守りの魔法技術

AtNamlissen

主一章 夏休み

主一話 小さな駅から歩いて十五分

 小さな駅から歩いて十五分、何もない平地がずっと続くその先に小さく見える学校。僕は気合いを入れて走り出す、時刻は八時五十二分。ホームルームまであと八分。

 この暑い日射しのなかで五百メートルも走れば息が上がる。でもそれでいい。


 僕は明出日下めいでくさか淘姫南とうきみなみ魔法高校に通う高校生だ。PC部、図書委員に所属、昼食はいつも教室で友達とアニメの話をしつつ食べるような、典型的インドア派の男子高校生である。


 さてこの、僕が入っている淘姫南魔法高校はすごい。

 この世界にはマナと呼ばれる粒子が存在している。そして、この世界に住む人間の二、三十人に一人はこのマナをある程度自在に操ることが出来る。そういう人たちを僕たちは魔術師と呼んでいるのだが、需要や差別などの問題で、魔術師の教育施設、いわゆる『魔法学校』が用意されている。

 淘姫北と淘姫南魔法高校はそのなかでもエリートの集まる学校のひとつであり、全国から優秀な魔法の才能を持つ意欲的な生徒が集まっている。

 ちなみに淘姫北高校は駅を挟んで向かいで、淘姫南とはよく対抗戦をやったりする間柄だ。


 僕はまだ一年生の七月だから学校に馴染みきれたとは決して言えないが、校風も良く、アットホームな学校だから、楽しくやれている。

 そしてそのせいで身に付いた悪癖がこれだ。僕、日下はいわゆる遅刻魔である。ホームルーム中に教室に入ってきても先生がわりとにこやかにスルーしてくれるから、いつからか寝坊するようになっていた。

 今走っているのも遅刻しないように急いでいるのではなく、なんとなく疲れている風に見せることで自分の罪悪感を軽減させようとしているだけである。いつも思うがだめだな、僕は。

 そんなことを考えていると学校についた。


 学校についたはいいが、校門が閉まっていた。どうしてだろう。もしかしたら始業時間には校門を閉めるようになったのかもしれない。そう思って校門を開けようとすると、後ろから声がかかった。

「よう明出、今日、学校休みだぜ。」

「おはよう、九箕くみくん。君も遅刻か?珍しいね家近いのに。」

 彼は九箕くみ都生とお、学校から自転車で三十分くらいのところに住んでいる。

「だから、今日学校休みだって。」

「何をいっているんだ。まだ夏休みじゃないよ。夏休みはたしか来週くらいからだよ。」

「知ってる。でも休みだって。さっき確認したばかりだから間違いない。」

 そうか。学校が休みなのか。でもなんでだ?

「なんで?」

「成績付けてんだよ、先生達が。」

確かに、そういえばそうだった気がする。

「それで、九箕くんはなんでここにいるの?」

「ああ、運動場で自主練習でもしようと思ってな。」

「なるほど。九箕くんの得意は攻撃魔法だったね。」

「明出も来るか?」

「うん、せっかく暇だし行くよ。」

「じゃ、試合するか。」

「いいね。」



 運動場は学校の裏手にあり、とても広い。サッカーコート四面分くらいある。

「明出の得意な魔法って、防御だっけ。」

「うん。、分類的には防御魔法だね。」

「攻撃は出来るのか?」

「まあ学校で習った程度なら。」

「ならいけるな。試合は十分間でいいか?」

「問題ないよ。」

「じゃあ十秒後にスタートな。」

「うん。」

 僕たちは急いで距離をとる。タイマーの魔法が頭のなかで鳴る。

 十秒、練習開始だ。


 九箕は炎魔法を得意とする。炎魔法は高い攻撃力と、不安定性が特徴だ。もっというと、九箕は武器生成の形での発動が得意だ。げんに今、九箕が持っているのは炎の剣だ。

 対して僕が得意とするのは膜魔法。安定性と薄さが特徴だが、形状が変化しやすい。僕はそれを左腕に、盾のようにして五枚ほど発動している。膜魔法は、盾としては十枚ほど重ねて発動する魔法だ。五枚では防御の面ではかなり弱いだろう。

