第292話 決して許せない真実

「ふふんっ!! いいですこと? そのクソの詰まった耳をかっぽじってよくお聞きなさいませ!! ――魔族が魔族と呼ばれる唯一にして最大の理由、それは――」


 まるでゲルルフを追い詰めるようなリタの言葉。

 しかし彼女が最後まで告げる前に、ケビンが口を挟んだ。


「――魔力を持っているか否かだ!! そうだな、ゲルルフ!!」


「なにぃ!!」


「やっとわかったぞ、お前の違和感がな!! 確かにお前は強い。その剣技は魔王フリートヘルムに引けを取らないと認めてやろう!! ――しかし怖くない。絶えず魔王から醸し出されていた、背筋も凍るようなあの『恐怖』。お前からはそれが感じられない!!」


「き、貴様ぁ……」


「それはなぜか? 戦いながらずっと考え続けた……そしてようやくわかったよ、その理由がな。 ――お前は魔力を持っていない。確かにその身は魔法を弾くのだろうが、お前自身からは魔力を一切感じられない。 ――違うか!?」


「ぐぬぅ……」


「魔族が魔族たる所以ゆえん――それは魔力を持つか否かだ。 似た容姿にもかかわらず、トロルが魔族と呼ばれてオーガが魔獣と呼ばれているのも同じ理由に他ならない。 ――つまりお前は、魔族ではなく、魔獣ということだ!! わかったか、この魔族になり損ねた獣もどきがっ!!」



 静まり返った周囲に、叩きつけるようなケビンの声が響く。

 少々芝居がかったその声は、見る者が見ればすぐにその真意を見抜けただろう。


 しかしそれを聞いた本人は、心の動揺を示すように盛大に顔を歪めるばかりだ。

 もとより悪い人相をさらに醜く捻じ曲げながら、見る者全てを殺す勢いで声を絞り出した。


「貴様ぁ……言ったな……それを言ったな……俺は魔族だ、魔族なんだ……決して魔獣などではない……」


「ふふんっ。魔力を持たないお前のことだ。大方おおかた魔国にいられなくなって逃げてきたのではないのか? そして腕力だけでのし上がれる世界――人族の国に紛れ込んだのだろう。 ……違うのか? このオーガもどきがっ!!」 


「なんだとぉ!! 俺は……俺は……魔族だ!! 魔族なんだ!! あの・・魔王フリートヘルムと同じ種族なんだ!! 決して……決してオーガなどと一緒にされてたまるか!!!!」


 自信に溢れ、最早もはや不遜とさえ言える態度だったにもかかわらず、今やその姿は見る影もない。

 手に持った鈍器の如き剣を振り回しながら、まるで自分に言い聞かせるように叫ぶ様は何処か異様だった。 

 しかしケビンはミリほども表情を動かさず、さらに追い打ちをかける。



「お前は自分を魔族だと言うが、そもそも魔族とは魔力を持つ種族のことを指すのではないのか? 少なくとも俺はそう認識していたぞ。 ――確かに我ら人族も殆どの者は魔力を持っていない。その意味においてはお前と同じなのかもしれん。しかしそれが当たり前であるが故に、魔力持ちは特別視される」 


「うぬぅあー!! 言うなぁ!! それ以上言うんじゃねぇ!!」


「しかしお前は全く逆だ。魔力を持つが故に魔族と呼ばれる種族。そこに生まれておきながら、全く魔力を持たなかった。そんなお前は……差別されただろうな。もしかすると迫害を受けたかもしれん」


「くそぉー!! 何がわかる!! 貴様に何がわかるというのだ!!」


 すでに斬り合いの最中であることさえ忘れ果て、ただひたすらに己の感情を発露させるゲルルフ。

 まるで正気を失ったとしか言いようのないその姿は、どこか物悲しくも見えた。




 同族から先代魔王フリートヘルムを輩出したことからもわかるとおり、ゲルルフの一族は豊富な魔力とそれに裏打ちされた強力な魔法で有名だった。

 それ故、同じ魔族の中では上位に位置し、多くの種族を従える有力な一族だったのだ。

 

 事実、彼の両親はともに強力な魔法の使い手だったし、祖先を遡っても皆同じだ。

 しかしそんな中、全くを魔力を持たない子供が生まれてしまう。それがゲルルフだった。


 とは言え、如何に魔族の子であっても生まれてすぐにその魔力量を測ることはできない。

 中には5歳を過ぎるまで全く魔力を発現させない子もいるので、特に両親は心配していなかった。

 しかしゲルルフが5歳になっても、10歳になっても全く魔力を発現させないことに疑問を持った両親は、様々な方法で我が子の能力を確認した。

 結果、ゲルルフを見捨てるに至ったのだ。


 その日を境に、両親のみならず、これまでずっと仲間だと思っていた同族からも猛烈な差別と偏見、そして迫害を受けたゲルルフは、泥水を啜るような生活を余儀なくされる。

 そして最後には、あまりに酷い迫害に耐えかねて、人族の国へ逃げ出したのだった。




「うぬぅ……くっそぉ……」


 そんな辛く苦しかった過去を思い出したゲルルフは、思わず呻き声を上げてしまう。

 しかしそれはケビンにとってなんの意味も持たなかった。

 彼にとってゲルルフの過去などどうでもよく、ただ倒すことしか考えていなかったからだ。

 そんなケビンが、再び無表情に口を開いた。


「今だから言うが、俺は魔王が怖かった。俺の魔法だけではなく、魔女アニエスの魔法さえも通じぬ相手を前にして、思わず脚の震えが止まらなかったんだ。 ――純粋な剣技だけなら俺のほうが上だった。しかし至近距離から放たれる攻撃魔法だけはどうしても避けることができなかったからな」 


