主三話 翌日、僕は朝寝坊してしまい

 翌日、僕は朝寝坊してしまい、登校するとすでに一時限目の授業の時間だった。


 淘姫南高校は、北もだが、少し特殊な授業形式をとっている。具体的には、毎日一授業ずつ他の学校より授業数が多く、その分を魔法の演習に充てている。

 そして今日の一時限目はちょうどその魔法演習にあたるから教室には誰もいない。さらに言えば鍵もかかっている。

 教室に着くまで忘れてた。

 まあいいや。体操服も持ってるし、授業をやってる場所も分かる。直接向かおう。


 演習をやるのは、少し前に僕と九箕くんが試合をした、学校の裏の運動場だ。

 体操着に着替えて急いで運動場に入ると、先生が僕の方を見ていた。魔法演習の竹森先生だ。この先生は結構なおじいちゃんである。

 このおじいちゃんが、見ているというか、僕の方を凝視している。

 この表情をしているということは遅刻はばれているだろう。僕はすぐに話しかける。

「すいません。寝坊してしまって。」

「おうおう。珍しいの。」

「ちょっと昨日、色々してたら疲れちゃって。」

「まあ人間、そういう日もある。」

「すいません。」

「授業の初めから十分も過ぎてるから、本来なら欠席扱いにするところじゃが、君はいつも真面目じゃから、遅刻ということにしとこう。」

「怒らないんですか?」

「この顔が怒っているように見えたかの?違うんじゃ、目を細めているのはコンタクトレンズを教員室に忘れてしまったからじゃ。」

良かった。この先生は怒ると結構怖いんだ。

「いやぁ、ありがとうございます。」

「そう言うなら早く練習せい。」

先生に手を合わせつつ、僕は運動場の真ん中辺りに移動する。そこには大名と桐馬がいる。


 いつもの練習などといったものは無く、基本的には自分の苦手とする部分を補うように練習する。いまいち苦手が分からないときはクラスメイトと試合する。もし試合に勝ってしまって他に試合してくれそうな人がいなかったりして、苦手が分からないときは、竹森先生と試合することになる。

 竹森先生は強い。全校の全クラスを考えるとふた授業にひと授業は演習になるから、演習は教員からするとかなりハードな教科だ。そのはずなのに、演習の授業は全てこの先生が担ってる。しかも、その授業中に突然試合を頼まれても、一度も負けたことが無いらしい。


 十数年前、全校生徒が手を組んで、一週間の魔法演習の授業全てで休み無く竹森先生に試合を仕掛けたことがあったが、誰一人勝てなかったらしい。

 土曜日の最終授業、最後の一人を打ち負かしたとき。それは魔法戦闘の全国大会で優勝したばかりの三年生だったらしいが。その人に掛けた、

「日本人相手じゃ。何年それを続けても、負ける気がせんわな。」

 という言葉はこの学校ではあまりに有名だ。その次の週は、誰も先生と試合をしたがらなかったという。前の週の興奮でみんな疲れていたというのもあるが。

 僕もいつか機会があれば、先生の本気を出させてみたいものだ。


 クラス全員で攻撃すればいいって?それは魔術師のあり方じゃない。まあ、やってみても先生に勝てる気はあまりしないが。


 しかし今日は僕は試合はしない。というか、膜魔法を全身にまとえるようになるまでは、試合はしないかな。

 調子に乗った桐馬が先生に試合を頼んでいたが、見事に負けていた。

 先生いわく、力は強くなったが慢心が見え透いているんだと。桐馬いわく、そりゃ強くもなったんだ、挑戦してみたくもなるさ。だそうだ。


 魔法演習の授業後、急いで教室に帰って、次の授業は英語だった。クラスは成績別に分けられていて、五クラスある。入学試験で、それぞれ百点ずつある学科の成績から魔法の成績を引いて、点数が高い順に一から五組のクラスに入る。僕は四組で、四組にはちょっと学科が苦手な人と、ちょっと魔法の得意な人が集まってる。つまりみんなちょっと脳筋だったりバカだったりする。

