姉と弟の矜持 その15

 決闘とは、個人間の諍いを解決するために行われる武力を用いた果し合いである。

 

 世間一般的にそう認識されているが、ここハサール王国においては禁じられて久しい。といいながら、つい数年前にも一人の女性をめぐって二人の貴族が決闘騒ぎを起こしたのは未だ記憶に新しかった。


 国の根幹を揺るがした東西辺境侯爵家の確執。

 決闘の名のもとに互いの嫡男同士が果し合い、最後にムルシア家の跡取りが瀕死の重傷を負ったのだ。

 誰一人として得をせず、幸せにもなれなかった決闘騒ぎである。主犯の侯爵家は取り潰されて、東部貴族家は再編の憂き目にあった。

 まさに王国史に残る大事件だったわけだが、その渦中にいたのが誰あろうリタだった。


 その出来事をきっかけにして、以前にも増して厳しく貴族の私闘が禁じられた昨今。女だてらに決闘に応じたリタの真意は果たしてどこにあるのか。


 周囲の者たちが皆一様に訝しく思う中、ともすれば妖艶にさえ映る笑みとともにリタが口を開いた。


「シェロン伯爵家嫡男マティアス。ムルシア侯爵家リタの名において決闘の申し入れを承諾いたします。見事にわたくしを討ち果たせたならば、ご希望通り此度こたびの狼藉はすべてなかったことにして差し上げましょう。――この者たちが証人となりますゆえ、代わりに全員の安全を要求します」

 

 言いながらリタが配下の者たちを指し示す。

 すると護衛騎士のエクトルと弟のフランシスが、同時に猛然と食って掛かってきた。


「なにをおっしゃるのです! 若奥方様自らが決闘するなど正気の沙汰とも思えません! それは護衛役の仕事でございますれば、この私にお任せを!」


「姉上! 正気ですか!? 決闘なら僕が受けて立ちますから、姉上はお引きください!」


「お下がりなさい二人とも。先方は私との一騎打ちを所望しておいでです。そしてそれは私も同じ」


「しかし若奥方様!」


「だめです、姉上!」


「くどいですわよ。この者は大事な弟を虐めたうえに、レンテリア家まで侮った。さらに我がムルシア家にまで手を上げたのです。その制裁を他人ひとの手に委ねるなどあり得ません」


 ご存じのようにムルシア侯爵家は、圧倒的な武力を有する武家貴族の筆頭である。その次代を担うリタとしては、売られた喧嘩を買わないわけにはいかなかった。

 もっともそれは武を誇る男の話であって、女であるリタに従う道理などなかったのだが。

 

 だいたいにおいて決闘行為は法律で禁止されている。如何に武家貴族家の者であっても私闘に応じる必要はないのだ。けれどそれはそれ。リタとしては自ら鉄槌を下さなければ気が済まなかったらしく、遮るエクトルをやんわりと押しのけた。


「そういうわけですからエクトル、ここは私に任せなさい。それ以上の口を挟むなら護衛の任を解きますわよ。――そしてフランシス。はっきり言いますけれど、私はあなたよりも強い。決して負けられない闘いであるのなら、ここであなたが出るのは悪手でしかありません」


「……承知いたしました。くれぐれも無理をなさらぬようお願いいたします」


「くっ……わかったよ姉上……気を付けて……」


 権力も身分も、そして実力でも決して逆らえない相手である。そこまで言われた二人は引くしかなかった。

 まさに断腸の思い。心の底から渋々とエクトルが言い、フランシスが恨み節を吐く。

 それを見届けたリタが再び前へ向き直った。



「さぁ、それでは始めましょうか。覚悟はよろしくて?」


 マティアスを指さしながら、ふんすっ、とばかりにリタが胸を反らす。けれど決闘に応じるその手には武器らしきものは握られていなかった。

 それを見たマティアスが叫んだ。


「け、剣を持て! まさか魔法で闘うつもりか!」


「なにをおっしゃいますの? 見ての通り私は魔術師ですもの、魔法以外に何があるというのです? そもそもですけれど、それを理解したうえで決闘を申し込んだのではなくって? この期に及んで何をおっしゃるのやら。馬鹿なの?」


