姉と弟の矜持 その9
少々騒ぎはあったものの、その後粛々と茶会は終わり、首都に住む者は自宅へ帰り、地方から来ていた者は宿屋へと戻っていった。
もちろんリタとフランシスは本家の屋敷で一泊することになる。するとその後の夕食の席で、伯父と伯母から茶会での出来事を問われたのだった。
「なぁリタ。なにやら一悶着あったようだけれど、大丈夫なのかい?」
「もしも必要なら、私たちから仲裁してあげるけど」
まるで妖精のように可憐な見た目にもかかわらず、周囲を
その姿を眺める現レンテリア伯爵家当主にしてリタの父親の兄――つまりはリタの伯父であるアンブロシオと、その妻エヴェリーナが心配そうに問いかけてくる。
すると口の中の食べ物を急いで「もぐもぐごっくん!」してリタが答えた。
「伯父さま、伯母さま、心配かけてごめんなさい。だけど全然問題ないから気にしなくても大丈夫よ」
「そうかい? それにしては随分と派手に暴れたようだけど。……言っておくが、私もエヴェリーナもお前を心配しているわけじゃないよ。私たちが心配しているのはマティアス殿の方さ」
「そうよリタ。あなたってば、また何かたくらんでいるんじゃないでしょうね?」
全く食事に手を付けぬまま、渋面を隠そうともしない伯父と伯母。どうやら面倒事が起こりそうな予感を敏感に感じ取ったらしい。
するとリタが肉が刺さったままのフォークをヒラヒラさせながら答えた。
「なによ失礼ね。人を悪女みたいに言わないでちょうだい。――そもそもあちらのほうから仕掛けてきたのよ。あろうことか、この私に向かって愛人になれだなんて言ってきたんだから。まったく信じらんない!」
「ふむ、そのようだな。それにしても、今年成人を迎えるというのに主要な貴族家の顔と名前を知らないだなんてあまりに不勉強が過ぎる。そのうえ失礼極まりない発言。まったく擁護のしようもないな」
「でしょう? マジであり得ないから!」
「ちょっとリタ。言葉遣いに気を付けて。――それでどうするの? 知らなかったとはいえ、侯爵家の若奥方に失礼をはたらかれたんだもの。やっぱり家として抗議するつもり?」
顎に指を当てて小首を傾げるエヴェリーナ。
さすがは有力貴族、レンテリア伯爵家夫人と言うべきか。相変わらず痩せて肉感のない容姿ではあるけれど、その仕草は隠しようのない気品に満ちていた。
アンブロシオとエヴェリーナの間には息子が一人いる。
それはリタの
そんな二人なものだから、リタも彼らの前では飾らない素を見せる。
今や次期西部辺境侯夫人にして次代のムルシア侯爵夫人のリタである。にもかかわらずまったく飾らないその様は、使用人たちも思わず笑ってしまうほどに明け透けだった。
そのリタが再び料理を口へ放り込みながら答えた。
「もぐもぐ……当然でしょ。曲がりなりにも私は侯爵家の若奥方なのよ? それに対して愛人になれだなんてあまりに無礼な話だもの。ムルシア家として正式に抗議するに決まってるじゃない」
「でしょうねぇ。確かに成人もしていない子供の仕出かしではあるけれど、さすがにこればかりは看過できないわね。なにせ上位貴族に対する不敬行為なのだし」
「そうだな。ムルシア家の出方にもよるだろうが、良くて首都からの追放、悪ければ廃嫡もあり得るか。ふぅ……まったく、マティアス殿も難儀なことだ」
突然なにを思ったのか。アンブロシオが遠い目をして小さく溜息を吐く。
それを見たリタがにっこりとほほ笑んだ。
「まぁね。我がムルシア家に対して不敬をはたらいたんだもの。どちらにせよあのエロガキに未来はないわ。とは言え、それだけで終わらせるほど私は寛容じゃないけれど」
「ん? お前はなにを言っているんだい? それはどういう意味?」
