主四話 ダンジョンの中は、迷路状になっている

 ダンジョンの中は、迷路状になっている。縦長の部屋を少し進み、左右もしくは正面の襖を開けると、その先は同じ構造の部屋が続いている。襖は開いたり開かなかったりする。

 ここもトールのところの城の部分ように、安全なエリアのようだ。いくら進んでも全く進展がないし何も出てこない。

 そろそろ戻ろうと提案されて、今入ってきた扉を開けようとしてみたが、開かない。

 どうやら本格的に迷わせる気らしい。閉塞感からか、みんなの雰囲気も少し険悪だ。

 取り敢えずホテルに戻ってチェックアウトして、荷物をもってここに来ることにしよう。

 全員でアウト帰還の魔法を唱える。


 直後、一瞬意識が飛び、気がつくと入り口のところに立っていた。周りの面子の位置関係から見るに、入り口付近にランダムに飛ばされるらしい。

 周りに人は多少いるが、何故か気付かれていない。気付かれていたら質問責めになっていたところだったから助かった。



 僕たちはホテルに帰り、ちょっとゆっくりしてからチェックアウトして、ダンジョンに戻った。


 再度ダンジョンに入ると、目の前には木の階段があった。

 おそらくこれが例の城のダンジョンの、洞窟の入り口のような場所だと考え、狭い階段を上る。


 二階は、明るかった一階とは大きく雰囲気が変わり、薄暗い。また、一階とは違って、屋敷の廊下が続いているような形になっている。

 灯りは足元に置かれた行灯だけで、しかもそれは、廊下の角にしかない。

 戯憩ケケ(本名は戯憩けいこうだが、長いので、僕を含め多くの人は彼をケケと呼んでいる。言い忘れてた。)によると、不定形のマナの集合がウジャウジャいるらしい。例えばこの先の突き当たりを左に曲がると五匹、右には七匹、その先の曲がり角は、どの方向に曲がっても六匹、という具合に、モンスターがひしめき合っているような感じだ。

