第323話 事の顛末

「ふん、つまらぬ! 儂はあれが困り果てるのを見たかったのじゃ! なのに……まったく面白くないわい!」


「うふふ、相変わらず素直じゃありませんのね。まぁ、そんなあなただからこそ、いつまでも飽きずに付き合っていられるのですけれど」


 衆人環視のもと、今まさに抱き締め合うリタとフレデリク。その二人を遠く離れた場所から見つめる二つの影。

 一人はどこか人外めいた雰囲気を漂わせる絶世の美女で、もう一人は、美しい金色の髪と長い耳が特徴のエルフ族と思しき五歳前後の幼女。


 言うまでもなくそれは精霊族の女王ティターニアと、その友人を自認する魔女シャンタルだった。二人は誰の目にもつかない森の陰から、リタとフレデリクの様子を見守っていたのだ。

 相変わらず豆をバリボリ食べながら、どこか不機嫌そうなシャンタル。彼女にティターニアが問いかけた。


「シャンタル。それであなたはどうするのですか?」


「あぁ? どうするとは、なにがじゃ?」


「ふふふ、わかっているくせに。――敢えて申し上げますが、アニエスの弟子入りの件ですわ」


「……ふんっ。さぁ、どうかの」


「愛し合い、ともに人生を誓う若い二人。その仲を引き裂くだなんて、まさかそんな無粋な真似はしませんでしょう? いくらあなたでも」


「無粋……無粋か。まぁ、そうかもしれぬの。しかし男なんぞと一緒になって何が楽しい? 儂にはさっぱりわからぬわい。――女同士の愛こそ至高。まさに尊いと思うがのぉ」


「ふふふ。まだそんなことを仰っているのですか? 変わりませんわね。――まぁ、いいではありませんか。これから50年後、100年後、いつになるかはわかりませんが、その時に再び迎えに伺えばよろしいのでは? 人間にとって100年は長いでしょうけれど、わたくしたちには瞬きに等しい時間。そのくらい待って差し上げてもよろしいのではなくて?」


「まぁの。ならば、あのばばあの子育ても終わり、無事に天寿を全うする頃にもう一度出向くとしよう。それまでは精々人並みの人生を楽しませてやるとするかのぉ」


「うふふ、それがよろしいかと。――それではそろそろ、おいとまいたしましょうか」


「うむ。――あぁ、そういえばティターニアよ。話は変わるが、儂の姿を直す方法は見つかったのか? いつまでも五歳児のままでは不便でかなわぬのじゃが」


「えっ……あぁ……そ、そうそう、突然急用を思い出しましたわ! そ、それではシャンタル。一足先にわたくしは帰ります! ごきげんよう!」


「ぬお! なんじゃティターニアよ、逃げるでない! 一体いつになったらこの姿を直してくれるのじゃ!? ――ええ加減にせぇよ、このポンコツ女王めがっ!!」


 ジトっとした半目のシャンタルに、なにやら慌てた様子のティターニア。挨拶もそこそこに彼女が突然姿を消すと、まるで追い縋るようにシャンタルが叫んだ。しかしそこには、今や何もない景色が広がっているだけだった。



 こうしてリタは、夢と希望をかけた一世一代の大博打(?)に勝ち、祖国の平和と家族の安寧、そして自身の幸せな人生を手に入れた。

 とは言え、衆人の眼前で異性を抱き締め、挙句に接吻まで披露するなど、いかに相手が10年来の婚約者であろうと、あまりに恥じらいがなさすぎる。

 慎みを是とする貴族令嬢にあるまじきその行いは、本来であれば決して許されるものではない。しかし誰もが死を覚悟した戦という極限の状況において、それはむしろ理解を得られるものだった。

 

 その後それぞれの地へと帰還した兵たちは、その多くが結婚したという。すると翌年から未曾有のベビーブームが始まるのだが、それにリタたちの影響がなかったとは言い切れない。