 しかし炎魔法ならば対応できる。


 九箕が振った剣を盾で防ぐと、盾の面に沿って炎が広がる。

 僕の膜は安定性が高いから、炎魔法に対しては強い。不安定な炎では膜は貫通できない。

 僕は右手を膜で覆うと、九箕のあごを狙って殴る。

 九箕は咄嗟に後ろに跳び、避ける。

「いつも通りじゃねえか。明出。」

確かに、僕は授業で習った攻め方しかできない。

「君もね。」

 九箕くんも、つよい防御魔法は使えないから、僕の攻撃を避けるしかない。

 九箕くんが遠退いた分、また接近する。

 次は積極的に攻めるか。右腕に膜を出し、ランスのようにして先を尖らせる。

 九箕はそれを見て、左手に炎の円を作る。盾だ。

 僕はそれを気にせず突き刺す。


 ランスは盾に燃やされた。炎魔法には対象を燃やす効果がある。正確には不安定性を感染させるというのだが、それでは表現が難しいから簡単に言うと、物理的な炎とは違って、炎魔法はどんなものだろうと燃やせる。

 僕にはまだ、九箕の炎魔法を貫けるほどの膜は発動できないっぽい。

 だけど九箕の武器も僕の盾を貫通できない。僕は追い討ちをかける。

 左手で膜三枚をZの形に生成して、それを地面に落とし、ロイター板の要領でそれを踏んで跳ぶ。

 同時に右手にランスを作り、九箕くんを飛び越えるように空中で回転する。背中を攻撃する算段だ。

 九箕くんは剣を突き上げる。

 そのまま下から突き上げられた九箕の剣が腹に突き刺さり、僕は気絶した。


 突然だが、魔力体というものがある。魔力体とは、自分の物質としての体と同じ場所にある、魔力によって構成された体だ。

 魔法を使うと魔力体の密度が徐々に薄くなっていって、魔力体が無くなるといわゆる『魔力切れ』という状態になり、魔法が使えなくなる。

 そして魔法は魔力体にのみ干渉する。特殊な方法を使わない限り、魔法が物質としての体に干渉することは出来ない。だから模擬戦などで僕らが怪我することはほとんどない。

 魔力体はどんな人間や生物にもあるもので、生命維持に必要不可欠なものだ。長時間魔力体がないままでいると、体の末端が壊死したり、臓器不全などになって死に至ったりすることが分かっている。

 でも、普通は魔力体が失われたとしてもすぐに復活する。大きく傷つけられるとショックで気絶したりするが、それだけだ。


 起きると、近くに九箕が立っていた。

「どのくらい気絶してた?」

「五秒くらいだな。」

「案外短かったな。」

「そんなもんだろ。にしても、相変わらず器用だな、明出。」

「そうかな。」

「そうだよ。普通は咄嗟に膜魔法でジャンプ板を作ったりは出来ない。」

「そうかもね。まあ試合には負けたけどね。」

「まあな。」

そんなことを話しつつ、各自、練習をする。僕は、胴体を覆う鎧のような柔軟な膜の生成。今回のような負け方をしないようにするためだ。九箕くんは何をしているのか分からないが、剣を伸ばしたり縮めたり。それぞれ、今の試合の反省点を踏まえて練習をする。

 時間が過ぎて、ちょうど正午ごろ。そろそろ帰ろうと思い、九箕くんに声をかける。

「そろそろ僕は帰るけど、九箕くんはどうする?」

「ああ、俺はもうちょっと練習してから帰るわ。もう一回試合するか?」

「もういいよ。今日はもう疲れた。」

「そうか。じゃあな。」

「うん。じゃあね。」


 駅に向かいつつ、今日の練習について考える。

 結局、柔軟な膜の生成は出来なかった。そもそも膜魔法はもっと柔らかい性質を持っているはずなのに、どうにも僕が使うと固くなってしまう。これでは金属魔法とあまり変わらない。

 金属魔法に挑戦したこともあったけど、僕には向いてなかった。金属の生成や変形はうまくいくんだけど、金属魔法は重いから、動きにくくなって不利になってしまう。

 どうにかこの“固い”膜魔法をもっとうまく使う道は無いものか。


 駅に着いて時刻表を見ると、あと三十分ほどは電車が来ない。そもそもこの路線はほとんど淘姫南北の魔法高校の需要で成り立っているから、登下校時以外の時間帯には二時間に一本程度しか来ないんだ。

 僕はすることもなくて、遠くを眺める。

 この淘姫という場所は山に囲まれていて、鉄道も、この場所に来るにはトンネルを掘って来なければならなかったほどだったらしい。歩いてここに来るには山道のような険しい道を通らなければならず、車などは通れない。

 そんな辺鄙なところだからこそ、淘姫の自然は綺麗だ。山一面に広がる緑はすべて広葉樹で、人の手が加わった様子もないのに綺麗に並んで立っている。そこに一つだけ、大きな西洋の城のようなものが建っている。