 モンスターというか、雰囲気からして、幽霊でも出てきそうなものだが。


 そんなことを思っていたら、曲がり角から青い火が出てきた。やっぱり幽霊じゃないか。

 相手が炎系なら、僕は割と相性がいい。ちょうど前衛の位置にいるわけだし、今回は僕が倒そう。両手のひらに膜を作り、蚊を叩く要領で、火の玉を叩く。

 火の玉は、特に熱いということもなく、さらに言えばなんの感触もなく、何らかの動きを見せることもなく消えた。


「消えちゃった。」

僕は振り返って言う。

「いや。ちゃんと倒せているみたいだ。」

戯憩が言う。

「マナは分散してる。」

「そもそも魔物だったのか?」

「分からん。」

「次、私が倒したい!」

「僕も」

「たくさんいるし、誰が倒してもいいよ。」

 ということで、前衛には潮騒さんと元緋が入る。


 そのあとの進みはかなり速く、前衛の二人が競い合うように進むのに後ろから付いていくように、僕たちは先に進んだ。


 そのまま以前と同じように一夜を経て、次の日の午後。

 敵は数も種類も豊富に出てきていて、僕たちは割と疲弊していたので、時間は早いが休憩しようということになった。


 休憩で僕が楽しみにしていたのは、焼き肉だった。

 以前から思っていたが、ダンジョンの中にいる魔物はとても美味しそうだ。

 周りの面子のほとんどはそうは思わないらしいが、戯憩だけは科学的な面から少し賛成してくれた。ので、今僕は肉を持っている。


 僕が持ってきたのは狐。白い面を被ってはいるが、形状は明らかに狐だし、多分狐だ。これを捌く。

 幸い、祖父が猟師をやっていたので、手伝ったりしていて多少は動物の捌きかたの心得がある。


 捌くシーンは割愛して。道具がないこともあってなかなかうまくいかなかったが、多少の肉片は残った。

 まあ血液等が悲惨な感じになったから、休憩する場所は多少移動したが。


 膜魔法でフライパンを作り、肉を乗せて、下から炎魔法で加熱してもらう。

 本来ならば膜魔法は熱をほとんど通さないが、僕の魔法技術はまだ未熟だから熱を通してしまう。未熟で良かった。


 肉が焼き上がると、いい香りがしてくる。そろそろ良いと思ってフライパンを火から離し、肉を冷まして口に入れる。


「うまっ」

 美味しい。いつか食べた高級なステーキ程ではないが、美味しい。

 魔物食に理解のある戯憩にも食べてもらった。

「レアだからだろうな。」

 確かに、中心が少し生だった。

「だけど、臭みもないし、食用に開発された品種と同じくらい美味しいというのは不思議だ。」

戯憩の言葉を聞いて信用できたのか、他の面子も肉をつまむ。

「そういえば、塩とかってかけたっけ?」

「かけてない。」

「言われてみると、結構強く塩味がついてるな。」

「不思議だ。」

「だね。」

などと考察していたら肉が無くなってしまった。

 次からは狐を見つけたら取っておくことにしよう。


 朝。起きてしばらく歩くと、屋敷の玄関のような場所に出た。少なくともこのダンジョンがトールのものよりも複雑であることが察せられる。

 玄関の奥にも道が続いているため、そのまま進むか玄関から外に出るかで少し議論になったが、結局外に出ることになる。


 外は、ダンジョン内ではあるから当然かもしれないが、本来正午少し前であるはずなのに、夜のように真っ暗で。星々と満月が頭上に輝いている。

 地面は暗く、玄関から漏れる光を除けば一寸先も見えない。

 僕はライトを使い、周辺を照らし出す。


 すると回りはどこまでも広がる白い玉砂利の広場で、ライトを反射する玉砂利の中に、二人の人が立っていた。

 軽い和装の男女だ。

 女性の方は昨日食べた狐の着けていたような面を顔につけ、男性の方は顔の部分が青い炎になっている。

 どちらも表情は見えない。


「こんにちは皆さん。初めまして。私、幽月と申します。」

男性が話し始める。音程は中性的だが深い声だ。

「狐月だ。」

女性は狐月というのか。

「皆さんのお名前は…」

「元緋。」

「そこの…元緋くんの隣の君は?」

「…明出です。」

「そちらは?」

「し、潮騒、杞いとっ、です!」

「なるほどね。他のみんなは?」

などと言われたのでみんなが自己紹介する。

 何故どことなく説教されているっぽい雰囲気なのかと疑問に思ったが、考えてみると、僕たちはこの人たちの家(?)に勝手に入り込んだわけで、怒られるのも当然のことだった。


「多分君たちも聞いていると思うけど、私達はいわゆる異世界から来たわけで、」

「…?」

「……?」

「いえ。初耳ですが。」

「……ちょっと聞いても?君たちはどうしてここに来たんだい?」

「ちょっと冒険心がくすぐられて…。」

「つまり誰かから依頼されて来た訳ではない?」

「…はい。」

「冒険心から勝手にやったのだと。」

「……」

幽月は渋い顔をしていそうな様子だ。

 少し経って、話を続ける。


「まあ私たちとしては、誰が来たとしても別にかまわないのです。しかし、まだ幼いというのに、許可もなくここに入ってしまうというのはやはり良くない。君たちは少し反省する必要がありますね。」

そう言って幽月はこちらに歩いてくる。狐月は退屈そうに、僕たちを眺めている。

「反省っていうのは?」

「そうですね。時間もないので手短に説明しましょう。私たちダンジョン主は、ダンジョンのある各国の政府に要望書を送りました。その内容は簡単に言うと国使の交換です。しかし、私たちとしてはこの世界の人との平和的対話のために、こちらの世界についてある程度理解して頂き、あなた方の世界も理解しておきたい。それだけなのです。」

「となると僕たちの誰かをその、国使にしたいということですか?」

「そうです。」

「…それが僕らの反省とどのように関係するのですか?」

「いえいえ反省云々とはほとんど関係がないのですが。それも含めて、少しここでゆっくりしていっていただくことになります。よろしいですか?」

 別に時間がないわけではないが、学校を休んでいる以上、ゆっくりと言うのも罪悪感があるな。まあいいや。それより、ダンジョンの魔物を倒してしまっているが、平和的な対話というのは可能なのだろうか。

