主二話 みんなを説得するのは大変な苦労だった
みんなを説得するのは大変な苦労だった。でも、これ以降もしばらくは一緒にいなければならないのだから、居心地が悪くなるのは何としてでも避けたかった。
それにみんなも何だかんだお腹は空いていたみたいで、もし動物系の魔物がいたら食べてもいいかな。みたいな空気にはなった。
ダンジョンにはタンパク質が豊富にあるのに、好き嫌いで餓死するのは嫌だ。
ただ、炎魔法を使える面子がいないのがつらい。さすがに床に落ちた肉を生で食べるのには少し抵抗がある。
次ダンジョンに入ることがあったら、
深夜のテンションで騒いでいたら、とても眠くなってきた。元緋などはもう寝ている。国木に時間を聞くと午前三時だということなので、二時間ずつ見張りを立てて、交代で寝ることにする。ちなみに僕たちはいつもは時計を持ち歩かないし、昼夜の区別がつかない場所で時間を正確に把握できるのは、僕たちの中では、計測魔法を得意とする国木だけだ。
一応、僕の膜魔法を最大まで広げ、簡易的なテントを作っておく。こんなものでもおそらく一時間や二時間は持つだろう。
僕は自然に眠りに落ちた。
なにか冷たいものが顔にかかって目が覚める。慌てて体を起こすと、桐馬が笑いながら僕の方を見ていた。
顔に水を掛けたらしい。
「びっくりしたよ。」
とりあえず文句を言っておく。そして、今の状況を聞く。
今は朝七時だという。つまりいつもの起床時間よりも一時間近く早い。どうりで眠いわけだ。そして昨日の夜には魔物が出てこなかったらしい。魔物も寝るのかな。
とりあえず桐馬が多数決をとったところ、全会一致で先に進むことが決まった。
敵対する可能性のある魔物が出てくるかもしれないから、進むときの並びを話し合う。前衛とか後衛とかそういうやつだ。
そして決まったのが、前衛が僕と
なかなか安定感があっていい。
「五百メートルくらい先になにかいる。熊みたいな形。」
一時間ほど進んだところで国木が、遠くに魔物の反応があることを知らせる。
僕たちが警戒しつつ進むと、ライトが当たる位置まで来たところでそれが何であるかが分かった。
それは確かに熊だった。普通の熊とは違って毛皮は青く、体の側面には青白く光る筋が走っているが。しかしそこにいた熊の体で最も目に付くのは、その背中に大きく開く大きな穴だ。
「あれ。さっきまでは生きてたはずなのに。」
そう国木が呟く。
確かにその熊は死んでいた。しかも、殺されたのは僕たちがここに来るまでの十分程度の間だ。背中に冷たいものが走る。
僕は焦りつつも努めて冷静に、周囲をライトで照らしていく。そしてライトを上に向けるとそれはいた。
タコのようなそれは吸盤の付いた四本の足で天井に張り付き、丸く尖った口を僕たちの方に向けている。
「オマエラハ、ナニヲシニココニキタ。」
タコが声を掛けてきた。
「あ、あなた誰よ。」
国木が言う。
「ワタシハとーる。コノシロノ持チ主ダ。答エニナッテイルカナ?オ嬢チャン。」
重厚で、少し金属の掠れるような音の混じった声で、トールというらしいタコは答えた。紳士的で安全な雰囲気がある。僕も質問をしてみる。
「トールさんはなんでここにいるんですか?」
「ソレハワタシガココノ主ダカラダ。」
「ここはどういう場所なんですか?」
「ソロソロ、ワタシノ質問ニコタエテハクレナイカネ?」
たしか、どうしてここにいるのかだったか。
「実は道に迷ってしまって、間違えて入ってしまったら出られなくて。」
「チガウナ。」
桐馬の返答に対して、トールはすぐに答えた。
「嘘ヲツイテイル響キダ。」
「ここに何があるのか気になったので、僕がみんなを誘って来たんです。」
「ソウカ。ダガ、ココハソノヨウナ理由デ来ル場所デハナイ。」
「ごめんなさい。知らなかったもので。」
「ナラバ早クカエレ。オマエラハ弱スギル。ココハ危険ダ。」
「分かりました。そうします。」
そう言うと、トールは長い腕で床の熊を掴み、天井を伝ってどこかに行ってしまった。
「どうする?」
桐馬が聞いてくるが、まあ選択肢は一つしかない。
「帰ろうか。」
「「「え?」」」
「「え?」」
帰らないの?