「く、くそ……」


 剣と剣とがぶつかり合う近接戦闘において、魔術師とは一方的に不利な存在である。

 なんといっても呪文を詠唱するには時間がかかる。短くて数秒、長ければ数分を要するというのが一般的であるため、その隙に斬り殺されてしまうのだ。

 にもかかわらずマティアスが警戒するには相応の理由があった。


 今や無詠唱魔術師として国中に名を馳せるリタは、その名の通り呪文を唱えずに魔法を発動できる。実際には様々な制約や条件もあるのだが、世間的にはそう理解されていた。

 事実、シェロン家の騎士たちはリタが手を上げただけで倒されていたのだから、その理解に大きな隔たりはないのだろう。


 そこへ思い至ったマティアスは戦慄を覚えてしまう。

 もしもリタが魔法を用いるというなら、瞬時に懐へ飛び込んで一撃のもとに斬り伏せなければ勝ち目はない。少しでも距離を置かれてしまえば、その瞬間に殺されるのだ。

 その現実に思わずマティアスが固唾を飲んでいると、それを見たリタがニンマリと顔に笑みを浮かべた。

 


「ふふふ……それほどまでにわたくしの魔法が怖いですか? ならば仕方ありません。よろしいですわ、お望み通り剣を交えて差し上げましょう」

 

「なにっ!?」


「これはハンデ。そのように立派な図体をしておりますけれど、あなたは未だ成人の儀も済んでいないお子様にすぎませんもの。仮にも『ムルシアの魔女』とあだ名されるこの私であれば、本気を出すのも大人げないかと存じますわ。――というわけでエクトル、剣を貸しなさい」

 

 言いながらリタが右手を差し出す。これにはさすがのエクトルも苦言を呈さざるを得なかった。


「何をおっしゃいますか、若奥方様! これは命運を賭した決闘なのですよ! 負ければ死あるのみ。それをわかっておられるのですか!?」


「もちろんですわ。そのうえで剣を用いると申しているのです」


「恐れながら申し上げますが、ここは得意の魔法を用い、全力で相手を叩き潰すべきかと! 決して侮ってはいけません!」


「失礼ですわね、侮ってなどおりませんわよ。むしろ逆ですわ。もしも魔法を使ったならば、勢い余って瞬殺しかねませんもの。それではまったく面白くないでしょう?」


「面白くないって……」


 思わずエクトルが絶句する。これから命を懸けて果し合うというのに、面白いとか面白くないとか、そんなことを言っている場合ではないだろう。

 しかし破天荒とまで言われるリタの言動を知る彼は、何か考えがあるのだろうと気乗りしないながらも剣を引き抜きリタへ渡した。


「本当によろしいのですか? 騎士用のこの剣は、丈夫ではありますが決して軽くはありません。あなた様では満足に振れるとは思えませんが……」


 力仕事とはまるで無縁の白く細いリタの腕。それが剣を受け取った途端にずしりと地へ下がる。それを眺めつつ騎士が言うと、うふふと笑ってリタが答えた。


「まったく問題ありませんわ。これでも辺境侯爵家の嫁ですから、常から剣の手ほどきは受けておりますもの。これでもそこそこの腕だと自負しておりますのよ?」


「姉上、冗談を言っている場合ではありません! ここは得意の魔法で片を付けて――」


「フラン。これは私が――いいえ、ムルシア家が売られた喧嘩なの。それをどうするかは私の裁量に任せられている。違う?」


「で、でも……」


「そんな顔をしないの。図体ばかりでかいお子様なんてこの剣一本で十分なんだから。まぁ任せて。大船に乗ったつもりで見ていなさい」


 騎士御用達の官給品。ずっしりと重い両手持ちのブロードソード。

 剣というよりなたに近いそれを「よっこらしょ」と持ち上げながらリタが言う。その顔は侯爵家の嫁ではなく、今や姉のそれへと変わっていた。

 

 けれどそれも一瞬。直後に向き直ってマティアスへ告げる。


「さて、それでは今度こそ始めましょうか。――覚悟はよろしくて? 格の違い、そして力の差をとくと思い知らせてあげますから楽しみになさい」



――――――――――――



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