 それが理由なのかは分からないが、授業は活気があって楽しい。



 二、三時限目が終わって、昼食休憩になる。

 国木は二組、紳弥は五組にいるから、一昨日の面子でまとまった時間話をしたいなら昼食休憩しかない。

 というわけで紳弥と国木も誘って、運動場近くのテーブルベンチの所に行く。


「昨日の朝のことなんだけど、俺さ。突然ちょっと魔法の威力が上がったんだよね。」

桐馬が話し始める。

「まあもう、紳弥と明出には話したんだけどな。」

「だから演習でそんなに強かったんだな。」

 大名も気付いていたらしい。

「そういうこと。それで、大名たいなや国木にも似たようなことが起きてないかな?って思ってさ。」

「俺にはねえな。」

「私、ちょっと覚えがある、かも。」

強くなったのは国木さんか。まあ計測魔法で強くなるっていうのもよく分からないけど。

「細かく計測するのはちょっと苦手になっちゃったけど、広範囲を調べられるようになったよ。二倍くらい。」

「そうすると、どのくらいの範囲を調べられるんだ?」

「半径一キロくらいかな。調べられる範囲は、体積でいえば八倍だね。」

 すごいな。高校一年生の計測魔法は平均半径四百メートル。半径一キロというと、計測魔術師の仕事をしている人の平均よりやや下なくらいだ。高校生の中ではトップレベルといえる。

「まあ、計測の精度も考えたら、三年生には敵わないけどね。」

「まだ一年生だし、そこまで考えなくてもいいんじゃない?」

「それもそうだけどね、私考えたんだけど、他のダンジョンにも行ってみたら、もっと成長とかするかも知れないなって。どうかな?」

「どうかなってのは、他のダンジョンにも行きたいってことか?」

「うん。このメンバーで。」

「一昨日のダンジョンじゃダメなのか?」

「うん。あそこはまだ早かったかなって思う。」

僕は止めておいた方がいいと思うな。一昨日のダンジョンでも死にかけたのだから、他のダンジョンなら安全とは考えづらい。

 そう提案してみる。

「ダンジョンから出る方法も分からないしさ。」

「そういえば、ダンジョンを出るときお前は気絶してたんだったな。」

 そう言って元緋が説明してくれる。

 ダンジョンというものはどれも、敵が出ない場所と敵が出る場所に別れているらしい。例のダンジョンで言うと、城の部分と洞窟の部分だ。そしてダンジョンを抜けるときはその敵のいない場所にいる状態で、外に出るための魔法を使うらしい。

 魔法は「アウト」。ダンジョン内の特定の場所で唱えると発動するが、他の場所では何も起こらないらしい。決まった場所でないと発動しない魔法というのも珍しいな。

 試しに唱えてみたが、何も起こらなかった。


「ところでこのメンバーの中に、親とか友達とかと住んでる人っていたっけ?」

「いないな。」

「じゃあさ、今日学校が終わったあと、一週間くらいみんなで家出しない?」

「なんで?」

「一週間でちょっと全力で、ダンジョン攻略してみない?」

「いいね。確か隣県の割と行きやすい場所に、ダンジョンあったよね。」

「そう。昨日のニュースでやってたあそこ。」

「どこに行くにせよ、俺はリスクを取りたくないし、反対かな。」

「俺は明日は無理だぜ?」

 などと軽く議論したが、結局僕たちは家出することにした。全員が一人暮らしだから家出もなにもないが。

 詳しい予定と待ち合わせの時間を決めたところでちょうど予鈴が鳴り、急いで教室に帰った。


 午前三時間、午後四時間の時間割りで、学校の授業が終わるのが大体四時半だ。そのあとに部活などがあると、学校には七時過ぎまで残ることになる。

 僕たちの面子の中には今日部活がある人もいるが、しかし、電車の時間の問題で、四時半に学校を出る。そうしないと隣県のダンジョンに行くための電車が無くなって、駅で五人で夜を明かすことになる。

 野宿というのは健康面でも不安だし、家出が発覚したり、女子もいるから、不純異性交遊を疑われるリスクもある。そういったことだけは避けたい。

 明日の学校は休むことになるが、前回の面子だけが休むと何か疑われる可能性もあるから、それを防ぐためにもう二人誘った。それと大名は明日、バスケ部の練習試合的なものがあるらしく、僕たちと一緒にダンジョンにはいけないというのも、他の人を誘った理由だったりもする。


 四時半、校門に集まったのはいつもの面子(大名を除く)と男女一人ずつだ。

 二人の名前は潮騒と遠浅戯憩けいこうといい、二人は付き合っている。戯憩の方とは結構仲がよくて、それで誘ったのだが、彼らは基本的に二人で行動したがるから、面子が二人増えることになった。

