主六話 次元魔法というのは非常に難解で

 次元魔法というのは非常に難解で、複雑かつ概念的な理論に基づく魔法だ。


 例えば、水魔法を使うときには水を、炎魔法を使うときには炎もしくは火をイメージすれば、ある程度の魔法は使える。

 そして、その理屈からすると、次元魔法は「次元」をイメージして使うことになる。


 さて「次元」とはなにか。それが良く分からない。


 そこで次元を理解するために形而上学を学ぶわけだが、そもそもあんなものを理解できる高校生が普通にいるわけがない。僕なんかじゃ大人になっても理解できないだろうな。

 だから、次元魔法というのは高校生に使えるようなものではないのだ。


 しかし、博文は使えると言う。


「まあ、論より証拠とも言うしね。」

 そういって、博文は次元魔法を使う。といっても何かの動作をしたり、詠唱したりするわけではない。


 突然僕の目の前に小さい光点が表れ、それがどんどん大きくなる。

 僕は光点が実は光る円盤のようなものであることに気づく。

 隣で博文が言う。

「これの後ろにまわってみて。」

 

 言われた通りにこの円盤の後ろに回ると、反対側からは見えたのに、円盤は全く存在していない。


 円盤のあった辺りで手を振ってみてもなにも起こらない

 なにもないようなので、そのまま博文の方に戻ろうとする。


「止まって!」

博文が叫ぶ。しかし足を踏み出すと、太ももが大きく切れた。


「ああぁぁぁあ!」

 思わず大声を出してしまう。

 すぐに博文が来て治癒魔法で直してくれた。治癒魔法も使えたんだな。

「今のは、……」

「静かに。守衛が来る。」


 静かにして守衛さんをやり過ごす。



「今のが次元魔法だよ。」

「今のが…。次元魔法って攻撃魔法なのか?」

「そういうわけでもないけど、そういう使い方も出来る。」

「それにしても、肉体に大きなダメージを与えるとか…禁術みたいじゃん。」

「ごめん。でもさっきのは君も悪いよ。止まれって言うのに聞かないから。」

「俺も昔やったぜ。」

才葉さんもやったのか。

「ああ、あのときは大惨事だったね。それで治癒魔法を覚えることになったんだ。」


「それで、さっきの魔法のあれはなんなんだ?円盤みたいな…」

「そこからか。それは穴だ。」

「?」

「姉さん。次元魔法は、普通は高校じゃ習わないんだよ。」

「そっか。」

「簡単に説明してもらえると助かる。」


 才葉さんの説明だと良く分からなくなりそうだったので、博文の方を頼る。

 しかし、博文が詳細に説明してくれても良くわからなかった。哲学かと思っていたが、物理学みたいな印象を受けたな。

 ただ、さっきの円はこの“世界”に空いた穴だということはわかった。

 裏からの物質をなにも通さない性質を持つんだとか。

 穴の辺りで振っていた手は反対側からは見えていなくて、さっき円盤を無視して見えていた博文の姿は空間的な鏡のような部分なのだという。

 やっぱり良く分かんないや。


 ただ、チートみたいなものかといったらそうでもないみたいで、消費する魔力の量がとてつもなく大きいらしい。

 博文はこの学校の生徒の平均の大体二倍の魔力量を持っているらしいが、それでも今の大きさの円を三分間保つと魔力が尽きて、気絶するという。いつかの特撮ヒーローを思い出す。