話を聞いてみると、桐馬と国木と大名の三人は先に進むつもりだったらしい。逆に帰るつもりだったのは僕と元緋だ。
「あれはヤバいだろ。たぶん本気になれば気が付かないうちに殺されるぞ。忠告には従ったほうが良いって。」
元緋が珍しく消極的なことを言う。まあ僕も同意見だが。
「らしくないな元緋、いつもはもっと攻撃的だろ。」
「学校の試合じゃ死なないからな。」
「私はまだ冒険し足りないというか。もうちょっと進んでみたいな、と思うんだけど。」
「俺も同じ意見だ。それと明出、誘っておいて自分から帰るとか言い出すのは男らしくないぜ。」
「そうだな。もう少し進むか。」
みんながそう言うなら、進むしかないか。
しばらく進んだが、広い洞窟のような形状はずっと変わらないようだった。しかし、魔物の量は徐々に増えたように思えた。先程のゴブリンも何体か倒して、他に小さい蜘蛛や蛇の魔物も倒した。
どうやらこの辺には強い魔物はいないようだと感じたところで、広い湖に出た。たぶんここまで三時間ほど歩いただろうか。
湖はうっすらと青白く光り、まるでプールのようだ。
水面まで近寄って中を覗いてみると、縁からすぐに崖のように深くなっていて、水中にとてつもなく大きい蛇が泳いでいるのが見えた。幅だけで僕の身長の二倍くらいはありそうだ。
「うわ。」
思わず声を上げて後ずさる。
みんなが遠くから見ている。あんなに距離あったかな。
そう思って歩いてみんなのもとに戻る。
「いきなり早足に歩いて行ったから、びっくりしたよ。」
「ごめん、あまりに綺麗だったから。」
「綺麗って何が?」
「え?湖?」
「いや、暗くて何も見えないけど。」
「でも、そこにすごい大きい魔力の塊がある。」
「うん。それだよそれ。もしかしてみんな湖が光ってるの見えてないのか?」
「真っ暗にしか見えないぜ?ライトも無いしな。」
僕の視界だと普通に明るいから、ライトをつけ忘れてた。
光源を動かして湖の上に持っていく。
「ほんとだ。」
「水だな。」
やっぱり見えてなかったのか。
「そう、ここ湖なんだよ。それで中にさ…」
僕がそう言ったところで、湖から何かが飛び出してくる。それはライトに咬みつき、そのままの勢いで地面に倒れこんだ。みんなには何が起きたかわからないだろうが、僕には見える。こいつは水中にいた蛇だ。
「みんな出口に向かって走れ!」
僕が叫ぶと、みんなも何か大変なことが起きていると分かったのだろう。急いで走り出す。
僕はできる限り大きな膜を生成して蛇の頭に被せる。
蛇がそれを取ろうともがいている間に、僕も全力で走る。でも距離的に、僕たちは洞窟の出口に行く前に疲れて動けなくなるし、蛇の速さによってはその前に追いつかれる可能性もある。というかその可能性が高い。
走って十分くらい経ったところで僕は倒れる。もともと体力がある人ではないし、全力で走りすぎてしまったのも良くなかった。蛇が近寄ってきている音がするが、ライトを点けていないから姿は見えない。せめてみんなが洞窟の出口に着くまでの時間稼ぎくらいはしようと思い、もう一度膜を生成する。
多分、これを使ったら僕は魔力切れで気絶する。でも意識があるまま蛇に食べられるよりは数倍ましだろう。みんな逃げ切れるといいな。
僕は一瞬ライトを点けて蛇の位置を確認して、先程と同じように頭に膜を被せる。蛇がもがいているのを見つつ意識を失いつつあるところで、空気の抜けるような小さな音と、蛇が倒れる大きな音が聞こえた。
ふと気が付くと僕は森に寝転がっていた。起き上がると、少し離れた場所でみんなが談笑している。
あ、桐馬が気付いた。
僕が倒れた後の話をみんなから聞いた。みんなが蛇から逃げていると、トールが現れたらしい。みんながトールに事情を説明すると、トールは僕たちがまだダンジョンから出ていないことに対して怒りつつも、僕を助けにいってくれたらしい。
あの空気の抜けるような音は、トールが出したのかな?それで蛇を倒したのか。
それですぐにトールが戻ってきたから、説教をされつつダンジョンから出てきたとか。
なんか先生みたいだな、トールは。まあもうこのダンジョンに入ることはないだろうが、もしまたトールに会うことがあったら感謝を伝えたいな。
