主七話 起きると森の中にいて
起きると森の中にいて、周囲を見回すと、そこが城のダンジョンの前だということがわかる。
周りには見たところ誰もいないが。真夜中のようで、真っ暗だから確信はない。
確か洞窟内で気を失ったのだったか。
いつもは友達と一緒に入っていた森だが、一人でいるとずいぶんと暗くて怖いな。今にも恐怖に駆られて走り出しそうな気分だ。
今日のところはダンジョンに入って入り口で寝ようかな。
でも、トールに鉢合わせたら気まずいし、やっぱり帰るか。
帰るとなると電車か歩きか。
あーでも終電は確実に過ぎてるし、夜中にあそこの山を越えるのはリスクがある。
よし、野宿するか。
膜魔法には基本的に、何かしらの色が付いている。その色は自分で変えることもできるものなのだが、真っ白の光を放つライトを包むことで、周囲の雰囲気を変えたり、もっと高度なレベルだと、影絵なんかもできたりする。
いつも僕の使っている膜魔法は、
つまり、使う魔法の色がどんな色であっても、使い手の性格を示すわけではないということである。僕は明らかに陰キャだし、
僕の膜魔法は未熟なので、その厚さや形状に歪みが出る。まあどんなに膜魔法が得意な同級生でも、完璧な形状を保てることはないけれども。
それにしてもひどい。と、自分の光を見ながら思う。
普通の膜魔法ならば、滑らかに波打つように歪みが発生するのだが、僕の
まるで惑星ソラリスの海面のように。と表現してみる。けど、古い映画だから、友達に言っても通じる人の方が少ない。
僕たちのような高校生からすれば、今やっていることはただの遊びに過ぎないが、膜魔法関連の仕事を本職としている人は、ライトを膜魔法で包むことで、自分の膜魔法に歪みがないか確認するらしい。
膜魔法を使う仕事?もちろんある。使い捨ての傘を買いたくなる時があるだろう。
そういうときには近くの傘屋に行けば、透明な傘を安く作ってくれる。買ったことのある人も多いと思うが、あれが膜魔法だ。
他に、キャンプ用品の貸し出し用のものなどは、膜魔法で作っていることが多い。膜魔法の道具は熟達した人が作れば一週間は魔力無しでも大丈夫だし、消えるまでの時間も調整できる。
それに金属魔法と違って、放っておけば勝手に消えるから、使い捨てや貸し出しにちょうど良いということになる。
水中のように揺れる
起きると周りは明るくなっていて、木に寄りかかって寝ていたからか、背中が少し痛む。
ゆらりと立ち上がって、駅の方に向かう。
もうこんなにも明るいのだ。始発も出ているだろう。おそらく今は朝八時頃、帰宅すれば八時二十分だから、この貴重な夏休みの一日は、ほとんど無駄にならない。よかった。
山を降りると、現実に戻ってきたような感じがする。まあ、もとから現実なのだが。
駅に着くと、東陵姉弟がホームで寝ていた。博文の方をつついて起こす。
「あっ……?」
博文は意味のない言葉を発して、目をこする。ほんのり赤い頬。男なのに妙に色っぽくて、僕は照れる。
「……あっ、朝だよ?」
「あさー。…どうしたの?顔赤いよ?」
こいつ、初対面のときから性格変わりすぎじゃないか?
