姉と弟の矜持 その14

 シェロン家の客間にたたずむリタとフランシスとラシェルと護衛騎士。

 四人がぐるりと見渡してみれば、幾重にも取り囲む騎士たちが目に入る。皆一様に剣を抜き、すぐにでも襲い掛かる勢いではあるものの、そこにはいささかの迷いが透けて見えた。


「この者どもは、貴族の名をかたる不届き者である」などと主人は言うが、それがただの方便であることはさすがの彼らも理解していた。

 今や王国を代表する武家貴族であるムルシア侯爵家。そして国家財政の土台を支える財力を有するレンテリア伯爵家。この二家を敵に回せばもはやこの国では生きていけない。

 しかし己の剣を捧げた主人のめいである以上、いかに理不尽なものであろうと聞き届けなければならない。たとえそれが地獄への片道切符だったとしても。


 そんな心の内を横へ置き、皆殺しもやむなしと騎士たちが詰め寄ってくる。それを目の当たりにしたメイドのラシェルは震え上がり、フランシスは後退り、たった一人残された護衛騎士がなけなしの勇気を振り絞りつつその身を挺した。


「わ、若奥方様! 危険です、お下がりください! ここは私が抑えますから、隙を見てお逃げいただきたく!」


「なにを言っているの。むしろ逃げるのはあなた達の方でしょう? もっともこの状況では、もはやそれもままならないでしょうけれど」


「そんなことはございません! このエクトル、我が身を盾にしてでも逃げ道を確保してご覧に入れますゆえ――」


「無理ですわね。見てご覧なさいな、この人数。どのみち手遅れですわ。ならばられる前にる。――というわけでエクトル。わたくしはいいですから、代わりにこの子たちを守って差し上げなさい」


「し、しかし若奥方様!」


 リタの言葉にエクトルが慌てふためく。

 護衛を任された身としては彼も彼なりに言いたいことがあったのだが、この状況ではそれすら儘ならない。すると何を思ったのか、リタが場違いなほどの笑みを顔に浮かべた。

 

「いいですことエクトル。あなたは栄えあるムルシア家の護衛騎士なのです。ならばもっとどっしりとお構えなさい。そう慌てなくても大丈夫ですから。あなただってわたくしのあだ名くらい知っておりますでしょう? それをこれから見せて差し上げますから、しかとその目に焼き付けなさい」 

 

 言いながらリタがおもむろに左右へ両腕を広げた。それはまるで周囲を顧みない無造作なものでしかなかったが、次の刹那にそうではないことを知る。


 リタのてのひらから突如現れた巨大な炎の塊。それが幾つも宙を舞い、凄まじい勢いでシェロン家の騎士たちに襲い掛かった。

 運悪く直撃した者は火だるまとなり、運良く掠っただけの者も身を焼かれて動けなくなる。


 周囲に響く悲鳴と怒号。炎から身を守るのに精一杯で、もはやリタたちを襲うどころではない騎士たち。今や主人の命令すら忘れて逃げ惑うばかり。

 その光景を目にしたセルジュの口から思わず言葉が零れ落ちた。

 

「な……なんだこれは……?」


 それは無理もなかった。

 数で23名。相手の6倍にも及ぶ数の騎士たちが、気づけば一人残らず使い物にならなくなっていたのだ。それも瞬きをする間もなく。

 悲鳴が轟く阿鼻叫喚の地獄絵図。普通であればすぐにでも戦闘をやめて、騎士たちの救助を行うべきだろう。けれど悪い意味で往生際の悪いセルジュはさらなる惨劇を生むべく選択を誤った。


「えぇい、一体なにをしている! シェロン家の騎士ともあろう者が情けない! 出会え、出会え! さっさと此奴こやつらを皆殺しにしろ! 少ないぞ! 他の者たちはどうしたのだ!」


 屋敷中に響き渡る当主の怒号。聞いた者たちが次々に集まってくる。しかし目の前に倒れる仲間たちを見て思わずその足を止めてしまう。


 剣を抜き放ったまま距離を置き、リタたちを中心にして円を描くようにジリジリと動くシェロン家の者たち。その背からは弓兵までもが顔を覗かせていた。

 余程慌てているのか。リタの後ろに仲間がいるにもかかわらず、ろくに狙いも定めぬままに矢を射かけ始める。

 直後にリタが石畳の床へ手を伸ばすと、そこから巨大な何かが天井へ向かってせり上がってきた。


 それは壁だった。

 床と同じ材質――石畳と思しき厚さ10センチ、幅1メートル、高さ2メートルほどの巨大な石壁。それが突然床から生えてきたかと思うと飛来する矢を阻み始める。

 その陰に必死に身を潜めるフランシス達。彼らを横目にリタだけが石壁からその身を晒して周囲へ向けて大声で告げた。


「お聞きなさい、シェロン家の者たちよ! 今ならまだ間に合う。剣を捨てるのです! 相対しているのが誰なのか、今一度お考えなさい!」


 諭すようなリタの言葉。けれどセルジュはそんなことなどお構いなしに周囲へ向けて言い放った。

 

