長二メートルはあるだろう。痩せ型で、その細さを際立たせるようなスーツを着ている。どことなく怪しげな男だ。
目の前を通るのは嫌だが、その四つ辻を通らねば、回り道して四百メートルは余分に歩かなければならない。
待ち人来たらずな人かもしれない。近くの神社で買ったおみくじに、四つ辻にて待てとでも書いてあったのかもしれない。
なぜあの場所に立っているかはさっぱりわからないが、自分とは無関係な人に違いないと己の心に言い聞かせ、神田はその辻に向かって歩き出す。
「来た。」
俯いて四つ辻を通り過ぎようとしたとき、男が呟いた。
神田は男の方を向く。
男は神田の方を向き、宙から長い棒を取り出した。
取り出された棒の先端には、金属の穂先と反りあった三日月のような二つの刃。
いわゆる方天戟とでも言うものだろうか、明らかな殺意をはっきりと感じさせる武器に、神田は咄嗟に距離を取る。
直後、神田のいた場所をその戟が通り過ぎる。
「良く動くね。ちょうどいい。君に決めた。今から君を捕まえるから、上手に逃げてくれよ?」
悪寒を感じ、相手との力量の差と、決して逃げられないことを悟る。
しかし、相手の言うとおりにしなければ自分の身がどうなるかは分からない。
神田剛、陶姫北高校一年三組九番。入学試験、実技座学ともに二百人中五位。
授業で同級生と戦うときに使う特殊な戦闘スタイルから「糸使い」と呼ばれている。
得意な魔法は金属魔法と膜魔法。人相手には決して全力で使うなと言われた彼の攻撃的な魔法も、今この場では活かしきれない。
逃げ切るのはほぼ不可能だから、ほどほどに逃げて捕まることが最善解だろうということは分かる。
先読みの運によって一発目の攻撃は避けたが、しかし、次もそううまく行くとは限らない。
神田は決して運動神経に優れているとは言えない。
戟を振る速さとその動きから見て、男はかなり運動が出来る人間(?)だろう。
時間稼ぎをするためには、相手にデバフをかけるしかない。
神田は右手に硬い膜の盾を広げつつ、くるぶしから細い金属の糸を地面に沿わせて瞬時に網状に広げる。
男が間合いを詰めてくる瞬間を見極め、その網を立体に広げて包み込む。
同時に右手の盾を構え、先程と同じように後ろに飛ぶ。
神田が後ろに下がるのを読んでいたか、男は戟を長く持ち、突きを放つ。
距離により突きの威力はかなり減衰しているようではあるが、それでも、男の戟は神田の盾を砕く。
これで男は網に絡まった。
武器が網の外にある分、網を外すのには手間取るだろうとは思うが、これもただの時間稼ぎの範疇。
網から続く糸の振動で男の動きを確認しつつ、全力で走って逃げる。
この辺りの道は大方記憶しているから、今から駅に向かうことも出来る。
駅まで行けば、あの男も追ってこないだろう。
男の様子からして、明らかに普通の人間ではないから、おそらく、男はダンジョンに関連した人だろうと思う。直感だが。
もしかしたら、ダンジョンの主本人かもしれない。
そして、龍のダンジョンの主が何を考えているのかは分からないが、母の話から考えるに、表立って日本との関係を悪化させるつもりはなさそうだ。
だから、絶対に人目についてしまう駅周辺まで行けば、何かしらの問題を起こすのを避けるため、男は追うのを諦めるだろうという算段である。
しかし。
癪というのだろうか。
そんな形で逃げ切ったところで嬉しくとも何ともない。
そんな無駄な意地のようなものが神田の心に生まれる。
神田は駅の方に向かう西向きの道をまっすぐ走っていたが、向きを変え、脇道に入って北にある一番近い山の方に向かう。
すでに網は破られ、その時点で糸を切って風に流している。
糸を辿って場所を特定されないようにするためだ。
もしかすれば糸の方向から西に逃げたと勘違いされ、逃げ切れてしまうかもしれないが、そのときはまあ仕方がない。勝ったということでいいのではないだろうか。
もしまた補足され、平地で戦うことになれば、また罠にかけて時間を稼げばいい。
その威圧感から、男の強さを過大評価していたかもしれない。
網から逃れるまでの時間とその動きから見るに、男は膂力はあっても思考に優れない人間だろう。
上手くいけば、相手を無力化することもできるかもしれない。
山の麓に森がある。
実家の所有する山で、小さい頃から魔法の練習はそこでしてきた。木の配置からその活かし方まで、体に身についている。
その山まで逃げ切れれば勝つ。そう神田は確信する。
山まではあと一キロほど。体力は不安ではあるが、中学生の頃は往復ともに走ってきた道だ。おそらく大丈夫だろう。
ふと目の前に影がよぎる。
危険を感じ、振り向きつつ、大量の糸を生み出して格子状の壁を作る。
飛んできていた方天戟が壁に突き刺さる。
あの男はいない。
後ろから声がかかる。
「俺は
負けたか。もう、この場から穏便に逃げる方法は俺に思いつかない。
「なぜ俺を捕まえる。」
「降り立った交差路のところで最初にあった奴を連れてこいと言われていた。誰でもいいから使者の役の人間が欲しかったらしい。」
「それだけの理由なら、なぜ攻撃した。」
「お前が強そうだったからだ。」
「…意味が分からない。」
それでもし俺が死んでいたら、あまりに報われない。
「ダンジョンに来い。」
「…」
「少年。名前は。」
「…神田剛。」
「剛。付いて来い。」
「…」
俺はしぶしぶと、朱殷の後に付いていく。
ゆっくりと龍のダンジョンが、こちらに近づいてくるのが見える。
空もすでに、その龍のような紫色になりつつある。
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