 殺伐とした戦場で交わされた、若い二人の熱い抱擁。

 それに多くの兵たちが影響を受けたのは間違いなく、恋人のいる者は求婚し、いないものは手を尽くして伴侶を見つけ、競うように子をもうけたのだった。



 戦地での後処理を終わらせたフレデリクは、その足で実家に戻ると早速リタとの結婚時期の前倒しについて直談判した。すると初めこそ両親は迷う素振りを見せたものの、最後にはその申し出に理解を示したのだった。


 もちろんリタの実家――レンテリア家に否やはない。

 結婚の前倒しを喜びこそすれ首を横に振る者などいるはずもなく、むしろ祖母のイサベルは、結婚式の準備に忙しくなると俄然張り切り出す始末だ。


 それはそれだけ周囲にリタとフレデリクの関係が理解されていた結果と言えよう。

 多分に政治的な思惑が滲む、打算と妥協の末に家同士が決めた二人の婚姻。にもかかわらず、まるで恋愛結婚のように仲睦まじい二人には、それぞれの家の者たちも心の底から祝福したのだった。


 

 ――――



 モンタネル大陸南西部に広がるアストゥリア帝国。

 周辺諸国に対して圧倒的に広大な国土と軍事力を有するこの国は、かつては幾つもの属国を従える一大帝国だった。それも今では見る影もなく、四代前の皇帝の時に東のアルバトフ連合王国に独立を許して以来、今では一つも属国を持たない『名ばかり帝国』と化していた。


 かつての栄光を取り戻そう。

 そう誓った現皇帝――エレメイ・ヴァルラム・アストゥリアは、手始めに弱体化したカルデイア大公国を手中に収めようと目論んだ。しかし隣の小国ファルハーレン公国に予想外の抵抗を受けてしまう。

 挙句に北のハサール王国にまで反旗を翻されるに至ると、その目標をハサールに据えることにした。そして本気で潰しにかかろうとした矢先に、その報はもたらされたのだった。


「なにぃ!? 全滅だと!? 一体それはどういうことだ、詳しく説明せよ!! ――事が事なのだ!! よもや間違いだったなどと言い訳は通用せぬぞ!!」


「はっ……!! そ、それでは僭越ながら詳細を申し上げます――」

  

 報告を聞いた皇帝エレメイが勢いよく立ち上がる。すると宰相のメレンチー・ドロフェエヴィチ・ラリオノフが汗を拭きながら説明を始めたのだった。



 結局アストゥリアは、ハサールに送った部隊全てを失った。

 その数はアストゥリアが持つ軍の約四割に達する規模であり、たった一発の広域殲滅魔法により全滅させられていたのだ。

 もちろん生き残った者がいないわけではない。しかしそれらも皆ハサールに捕虜として捕らえられてしまい、自力で戻ってきた者は僅か100名程度だったという。


 軍を壊滅させたのは魔女アニエスに違いない。

 そう告げられたエレメイは、力なくその場に崩れ落ちると戦の即時終結を決断せざるを得なかった。

 それどころか、後日ハサールから突き付けられた高額の戦後賠償要求を丸飲みした挙句に、これ以上かかわりたくないと言わんばかりに全額を即金で支払ったのだ。


 彼とても生粋のアストゥリア人だ。だから過去百年以上に渡るブルゴーの最強魔術師――アニエスとの因縁は十分理解していたし、その恐ろしさも身に染みていた。だから彼女が現在ハサールに潜伏していると聞かされると、迷うことなくあっさり手を引いたのだった。


 最強を誇っていた軍隊が壊滅的な被害を被ったうえに、北のハサール、西のファルハーレン、そして南のブルゴーとの間に敵対関係を築いてしまったアストゥリア。

 さらに東のアルバトフにまで睨まれた結果、完全に封殺された格好になってしまった。


 図らずも己自身を追い込んでしまった皇帝エレメイは、その元凶として退位を余儀なくされる。そしてその後を引き継いだ弟――ミロスラーフも以後難しい舵取りを任されることになるのだった。