 しかし考えてみると、魔物を倒さなければここには来られなかったわけで。

 ちょっと聞いてみよう。

「あの、申し訳無いんですけれども、ダンジョンの中にいる生き物を少々殺してしまいまして…」

「おい!」

「ああ、あれは私たちがいると勝手に発生するんだ。殺してしまっても気にしなくていい。」

 なら良かった。しかし桐馬の言うように(ただ叫んだだけだが)、考えてみると安直な質問だったな。

 それにしてもまさか、いきなり狐月が喋るとは思ってもみなかった。


「狐月。丁寧な対応を心掛けろって久利栖くりすさんに言われただろ。」

「ごめん。つい。」

「いや、別に強く言うつもりは無かったんだ。」

「幽月……。でも、やっぱりごめん。気を付ける。」

いちゃいちゃ。

「僕らは別に偉い人というわけでもないし、普通に接してもらって構わないですよ?むしろ堅苦しいのは少し苦手で。」

 こういう場面に入っていけるのは桐馬のすごいところだよな。

「そうですか。では。」

幽月は咳払いをして、少し雰囲気を柔らかくする。

「君たちが良いというのならばそうさせてもらおうかな。」


 屋敷に戻ると、僕たちが出てきたときとは違って、中は明るい高級旅館のような雰囲気になっていた。


 屋敷の一室で会話をしていると、しばらくして、スーツの男性が一人入ってきた。スーツといっても汎用のものではなく、モーニングや燕尾服(そういった服飾には詳しくないが)のような類の高級そうな服だ。

 それと山高帽をかぶっている。


「どうも初めまして。ディビット・ハイライトです。」

 どうも向こうの世界の人には礼儀正しい人が多いらしい。

 もしくは僕たちを刺激しないようにしているだけか。


 にしてもあまりに普通の人間だ。今までダンジョンの主にしか会ってきていなかったから、様々な人種がいるSFのような世界をイメージしていたが、もしかしたら案外向こうもこの世界と大差ないのかもしれない。

 ディビットに呼ばれて、少し失礼しますと言って、幽月と狐月はどこかに行ってしまう。

 僕たちだけで話したかったこともあるし、ちょうど良かった。


「いやあ、驚いたよ。ダンジョンっていうのはこういうものなのか。」

「多分色々だと思うな。前回のダンジョンは全く雰囲気が違かった。」

「でも楽しかった!」

楽しい、か。一概にはそうとは言えないが、そう感じるところも確かにあった。

「楽しいのは良かったけど、私、さっき幽月さんが言ってた『反省』っていうのが気になるんだよね。」

そう言うのは国木。確かにそんなことも言っていたような気がしなくもない。いや、どうだったか。

「そんなこと言ってたっけ。覚えてないな。」

元緋が僕を代弁してくれた。

「紳弥って実はあんまり話聞いてないよね。」

「そうかな。」

「間違いないね。」

「でも別に強く叱られたということもないしね。」

不思議だ。しかし、幽月が思い付きで言ってしまっただけかもしれない。気にしなくても大丈夫だろう。


ディビットさんが部屋に戻ってきた。そして唐突に言う。

「君たち、ここには勝手に入り込んだらしいじゃないか。」

僕は覚る。これは怒られるやつだ。


 結局一時間近く怒られた。内容はほとんど覚えていないが、他人の家に勝手に入ったことと、歳上に対する礼儀がなっていないことを注意された気がする。

 前時代的な先生みたいだ。自分たちが悪いのは分かっているが、少し反抗心が生まれる。


 説教が終わったところで幽月さんが部屋に入ってきた。どうやら外から様子を伺っていたらしい。

 代わりに叱ってもらってしまって申し訳ない。などディビットさんに言いながらこちらを向く。

「どうにも説教は苦手でね。でも君たちももう人の家に勝手に入ったりしてはいけないよ。」

 もちろん分かっています。反省もしました。


「さっき狐月とディビットと話し合ったんだけど、しばらくは君たちに、僕らとここの政府との仲介役になってもらうことにした。ただあまり多いのも困るんで、二人だけ取りたい。君たちが決めてくれないかな。」

 幽月さんが言う。

「私、やります。」

 国木が真っ先に手を挙げた。積極的な性格でもないのに、意外だ。

 僕は左右を見る。

「わたしたちは無理かな。」

「僕も今回は控えておくよ。」

というわけで残ったのは僕と元緋。僕は特に理由はないがやりたくないので、一歩下がる。

 それを見た元緋が少し笑う。どうやらやってくれるらしい。一歩前に出て言う。

「じゃあ俺で。」


 案外早く決まったな。しかし僕らは帰っていいものだろうか。色々あって少し休憩したいのだが。

 ディビットさんと二人が話をしている。幽月さんに聞いたところ、狐月さんは寝てしまったとのこと。いまの時間はおそらく午後三時頃だと言うと、時差が大体九時間であることを教えてくれた。向こうの世界のこのダンジョンのあるところは、いまちょうど夜の12時頃らしい。

