主五話 公園に着くと、
公園に着くと、多くの人が遊んだり読書したりしていた。
勉強している人もいる。
例のベンチの辺りを見ると、やはりいた。退屈そうな人間が。
本を開いてはいるが、視線は本に向かっていない。暇そうなオーラがあふれでている。気のせいかもしれないが。
本に飽きたのだろうか。
都合の良いことに、体格から見ておそらく一年生の男子。しかも見覚えがない顔だから、北高の人だ。
話しかけに行こうっと。
というわけで、初対面の人と簡単にともだちになる方法を伝授しよう。
一、勘違いを装って話しかける。
「おっ、たけしじゃん。」
「……」
「あれ?元気無いなあ。……」
「……」
「……、…あ、ごめん、…人違いだったわ。…うん。」
…ダメだ。中学のときはこれでも行けたんだが。というか元緋との最初の会話もこんな感じだったんだけどな。
さて、気を取り直して……帰るか。
「もしかして、同級生か?」
…まさか向こうから話しかけてくるとは。
どう対応すべきか。ここは引きの一手かな。
「いや、ごめん、人違いだったみたいで…」
「嘘だ。これは単なる偶然なんだけど、今陶姫魔法学校に通っている人に、たけしという名前の人はいない。」
「…そ、それは、地元の友達と勘違いして…。」
「地元ね。君は結構遠くの県から来ていたよね。そして君の住んでいた地域からこの学校には、君しか来ていない。」
「…へえ。でも僕、友達多かったからさ。県外の友達とか普通にいたし。SNSとか。」
「なるほどね。じゃあそういうことにしとこう。」
なんとかなった。それにたけし(仮)は意外と良く喋るタイプのようだ。
多分友達になれそう。
「じゃあ。また。」
そう言い残してたけしは去っていく。あまりに自然な動作に一瞬反応が遅れる。
あ。呼び止めなきゃ。
「ちょっと待って。名前と所属だけ教えて?」
「いいよ。
博子。博子っていうのか。
…いやいやいやお前、君、…なんて呼べばいいのか分からないが。
確かに少し華奢な雰囲気はあるが。
明らかに男子だろ。
そう思ったときにはもう彼の姿は遠くなっていた。
僕は帰ることにした。
______
家に帰ってふて寝して、起きたら朝で、制服を着て家を出る。
電車に乗って学校に行く間、彼のことが気になっていた。
東野。本当に名前が東野かは分からないが。あいつは何を知っているんだ?学校の名簿を全員分覚えているのか?
良く分からない奴だが、気になる。
また公園に行けば会えるかな。
今日、学校の用事が済んだらもう一度行ってみよう。
「しかし、高一から遅刻やら欠席やらが多いと、将来が心配だなあ。」
教員室で担任に怒られたあと、担任の隣の席に座る先生から笑われた。
僕は曖昧な笑いで返す。
そういえば、この先生の名前はたけしだったな。
というか、同じクラスにもたけしってやつがいたな。
東野は何を言っていたんだろうな。ただのハッタリだったのかな。
先生に怒られてなんか疲れたし、今日は帰って寝よう。昼食は食べなくて良いや。
今日も暑いな。などと思いつつ駅に着くと、昨日の東野が改札の前に立っていた。
今日はもう関わりたくないが、思うところもあるから、言おう。
「たけし、いたよ。」
「ん?俺はたけしじゃない。」
知ってる。もしかして昨日の会話を覚えていないのか?
「昨日の話だよ。この学校にたけしはいないって…」
「?」
あれ?おかしいな。
「えっと、人違いですかね。」
「あー、多分そうだ。」
おかしい。特徴的な顔では無かったが、昨日会ったばかりの人の顔を忘れるわけがない。二重人格か?
