主十一話 食堂に向かったが、
食堂に向かったが、残念ながら閉まっていた。どうやら定休日だったらしい。自販機は食堂の中にある。
仕方ないので昼食は他の場所で食べることにした。
また倒れると困るので十分な水分を摂り、駅に戻る。
北高に行こうという話も出たが、結局行かなかった。桐馬もあまり詳しくないので行っても紹介はできないからだ。
少し時間は掛かるが、昼食は君反で食べることにした。帰るにも早いし、陶姫から君反までの間に紹介できるものは何もない。陶姫駅にコンビニはないし、構内にコンビニのある途中駅もない。
水着も持ってきていないから、海に入ることは出来ないけど、海を見ているだけでも夏という感じはする。
昼食は駅前のコンビニで買った。
海水浴場は閉鎖されていた。サメが目撃されたらしい。日本海側にもサメがいるんだと僕は驚いた。
初めは例の巨大魚が発見されたのかと思ったが、そういうわけではなかった。あれはまだこの辺にいるのだろうか。
三人は幼少期の話をしている。話に入り込めないから僕はぼんやり話を聞いているだけ。ふと海を眺める。
「あ、」サメが跳ねた。シュモクザメか。その下から何かが伸びてきてサメを掴み、海に引きずり込んだ。思わず声が出る。
恐ろしいものを見てしまった。
「どうかした?なんか怖いことでもあった?」
「いや、別に?」
「海になんかいたか?明出って海恐怖症みたいなところあるからな。」
今のは海恐怖症じゃなくても怖いだろう。
「今サメが跳ねたんだけど、海から何かが出てきて、サメを引きずり込んだというか。」
よく分からん。一瞬だったから見間違いかもしれない。
などと説明する。
「へえそんなこともあるかな。なにかいるのかな。純って計測魔法使えたよね?」
「一応。前から言ってるけど、私が使ってるのは光魔法だよ。」
「光魔法って言ったって可視光じゃないし、魔法の定義からしても計測魔法だと思うんだよな。俺は。」
「計測魔法は魔力そのものなんだよ。私のは電磁波。でも、あの辺の定義は曖昧だからね。不毛な議論だよ。」
へえ、松木くんも魔法を使えるのか。
となると川崎さんは三人のうちで一人だけ魔法を使えないのか。疎外感とか感じてないのかな。川崎さんを見る。
「なによその目は。まあ言わんとしていることは分かるけどね。」
目が合った。
「よく聞かれるけど私も魔法を使える。計測魔法を使えるわ。」
計測か。松木くんと被るな。
「言わんとすることが手に取るように分かるわ。」
「エスパー?」
「みんな大体同じことを言うから。確かに純の方が魔法は優秀だけど、私だって頑張っているのよ?」
松木くんの方がすごいとまでは思っていない。というかまだどれだけ彼の魔法がすごいかは見てない。
「別にそんな…ただ被ってると思っただけで。」
「それでも同じよ。」
「……」
「もういいわよ。」
やっぱり少し距離感を感じるが、まあ初対面だし当たり前か。この件はあまり深入りしない方が良いだろう。
桐馬と松木くんはなにやら難しい顔をして話し合っている。
「純は桐馬のことが好きなの。」
「まじか。」
驚きすぎで素が出た。そんな気配は全く無かったが。
「そんなに驚くことかな。それで、多分桐馬も純の方が好きなんだよね。」
へえ、この話にも関わりたくないな。まずい予感がする。
「純は気も優しいし頭もいいし、優秀なのよね。…祇須智も頭が良いでしょ。陶姫高校に受かるくらいだからね。」
「さいですか。」
「純は親が一人暮らしを許可しなかったから県外の陶姫高校は受けなかったけど、祇須智と勉強で一二を争ってたから、受けたら受かったと思うのよ。県一の高校に行ったしね。それに比べて私は、そんなに頭も良くないし、多分計測魔法だって貴方の方が使えるわ。祇須智も私じゃなくて純を頼るでしょ?」
「さいで…」
逃げたい。あ、
