主十二話 八月も半ば
八月も半ば、盆を少し過ぎた頃、母親から連絡があって帰省しないのかと訊かれた。
僕は全くもって忘れていた。
桐馬に電話して帰省について訊くと、帰らないとのこと。
大名は実家がすぐ近くだから盆の間は帰ったかもしれない。
よく考えてみたら、今さら帰っても墓参りをする時期ではない。それに両親にだけだったらわざわざ会いに行く義理はない。帰省はしないことにした。
そんな中、警察から連絡があった。僕は電話口で挙動不審になったが、僕がいつの間に罪を犯した訳でなく、琴居さんから、国木
桐馬に連絡すると、すでに電話が来ていたらしいので、すぐに工鵜駅で待ち合わせて屋敷のダンジョンの近くの町に向かう。
ダンジョンのある町の名前は
その百晃駅の改札口に行くと、琴居さんが二人の警察と一緒に立っていた。
「よく来たねえ、こんなところまで。迷ったりしなかった?」
「前にも来てますので。」
「そっけないねえ。」
琴居さんと会話を交わし、他の二人の刑事の自己紹介を聞く。
「ダンジョン対策課の伊藤です。」
「同じく佐田です。よろしくおねがいします。」
もう、ダンジョン対策課なんてものがあるのか。警察の素早い対応には驚きだな。そもそもダンジョンが警察の管轄なのか疑問はあるが。
琴居さんたちに付いて、警察署に入る。以前、屋敷のダンジョンを出たときに行った場所である。
頑強な男女の隙間をくぐり抜け、やたら小綺麗な廊下の一番奥の部屋に通される。
廊下にずらりと並んだ金属の扉は取り調べ室だろうか。そう考えてみると特に理由も無いが怖い。白熱灯で憔悴しきった人間が鉄扉の中で寝ているのである。
案内された部屋に入る。どうやらここは応接間のようで、茶色い合皮のソファーが二つと高そうな凝った木のテーブルがおいてある。
一方のソファーは四人がけのようで、元緋と国木が真ん中に、両側には怖そうな警察官が二人座っている。男女一人づつだ。
もう一方は三人がけか、僕と桐馬、琴居さんが、奥から順に腰掛ける。
二人は随分とやつれたようで、服装もやけにくたびれている。僕が軽く手を降ってみると、小さくひらひらと返事が来る。
なんだろうこの気まずさ、まるでしばらく会っていなかった従兄弟と葬式で再開したときのような心地だ。
気まずさを払拭しようと仲良く振る舞おうにも、雰囲気がそれを許していない感じ。
琴居さんが咳払いをして、軽く腰掛け直す。話し始めるようだ。
「改めて自己紹介をするが、外務省ダンジョン対策課課長の琴居
「外務省…!」
「外務省の管轄とはいっても、所属したてで。元警察官のわたしには何が何やらさっぱりでねえ。今まで通り自由に活動しつつ、上からの指示を待つしかないのよ。」
琴居さんは頭を掻きつつ言う。照れるのは良いが、今の状況を説明して欲しいな。
「昨日の夜、突然この二人が署に来て、異世界から戻って来たので琴居を呼べと言ったんです。その時あいにく署には俺ら数人しかいなかったんで、とりあえず琴居が来るまで保護しておこうということで、空いてる部屋に布団敷いて寝てもらったんです。」
元緋の隣に座る警官が言う。
なるほど。二人で寝たのか。布団は隣り合わせかな?狭い一部屋で男女二人とはなんとも…
「あ、明出が変な顔をしているのは気にしないでいいですよ。いつも通りなんで。」
「そ、そうですか。…ここからは琴居が詳細を把握してるので変わります。」
そんな動揺するほど変な顔をしていた自覚はないが。
「まあ、私から話すことはそんなにないねえ。朝来たら、羽沢にここまで連れてこられて、事情を話すにも誰か友人がいたほうが良いというから、君たちを呼んだだけだよ。」
ということで、国木たちから話を聞くことになった。まあ元緋はほとんど喋らなかったから、国木からと言い換えるべきか。
「私は、まあ知ってると思うけど、国使的な役割で異世界に行ったの。ダンジョンを通れば自由にこの世界と異世界を行き来できるらしいね。
そこでその世界のある場所にある、ダンジョンを統括する組織の本部みたいな場所で、異世界の状況と、ダンジョンがこの世界に来ることになったきっかけについて聞いたの。」
元緋も頷く。
「私達が聞いたのは交換条件だけ。異世界では人口が増えすぎてて土地が足りないから、この世界に少し移住させたいらしいの。その代わりに、この世界の魔力の供給をしてくれるらしいわ。」
「供給ねえ。私にはよく分からないが、この世界の魔力は減っているのかね。」
「そうらしいわ。説明してくれた人は、この星の地中には魔力の塊が石油みたいに埋没してて、それが少しずつしみ出してる分を私達が使ってるって言ってたわね。」
全く実感が沸かないが、あと何年くらいで枯渇するのだろうか。
「今のままなら、あと千年くらいは
魔導具?