 ちなみに戯憩は計測魔法、潮騒は炎魔法を得意としてる。



 僕たちの住む君反きみたん市は県境の市ではなく、ダンジョンのある杜危利もりきり市も県境ではない。しかし、何県にもまたがる在来線(北国ほっこく本線という)の路線がどちらの市にも通っているから、乗り換え二回だけでダンジョンのある辺りまで行ける。


 先程も言ったが、問題は時間だ。

 例えば七時に学校を出るとする。北国本線は六時以降、特急券のいらない急行がほとんど走らない。だから移動時間が三時間ほどになる。

 ちなみに急行に乗るとその時間が一時間程度になる。

 そして北国本線からダンジョン近くに行くまでに乗る電車は、僕たちが乗り換える予定の駅を、終電が九時半に出発する。

 七時に学校を出て、少なくとも三時間を費やすから、乗り換えの駅につくのは十時頃。

 ダンジョンに向かう電車はもうない。


 そうなると五、六時頃に集合でも別にいいのだが、部活のある人は途中で帰らなければいけないし、部活のない人も時間を潰す必要が出てきてちょっと微妙なのだ。

 だから学校が終わる大体の時間である四時半に時間を設定したということになる。

 それに財布など、各自家から持ってきてもらいたいものもあるから、こういったところで余裕は作っておいて損はない。


 そういうことで四時半に学校を出ると、各家との往復で一時間を見積もってもダンジョンへの到着が七時半ごろになる。

 気分的にはちょっと早いが、明るいうちにダンジョンに入れることの利点を考えると妥当な時間だ。



 学校の最寄りの陶姫駅で一旦解散したあと、一時間後の五時四十五分に待ち合わせるのはニ原にわら駅。そこで北国本線に乗り換えることになる。二原駅は工鵜駅から六駅だから、往復の移動に二十五分くらいかかるけど、軽く急げば時間は大丈夫そうだ。


 帰宅してすぐに、自分の財布と大きめの笠、替えの服一着を持ち、家を出る。

 工鵜駅で桐馬と待ち合わせしてるし、早めに行くに越したことはないと思う。それに近くのスーパーマーケットで軽いお菓子なども買いたい。

 

 何だかんだしていたら、結局時間が掛かって、ホームに着いたらすでに桐馬は待っていた。

「待ったよ。」

「ごめんごめん、お菓子とか買ってた。」

「そっか。何か遠足みたいでわくわくするな。俺も家から少し持ってきたぜ。」

「僕も楽しみだ。家出は初めてなんだ。桐馬は?」

「俺も。」

僕たちは雑談しつつ二原駅に向かった。


 駅に着くと、他の面子は揃っていた。

 まあ僕たちが着いたのが予定時間ちょうどだったから、当然といえば当然だが。

 全員いるかどうかをもう一度確認したあと、改札を抜けて北国本線の方に向かう。



 二時間後、一度の乗り換えを挟んで、ダンジョンの近くの駅に着く。

 夕食は乗り換え駅で食べたから、特に腹が空いていたりすることもなく、調子は良好だ。

 ダンジョンは歩いて二十分くらいのところにあるが、駅からはよく見えない。

 取り敢えずダンジョンを目指して歩く。


 ダンジョンに着いたが、そこは高校の近くにあったものとは違って、江戸時代の長屋のような見た目をしていた。

 周りの住宅街と少し同化している。

 ニュースでは、このダンジョンが生成されて、床ごとダンジョンの上に持ち上げられた家が写っていた。


 このダンジョンも周辺にはキープアウトのテープが張られていたが、テープの中には警察がたくさんいるし、テープの外も野次馬や報道関係の人で混雑している。

 到底ダンジョンには入れそうにない。

 今日のところは諦めることにした。



 近くに良さげなホテルがあった。小さめの地方都市らしく、値段もそこまで高くない。今日はそこに泊まることにした。


 高校生同士の小旅行といえば、夜はトランプやらウノやらで遊んだりするものだが、明日からは多分ダンジョンに入るか、入れないならばどこかしらに長距離移動するつもりだから、今日は早めに寝る。