「でもほら、川崎さんにはポニテが…」
泣きそうな顔をされたので黙る。川崎さんは諦めたように笑う。
「貴方に話したのが間違いだった。ごめんなさいね。」
「いえいえ。」
「ポニテについては触れてほしくないの。」
まあ長話を聞かなくて済んだから結果オーライ?…なんて開き直れはしないが、こういう人に掛ける言葉を知らないのでなにも言わない。やっぱり言う。
「頑張ればなにか良いことがあるよ。」
「その言葉、貴方に言われなければもっと良い言葉だったかも。」
ポニテって言うだけでそんなに傷つくものかなとも思うが、人は人それぞれか。
「なんか仲悪くなった?」
桐馬がなにも知らず入ってくる。
「別に。」
明らかに不機嫌に川崎さんが答える。
「なんか傷つけてしまったみたいで。」
僕は言う。桐馬は困った顔で僕達を見る。
「さて、ちょっと話に失礼するね!」
努めて明るい口調で松本くんが割り込む。
「大体事情は分かったけど、今は別の話をするよ!」
これ以上暗い雰囲気を保っても辛いだけなので僕たちは松本くんの作った流れに乗る。
「海の中を確認したら、大きな魚がいました。どうやら以前からいたらしいです。」
「おー」
少し睨まれる。
「それと、クラゲもいました。」
合いの手は入れないことにした。
「私、帰って良いかな。」
川崎さんが言う。
僕は松本くんから睨まれる。
「ごめん…」
何に対してかはよく分からないが僕は謝る。もうどうしようもない方向にしか進まない気がする。
「座って話そう。俺はコンビニで飲み物買ってくるよ。すぐ戻る。何が良い?」
桐馬が半ば強引に注文を取る。
「俺の奢りで良いよ。」
そう手を振って桐馬は去ってしまった。コンビニは駅前にしかない。二十分は戻ってこないだろう。
僕はどうすれば良いのか。恥を捨てて叫びながら逃げたい。海に飛び込んでサメとクラゲに食われたい。
「ポニテ。」
松本くんが切り出した。
「明出くん。ポニテって言ったでしょ。」
「はい。」
「まずそれを謝る。」
「…ごめんなさい。」
「由子も自分でポニテにしてるんだからそんなに傷付かないで。」
「…分かってはいるの。」
「二人とも今日はニコニコして何も喋らないで。じゃなきゃちょっと強引なことするよ?」
「強引?」
「脳を弄ってドーパミンを溢れさす。」
なぜかその表現が面白く、僕達二人は突発的に笑って空気が少し和やかになった。
松本くんもとても嬉しそうな顔をしていた。
「何があったの?」
桐馬は聞いたが、僕らは黙っていた。ルールだからね。
「黙らせた。」
松本くんは言う。その表現がおもしろくてまた笑った。
「変なことしてないよね。」
桐馬はまた聞く。
「ちょっとね。でも祇須智にはしないよ。」
松本くんは言う。
桐馬は少し困った顔をしたが、何も言わなかった。
帰るまでの一時間はとても楽しかった。桐馬と松本くんの掛け合いがどれも面白かった。僕と川崎さんは二人でずっと笑っていた。
━━━
「ちょっと効き過ぎたかも。」
私は呟くが、隣で桐馬も少し笑う。
「今回は仕方ないけど、これ以降は止めてね。」
「ちょっとやってみたくて。由子にはもうしない。」
「明出にもやらないでね。」
二人の様子は楽しそうではあったが、確かに狂気を感じさせる様子で、少し申し訳無かった。
━━━
家につく頃には自然と笑いも収まった。松本くんに頭を九十度に下げられ何事かと思ったが、考えてみればただの日常会話で一時間もあんなに笑うのはおかしい。彼はいつのまにか僕の脳を弄っていたのかもしれない。
昼間の不登校の話で少し、酔鶴のバイトのことが気になった。名前は何だったかな。
今日は疲れたのでもう寝るが、明日の朝にもう一度例の公園に行ってみよう。多分そこで会える気がする。
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