主十三話 つまり、順序としては

「つまり、順序としては、日本との交流をきっかけとして世界中と繋がりを作り、それから移住するということでいいのかね。」

 琴居さんの言葉に国木と元緋は頷く。琴居さんは言葉を続ける。

「なら日本は、異世界人が外国と繋がりを作れるようにすればいいわけだ。」

 二人は少しの間黙るが、すぐに、自信なさげに頷く。


「不安だな。」

 ちょうど桐馬の右後ろあたりに立っていた佐田さんが言う。そしてそのまま黙ってしまう。

 何が不安なのかは分からないが、そういうことを言われると僕も何となく不安になる。沈黙が広がる。


「ところで、異世界人はこの世界に来ないのかね。」

 やや暗くなった空気を流そうとしたのか、琴居さんが話題を変える。すると元緋と国木が何かまずいことを思い出したようなリアクションをする。


「そういえば、十一時くらいにダンジョンで、異世界人の国使と会うんだった。」

「今何時…あ、もう十一時過ぎてる。」


 二人は急いで立ち上がり、少し冷静になったのか周りを見回す。


「ちょっと行ってきてもいいですか?」

国木が言うと、

「俺も付いていきます。」

伊藤さんが言う。

 一瞬周りを見回したあと、琴居さんは許可を出し、三人は行ってしまった。



「緊張しないかい?」

 と、琴居さんに訊かれる。僕と桐馬が首を横に振ると、安心したようである。


「子供がこういった役目を請け負うことに、私は不安を感じるのですが。」

 後ろから佐田さんが琴居さんに話しかける。

 目の前のソファを見ると、二人の警官もどことなく同意しているように見える。

 琴居さんは難しい顔をする。

「確かに子供は何かと間違えることも多いし、私ら大人からすれば、大人がこの仕事をしている方が安心できる。しかし…心の小径のような話もある。」


 心の小径?

「私らの世代は中学生の頃に習ったんだが、今の教科書には載ってないのかな。」

 聞き覚えがないし、載ってない気がする。

「ヘマタとか、エトゥプイとか、聞いたことは無いかい?」

 あ、あった。あれか。

 確か…だれか言語学者が言葉を調べるときに、子供に話しかけたことで、そのきっかけを掴んだのだったか。

 つまり、大人に取り入るなら手始めに好奇心が強く警戒心の薄い子供を狙うのが一番いいという話。

 こう表現してみると犯罪臭がするな。

「まあ、今やったら捕まるかもしれないね。」

 琴居さんがさらっと恐ろしいことを言う。



 しばらくして、ダンジョンに行っていた三人が帰ってきた。二人増えている。増えたのは日本人っぽい若い女性と、色白で目立った特徴のない若い男性だ。

 これで人数が十一人になり、席の数が明らかに足りていないし、V.I.Pみたいな立場の人が来たこともあり、小会議室的な部屋に場所を移ることになった。



 「はじめまして。オウソウ、アメリカのダンジョン主久利須くりすだ。一応本名を言うとクリストファー・オサダだ。久利須と呼んでくれ。よろしく。」

「同じくオウソウ、アメリカのスティーブ・クラインです。」

 全員が会議室の席につき、落ち着いたところで、異世界人の二人が立ち上がって自己紹介をする。

 円卓のような形の机の、扉から見て右奥から久利須さんとスティーブ、次いで元緋、国木、僕。左奥から琴居さん、佐田さん、伊藤さん、そして警察官二人と桐馬という配置になっている。その順で全員が軽く自己紹介をした。

 その後少しの沈黙があり、佐田さんが話し始める。どうやらこの会議のファシリテーターをするらしい。


「では僭越ながら私が話を進めさせていただきます。まず初めに、少し気になったのですが、オウソウとはなんでしょうか。」


 オウソウ…普通に挨拶か何かかと思っていたけど、違うのか?


「オウソウは私の世界で言う、“世界”だ。逆にそちらの世界のことはソマンエと呼ばせてもらっている。」

「なるほど、分かりました。因みに由来は…」

「私達の言葉でオウソウは世界、ソマンエはそちらの言葉でいうイデアのような概念を意味している。」

「言語が違うのですか。」

「当たり前だ。世界が違うのに言語が同じ方がおかしい。」

 確かに。

「では今はどうやって会話をしているのですか?」

「魔法だよ。」

「魔法…」

「…」

「この世界でも魔法は珍しいものではないと聞いていますが。」

「確かにそのとおりですが、私は魔法を使えないので、やはりこのような優れた魔法を見ると驚いてしまいます。」

「オウソウでは皆使っている。確かに未だ仕組みが判明していない魔法ではあるが、詠唱さえすれば誰でも使える。」

「私も使えますか?」

「いや、魔法の使える人しか使えない。」


 佐田さんは表情を変えていないが、ややがっかりしているような様子である。


「おい、日下。詠唱してみろ。」


 唐突に久利須さんが僕に無茶振りする。いきなり名前呼びとか距離感が近すぎて怖い。それに、そもそも詠唱するその文句さえ分からないのにどうしろというのか。適当にやれということか?


