主九話 僕も少しくらい

 僕も少しくらい、巨大魚を見ておけば良かった。

 早朝の暇な時間帯。ぼんやりした頭でそうも思ったが、水中でパニックになって溺死するのは嫌だったので、やはり見なくて正解だったのだろう。

 貰えるものは貰っておきたいのと同じで、知りうることならなんでも知りたいと言う人はよくいるが、僕は、知らない方が良いこともあると考えるタイプだ。

 それなのに好奇心旺盛なのだから、自分でも、自分の性格に矛盾を感じる。

 だが、つまりはどちらとも言えないのだ。

 人生はファジーだなあ。

 寝ぼけている頭だったので、そんな下らない名言を思いついたりした。



 考えてみると、暇なのは早朝だけではなかった。

 今日は友達と遊ぶ約束もしていないし、今からふと誘うほどの理由もない。

 友達は、理由なんかなくても一緒にいるだけで退屈しないものではあるとは思う。

 しかし、僕はしばらくの間、友達を誘うなどということをしてこなかったから、誘い方を忘れてしまったのだ。

 中学三年生の時は受験勉強をしていたし、中学二年生の時は夏休みも学校によく行っていたから、そこで友達と会って帰りがけに遊んだりなどしていた。

 でも、夏休みに高校に通うという習慣はこの学校には無さそうだし…

 とも思ったが、もしかしたら学校には九箕やPC部の人がいるかも知れない。

 でも、会ったら挨拶をするとか、暇だったら手合わせをしたりとかはするが、そんなに仲が良いというわけでもないんだよなあ。

 そういえば、

 夏休みと言えば、絶対に忘れてはいけないものがひとつあるだろう。

 花火大会?そんなことやらなくても誰も損しない。僕は中学生の時、一度も花火大会に参加していない。 

 海水浴は確かに楽しいが、楽しかったが、忘れてはいけないというほどのものでもない。

 忘れてはいけないもの、それは宿題だ。

 思い出しただけで、別に宿題をやるわけではないけど。

 中学生の頃は、前にも言ったかもしれないが、僕は真面目だった。だから、夏休みの宿題は七月中旬で終わらせていた。

 まだ夏休みが始まってないじゃないかと思うかもしれないが、宿題が出るのは夏休みより前なのだ。言うまでもないが。だから僕は、宿題を受け取ったその日の夜には、(父親と深夜アニメを見つつ)徹夜するいきおいで宿題を終わらせていた。

 そもそも、八月三十一日に宿題を始めても、九月一日にはすべての宿題が終わるのだ。教科ごとの宿題なんて、一日一教科やっても楽勝だ。と思っていた

 今、僕の考えは少し変わり、八月三十一日に終わるなら八月三十一日にやればいいじゃないかと考えている。それが、僕が宿題をやらない理由である。

 暇だったらやれば良いのに。

 中学生の頃の僕が心の中で呟くが、そんなことはしない。ありえない。

 何となく、八月三十一日には、皆で集まって宿題をやる気がするのだ。



 とりあえず、日課の散歩に出かけることにした。方向はいつもと逆、つまり坂を上って住宅地の方に行く。

 中学生の頃も自分の町を歩き回って、公園やらベンチやら、見つけてはそこで読書して楽しんでいた。

 週末の朝の散歩もその名残だ。決して健康のためにやっているわけではない。健康も大切であることは確かだが。


 まだ開店していない酔鶴を通りすぎ、何となく左と右に道を一回づつ曲がったところ、公園があった。


 ベンチに座ろうかとも思ったが、人がいた。スポーツウェアを着た長身の男だ。ランニングでもしていたのだろうか。早朝からまめなことだ。

 そんなことを思っていると、男がこちらを向いた。

「あ。」

 思わず声を出してしまう。

 そこにいたのは、名前は忘れたが、例の酔鶴のバイトだった。

「えーと、久しぶり、修二。」

「俺はそんな感じで話しかけられるほどお前と親しくないし、俺の名前は修二じゃないし、そもそもお前に名前は教えてないだろ」

「そうだっけ?」

「そうだよ。多分、信二さん…店長の名前が信二だから、混ざったんじゃないか」

 ほんの冗談である。しかし態度が冷たいな。店を出るときは

「また来てくれなきゃ、俺、泣いちゃうよ?(イケボ)とか言ってたのに。」

言ってたかな?