「ふふふ。だってあのエロガキの実家――シェロン伯爵家って東部貴族の鼻つまみ者なんでしょう? 聞けばバラデュール侯爵家、ランゲルバッハ公爵家ともどもやりたい放題で、東部貴族のまとめ役であるラングロワ家もその対応には苦慮しているって言うじゃない」
言いながらリタがニヤリと笑う。
垂れ目がちの瞳を細く閉じ、器用にも片方の口角だけを上げた表情。それはお世辞にも
「いくらムルシア家が抗議したところで、
「いやいや。面白いとか面白くないとかドラマが必要だとか、そもそもそういうことじゃないだろう? 一体お前はなにをたくらんでいるんだい?」
「ちょっとリタ。まさかあなた、東部貴族へ手を出そうとしているんじゃないでしょうね? さすがにそれは事が大きくなりすぎるわよ? 大丈夫なの?」
アンブロシオとエヴェリーナが心配そうにリタの顔を覗き込んでくる。
するとリタはいまさらながらに淑女の作法を思い出し、手で口を隠しながら高らかに笑った。
「おほほほ。やぁねぇ、伯父さまも伯母さまも。さすがの私もそこまで大それてないわよ。いくら弟を苛めた酷い奴だからって、実家ごと消し去ってやろうだなんて思うわけないでしょう?」
そう言い返すリタの顔には、相変わらず
◆◆◆◆
翌朝。リタたちを乗せた馬車が帰路に就いた。
車列は2台。いかにも有力貴族といった豪奢な馬車にリタとフランシスが乗り、もう一台の小さな方にリタ専属メイドのミュリエルと他3名のメイドが乗る。
それに周囲を守る5名の騎士と、馬車の御者2名を加えると総勢13名にもなるそれなりの大所帯だった。
名門貴族レンテリア家の一員とは言え、
そんな中途半端な集団が街道を進むこと半日。
そろそろ本日の逗留先に着くかと思っていた矢先に突如馬車が停車したのだった。
「若奥方様! 賊です! 賊に囲まれました!」
第一声はそれだった。
馬車の扉の向こうから聞こえてくる護衛騎士の鬼気迫る叫び声。それを聞いたリタがニヤリと笑った。
「ふふふ。早速食いついてきたわね、なんてわかりやすいバカなのかしら。これでこそ、わざわざ燃料を投下した甲斐があったというものだわ」
主要街道とはいえ、夕暮れ時のために薄暗く人通りも少ない。そんなところで賊に囲まれたのだから、控えめに言って絶体絶命の危機である。
それなのに一体なにを考えているのか、リタは楽しげに笑っていた。
するとフランシスが真顔で問いかけてくる。
「あ、姉上! なにを笑っているのです! それどころではありませんよ!」
「うふふ。ねぇフランシス。そんなに怖がらなくても大丈夫よ。こんなもの屁でもないから。まぁ、よくある日常の風景ってところかしらねぇ」
「に、日常の風景って……あ、姉上は普段からどんな目にあっているのですか!?」
「いいから落ち着きなさいってば。こんなのどうってことないんだから。――それより、あなただって私の二つ名くらいは知っているでしょう?」
「そりゃあ知ってますよ。でも――」
「ふふふ。改めて言うけれど、『ムルシアの魔女』とは私のことよ。その私に喧嘩を売るつもりなんだもの、もちろん一個師団くらいは揃えてきたのよねぇ?」
車窓からチラリと外を眺めつつリタが言う。
その顔には相変わらずニンマリとした笑みが広がっていたのだった。
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この度「拝啓勇者様」のコミカライズ連載がスタートしました。
詳しくは下記「近況ノート」をご覧ください。
よろしくお願いいたします。
https://kakuyomu.jp/users/chikuwa660/news/16817330656486071419
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