「もしかして、東野博子さんって知ってる?」
「知らないな。弟のことかとも思ったが、流石に男女の見分けくらいはつくだろうし。」
いや。多分、昨日の人はその弟かもしれない。
というか、良く見ると、南高校の女子の制服を来ている。
口調が男っぽいとはいえ、男女の見分けもつかないとは。よっぽど疲れていたか焦っていたか、太陽に当てられたのかもしれない。
とにかくそもそも大きな人違いだったということか。
まあいいや。
「弟さんは、北高の一年生だったりとか…」
「そうだ。」
「なら、多分その弟さんですね。僕が会ったのは。」
「ということは、その、弟とお前と博子とやらは、三角関係にでも陥っているのか。聞いたところ、お前はずいぶんとその博子のことを気にしているようだが。」
僕の発言のどこに、三角関係を勘ぐらせる要素があったのだろう。
勘違いが甚だしいな。
「多分、違いますね。博子というのは、おそらくあなたの弟さんが偽名として使っていた名前ですよ。」
「偽名か。いかにもあいつの好きそうなことだ。」
「そうなんだ。」
「ああ、そうだ。じゃあ俺は用事があるので行く。また何かあれば、三年の
彼女はそう言って行ってしまった。
僕も帰ろう。
高校最初の夏休み。全力で青春しようと思っていたが、早くもやることが無くなってしまった。
そうだ、パソコンを買おう。今まで無かったこともあり得ないが、これから必要になることも多いだろう。
まあ本音はゲームをしたいだけだけど。国木からも色々勧められていたんだ。今はいないが、次に遊ぶときまでには上手になっておかなければ。
頭がパンクしそうだから。楽しいことを考えていないとやっていけない。
陶姫駅を電車が出発してから二分、西陶姫駅についた。ここは昨日も来た。寮の最寄りの西陶姫駅だ。
ふと顔を上げると、駅のベンチに昨日の東野が座っていた。
昨日と同じ本を読んでいて、顔を上げる気配は無い。
それにしても先ほどの東陵さんとは良く似ている。それに、確かに、遠目に見ると女にも見えなくはない。
話しかけるのも面倒だし、こっちを向くまで見ていようと思って凝視していたが、そのまま電車は発車してしまった。
高校生とは良いものだが、良いと言える理由のひとつが、お金だ。
中学の頃は――もしかすると僕の親が厳しかっただけかもしれないが――登下校中の買い物はだめだとか、無駄遣いはするなだとか良く言われたものだったが、高校生になった今、自分の所有する(親から仕送られた)お金に制限をつけるものは誰もいない。
というわけで、結構高額なパソコンも軽く買えてしまうのだ。サンキュー、モラトリアム。
重いパソコンを持って帰宅して、配線などに手間取っていたら疲れたから、早めに寝た。
買ったばかりのパソコン君には悪いが、もうしばらくは君に触りたくない。今日一日は見たくもない。
確かに学校ではPC部に所属しているが、パソコンの中で僕が分かる分野は、画像の編集と3Dモデリングだけだ。
パソコンの設置がこんなに面倒だとは思ってもみなかった。
さてと、東野にでも会いに行こうかな。きっと今日も例の公園にいるだろう。なんかそんな気がする。
と思ったら案の定いた。
「よう。」
「ああ、おはよう。」
「おはよう。」
「どうしたんだ。君はこの近くに住んでるわけでもないだろうに。僕に会いに来たのか?」
「うん。」
「なんで?」
「君、東陵さんの弟だろう。」
「どの東陵さん?」
「君の姉の東陵さんだ。」
「ああ確かに、僕に姉がいれば、僕はその弟だ。」
「姉がいるだろう。」
「ああ。この学校にたけしがいるのと同じでね。」
「は?」
「つまり僕は嘘をつくし、君はそれを信じた。」
「だから?」
「友達だ。」
意味が分からない。
「不思議だ…」
「不思議でしょ。」
「もしかして、不思議キャラでやってるのか?」
「うん。僕はAB型でね。」
僕はO型だ。
「あらためて聞くけど名前は?」
「東陵
「本当?」
「ああ。友達には嘘をつかない。」
どうにも怪しいが、まあ女性名よりは納得がいく。
「それで、なんのために来たんだ?僕に会いに来たのか?」
「ああ、うん。」
「珍しいこともあるね。まだ友達でもない男に会いにここまで来るとは。」
もう帰ろうかな。疲れたし。
「そうだ。君はずいぶんと僕のことを疑っているみたい。」
すごい。図星だ
「だから、君と僕との距離を近くすることから始めるべきだと思うんだ。家に来なよ。少しお茶でも飲まないか。」
特に断る理由も無かったから、付いった。東陵は男子寮に入っていく。
部屋に着いて、東陵が扉を開けると、男子高校生らしからぬ整頓された部屋が広がっていた。
「姉ちゃん?」
東陵――と呼ぶと分かりづらいから、博文と呼ぶことにする――は、軽く叫ぶ。
すると、昨日の人が奥から顔を出す。
「お前は昨日の…。合っていたようで何よりだ」
「何よりです。」
にしても、この人は声が低いな。博文よりも低いかもしれない。
顔立ちも、見比べてみると良く分かるが、本当にそっくりだ。
私服だろう緩めのジーパンをはいていると、もはや男子にしか見えないな。
「何をじろじろ見てるんだ。もしかして君は姉ちゃんのことが好きなのか?」
「いや、別に。」
「私、年下はタイプじゃないけど、…クサカ君なら、いいよ?」
「いや、別に。」
こいつら。真面目そうに見えて色恋沙汰が好きなのか?
