主十話 起きたのは今から十分前。
起きたのは今から十分前。朝九時頃である。寝坊してしまった。
待ち合わせる時間は決めていなかったが、九時には公園に着いているつもりだったから、僕的には遅刻である。
急いで支度をして十分、寝癖は直さずに家を出る。
走るわけではないが軽く急ぎ、公園に着くと桐馬がいた。それに女子が二人。
「遅れてごめん。待った?」
「いや、大丈夫だよ。九時には来るかと思ってたけどどうした?」
「そっか。待たせた。珍しく寝坊した。」
僕は桐馬の横にいる女子に目をやる。
一人は女子には珍しいほどの短髪で、顔立ちは整っていてやや吊り目。雰囲気は博文に似ている。
もう一人はポニテ。
「初めまして。桐馬の友達です。」
「……」
「こいつは松木
おさな-なじみ【幼馴染み】幼少期からの親しい友人や、それに準ずるもの。もしくは親しい友人以上であったり、健全だったり不健全だったりする関係に至っていたりするもの。
なるほど。幼馴染みなんて言葉はとっくに僕の辞書から抹消されたものと思っていたが、ちゃんと残っていた。
松木純…純って男か。
一見、雰囲気が女子っぽかったので勘違いしたかな。それならこの短髪でもおかしくない。
僕としたことが、嫉妬のあまり早とちりしてしまった。
「よろしく松木くん。」
「……くんって」
会釈をするとよく分からない言葉を言われたが、一応会釈を返されたので挨拶としてはまあいいだろう。
僕もそうだったけど、コミュニケーションが苦手だと変な声が出たりするよね。
「こっちはポニテだ。」
見ればわかる。というかポニテが強すぎてポニテにしか見えない。
「川崎
「ポニテじゃん。」
「ポニテじゃないって。」
桐馬とポニテは言い合いを始めた。
桐馬祇須智。お前もか。
君だけは女性に縁がないと信じたかったのに。まあこんな性格の良さそうなイケメンにはありえない話だ。
いいなあという目で桐馬とその横で揺れるポニテを見つつ、松木くんにすり寄る。
「松木くん。」
「……何?」
近寄ると少し好感度が落ちたような気がしたので、距離を取る。
「幼馴染みって
「由子は男子にポニテって言われるのあんまり好きじゃないから、ちゃんと名前で読んであげて。」
「……はい。気を付けます。」
ではなぜポニテなのか。髪型は自由に変えられるものだと思うが。
「多分、祇須智に振り向いて欲しいからだと…思う。昔、祇須智がポニテ好きだって言ってた。」
「幼馴染み同士の恋ってきゅんきゅんしますね。」
「台詞に感情がこもってないね。それで、明出くんは幼馴染みとかいなかったの?」
「……いないね。」
「今の間は何ww」
「さあ。」
地元では親しい友人自体がいなかったから、幼稚園から知っている人はいたが、幼馴染み的な幼馴染みはいなかった。
それにしても、松木くんは案外接しやすいタイプだな。もしくは僕が前より人と接しやすくなったのかもしれないが。
良い友人になれそうだ。と老人臭いことを言ってみる。
「……そうかな。そうだと良いけど。」
桐馬と川崎を見ると、痴話喧嘩は終わっていた。すでにただの痴話である。
桐馬がこちらを見て
「どこ行く?俺的にはこの辺を色々回れたら嬉しいんだけど。」
という。彼女らにこの辺を紹介したいのだろう。
「駅の桐馬の住んでる側にはあんまり詳しくないし、そっちに行きたいかな。」
「すまん。そっちはもう紹介し終わった。」
「ならどこでも良いよ。」
ということで椚池に行くことになった。
学校に行くときよりも少し短距離。電車で七駅の椚池である。
桐馬と一度だけ行ったことがあるかな。
実は木造の無人駅である。
椚池には人がいなかった。桐馬は魔法を使いたがるが、後で高校に行くのだから今じゃなくても良いだろうと川崎さんが止めた。
池の回りを一周歩いたが大したものはなかったのでもと来た場所から駅に戻った。