「まあ、親しい人とはこんな感じだよ。」
人の心を読んでくるようなところはそのままか。あ、才葉さんも起きた。
「朝か。」
「おはよう。才葉さん。朝だよ。」
「確か、昨日は駅のホームで寝たから…。無事だったのか。クサカ。」
「無事だったみたい。何があったのかは全く覚えてないけど。」
「トールさんが逃げろって言うから、急いで逃げてきたんだ。」
そのあとどうなったんだろうな。まあ、トールのことだから大したことはないだろうが。
次の機会にでも確認しよう。
電車が来たので乗った。東陵姉弟も乗ったので、もう少しだけ話が出来た。
明後日にまた会って遊ぶこと、友達を連れていくかもしれないことなどを決め、次の駅で解散した。
明後日は普通に高校生らしい青春、っぽい日になりそうだ。
家に着いたので、パソコンの包装を開く。というのも、一日経ってやっと、なにかに挑戦する気が出てきたからだ。
まあそういうわけではなく、電源さえ点ければパソコンは動くと、博文に教えてもらったからだ。
確かに考えてみればその通りで、初めからいろいろ複雑な設定の多い機械が、こんなにも普及するわけがないだろう。
黒光りするボディーに、銀色に縁取られた円い電源ボタン。押すと、ボディーの一部が緑色に光る。すごい、近未来的だ。
高校のPC部のパソコンも性能は良いのだが、いまいちデザインが格好よくない。こういった格好いいデザインはやっぱりゲーミングPCならではだ。
僕は読みかけだった本を開いて、フローリングの床に寝転がっている。時間は十三時半。十二時から十三時にかけて外出し、ファストフードを店で食べて帰ってきたところだ。
食後に寝転がるのは良くないかもしれないが、まだ高校生だ。急に太ることもあるまい。
いや、やっぱり不安になってきたので姿勢を正す。
パソコンについては、とりあえず諦めることにした。国木イチオシのFPSゲームを買ってみたが、全く遊べなかったのだ。初心者同士での対戦になるはずなのだが、相手にはほとんど歯が立たず、逆に僕はやられてばかりだった。
やる気が失せ、そのまま駅まで走っていって昼食を食べて少し散歩して、帰ってきたのが三十分前ということになる。
今、国木はどうしているだろうか。異世界に行っていたりするのだろうか。うらやましいなあ。全くの想像だが。
もしかしたら、教室に缶詰にされて、異世界の歴史の授業でも受けさせられているかもしれない。可哀想に。国使なんかに志願しなくてよかった。…全くの想像だが。
明日の予定を考えつつ、そのまま寝てしまおうと思う。明日は友達と海に行くのだ。
時計を確認する。今の時間は十五時半。明らかに、まだ寝る時間ではなかった。
そういえば入学してからずっと、夕食を抜いている。だから眠いのかな。まあ日常生活に支障はないから、大した問題は無いが。
気がついてしまうと、不思議なもので、今日は夕食を食べようかという気分になってくる。
読書を続けて三時間、学校の図書館で借りた本も遂に三冊目に突入した。夏休みは最大十冊まで本を借りられるのだが、この調子では八月に入る前に全て読み終わりそうだ。
三冊目は僕の好きなジャンル、異能力バトルものである。超能力というのは現実味が無くて面白い。序章までは読んだが、とても面白そうで、続きを読むのが楽しみだ。
外食から帰ってきたら読もう。
軽く仕度をして、家を出る。そういえば夕食のついでに、買いたいものもあった。
十八時とはいえ、今は夏。まだ明るい町のなかを、駅に向かって歩く。
一分ほど歩いたところで止まって、逆の方向に歩き始める。何となくいつもと違う場所に行きたくなったのだ。
たまにそういうことあるよね。
いつもは駅に向かって下っている緩い下り坂を、今日は登る。そこは今まで行ったことのない場所だ。
坂を登りきると、ちょっとした平地が広がっている。まあ平地とは言っても地盤が水平なだけで、家やらビルやらはたくさん立っているから、あまり“広がっている”という感じはしないが。
駅前に比べて少し、古そうな建物が多い。築七、八年といったところだろう。
すでに十五分ほどは歩いている。そろそろどこかの料理店には入りたい。
しかしここまで来てファミレスの類に行くのは気が引ける。
休憩がてらに遠くを見ていると、一つ、赤いオーニングが見える。この辺りではあまり見かけないような、くすんだ赤色の布製のものだ。中華料理屋だろうか。