「トランスレイション」


 僕は呟いてみる。周囲の期待の目が痛い。ただ何となく呟いてみただけだから何にも起きない。

 佐田さんが難しそうな英単語を僕に言うが、全く何を意味するのか分からない。

 めちゃくちゃ空気が重い。

 この空気に耐えられなかったのか、久利須さんが吹き出した。


「すまんすまん。日下ならもしかしたら偶然使えるかもしれないと思ったが、そんなことは無かったか。」


 なにその謎の過度の期待。怖い。


「夏子ちゃん。詠唱して。」


 なるほど久利須さんは名前呼びの人か。距離感が難しいな。しかし、国木と僕との扱いの差がひどいな。普通、初対面の人に命令口調で指示なんてしますかね。


「エルルイ。」


 国木は謎の単語を詠唱する。発音の難しそうな言葉だったが、国木は驚くほどきれいに発音する。

 あまりに当たり前のように言うが、もしかして僕が聞いてなかっただけで会話中に既出の単語か?

 先程と同じように佐田さんが英語を言うと、国木が困ったように首をかしげる。


「英語は素で分かっちゃうので、別の言語でお願いします。」


 さすが陶姫高校の入試で英語満点だっただけはある。自身のある台詞だ。

 佐田さんは少し目線をさまよわせたあと、すぐにまた何事か話しだした。今度の言葉は、僕には単語の切れ目すら分からない。英語ではないことは分かる。


「砂浜の生物の広がりは目覚ましいものがあります。これが世界各地の若者たちによって次々に生産されているのは、ひとえにデータをオープンソース化していることが理由だと思います。みたいな?」

「…なるほど。知らない単語や固有名詞は、訳せないかもしくは近い他の単語に変えて訳されるのか。…仕組みについてはよく分かりませんが、精度は、むしろやや不正確な分、翻訳の効果をはっきり見ることができました。ありがとうございます。」

「それは良かった。」


 会議が円滑になっているというよりは、久利須さんと佐田さんの会話が進んでいるだけのようにも感じるけど、多分、時間はまだあるんだろうし、あまり気にしなくてもいいか。


「エルルイ」


 僕も真似て呟いてみた。誰も外国語を話していなかったから、効果が発動しているのかどうかはわからなかった。


 しばらくして雑談が終わり、会議らしい会議が始まった。今まではアイスブレイクとかいう時間だったらしい。それは何だろうか。エルルイに辞書機能がついていれば教えてほしい。

 しかし、残念なことに付いていないようだった。




「つまり、脅しですか。」

 そんな声が聞こえ、雰囲気が凍るのを感じた。

 いつの間にか寝ていたらしい。

 周りを見ると、元緋も寝ている。こんな会議なんて聞いても内容は理解できないだろうに、国木と桐馬は真面目に聞いている。


 少し空気が読めていない気もするが、国木を軽くつつき、事情を訊く。

 国木は手元のメモ帳に何かを書きこんで見せてくる。会議の内容について何か書いていたのか、見せられたページはびっしりと埋まっていて、おそらく何ページも書いているような跡がある。

 端に書かれた小さい文字を読む。


「さだ:ダンジョンをソマンエに移動した理由を聞く

→くりす:ソマンエとオウソウをつなぐためと説明

さだ:ただ移動するための小さいゲートを開くことはできなかったのか?

→くりす:できない事はない

さだ:ではなぜ?

→くりす:他にも目的があったが言えない。

さだ:つまり脅しですか?(怒)


 なるほど分かった。つまり、ダンジョンを置いた理由を、条件をのませるための脅しだと佐田さんは考えたわけか。


 会議室を見回すと、確かに悪い空気をはっきり感じる。

 見たところ久利須さんは、沈黙で肯定してるっぽい。上からの指示ではっきり言うことは禁止されているから、雰囲気で伝えようとしているとか。そんな感じだろうか。

 佐田さんはそれを察している様子ではあるが、そもそもそういった対応自体に納得がいかないのか、久利須さんを睨むように見つめて動かない。

 他の人は二人の雰囲気に気圧されて何も言えない感じか。

 元緋の小さいいびきだけが会議室に響いている。






((後書き)砂浜の生物=ストランドビースト)


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