 まあ僕だったら一分で気絶することになるが。


 しかし、次元魔法というのはそれだけらしい。

 それだけというのは、例の穴を出すだけだということだ。

 なるほど、実用性に欠けるとは聞いたことがあったが、そういうことだったのか。


 「つまり次元魔法は、膨大な魔力を使うが、動かない円盤を作り出すだけの魔法だと。」

「さらに言うと、大体の人が作り出せる穴は、ほとんど点みたいなものだよ。僕は小さい頃から使っていたから熟練しているだけ。」

 それは驚きだ。実用性に欠ける・・・とは全くの嘘だったわけだ。

 これでは実用性皆無・・だ。

「そうだよ。それに、哲学を学ぶと友達が減るから、デメリットもあるね。」

 それはひどい。どうしようもない。



 楽しい時間はあっという間に過ぎる。時刻はもう八時だ。

 僕の拙い膜魔法を見せたり、博文や才葉さんの他の魔法を見せてもらったりしていたが、お腹も空いたし、そろそろ帰ることにする。

 帰り際に博文が聞く。


「あそこにある城のことなんだけど。どう思う?」

以前行った城のダンジョンのことだろうか。

「どうって?」

「行ってみたいとか思ったりとかしない?」

…やっぱり博文は、僕によく似ている。


「行ったよ。少し前に。」

「本当?凄いな。」

「本当。」

「でも、キープアウトのテープとか張ってなかった?」

 その質問はあれだな。自分も城のダンジョンに行ったと言っているようなものだな。

「張ってた。」

「その奥は?」

「行ったし、ダンジョンにも入った。」


「入ったのか。僕は勇気がなくて入らなかったけど。どうだった?」

「今から行く?」

「うん。そうしよう。」

「俺も。俺も行く。」


 夜はやはり薄気味悪いが、山の中に入ってしばらく歩くと、ダンジョンに着いた。

 テープなどは張っていなかった。


 城の側面に出てしまったから、正面に回った。



 城に入ると、目の前には大穴がある。前回と同じ洞窟の入り口だ。

 どうやらトールもいないようだし、すぐに洞窟に入ってしまっても問題ないだろう。

 しかし、洞窟に影魔法は相性が悪そうだ。大丈夫かな。


 洞窟に入るが、魔物はいない。そういえば今日は計測魔法を使える人がいないから、見えない距離に魔物がいても気づけないのか。

 まあ、前回と同じ様であればほとんど敵はいないだろうし、襲ってきたら何とかすればいいや。

 生憎こちらには、防御貫通の攻撃次元魔法を使う博文がいる。


_________


 しばらく歩いたが一向に魔物が現れず、そろそろ帰ろうと思っていたところで、トールに出会った。


「ワタシノ城ニヨウコソ。ソコノ姉弟ヨ。」

その声で、三人は後ろを向く。

「ソシテソコノワンパク坊モ、久シブリダ。」

「…その節はどうも。」

「君ニハマダ早スギルト言ッタハズダ。」

「助けてもらったお礼を言いに来たんです。あのときはありがとうございます。」

「気ニスルナ。」

「ソコノオ嬢サン。珍シイモノ・・ヲ持ッテイルナ。」

「俺か?」

「ソウダ。ソレハ虫ダナ?」

「虫?影魔法のことか?」

「アア。ソレダ。ソレハ鍛エルトトテモ強イ。研鑽スルト良イ。」

「…」

「名前ハ?」

「才葉だ。」

「ナルホド。ヨイ名ダ。」

「ありがとう。…ございます。」

「……



 いつまでも話が終わらないので、暇潰しに周りを見ていたら、足元に大きな石があることに気付いた。石は少しだけ、ぼんやりと青白く光っている。歪に丸い。


 博文はどこか遠くの方を見ている。何を考えているのだろうか。

 こちらを向く様子はない。

 青白い石は何故か、ここに隠れていたいように見えた。


 石には悪いことをするが、気になってしまったのだ。足元にいた自分を恨むといい。

 無機物にたいしてなぜそんな言い訳をしているのかと自問したい気分でもあったが、屈んで、手で軽く触れてみる。

 あ、魔力が吸われる。それと、この感じは、魔法を使いすぎたときみたいな…




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 異世界に跳んでから、未だ一ヶ月も経っていない。未だに私のダンジョンの位置も正確には分かっていない。