「そんなこと言ってないよ(イケボ)」

バイトが予想外の返事をしてきた。

「そういうノリの良さがモテる秘訣なんだよね。よっ色男!」

とりあえず煽っておく。

 僕は人間関係にはやたらと気を使うタイプだし、こうやって気軽に話せる人はレアだ。

「は、うざ。俺、家帰るわ」

 バイトは自分で格好つけたにも関わらず、恥ずかしがっている。

「そっか。じゃあね。そういえば、…名前だけ教えてよ。」

「遼だ。」

「へえ、そうなんだ。で?」

「興味ないんだったら聞くなよ」

そう言い残して、遼は走って帰っていった。


 昼過ぎ、公園も暑くなってきたので、ほとんど読み終わった本を持って、僕も家に帰った。



 家に帰ると、留守電が入っていた。番号を見ると、桐馬からだ。

 確認する。大した連絡でもないとは思うが。


「ピー、──────、午前、七時、一分です。

 もしもし、今日、皆で遊びたいんだけど、どこかで集まらないか?散歩でも行ってるんだと思うけど、帰ってきたら連絡くれ。」


 なるほど。こうやって友達を誘えば良いのか。置き電なんて滅多に使わないから、思い付かなかった。

 しかし、今日は無理だろう。もう三時だ。少し暗くなるまで遊んだとしても三時間しか遊べない。

 三時間もあれば充分遊べる気はするが、面倒くさいし、連絡はしなくて良いかな。

 いや、やっぱり電話して明日遊べるかどうか聞こう。


「…もしもし?明出だけど。桐馬か?」

「え、明出って、明出くん?…祇須智ぎすちならいるよ。」

 誰?

 ちなみに、祇須智というのは桐馬のファーストネームだ。なんでそんな名前を付けたのかは本人も知らないらしいが、小学生の頃はよくからかわれて、気にしていたらしい。

 祇須智の由来は僕もとても気になっている。今までそんな響きの言葉は聞いたことがないし、親がどういうセンスをしているのか全く理解できない。


「おう、明出、どうした?」

桐馬が出た。

「留守電を聞いたから、一応連絡しておこうと思って。」

「わざわざごめんね。今帰ってきたところ?遅かったね。」

 こちらこそ、気づくのが遅れて申し訳ない。

「外で本を読んでいたんだ。」

 僕のことは良いんだ。それより、さっき電話に出た女の人だが。

「彼女か。」

「彼女?彼女出来たの?」

僕がいつ彼女を作れたというのか。

 まあ、友達のプライベートなところなんてあまり気にするものでもない。

「別になんでもないよ。」

「そうか。まあ、友達とはいえプライベートなことだもんな。」

こっちの台詞だ。

「明日、遊ばないか?」

友達を遊びに誘うとか慣れない。少し緊張する。

「いいよ。俺もその話をしようと思ってたんだ。どこで待ち合わせる?」

「兎睦」

言い間違えた。

「兎睦?何故に兎睦?」

「言い間違えた、工鵜駅の近くの公園でどうかな。」

「オッケー。友達も何人か呼ぶと思うけどいいか?」

「別に良いよ。おやすみ、また明日。」

「まだ寝る時間じゃないよw、また明日。」


 電話を切ると、僕は窓の外を見る。アパートの横の小さい草原は夕日が当たって朱色になっている。三時半か、もう少し前かな?僕であれば決してまだ寝ないとは言い切れないくらいの時間だな。


「友達か…学校の人かな?」

 まあどっちでもいいけど。朝、学校にいないせいでいまだにあまり友達が出来てないんだよな。これを機に少し友達が増やせるかな。

 何人の友達が欲しいかと聞かれても何とも言えないが、中学時代に親しい友達がいなかった反動か何かで、理由はないが友達が欲しい。友達をとっかえひっかえしていたら浮気っぽいだろうか。

 

 そういえば友達で思い出したが、遼はどうしてるかな。気になりはするが、二日連続でラーメンは重いから酔鶴に行くつもりは無い。多分夕食も食べない。

 友達は今…七、八人くらいかな。

 遊びに行くとすれば海だというほど海が近いわけではないが、それに怖いからしばらく海には入りたくないが、七、八人で海に行って、海水浴ではなくバーベキューとかやったら楽しいだろうな。

 夏休みにやりたいことが多すぎて…と、朝の思考に戻ってきてしまった。このままだとループしてしまいそうだから素早く思考を変える。

 色々考えたが、考えることも見つからないから寝る。布団を敷く。

 あー、布団が花柄だなー、シーツが白だなー。

 思考が完全に死んでいるが、やっぱりこの時間に寝てしまうと一日の残りの八時間がもったいないような。やっぱり夏休みは有意義に過ごした方が良いのかな。

 敢えて毎日を有意義に過ごす必要はないけど、高校生活で三回しかない夏休みは、何もせずに過ごすのはもったいないような気がする。

話は変わるが。

 巨大魚は海のなかにいたし、城のダンジョンの湖はもしかしたら海と繋がっているのかもしれない。

 湖にいたあの蛇も、洞窟の中の少ない魔物だけでは生きていけないだろう。水の中を泳いでいたが、水中に他の生物がいる様子はなかった。

 もしかしたら湖の生態系がちょうど崩壊したところで、蛇も死を待つ一方だったという可能性も否定できないが。


 だけどあの湖はなんで光ってたんだろうな。

 光る湖の中を泳いでいるようなイメージが浮かんだと思ったら、僕はもう寝ていたらしい。

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