公爵家の茶会 その8
背が低く、小柄で童顔なリタの年齢をズバリと言い当てられる者は少ない。事実、顔が小さく頭身が高い妖精のように可憐な容姿のリタは、未だ少女と言っても通用するほどなのだから無理もなかった。
これで一児の母だと聞くと皆驚くのだが、15歳で成人を迎えて結婚し、
そんなわけだから、目の前に佇む女が見た目以上の年齢であることはイメルダも理解していた。しかしそれだって精々が2、3歳の違いでしかない。はっきり言って誤差である。
しかし今のリタはそれでは説明ができないほどの年長者に見えた。
年季がかったと言うべきか、古風と言うべきか。突如見せ始めた古めかしい口調と佇まいは、どうしたって20歳そこそこには見えなかったのだ。
言葉に言い表せられない漠然とした不気味さ。気圧されたイメルダが意図せず後退っていると、遠くから見ていたノエラが再び吠えた。
「なにを二人でこそこそと話しているのです! お客様たちが退屈してますわよ、さっさと模擬戦を続けなさい!」
決して人に聞かせられない己の秘密。何気にリタはそれを口走っていたのだが、どうやらイメルダにしか聞こえなかったらしい。その証拠に観客たちは、事情も分からずざわざわとするばかりだった。
もっともそれは無理もない。相当に手加減しているとはいえ、いま行っているのは互いに攻撃魔法を撃ち合う魔術の模擬戦である。万が一にも観客に被害が及ばないようにかなりの距離をとっていた。
それをわかったうえで声を発していたのだろう。再びリタが声量を変えずに口を開いた。
「さぁイメルダよ。わしが200年をかけて培ってきた無詠唱魔術。とくとその身で味わってみよ!」
言うなりリタが両手を前へ翳す。するとそこから凄まじい勢いで何かが生み出される。
瞬きする間もなく襲いかかってくる攻撃魔法。慌ててイメルダが防御術式を展開したものの、まさに間一髪だった。
魔力消費量をまったく考慮しない、無駄に大きく分厚い防御障壁。多少回り込まれたくらいでは内側に届かないほどに斜め後方まで覆ったそれは真後ろにしか死角がなかった。
咄嗟にそれを張り巡らしたイメルダだが、リタの攻撃魔法によって瞬く間に削られる光景に思わず顔が引き攣っていく。
魔術師としてはかなりの魔力保有量に恵まれているイメルダであるが、それも無限というわけではない。精々が普通より二、三倍多い程度なのだから、当然のように魔力を節約する術は身に付けていた。
けれど今はそんな余裕すらない。まさしく
それは異様な光景だった。
大きく分けると攻撃魔法には火、水、風、土、雷と五つの属性があるのだが、その中でも火と水、そして風と土は属性が真逆であるため、ぶつかり合うと互いに影響を受けて立ち消えてしまう。
なのにこの光景は何なのか。
自身が張り巡らした巨大な防御障壁。それをガリガリと削るリタの攻撃魔法には、見間違いで無ければ五つの属性すべてが含まれていた。
ざっと見ただけでも
それらが混然と混ざり合って美しい輝きを放つ。その派手で煌びやかな光景は素人受けが良いらしく、見守る観客たちが喝采を上げた。
しかしイメルダはそれどころではない。
異なる属性の魔法を同時に発動する。それだけでも驚愕に値するものだが、それらが互いに干渉することなく術式を保っている事実が信じられなかった。
それと同時に、今さらながらに己を待ち受ける運命を悟って恐怖に顔を歪ませる。
このままでは殺される。
学術的好奇心を上回る本能的な恐怖心。それを抑えきれずにイメルダが
「見たか! これがわしの無詠唱魔術じゃ! 生み出すのに100年、使いこなすのにもう100年。わしは人生のすべてをこれに捧げてきたと言ってもいい。――結婚じゃと!? 人並みの幸せじゃと!? そんなものに
「うぅっ!」
「苦労話を人に語る趣味などないが、敢えて言わせてもらえば、わしは寝る暇も惜しんで魔術の研究に没頭してきたのじゃ。誇張抜きでな。しかし人の寿命は有限。このままでは無詠唱魔術の謎を解き明かす前に己の寿命が尽きてしまう。そう悟ったわしは秘術を用いて寿命を延ばしたのじゃ。年老いて死んでいく親しい者たちを無言で見送りながらな! その寂しさ、侘びしさがお前にわかるか!?」
「うぐぅぅ!」
「にもかかわらず、お前はそれを恵まれた環境のおかげだと一言で片付けおった! ――確かに持って生まれた才能は必要じゃろう。それがなければそもそも話にならぬのじゃからな。しかし考えてみぃ。才能と環境に恵まれた者が皆成功しているのか!? 努力もなしに結果を出せた者がおるのか!?」
滔々と語りつつ、それでもリタは攻撃の手を休めない。
一歩間違えれば相手を殺しかねない危険な魔法を放ちながら、詰問するような言葉を吐き続ける。対してイメルダは悲鳴にも似た声を漏らすのが精一杯だった。
「うぅぅぅ!」
「お前とてわかっているはずじゃ。努力した者が必ずしも成功するとは限らぬ。いや、むしろそうでない者の方が多いのが現実じゃろう。しかしこれだけは言える。成功した者、結果を残せた者はおしなべて皆努力しておる! 決して環境に恵まれていただけではないのじゃ!」