 あんなものあったかな。僕は少し不思議に思ったけど、電車が来たので思考を中断してしまった。

 今日はもう疲れたし、午後は家で本でも読んで寝よう。



 朝、起きると七時五十分だった。高校に通うために借りた八畳のアパートは窓が南西向きについているから、朝、あまり明るくない。

 家から学校までは一時間ほどかかるから、八時までに家を出なければ遅刻だ。急いで準備をして、家を出た。

 遅刻魔を自認してはいるが、僕だって積極的に遅刻しようとしているわけではない。家を出るときは、いつもたしかに急いでいるのだ。まあ結局は遅刻するのだけど。


 九時八分。学校につくと、いつもよりみんながざわざわしてる。少し不自然だから、友達の桐馬とうまに何があったのか聞く。

「桐馬、なんかクラスがいつもよりざわざわしてる気がするんだけど、気のせいか?」

「お前、ホームルームのとき先生の話聞いてなかったのか?」

「それはほら、僕、今学校に着いたばかりだから。」

「ああ、なるほどな。それでこのざわざわについてだけど。日本中にダンジョンのようなものが確認されたらしいという話を、先生がホームルームで言ってたんだ。」

「ダンジョンって、ラノベでよく出てくるあれか?」

「そう。」

「まじか。」

「そう。まじだ。でもまだ詳しいことは分かっていないらしい。」

「まあそうだろうな。」

「深く考えるなよ。高校生の僕らには関係ない話だろ。そんなことより、次、移動教室だから早く行こうぜ。」

「うん。」

 僕は昨日見た大きな城の事が気になって、放課後に行ってみようかと考える。もしかしたらあれもダンジョンで、昨日、突然出現したのかもしれない。そうだとすれば、見覚えがないのも納得だ。

 その後僕は、放課後までその城のことを頭の片隅に置きつつ過ごした。



 放課後。今日は部活もないから、いつもなら僕はそのまま家に帰ってテレビを見たりとかするんだけれども、今日は違う。

 よく一緒に帰る友達に話をつけて、一緒に城のところに向かうことにした。


 面子は僕、桐馬、大名たいな、国木、元緋もとひだ。三人ほど初登場だが、とりあえず名前だけ憶えておけばいい。

 僕の得意は膜魔法。桐馬は水、大名は金属、国木は計測(探知)、元緋は治癒魔法が得意だ。計測魔法というのは、時間や場所、温度、マナの量などを計測する魔法で、昨日僕が使っていたタイマーの魔法などがそれにあたる。他はまあ分かるだろうが、金属魔法は金属を生み出し、水魔法は水を生み出し、治癒魔法は治療全般をすることができる。

 偶然気が合った友達同士だが、得意な魔法のバランスが良い。めったなことがない限り、危険な状況には陥らないだろう。


 そんなこんなで城の近くまでやってくると、城の周りにはKEEPOUTのテープが張られている。こういうテープを見ると僕は、まるで取り壊し予定の廃ビルに忍び込むようなわくわく感を感じる。まあ、そうでもない人もいるみたいだけれども。

「これ以上は入っちゃまずいよ。帰ろうよ。もう暗いしさ。」

 そんなことをいうのは国木。一見気が弱そうに見えるメガネの女子だ。フルネームは国木夏子かこ。趣味はFPSのゲーム。ゲーム内でだけは気の強い典型的なオタクだ。

「いや、こんなところで止まるのは男じゃねえ。」

 これは大名。フルネームは大名楠比呂くすひろ。僕らのような陰キャの中にいるのが不自然なくらいテンションの高い奴。

 バスケ部でエース的なことをしているようなスポーツマン。無駄に筋肉が多くてガタイがいい。よくわからないがいい奴。

 こういった場面で突っ走るのはいつもこいつだが、だいたい周りの仲間から止めが入る。

「そうだね。こんなところで止まってはいられないね。」

 なんて乗ってくるのがこの男、元緋紳弥しんやだ。この面子の中では一番魔法の使い方がきれい、というか上手い。

 しかし授業での試合などではいつも、治癒魔法使いらしくなく格闘戦を仕掛ける。

当然、基本的には押し返されたり魔法を使われたりしてすぐに怪我をするのだが、片っ端から治癒魔法で治してそのまま相手を殴る。ちょっと恐い。

 それと、こいつは眼鏡をかけている。僕たちの面子で眼鏡をかけているのは国木と元緋の二人だけだ。

 そして、だいたい決断を下すのは桐馬。

「じゃあ、誰もいなさそうだし入ろうか。」

ということらしい。

「入るの?本当に?」

「やったぜ。早く行こうぜ!」

「楽しみだな。中はどんな感じだろう。」

「うん。」

といった感じで誰も反対しない。桐馬のカリスマ性には感服する。



 結局、城にはすんなりとつくことができた。周囲の様子を把握しつつ慎重に進んだので、城につく頃には外は真っ暗になっていたが。

 見回りや警備はいなかった。どうやら立ち入り禁止にしておけば誰も入らないだろうと考えていたらしいが、甘い。高校生の好奇心をなめすぎだ。そして城の入り口にテープを張っていなかったのも良くない。もし張ってあったら、僕たちはここで引き返したかもしれないのに。