「えぇい、耳を貸すでない! 此奴こやつらは貴族の名をかたる不届き者よ! すべては世迷言に過ぎぬのだ!」


「もう一度告げる! わたくしはリタ・ムルシア。西部辺境侯ムルシア侯爵家が嫡男フレデリクの妻にして、次期侯爵家夫人でもある者。それを相手に狼藉をはたらくなどまさに不敬の極み。さぁ、このろくでもない男とわたくしと、一体どちらに従いますの!?」


「うっ……」


「ぬっ……」


 リタの問いかけに、周囲の騎士たちが言葉にならない声を洩らし始める。

 彼らも十分わかっているのだ。己の主と目の前の少女。そのどちらの言葉を是とすべきなのかを。

 明らかに迷いを見せ始める騎士たちが、仲間たちへ向けて目配せをする。決して口には出さないものの、その視線は互いを牽制しているに違いなかった。


 誰でもいい。さっさと剣を捨ててくれ。

 さすれば自分も手放すことができる。


 剣を捨てるとは、すなわちあるじを裏切ると同義。

 騎士の矜持を鑑みれば、誰だって最初の一人になどなりたくはない。けれど、この状況をどうにかするには取るべき手段は一つしかなかった。


 ガシャン!

 ゴトン!

 ガラン!


 突如として部屋の中に金属質な音が響き渡る。見れば周囲の騎士たちが、まるで申し合わせたように得物を地面へ放り捨てていた。

 それはあまりに同時多発的な出来事だったがために、果たして誰が先陣を切ったのかわからない。それでも足元に転がる数多の武器を見てみれば、彼らが少女の軍門に下ったのは明らかだった。



「なっ……! き、貴様ら正気か!? いったいどういうつもりだ!?」


 思いもよらぬ騎士たちの行動に、思わずセルジュが目を見開いてしまう。

 ガマガエルにも似た醜い顔に焦りと驚愕の入り混じった表情を浮かべつつ、必死に騎士たちへ食って掛かろうとする。

 するとリタがニンマリとした笑みを浮かべた。


「うふふ……聞き分けの良い部下ばかりで羨ましいかぎりですわね。――さぁシェロン伯爵セルジュ。残りはあなた一人ですわよ。いまさら抵抗したところで詮無きこと。大人しく投降すべきかと存じますけれど」


「くっ……おのれ……」


 助けを求めてセルジュが周囲を見渡す。するとその視界に一人の少年の姿が入ってくる。

 それは息子――マティアスだった。揃って騎士たちが降伏する中で、彼だけが未だ剣を捨てていなかったのだ。果たしてそれは蛮勇か。それとも貴族子息としての矜持であろうか。

 いずれにしてもマティアスは、青ざめた顔のまま身動ぎ一つしていなかった。

 その彼へセルジュが告げる。


「えぇい、マティアス! お前も何をしている! 突っ立っておらんで、さっさと此奴こやつらを斬り捨てよ!」


「……」


「しっかりせんか! もしもこのまま投降すれば、私もお前もただでは済まんのだぞ! それどころか、我がいえ――シェロン家もどうなるかわからぬのだ!」


「……」


「死人に口なし。此奴こやつらを皆殺しにしろ! 口を封じてさえしまえば、あとはどうにでもなる!」

  

 あまりと言えばあまりに短絡的な思考。中位とはいえ、それなりの伯爵家を守る人物としてはお粗末すぎるといっても過言ではない。


 屋敷の外にはケルベロスに守られたリタの付き人たちが待機している。もしも主人が戻らなければ、そのままレンテリア家へ逃げ込めと指示してあった。

 すでにリタが方々へ早馬を走らせていることを鑑みれば、これ以上の抵抗が悪手であるのは明白だ。けれどセルジュはこの期に及んでも足掻こうとする。

 唯一の跡取りである息子を巻き添えにして。


 そのマティアスが震える口をやっと開いた。


「な、ならば決闘だ! ――リタ・ムルシア、き、貴様に決闘を申し込む! 俺が勝ったらこの件を水に流すよう要求する!」


 もはや言い逃れすらできないこの状況。それを棚に上げてどの口が言うのか。

 リタたちのみならず、周囲の騎士たちまでも皆そう思ったのだが、当のマティアス自身は大真面目だった。

 一か八かの大博打。これに勝てれば一発逆転も有り得る。

 

 とはいえ、リタがこの要求を飲む必要などこれっぽっちもなかった。けれど何を思ったのか、顔に微笑みを浮かべつつこう告げた。

 

「うふふ……よろしいですわ。ならば受けて立ちましょう。仮にも『ムルシアの魔女』とあだ名されるこの身ですもの。わたくしは逃げも隠れもいたしませぬ。その代わり、決してただでは済ませませんわよ。――よろしくて? この小童こわっぱが」 

 

 ときに妖艶にさえ見えるリタの微笑。

 けれどよく見ると、その瞳は決して笑っていなかった。



――――――――



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