聞いたことのない単語だが、他の人は知っているのだろうかと周りを見ると、皆、よく分からないような顔をしている。
「魔導具って何だ?」
桐馬が訊く。元緋と国木は少しの間、何を言っているのか分からないというような顔をしていたが、はっと気付いたようにして説明を始める。
「当たり前のように使ってたから忘れてたけど、異世界には、電気の代わりに空中の魔力を使って動く機械があるの。それを魔導具って呼んでたのよ。」
「考えてみると、あれがあったら電気のインフラとか要らなくなるな。」
「確かにね。」
異世界には何か便利なものがあるらしい。しかし、それを使うと、地中深くに埋蔵している魔力の塊のようなものがすぐに枯渇してしまうということか。
なら、異世界はどうやってその魔導具を使う魔力を得ているんだろうか。
「異世界の人は皆、魔法が使えるの。それに、私達とは体の構造が違って、魔力を体内から生み出すらしいわ。」
あり得ない。エネルギー保存則を無視してる。
「明出くんw笑わせないでよ、頭の硬い有識者みたいw」
なるほど。国木は頭の硬い有識者の発言を聞くと笑ってしまうのか。…そんな馬鹿な。
まあ、リアクションしづらかったので聞かなかったことにする。
「魔力の発生源について昔、研究した人がいたらしいわ。確か……いえ、名前は忘れちゃったけど。名前はまあそんなに重要じゃないから良いや。」
「なんちゃら
「まあ、名前はいいわ。で、その人の理論によると、宇宙線のような地球を貫通していく粒子を異世界人が吸収して、魔力に変換するそうよ。」
なるほど、宇宙線についてはよく知らないが、要はエネルギー的に採算は取れているということなんだろう。
「そうゆうこと。」
皆が何となくその仕組みに納得したところで、話題がもとに戻る。
「魔法があれば水や簡単な家具は作り出せるから、あまり利用価値のない砂漠みたいな場所を貰えればいいって言ってたわ。むしろ、土地の奪い合いとかで争うのを避けたいみたい。」
「なるほど。しかし、砂漠となると日本はあまり関係ないということになりますね。」
国木の横に座っている警察官が言う。確かに、日本の砂漠というのは聞いたことがない。となると、外国と交渉して土地を確保するしかないということになるか。
「それは日本がやらなきゃいけないことなのか?」
桐馬が言う。確かに、ダンジョンは世界中にあるんだから異世界の人が直接交渉すればいい。僕は意表を突かれた。周りも、意表を突かれたのだろうか、驚いた様子で沈黙している。
「あ、」
国木が口を開く。
「その話はまだしてなかったのね。」
何の話だろうか。僕たちは沈黙して聞く。
「えっと実は、移住は百年スパンの計画で、初めの十年か十五年はとりあえず両世界の関係を築くのに使うんだって。」
つまり?
「どこに移住するとか、そういうことはとりあえず後回しってことね。」
「じゃあ今の話は?」
「…順序を間違えたわね。」
なるほど。まあ、向こうの計画の最終的なところを知れたことは良かったのではないだろうか。
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