 そのまま座って部屋の内装をボンヤリ眺めていると、そのまま寝てしまった。


 起きると、暗闇の中にいた。しかしライトで照らすとなんということはない。先程までみんながいた部屋だった。

 いくら暗いとはいえ、昼間から寝てしまうとは。

 外に出てふらふらと歩いていると、幽月さんと無事に会うことが出来た。

 みんなは近くの公園で待っているそうだが、元緋と国木はここにしばらく残るらしい。

 軽く顔を見てから帰ろうかな。



「お前、いつもダンジョンから出てくるの最後だな。」

 まだダンジョンに入ったのは二回目なのに、いつももなにもないだろ。

「じゃあ帰る?」

「琴音さんのとこ寄らなきゃ!」

そういえばそんな人もいたな。やばい。寝起きで頭がはっきりしていない。


 警察署に入って琴音さんのことを探したが見つからなかった。詳しく確認すると、例の警察官は琴居こといさんだった。

 色々あって名前を忘れてた。


 琴居さんに詳しい事情を説明し、長屋のダンジョンのことを見ておいてほしいとお願いした。


 可能なら幽月さんとも会ってもらいたかったが、人数が大きく減ってしまった今、もう一度ダンジョンに入るのはリスキーだ。仕方がない。

 まあ国木はちゃんとしている。ダンジョンから出たらすぐに琴居さんのところに向かうだろう。


 残った僕たちだが、とりあえず学校に戻ることにした。とはいってももう授業はないのだが。

 というのも、僕は学校の予定を覚えていなかったが、昨日から夏休みだったらしい。それなら出発も二日ほど遅らせればよかった。


 長期休み直前のおそらく重要な日に休んでしまったのだから、先生に会っておいた方が良いだろう。気は進まないが。

 言い訳を考えておかなければ。しかし前回のこともあるから、多少は注意されるだろうな。やだな。


 今日はもうそろそろ午後七時、まだあまり暗くはなっていないが、学校にいくには遅すぎる。

 相談した結果、明日以降、各自別々に先生に会いに行くことにした。

 休んでいた全員で先生に会いに行ったら明らかにあやしいから仕方ない。

 僕は明後日の昼、学校に行くことにした。


 次の日


 やったー、夏休みだー。

 という気分ではない。なんたって、明日には確実に先生に怒られる未来が待っているのだ。 

 高校に入ったら怒られることは少なくなると聞いたことがあったが、先生が優しくなるからではなかったらしい。げんに僕は高校に入ってから二回も怒られている。

 明日で三回目だ。

 そもそも担任の先生が怖いんだよ。ああ学校行きたくない。


 今日は何をしようかな。本を読む気分でもないしな。桐馬は学校に行ってるし、元緋も国木もいない。大名たいなも学校だろう。僕は学校に行くわけにはいかない。

 なんか、いきなり友達が減ったような気分だ。

 陶姫北高校の友達でも作ろうかな。しかし、僕は運動部じゃないから練習試合もないし、南北合同で行う行事も体育祭と、陶姫祭と呼ばれる文化祭くらいだ。


 やっぱり、北高(陶姫北高校)に行こう。そして本を借りよう。

 というのも、陶姫高校は双校の行き来の制限が緩く、自由に出入りができるのだ。すっかり忘れていた。

 いや、止めた。北高はどちらかというと魔法技術重視で、勉学のウェイトは少し低めだ。だから、北高の図書館の本には魔法技マギ術書寄りのものが多い。

 僕がもし北高に行くとしても、目的は図書館くらいだ。そして別に魔法技術書には強い興味はない。

 新しい友達が欲しい。なぜなら僕はピカピカの一年生だからである。


 陶姫南高校は全国から学生が集まる類の学校だ。かく言う僕も他県からこの高校に来ている。

 しかし、南北合わせて1200人の生徒の全員が全員、僕のようにちょうど良いアパートやマンションを見つけられるわけでも無いだろう。

 つまり僕が言いたいのは、学校所有の学生寮があるんじゃないかということだ。

 もしあるならば、そこに行ってみたい。新しいコネクションが作れるかも知れないし。


 調べたらあった。

 寮の話なぞ載っているとすれば入学案内くらいのものだと思ったが、入学案内などというものはとっくに捨ててしまったと思っていたし、捨てていなかったとしても実家に置いてあるだろうと思っていた。しかし運良く見つかったので、寮の有無を確認してみると、陶姫駅の隣の駅にあった。

「やまひめ寮」と「すえやま寮」というらしい。それぞれ女子寮と男子寮だ。

 二つの寮は小さい公園を挟んでいて、案内書に載っているイメージを見ると、公園にはちょうど良く木陰になりそうなベンチがある。

 経験からして、あそこには必ず誰か話しかけやすそうな人間がいる。


 さて行くか。


 

 

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