ああ良く見ると、胸が少し出ている。決して大きくはないが、このやせ形の体格の男子としてはあり得ないくらいの大きさ。
確かに女子だ。
後ろから叩かれる。
「どこ見てんだ。」
「あ、ごめん。」
「見て見て、セクシーなポーズ。」
「姉ちゃんも。薄い胸を張ったって、全然セクシーじゃない。」
「うるさいなあ。黙ってろ。」
「ほら呆けてないで上がりなよ。」
居間のなかに一つだけあるテーブルの周りに腰掛け、三人で雑談する。
「へえ、にしても姉弟で陶姫に受かるなんてすごい。」
「まあうちは、二人とも珍しい魔法を使えたからね。」
「珍しいと入りやすい?」
「分からないけど。ここの先生は研究者の人も多いから、印象に残った可能性はある。」
確かに。
「そういえば君の得意な魔法は何?」
「膜魔法。別にそんなに珍しい魔法ではないけどね。」
「一般的な魔法のなかではレアな部類には入るな。」
「まあね。それで、君や…えっと東陵さん?」
「
「じゃあ。博文くんと才葉さんはなんの魔法を使えたの?」
「僕は次元魔法だね。」
「俺は影魔法。」
次元魔法というのはまた珍しい。使うにはかなりの特訓と哲学的な思考が必要になるから使い手には変人が多いと聞くが、そういうことか。
しかし影魔法というのは聞いたことがないな。
「影魔法?」
「ああ、それがちょっと特殊でな。多分、影魔法を使えるのはこの世界で俺しかいない。」
というと?
「まだ原理が良く分かっていないんだ。実は膜魔法で光を屈折させているとか、高度な光魔法のように光子そのものを動かしているとか、色々仮説を立てたんだが。どうも私の影には質量があるらしい。」
「それってもはや影では無い…」
「ああ、だから取り敢えずは召喚魔法の一種だと考えている。俺も先生たちもな。」
「召喚魔法って、あの禁術の…」
「ああ、どこかの異世界から生物とかを呼び出すやつだ。」
「大規模な生態系の破壊につながった、アルミラージの召喚とか。」
「あの島だと、今や駆除のついでに名産品にさえしてるけどな。しかし、危険な魔法であることは事実だ。」
「じゃあその才葉さんの影も生物?」
「それが良く分からない。それに、こんな話を続けていてもどうしようもない。」
「そうですね。麦茶が無くなってしまったんですが、自分で汲んでも?」
「ああ構わん。冷蔵庫に入っているから勝手に開けて注いでくれ。」
………
真昼近くなり、そろそろ帰ろうとしているところで、二人がその得意の魔法を見せてくれるということになった。というのも僕が、影魔法はともかく、次元魔法も見たことが無かったからだ。
ちなみに言っておくと、次元魔法というのは魔術師としてある程度の技術を持った人が趣味で習得するものだ。だから僕たちが高校生のうちに見ることは、偶然担任の先生が習得していたということでもない限り、ほとんどあり得ないことなのだ。
さて、例の公園では魔法を使うことが禁止されているから、少し離れてはいるが、北高のグラウンドに行くことにした。
ついでなので昼食も北高の学食で済ます。
少しリベラルな傾向のある陶姫南高校に対して、北高は少し堅い。制服も学ランとセーラー服だし、学校も昔ながらというか…未だに学食が木造だった。予算が足りないのかな。
陶姫魔法学校として北高と南高が比較されることは多いが、北高が南高よりも優れている例として、グラウンドや体育館が挙げられることが多い。
以前も言ったように北高は
例えば、グラウンドの魔法障壁は南高には無いし、南高の体育館とグラウンドを足した広さが、北高のグラウンドと同じくらいだ。
まあ魔法学や研究、教育設備については南高の方が凄いし(主観)、全然気にならないけどね。
昼食はとても美味しかった。ご飯をおかわり出来るというのは、体育会系の人にとってはなかなか良いのではないだろうか。僕には関係ない話だが。