こういう店を見るのは久しぶりだな。
近くに行くと、やっぱり中華料理屋だった。名前は『醉鶴』、読み方はスイカクかヨイヅルか分からない。しかし中華料理屋だから、おそらくスイカクだろうな。
中に人はほとんどいないが、カウンター席に一人、高校生か大学生か分からない男が座ってテレビを見ている。
僕の経験則からして、奴は店の関係者だ。つまり客は僕一人で、ゆったり夕食を食べることができる。はず。稀に、客が一人しかいないときだけやたらと話しかけてくる店主もいるが。
ファミレスなら平気なのに、小料理屋で一人で食べるのは恥ずかしい。という不思議。
引き戸を開けて中に入ると、従業員が少し驚いてこちらを向く。厨房を見ると、店主のオジサンも驚いている。
「もしかして、準備中だったりしましたかね、すいません入ってきてしまって。」
「……いやあ、いつもはこの時間、誰もいないからね。しっかり開店してるから安心しな。」
それはよかった。僕はカウンターに座る。
「注文は?」
そう言われて、壁を見渡す。なんでこういう店ってメニューが壁に短冊で張ってあるんだろう。
まあ無難にラーメンでいいかな。税込五百円。最近の傾向からすると安いな。高校生にはちょうどいい値段。
店主が調理を始める。
「君、中学生?」
テレビを見ていた店員が声を掛けてきた。
「いや、高校生だけど。」
「まじか。背ぇ低いな」
僕の身長は百五十八だ。男女合同ならちょうど学年の平均くらいだから、決して低くはない。
確かに背の順にならぶと前後は女子になるが。
…実は少し気にしてる。
「だから何?」
「いや別に。中学生みたいだなって」
「はあ。…まあいいや。」
まあいいや。身長のことなら友達にもたまに言われるのだ。あまり気にならない。
「高校何年生?」
「そっちは?」
「そんなにピリピリしなくても。俺は一年だよ」
「背、高いな。」
「そう?確かによく言われる」
「じゃあそうでもないや。」
「そう?これでも百八十三はあるんだけどね」
「自慢?」
「かもね」
「ラーメンお待ち!…ほら、運びな。」
「おう。」
いただきます。
「こいつ、学校でうまくやれてなくてな。」
「ちょ、やめてくれよ
「こう見えても、久しぶりに同世代の人と会って、喜んでいるんだよ。」
「……」
いきなりなんの話だろう。…僕は返事をした方がいいのか?
「別に、返事しなくてもいいんだ。独り言だと思ってくれ。」
「信二さん、その話するなら俺帰る」
「バイト代出さないよ?」
「…」
「いやあ、そこで踏みとどまるとは。最近の子はお金にがめついねえ。」
「……」
「そんなに睨むなよ。…それでさっきの話の続きだけど、君も一年生なんだったね。どこの高校だい?…おっと食べてる途中に申し訳ない。」
「ズルッ……陶姫南です。魔法学校の。」
「おや。聞いたか?」
「聞いたよ、まさか魔法使いとはね」
あれ?魔法使いに何か恨みでもあるのか?場合によっては逃げなければ。
「いやあ、実はこいつも魔法が使えるんだ。」
「じゃあ魔法学校ですか?どこの学校ですかね。」
この近くの魔法学校は陶姫高校だけだ。遠くの学校に通っているのか?
「普通の高校だよ、魔法といっても身体強化だから」
なるほど。日本では身体強化系の魔法は魔法とは認められていないのは知っていたが、こういう場合は普通の高校に通うしかないのか。
「でも、身体強化魔法を使えるのは珍しいとはいえ、学校でうまくいかないのとは関係なさそうですけどね。」
「そうなんだよなあ、それが不思議なんだよ。」
がらがらと引き戸が開き、お客さんが入ってくる。
「「いらっしゃいませ!」」
二人は仕事に戻った。
時間は十八時半を回っていた。僕は少し急いで残ったラーメンをすすり、会計をする。
五百円を店員に渡し、店を出る。
「また今度」
帰り際、そう店員から声を掛けられた。
どう返せばいいのか分からなかったので、気付かないふうに店を去る。
この店も気まぐれに来ただけだから、また来るかは分からない。が、店主の話の続きも気になるし、もし次来るとしたら、もう少し早い時間に来よう。
帰宅して、寝る。明日は海である。先程調子にのって、ものを買いすぎた。ほとんど男だけの海だが、これも一つの青春かな。明日が楽しみだ。
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