そのまま電車で陶姫に向かった。昼食は学校の自販機で買おうということで、学校への道を歩きつつ話す。
「夏休みにまで学校に来る羽目になるとは。騙された。」
「学校嫌い?」
「桐馬たちがいなかったら不登校だったろうな。」
「へえ。…私の従兄弟も不登校なんだよね。」
いきなり重い話…スルーして良いかな。
「陶姫高校には北高と南高があるんだ。」
「祇須智から聞いてるから知ってる。」
そうですか。
「祇須智の魔法って綺麗だよね。」
そうなのか。水魔法にきれいも何も無いと思うが。
「君も綺麗だよ。」
適当に返す。
「きっと明出くんは綺麗なものを知らないんだろうね。」
僕の膜魔法はきれいだよと言おうと思ったが、自慢っぽくなりそうなので止めた。
「自分の魔法だけは綺麗だとか思ってそう。」
思ってますよ。…心でも読めるのかな。
「まあ私も魔法が使えるからね。」
へえ…何で一人称が私なんだろう。
「計測魔法でね。というか光魔法の一種で、私が作ったんだけど。」
「うん。」
「脳内の血液の分布が分かるんだ。それで脳について勉強すれば、」
「へえ。」
「相手が何を考えているか少し分かるんだ。驚き。疑問。関心。無関心。欲情。眠気。怒り。とかね。」
「うん。」
「君は無関心だね。人の話を聞いてない。というか、目の前のポニテで催眠術にでも掛かってるんじゃないの?眠気の反応がある。」
催眠術か。どうも眠い気がしたんだよん。
ん?よん?
急に視界がグラッとして僕は意識を失ったっぽい。
━━━
「あっ、倒れた。」
私は支えに入るが、明出くんの体は小さい割に案外重く、寝転がらせるのがやっとだった。
「俺が運ぶよ。学校の救護室は空いてると思うから、そこまで連れていく。」
祇須智は言った。
━━━
起きると…というか最近起きてばかりだな僕は。寝なきゃ。
二度寝してしまったので仕切り直し。
起きると学校の養護室だった。何でここにいるのか覚えてないが、駅から学校に向かうところまでは覚えていた。
ベッドのカーテンは閉まっていて、開けると、養護の先生が近くの机に座っていた。
「熱中症だね。」
養護の先生からずばり病名を言われる。
「ちゃんと水飲んでた?」
考えてみると、水は朝家を出る前に飲んだだけだ。
「飲んでなかったでしょ。友達、心配してたよ。気を付けなきゃ。」
「すいません。」
「まあ大したことはない。一杯水飲んで、そしたら外に行っても良いよ。水分補給は忘れずにね。」
先生から紙コップの水を渡され、それを飲み干して外に出る。
「友達はグラウンドにいるって。」
後ろから声を掛けられ、僕は小走りでグラウンドに向かった。
「ごめんごめん。」
軽く頭を下げつつ桐馬たちのもとに行く。
「まさか倒れるとは思わなかった。」
「心配したのよ?」
「すいません。」
改めて謝る。
「じゃあ明出も来たところで、昼食でも食べるか。」
「…明出くんの魔法も見たいな。」
訊くと、先程までグラウンドで桐馬の魔法を見ていたとか。
要望に応じて僕の膜魔法を見せると、おおーと喚声が上がった。二人は膜魔法を見たことがなかったらしい。
色を変えたり、球体を作って浮かせたり、全く高等技術ではないが、いちいち喚声が上がるから僕はいい気分になった。
調子にのって松木くんに声を掛ける。
「きれいでしょ。僕の魔法。ねえ純」
「「純!?」」
「…そうだね。でも距離感が近すぎてウザい。」
周辺はざわめいたが、松木くんの言葉で頭が少し正常に戻った。
名前呼びはまだ早かったか。
今日以降はしばらく会うことも無いだろうから、別にこれ以上は仲良くなれなくても良いかな。
なんて酸っぱい葡萄みたいなことを考える。合理化というのだったか。
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