 朝。といってもまだ四時だが、僕は起きる。あとに起きた人が混乱しないために軽く書き置きを残して、少し外の空気を吸いに行く。

 夏だから、日の出前とはいえど少し明るい。少し気分がよくなって、ダンジョンまで行ってみることにする。


 ダンジョンの周りには野次馬はもうほとんどいなかったが、警察はまだちらほらいた。少しだけその動いているのを眺める。

 と、警察がこっちに来た。


「おはよう。高校生かい?」

「はい。夏休みの小旅行でこの辺に来ていて。」

 よかった。てっきりじろじろ見ているのを怒られるかと思ったが、そんなことも無さそうだ。

「小旅行か。いいねえ。友達と?」

「そうなんですよ。僕、まだ一年生なんで、」

「出来たばかりの友達と親睦を深めようとか。そんな感じかい?」

「はい。そんな感じで。」

「いいねえ。それで、なんでここに?」

「ちょっと、朝の散歩がてら見に来てみただけで。特に大した理由はないんですけどね。」

「野次馬かい?感心しないねえ。」

「すいません。すぐに帰ります。」

「いやいやいいんだ。私もちょっと暇でね。ほんとは良くないんだが、朝早くに高校生がいるんで、珍しくてね。」

「旅行先だと、あんまし眠れないんです。」

「分かる。分かるよ君。私もだ。」

 面白いおじさんだな。何か警察っぽくない。

「じゃあ私はそろそろ行くよ。君もそろそろ行くといい。そろそろ上の連中も来るから。やたらと野次馬を嫌うからな、彼らは。」

「じゃあ僕もそうします。」

警察は本格的に調査を進めるみたいだ。交通費はかかるが、別のダンジョンに向かった方がいいかもしれない。

 ホテルまでは歩いて十分くらいだから、戻ってもまだ四時四十分くらいか。

 みんなが何時に起きるかは分からないけど、昨日決めた起床時間は六時だから、それまでは部屋で本でも読もう。



 朝食は付けなかったから、みんなでコンビニに行って買う。そのついでにさっきの話をして、相談してみる。結論としては

「じゃあ、別のところに行くか。」

「それでも、結構大変でしょ。次の場所ももしかしたら入れないかもしれないしね。」

「取り敢えずもう一回、ダンジョンまで行ってみないか?」

という感じでダンジョンに向かうことになった。遠くからでもいいからもう一度様子を確認してみようと思ってのことだ。


 しかしそこには、テープが張られていたりなど、警察がいる様子がなかった。ダンジョンの入り口らしき、長屋の扉を除いてみたが、どうやら簡単に入れそうだ。

 と思ったところで後ろから声が掛かる。

「おう。朝の高校生だねえ。こんなところで何してるんだい。」

僕はビクッとして振り返る。

そこには、少し予想してはいたが、朝の警察官がいた。

「もう一度ダンジョンを見たいなー、て思って来てみたら、何かテープとかが張られていなかったので、ちょっと覗いてみようかな、って……。」

「嘘だな。」

「はい。すいません。もとからダンジョンに入ろうと思っていて。」

「そうだろうねえ。君達、魔法高校の子だね。しかもおそらく学校をサボってここに来ている。」

「はい。」

「え?何で気付いちゃったんですか?」

「いやあ、それを訊いちゃ、自白と同じだなあ。」

「まあいいです。それで、何でばれちゃったんですか?」

「気になるかい?興味津々な嬢ちゃんのために、特別に教えてあげよう。」

そうして警察官の人(琴居こといさんという名前だった。)が話してくれた理由は、簡単なことだった。

 琴居さんは計測魔法を使えるらしく、最初の時点で僕が魔法を使えることに気付いたらしい。それで、僕の様子が可怪しかったこともあり、魔法を使う高校生というのは基本的には魔法学校に通うから、その中から夏休みに入っている学校を探したらしい。

 そしたら見つからなかったのだそうだ。

 それで僕が嘘をついていることを確信したんだということだった。


「上の連中がここに来て、すぐに撤収するように私らに指示したんだ。どうやら国からの指示らしくて。しかしこのままだと君達がダンジョンに入ってしまうと思ってねえ。待っていたんだ。」

「なるほど。じゃあ僕たちはダンジョンに入っちゃダメなんですね?」

「そういう訳でもないんだ。ただ君達が心配でね。ダンジョンに入ったかどうか分からないと、不安で仕方なかったんだ。不思議なものだね。

 もし無事に外に戻ってこられたら、私に連絡をしてくれないかね。私は珍しい名字だから、警察で琴居の名前を出せばすぐに見つかるはずだ。」

「分かりました。」

「ええ?連絡したらそのまま補導されたりしない?」

「(そういう話は後でこっそりしような。)」

「聞こえてるねえ。まあ連絡しないならしないで、私は構わないよ。じゃあねえ。」

「ども。」

というわけで、自由にダンジョンに入れるようだから、僕たちは中に入る。

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