談笑のキリが良くなったところで、僕たちは家に帰ることにした。今はちょうど朝の十一時くらいで、学校ではたぶん授業をやっているとはおもうが、汚れた制服のまま今登校したら六人とも生徒指導室に呼ばれるのは必須だ。
ここはいったん家に帰るのがいいだろう。先生が家に連絡してきたときの言い訳を話し合いつつ、僕たちは帰った。
夜、担任の先生から連絡があったみたいだったが、僕は昼食後には寝てしまっていたので気付かなかった。
朝起きてカレンダーを確認すると七月の十九日。今日は学校は休みの日だった。週末とかそういう休みではなくて、長期休み前には必ずある、謎の休みだ。
録画していたアニメは今のところ全て見終わっているし、退屈だから駅前の公園で本でも読もう。
僕の家の最寄駅は
僕のお気に入りはアパートの裏の緑地で、そこは僕の知っている限りでは学園都市で唯一手入れの行き届いていない緑地だ。その乱雑さは地元を思い出させてくれたりするのだが、今日は副目的として友達に会うというのがあるから、駅前の方が何かと都合がいい。
友達に会いたいなら携帯を使うのが手っ取り早いのだが、学園都市内には電波がない。それに駅前で偶然出会うのを期待するくらいの方が、休日の緩やかな時間の流れを感じられる気がするというのもある。
今の時間は朝の五時。僕は休日は早起きだ。なぜ休日なのに早起きするのかなどと聞かれることがよくあるが、僕は逆になぜ平日に早起きするのかと聞きたい。休日は週に大体一日しかない貴重な日だ。最大限に使わなくてどうする。
いい感じの休日を過ごしたいと思えば早起きは必須だ。学校に五分早く着くために休日寝坊するのは非効率的だし、なにより不健康だ。たぶん。
これでも中学生のときまでは平日も休日も毎日五時起きだったのに、慣れというものは怖い。
駅前の公園に着くと、桐馬がベンチに座っていた。桐馬は工鵜駅の近くに住んでいるから朝早くに駅前の公園のベンチに座っている可能性は十分ありうるが、多分違うだろう。桐馬は僕の性格をよく知っているし、僕が休日だけ早起きなのも知ってる。
しかし、桐馬が僕に会いに来る理由が思い当たらない。まあいいや、桐馬が話してくれるだろう。
「おはよう。」
「おう、明出。お前はここに来ると思った。」
「うん。来たけど。僕を待っていたのか?」
「ああ。ちょっとお前に見せたいものがあってな。」
そう言って桐馬はわざとらしくにやりと笑う。
「ちょっと電車で行きたい場所があるんだけどいいか。」
「別にいいけど何で?」
「それは着いてからのお楽しみだ。」
確か工鵜駅の始発は五時三十二分だから、あと七分くらい経たないと電車が来ない。僕たちはのんびり駅に向かった。
二人が向かったのは
二人は駅を降りて椚池に行く。水辺の柵に体を立てかけて桐馬は話し始める。
「明出、今朝起きた時、体が変な感じがしなかったか?」
「特には。」
「そうか。俺にはあったんだよ。体が軽くなったり、いつもより物が鮮明に見えるような感じが。それで自分の体を見ても何も変化がないから、魔力体に何かあったのかと思ってな。魔法を使ってみたんだ。」
「それで?」
「そしたらこうなった。」
そう言って桐馬は右手を上に向けて、水の魔法を使った。
すると右手から水流が渦巻いて飛び出し、雲に届くほどではないがかなり上の方まで飛んで行った。
「まじか。」
僕はそれしかいえなかった。
「まじ。」
桐馬は自慢げにそう言う。
「桐馬って、マンションに住んでたよね。部屋とか破壊しちゃったんじゃないの?」
「まあ今のは大げさだけどな。指先から水を出そうとしたら、水が壁まで飛んだんだよ。」
「なるほどね。」
「それで明出はそういうことあったのかなと思ってさ。」
分からないな。今日はまだ魔法を使ってない。
「やってみるよ。」
そう言いつつ左手の甲に膜を生成する。すると、いつも通り普通に小さな膜が生成された。
「だめだ。なんにも変わらない。」
「不思議だな。ダンジョンと関係あるのかと思ったけど違うのかな。」
「桐馬は魔物倒した?」
「まあ一、二匹は。」
「僕は倒してないんだ。ただ魔物を引き付けてただけだから。」
「なるほどなー。じゃあ魔物を倒した奴にも聞いてみればいいのか。」
そうだな。それが良い。でもどうやって聞くんだ?