 

 宿敵カルデイアを滅ぼしたブルゴーは、最終的にその地を平定した。すると窮地を救ってくれた礼としてその一部をハサールに割譲することにしたのだが、さすがのハサール国王もその申し出を固辞した。

 しかしカルデイアを亡ぼし得たのはリタの協力とオスカルの救援のおかげだとして、ケビンは最後までその申し出を取り下げようとはしなかった。


 紆余曲折あったものの、結局ハサールはそれを受け入れた。すると功績的にも地理的にも妥当だとして、その地はムルシア侯爵領に組み入れられることになったのだ。

 思いがけず領地の拡大につながったとして、当然ムルシア家の面々は喜んだ。しかもその発端がリタにあったのだからと、さらにその名声を高めたのだった。

 

 その後ブルゴーとハサールは同盟を結んだ。

 さらにそこにファルハーレンまでもが加わると、モンタネル大陸南西部には強固な同盟が出来上がることになる。

 その結果自ずと経済の活性化が進み、そこに一大経済圏が出来上がるのも無理からぬことだった。そしてそれが旧カルデイアに住まう者たちを貧困から救う結果となったのは皮肉なことと言えよう。

 

 ファルハーレン公妃と公子の救出及び、その護衛のためにブルゴーに兵を供出させた手腕。

 さらに対カルデイア戦における活躍と、ハサールとブルゴーの同盟に対する尽力。

 

 決して表立って語られることはなかったものの、その全ての遠因がリタの活躍であるのは間違いなかった。

 それを国から高く評価された彼女は、弱冠16歳にして史上最年少の一級魔術師の免状を受け取るのだった。

 

 

 ――――



 季節は巡り、リタは17歳になった。

 さらにその1か月後の6月。遂に彼女はその日を迎えた。

 もちろんそれは待ちに待った結婚式当日。場所は王城に隣接する王国聖教会。

 その新郎新婦の控室の中で、フレデリクがそわそわと所在なさげに歩き回っていた。


 立ったり座ったり、茶を飲んだり外を見たりと、まるで何かをしていないと死んでしまうかのように落ち着きのない息子。それを眺めながら、母親シャルロッテが小さな溜息を吐く。


「フレデリク、もう少し落ち着きなさいまし。今からそんなのでどうするのです。――これからあなたは妻を娶るのですよ? 若いリタを導いてあげなければならないのですから、もっとどっしりとお構えなさい」


「は、はい母上。もちろんそれはわかっているのですが……」


「ふははははっ! フレデリクよ、お前の気持ちはよくわかるぞ。うむ、なんとも懐かしいな。俺とシャルロッテの時もそんな感じだった」


「そ、そうなのですか? やはり父上も落ち着いていられなかったのでしょうか?」


「あぁ、もちろんだ。今のお前とまったく同じだったな。しかし部屋にシャルロッテが入って来た途端、むしろ身動きできなくなってしまったのだ」


「それは……?」


「お前も野暮だな。そんなの決まっておろう。もちろん妻の美しさに見惚れてしまったからに他ならん。未だ十分美しいが、あの時のシャルロッテは本当に特別だったからな。まさに女神だった。――あぁ、今でもその光景が鮮明に浮かんでくるぞ。ふははっ!」


「あなた……子供たちの前でおやめくださいまし。恥ずかしいではありませんか」


 過去の記憶を呼び覚ましながら妻を見つめるオスカルと、いつも冷静な彼女にしては珍しく、ポッと頬を染めるシャルロッテ。

 激しい気性と歯に衣着せぬ発言で普段は夫を尻に敷く彼女ではあるが、この時ばかりは少女のような恥じらいを見せた。


 そんな両親の姿を見ているうちに、次第にフレデリクは落ち着きを取り戻していく。

 そして長い深呼吸とともに再び平静を取り戻そうとしたその時、遂に彼女・・は現れたのだった。

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