 しかし、計画は驚くほどの速さで進展している。いくつかの想定外によって。


 想定外というものは必ず起こりうるものではあるが。

 その“想定外”の最たるものが今目の前で倒れた彼だ。名はクサカという。


 私たちは異世界への転移を跳躍ジャンプと呼んでいるのだが、こやつは、跳躍二日後にはダンジョンの一つに侵入しているのだ。

 非常な行動力の持ち主だといえるだろう。

 日本のダンジョンに侵入した初めての人間であり、現在生存しているなかでは最も早くダンジョンに侵入した者である。


 ダンジョンに侵入したとき、クサカは多くの人間を連れていた。

 初めは多数の人間が入ってきたことに驚いたものの、様子を見ていると、一人の人間によって彼らがここに導かれたことが分かった。それがクサカだ。


 少し離れたダンジョンに侵入した、人間の集団について聞いたときは、驚いた。集団の中には明らかに、以前私のダンジョンに来た人間が多く含まれていたのだ。

 当然、クサカもいた。

 詳しい様子は聞いていないが、この侵入も、おそらくはクサカ主導のものだろう。

 結果、ダンジョン主(おそらく幽月の方であろう)の機転によって、日本政府との交渉人を確保することになったのだ。


 日本での、計画を大きく狂わす出来事は、これで三回目となった。

 前述の通り、三回のうち二回はクサカによって起こされたものである。


 とにかく、彼はいちいち面倒を引き起こすようだ。今回も。



 彼がどのようにしてそれに気付いたのかは分からないが、彼は戯れにその卵嚢に触れた。

 その卵嚢の産みの親は、目には見えず、臭いもなく音も立てず、その上巧妙に動き回るため、触ることもできない。

 それは、よく知られる物に例えると、蛭のような姿をしている。

 それは、魔力を吸って孵化し、成長する。

 そして、卵嚢に気づくことなどあり得ない。それほどまでに巧妙に、卵嚢は隠されているのだ。


 しかし、触れてしまったものは仕方がない。本来ならばダンジョン内の微量なマナを少しずつ吸って孵化するが、人一人分のマナなぞを吸収すれば孵化するのは確実である。


 クサカの位置は卵嚢の真上。彼の意識はなく、孵化すれば死は確実である。

 私は天井から手を伸ばし、彼を後方に投げる。洞窟の入り口の方である。

 そしてサイハとその横の男に指示する。


「入リ口ニ向カッテ走レ!早ク!」

「くさかハ置イテイケ!」


 二人は一瞬当惑したようだったが、走り出す。

 これである程度は安心だ。

 クサカはおそらく大丈夫であろう。こういう奴は、案外しぶとく生き残るものだ。

 一応、地面に穴を掘ってそこに置いておく。


 この生物は、私の世界ではザトウムシモドキf a l s e f a l s e s p i d e rと呼ばれている。

 この名前は、先程私が述べた特徴と大きく異なるように思えるだろう。

 しかし、成体が蛭に似たこの生物は、確かにザトウムシモドキといわれる。

 その理由は幼生の形状にある。

 つまり幼生の形がザトウムシそっくりなのだ。


 私の目の前では、卵嚢から、巨大なザトウムシが数十匹出てきている。

 細長い脚が八本。その中心には、脚と比類するほど細い体。見れば見るほどザトウムシである。


 この見た目は。私は大丈夫なのだが、久利栖くりすなどはまったく駄目だ。どうやら脚の動きが非常に気持ち悪いらしい。


 さあ、今から私はこの体高六十センチほどもある巨大なザトウムシの、大群をどうにかするわけだが。このザトウムシには大きな、そして厄介な特徴がある。

 これがザトウムシ“モドキ”と呼ばれ始めた理由の大きな一つでもあり、


 彼等は脚を、変幻自在に動かす。伸ばし、曲げ、尖らせ、そして刺す。

 ダンジョン主として最初に親しくなった私の先輩は、彼等に殺されたのだが、その遺体には無数の穴が開き、顔などは直視できないほどであった。もう何百年も前の話だが。


 しかし、現在は対処法も確立され、ある程度は安全に戦える。


 私も久しく出会っていなかったが、一つ、未だ衰えていないことを彼等に見せつけてやろう。

…というほど年老いてはいない。せいぜいまだ中年になったばかりか、もしくは壮年くらいかもしれない。



 彼等は近接が得意だ。近寄らずに倒すに限る。

 首もとにある管から、圧縮した水を射出する。先ずは一匹。


 大丈夫そうだな。着々と倒していくが、ただの作業のようだ。

 ……二十、…二十一、倒し終えたか。案外少なかった。慎重に戦えば大したことは無かったようだ。



 突然、体が後ろに飛ばされ、地面に叩きつけられる。


 久し振りの打撲、地面に立つのも久し振りだ。天地が逆転し、どうにも頭が混乱する。

 天井に……違う、地面にいるのは大きなヒルである。洞窟を埋め尽くすような大きさだ。しかし、輪郭がぼやけていて、はっきりと形を捉えられない。

 あれは何だろう。

 成体であるならば、目には見えないはずだ。それに、ここまで巨大ではない。

 ヒルの脇腹が少し膨らみ、そこから糸のようなものがこちらに飛んできた。

 反射的に跳び、避ける。ついでに天井に張り付く。

 

 今の行動で、大体は理解した。おそらくは、あれは幼生の集合体だろう。

 それならば、あの曖昧な輪郭にも説明がつく。

 そういえば、幼生が集まって形状を変えるというのは聞いたことがある。


 あるザトウムシモドキに関する報告書の、備考の欄に載っていたのだが。報告者のダンジョンに現れたザトウムシモドキは、ある程度数を減らしたところで、より集まって石のようになったという。

 今回は彼等同士の連携がとれていて、一匹の生き物のように動くが、同じようなものとして考えても問題はないだろう。


 一匹の生き物として考えた方が、無数の生き物の集合と考えるよりも都合が良い。

 巨大とはいえ、冷静に考えてみれば、この洞窟の中には更に大きい生物も何匹かはいる。

 先週か先々週か、私が一撃で倒した湖の蛇も、この蛭より大きかった。


 私が射出している液体は体液だから、とりあえず無くなる心配はない。

 遠くから少しずつ削るか。



……特に変わったところもなく、倒し終えた。

 やはり、案外大したことは無かったか。復活するとかそういったことは無さそうだ。

 細かい穴の空いた自分の脚の一本を見つつ、安堵する。攻撃は、この一本の脚で捌ききった。

 脚は非常に痛いが、治癒魔法を誰かにかけてもらえば、すぐに直るようなものだ。

 未だに、この生物によって殺されるダンジョン主は多くいる。今回は運が良かったのだろうな。

 

 さて、…クサカはいるな。

 こいつは寝てばかりだ。取り敢えずダンジョンの外に放り出しておこう。

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