 ということで、僕たちは城の中に潜入した。


 城の中、石づくりの広い通路の両側には金色の燭台が並び、真っすぐ進めと言わんばかりに、通路は奥のほうまでまっすぐに続いていた。僕らは上下左右を警戒しつつ、先に進む。

 そしてしばらくして違和感に気付く。明らかに通路が長すぎるのだ。本当なら十分も歩けば、この城の外には出られるはずなのに。

 僕たちはどうしようか相談したが、結局戻ることにした。しかし、ちょうど僕たちが入ってきた辺りの場所にはもう既に入り口はなく、かわりに、下へと続く大きな階段があった。

「だから入らないほうがいいって言ったのに。」

「そうだよ。僕だって心の中では反対してたんだ。」

「オレモ。」

「いや、引き返すのは男らしくないとか言ってた奴が今さらそんなこと言っても説得力ないよ。しかもすごい棒読みだし。」

「みんな下には行かないのか?せっかくここまできたのに。」

「だって、」

「ダッテ、コワイジャン。」

「大名、さっきから絶対ふざけてるでしょ。私、ほんとに怖いのに。」

「フザケテナイヨ。」

「そんなことしていないで早く下に行こうよ。ここで待っててもつまらないよ。」

「そうだな。よく分かったよ元緋。で、明出はどうしたい?」

「僕は元緋には反対かな。なんかここにいたほうがおもしろいことがおこる気がする。」

「俺は進みたいぜ?ここで止まるのは男じゃねえ。」

「私は、ちょっとくらいなら行ってみてもいいかな。」

「というわけで、ごめんな明出。僕らはここでお別れみたいだ。」

「何を言っているんだ。僕も行くよ?」

「一人が怖いのか?」

「いや、べつに。」

というわけで、みんなで階段を下ることにした。



 階段の下は、洞窟のようになっていた。国木が周囲を確認するが、ただ広いだけで、何か生き物などがいる気配はない。

 僕がライトの魔法を使って足元を照らすと、地面は固い土でできていて、乾燥して歩きやすいことが分かる。快適な探検になりそうだな。

「ところで、どのくらい探索したら帰る?」

「疲れたら、でいいと思うぜ。」

「そもそもどうやって帰るんだ?」

確かに。帰ろうにも帰り方が分からない。

「そうだな。じゃあ、どのくらいで休憩する?」

「もう少し進んでからが良いな。」

「もう私眠いし、この辺で休憩しない?」

などと話しつつ、目的もなく歩く。

 休憩の話が白熱してきたところで、遠くから何かの声がした。


 キャウゥー キャウッキャウッ

「なんの声だ?」

桐馬が言う。

「猿かな。」

と言ってはみるが、僕は猿の鳴き声を聞いたことがない。

「猿っぽいね。」

と元緋が言う。どうやら猿の鳴き声を聞いたことがあるらしい。でもこんなところに猿なんているかな。

 僕がそう思ったところで、鳴き声の主が見えてきた。

 緑色の皮膚に、長い耳と大きな口。ゴブリンかな。しかも三匹もいる。

 一瞬僕はどうしようかと躊躇するが、元緋と大名がゴブリンに殴りかかる。

 三匹のゴブリンは瞬く間に緑色の肉塊になった。いきなりひどいことをするな。特に大名。

 普通はもっとコミュニケーションとかしてみたりとかするものだろう。

 しかしもう疲れたな。この辺で休憩したいが。そういえば夕食も食べていない。お腹がすいたな。

「これって食べられるかな?」

緑色の肉を指差しつつ僕はみんなに聞く。


 みんなの反応はひどいものだった。

「お前、前から思っていたけど、実は結構ヤバいやつだよな。」

「何て言うか。クレイジーだぜ。」

「明出くんって、たまにちょっと、おかしいところある、よね。」

等々。ただ言ってみただけなのに、そこまで引くことないだろうに。

 

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