さて、才葉さんによると「グラウンドの方が分かりやすい。」とのことで、僕たちはグラウンドに来ている。
まずは自分の影だけを用いた基本を見せてくれるらしい。
「
才葉さんがそう小さく言うと、影本来の位置にいたその影が、才葉さんを中心とした円を描くように形を変える。
それだけで僕は感動した。どういう原理で動くのか、全く見当がつかない。
「
更にそう言うと、影の輪郭がぼやけ、影が正方形に変わる。
「
小さく言う。形が変わる。
この魔法は才葉さんしか使えない、いわばユニーク魔法とでも言うべきものなのに、なぜ詠唱する必要があるのか。
僕や多くの人は、得意な魔法であれば無詠唱で使うし、イメージの付きやすいものなど、詠唱した方が早い魔法以外ならば、やっぱり無詠唱で使う。
馴染みのない英語での詠唱は、明らかに非効率的だし、とっさに使いづらい。まあ彼女の場合は慣れているようだが。
詠唱する魔術師というのは一部いるが、それは格好つけであったり、よほど広範囲に影響を与える魔法を使う、例えば天候を操る魔術師くらいなものだ。
ではなんで詠唱するんだ?
「見てるか?」
ふと声をかけられ、意識を外側に向ける。
「あ、すいません。なんで詠唱するのかなって思って。」
「格好いいからだ。」
なんだ、それだけか。
「じゃあ続けるぞ。次はこの辺にある影を使う。」
「はい。」
「良く見てろよ。あの時計だ。」
才葉さんはグラウンドの端にある、時計のついた柱を指差す。
僕たちからは比較的近い位置にあるが、グラウンドの中心の方にいるからな。あの時計までは百メートル以上ある。たぶん。
「
すると、いつのまにか円に戻っていた才葉さんの影が細くなり、時計の柱の方に延びていった。
たぶん、柱に届いたのだろう。
「
そういって戻ってきた才葉さんの影の端には、時計の影が付いていた。
しかし、自分の影を遠くで変形させただけかもしれない
「すいません。時計の方を見てきてもいいですか?」
「構わん。」
見に行くと、時計台の影は無くなっていた。そして本来影があるだろう場所まで歩いていくと、時計台の影は復活した。
そしてその影は自分の影と融合しているのだが、どことなく以前より薄いように見える。
そのまま戻ろうとすると、足が地面から離れない。 というか自分の影が、時計台の影から離れなくなってしまった。
色々と試した結果、時計と自分の影が完全に融合し、僕の影が時計の影のそとに出られなくなった。ので、僕の本体は時計の影から出られなくなってしまった
「すいません!動けなくなっちゃったんですけど!」
叫ぶと、二人が来る。
「本当か?」
そういって僕のことを全力で引っ張るが、動かない。
足をつったところで引っ張ってもらうのをあきらめた。
時計台の影をもとに戻すと、普通に足は動くようになった。
才葉さんは便利な使い道を見つけたと喜んでいたが、僕からすれば、たまったものではない。
まあ才葉さんも知らなかったから、怒っても仕方ないのだが。
そのあと、濃い影の中に入れるとか、影が少し盛り上がるとか、体を覆えば防御に使えるとか、そういったことを見せてもらっていたら日が暮れてしまった。
夜は影魔法は使えないらしい。たぶん、使おうとすると、地球の影全てを動かすことになるからだ。と考えているらしい。
確かに、魔法でその辺の木や柱は動かせても、地球は動かせないのと同じ仕組みか。
才葉さんによると、一階建ての建物の影ならば動かせるが、二階を越える大きさになると動かすのはきびしいらしい。
こんなに長時間魔法を見せてもらって、魔力も削られて疲れるだろうし申し訳ないと思ったが、言うと、彼らも披露するのが楽しいと言っていた。から、寮の門限の話は言わないことにした。
もう何度か守衛さんから隠れているから、今さらだというのもある。
次は博文の番だ。
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