「俺、紳弥の家なら知ってるから、行ってみようぜ。それとも国木の方に行くか?」
「紳弥の方でいいんじゃないか。あいつの方が魔物を倒していそうだ。
「俺も知らないなー」
というわけで紳弥の家に向かう。
紳弥の家は椚池から三駅の距離にある。深夜は基本的に休日、その駅の近くの体育館でトレーニングとかをしてるから、そこにいけば見つかるだろう。
駅の南口を出ると、大きなかまぼこ型の建物が見える。これがこの市で一番大きい体育館、
体育館に入っていくと正面に受付があり、受付の人に僕らは学生証を見せる。この体育館は、市内の中学校もしくは高校に通う生徒なら無料で使うことができる。それに、利用すると名前が記録されるから、今回のように人を探しているときなども便利だ。
「淘姫南の一年の元緋紳弥君って来てますか?」
「えー、少々お待ちください。そうですね。来てます。」
「あ、来てますか。ありがとうございます。ちなみにどこにいるか分かったりしますかね。」
「いえ、そこまでは分かりませんが、大体育室は団体の方が使っていますので、おそらく二階にいると思いますよ。」
「ありがとうございます。探してみます。」
僕はそう言って二階に向かう。
二階のトレーニングルームを覗くと紳弥がいた。他の客はあまりいない。ここで話をしても問題ないかな。
「おはよう、明出と桐馬。こんなところにで何してるんだ?」
紳弥が気付いて声を掛けてくる。
「おはよう紳弥。ちょっと紳弥に会いに来たんだ。昨日の話なんだけどさ。」
「昨日か。ダンジョンだね。」
「昨日というか、今日の朝の話なんだが、俺の魔法が突然強力になったんだ。」
「へえ。」
「元緋はそういうことはないか?」
元緋は少し不思議な顔をしたが、僕たちを体育館の外に誘った。
「この辺でいいかな。」
体育館裏の公園に来て、元緋は言う。
本来、淘姫高校の学生は、山で囲まれた淘姫地域でのみ魔法を使っていいということになっているから、僕たちが魔法を使うときはこういう人の少ない場所で使うことが多い。
元緋は魔法を使うのだろう。
「ちょっとだれか怪我してくれないか。な。」
「やだよ。」「やだな。」
「知ってると思うけど、僕の得意分野は治癒魔法なんだ。怪我した人がいないと説明できない。」
「ということは、なにか魔法に変化があったんだね?」
「ああ。あった。」
「どうして分かったんだ?」
「体に違和感があったから、魔法が変化してるか試してみたんだ。」
「どうやって試したんだ?」
「自分で、過度なトレーニングをしながら回復魔法を使ってた。トレーニングルームでね。」
「なるほど。それは見ても分からないな。」
「それで、どんな感じで変わったんだ?」
「まあ何て言えばいいのか分からないけど、治癒が正確になったというか、前よりも元の状態に戻りやすくなった。」
「てことは、」
「ああ。さっきトレーニングした分の筋肉は全くついてないね。」
「残念。」
「まあ魔法が強力になったんだからいい。それで、明出の方は何か変化はあったのか?」
「いまいち無い。」
「残念。」
「うん残念だ。」
「他の面子にも話はしたのか?」
「まだ。大名と国木はどこに住んでるか分からないから。」
「それは僕も分からないな。明日学校で聞けばいいんじゃないか。」
そうだな、そうしよう。今日はもう帰って本でも読もうかな。
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