「くっ……」
「ならば問うてやろう。これまでずっと努力してきたとお前は言うが、果たしてそれが語るに足るものだったのか!? 事あるごとに言い訳をし、自分以外のせいにして妥協してこなかったのか!? さぁイメルダよ、今一度思い返してみよ!」
まるで容赦のないリタの言葉。実際それはイメルダにとって耳の痛いものだった。
生まれ持った才能や恵まれた環境を羨んで嫉妬の言葉を吐いてしまったものの、それだけでリタがここまでの魔術を体得できるとは正直イメルダも思っていなかった。その陰には血の滲むような努力があったのは想像に難くない。
自身の半生を振り返ってみれば、常に全力を出し切って来たのかと問われれば
人より魔力は多く頭脳にも恵まれていたけれど、人付き合いが下手で不器用な生き方しかできずに気付けば自分で自分を追い込んでいたのだ。
それを誤魔化すように言い訳ばかりをして、自分よりも恵まれた者に嫉妬した結果がこれである。
「そ、それは……」
言い淀むイメルダ。
それへもっともらしく頷き返してリタが言う。
「……やはり答えられぬか。ならば、それこそがお前の答えであると知れ。そうして後悔しながらつまらぬ人生に幕を引くのも一興じゃろう。お前らの言う『不測の事態』とやらの結果としてな」
「な、なにを……!」
「それでどうなのじゃ? お前が言う『環境に恵まれただけ』とやらのわしに、まだ勝てると思っておるのか? ――それだけの防護障壁を張り巡らしているのじゃからな。魔力の消費も相当なものじゃろうしのぉ」
それまでの表情はどこへやら、一変してリタが顔に笑みを浮かべる。そうして伺うように眺めみれば、防壁の向こうで悔しそうにイメルダが歯噛みした。
「くっ……」
「見える。わしには見えるぞ、お前の魔力がな。ふふふ……もはや尽きそうになっておるではないか。それで本当に勝てるつもりか?」
「そ、それは貴女だって同じでしょう! それだけ攻撃魔法を乱発していれば、いつ魔力が尽きたって不思議じゃない! 実際にもう尽きかけているじゃないですか! 私にだって貴女の魔力くらい見えているのですよ!」
憎らしいほどの余裕を見せるリタに対して必死にイメルダが反論する。
魔術の素養のない者に魔力を視認することはできない。逆を言うと素養さえあれば相手の魔力を見ることができるのだが、今の彼女たちは互いを見てそう言っていた。
もしもこの場に二人の魔力を見られる者がいたならば、誰もがリタの劣勢を疑わなかっただろう。非常に僅差ではあるものの、先にリタの魔力が底をつくのは明らかだった。
このまま凌ぎ切れれば先にリタの方が魔力切れになる。そこへ
「ふふふ……そうか、お前にはそう見えるか。ならば一つ忠告してやろう。魔術師同士の戦いでは、何をおいても魔力を隠すのが基本じゃぞ。そのように駄々洩れさせるのは手の内を晒すに等しい」
「そ、そういう貴女だって魔力を隠していないでしょう! いい加減にハッタリはやめてください!」
イメルダが言う通り、リタが魔力を隠している素振りはまったく見られない。これが並みの魔術師であれば簡単に騙せたのだろうが、相手はイメルダ、魔術の世界に身を置いて30年のベテランである。
少なくとも彼女には、リタが魔力を隠しているかどうかはすぐにわかった。そのうえで指摘したのだが、対してリタは余裕の笑みを崩さない。
そして答えた。
「ならばハッタリかどうか、その目で確かめさせてやろう。200年もの長きにわたって磨き続けた我が魔力。しかとその目に焼き付けるがいい」
言いながらリタが攻撃魔法をピタリと止める。そしてだらりと身体を弛緩させた。
その直後に見たこともない光景がイメルダの瞳に飛び込んでくる。
見ればリタの身体から新たな魔力が放出されていた。
それを約10メートル離れた場所からイメルダは見ていたのだが、もはやその視界には収まりきらないほどにリタの魔力は巨大だった。
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11月2日に「拝啓勇者様」のコミック第一巻が発売になりました。
全国の主要書店、またはネット通販にてお買い求めいただけます。
また11月17日より電子書籍版も発売になりました。
こちらも主要電子書籍サイトにてお読みいただくことができます。
おまけとして、懐かしい幼女時代のリタの書き下ろし短編小説も付いていますので、この機会にお手に取っていただけますと幸いです。
詳しくは近況ノートをご覧ください。
https://kakuyomu.jp/users/chikuwa660/news/16817330667153633639
よろしくお願いいたします。
黒井ちくわ
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