「だからなんだ……それがどうした……」


「それ比べてお前はどうだ? 確かにお前の剣技は魔王の上をいく。それは認めてやる。しかしそれだけだ。そこに恐怖など存在しない」


「くそぉ!! それがどうした!!」


「ならば純粋に剣技に優れる方が勝つ!! さぁ行くぞ、この魔獣め!!!!」


「ぬおぁー、ふざけんなぁ!! 殺す!! 殺してやる!!!!」




 ――――



 

 再び斬り合いを始めたケビンとゲルルフ。すぐにその優劣は明らかになる。

 それまで無意識のうちに腰が引けていたケビンは、ゲルルフに魔力がないことがわかると目に見えて動きが変わったのだ。

 それまでも僅差でケビンの方が優勢だった。

 しかし今の彼は、もう怖いものは何もないとばかりに剣さばきも大胆さを極めていた。


 躱されるのがわかっていながら敢えて突きを放ち、予想通りになったところで蹴りを入れる。

 それを避けつつゲルルフが剣を振り上げると、読んでいたとばかりにケビンは剣を薙ぎ払った。


 至近距離から攻撃魔法を食らわないことがわかっただけで、ここまで違うのかと思うほどその動きは鋭かった。

 そして身体の大きさと重さのためにもとよりスピードで負けていたゲルルフは、次第に防戦一方になっていく。

 

 さっきまで5回に1度掠っていたケビンの剣は、今では3回に1度当たるようになり、ゲルルフの巨体には其処彼処そこかしこに切り傷ができていた。

 決してそれは致命傷には遠く及ばなかったが、その事実はゲルルフから落ち着きを奪うには十分すぎた。



「うぬあぁー!! おのれぇ!! 何故だ!? 何故当たらない!? 何故俺の剣は当たらぬのだ!? 此奴こやつの剣は当たるというのに!!」


 ケビンによって意図的に高められた苛つきと焦りのために、すでにゲルルフは浮足立っていた。

 普段の彼ならこんなことにはならなかったのだろうが、大勢の前で自身の秘密を暴露された挙げ句に、魔獣だと揶揄され、馬鹿にされた事実がゲルルフから冷静さを奪っていたのだ。


 そのうえ魔術師二人――リタとロレンツォが駆けつけてきたことから、公妃と公子の拉致に失敗し、手下たちが全滅したことを察してしまう。

 それはさらにゲルルフの頭に血を登らせたのだった。

 

「おのれぇ!! 死ねぇ!!」


「……」


 感情的に怒鳴りまくるゲルルフとは対照的に、無駄口も叩かず、煽りもせず、ただひたすらに斬りかかっていくケビン。

 顔からは一切の表情が消え、まるで能面のように無表情なまま身体を動かし続ける。

 そして目にも留まらぬ剣さばきと、いつまで経っても衰えないスピードは、まるで機械のように正確だった。


 機械――そう、まさに彼は機械だった。

 目の前の敵をただ屠るためだけに動き続ける、言うなれば殺戮機械とも呼べる存在。

 一切の迷いも躊躇もなく、ただひたすらに敵を排除し続ける機械がそこにはあった。


 魔女アニエスに引き取られてからというもの、気が遠くなるほどの時間を剣と魔法の稽古に費やしてきた彼が、最後に辿り着いた境地。

 それがいま発現したのだった。

 



 くそぉ……!!

 くそぉ……!!

 何故だ!? 何故当たらない!?

 何故俺の剣は当たらない!!

 

 もしや……もしや……もしや此奴こいつは、俺よりも強いのか!?

 そんな馬鹿な!!

 そんなことはあり得ない!!

 何故なら、俺は最強だからだ!!!!

 

 魔力がない以上、魔族の名は名乗れない。

 そのせいで俺は捨てられた。

 差別され、迫害を受けて、最後には魔国から逃げ出したのだ。

 そして腕力だけでのし上がれる世界――人族の国に渡った。


 幸いなことに、俺の見た目は人族の子供とそう変わらなかった。

 そのおかげで人間の中に紛れられた俺は、生きるために何でもやった。

 追い剥ぎ、強盗、夜盗、盗賊。

 およそ外道と呼ばれるようなことは一通り経験した。

 

 そんな時に「漆黒の腕」に出会った。

 人並外れた身体と剣の腕、そして隠密性に惚れ込んだ先々代の首領が、我が子のように俺を育ててくれたのだ。


 そして数十年。

 やっと俺は自分の一族を持った。

 「漆黒の腕」という一族を。


 親に捨てられ、同族からも忌み嫌われ、差別されて迫害を受けた。

 そんな俺がやっと手に入れたのだ。

 やっと俺は一族と呼べるものを手に入れたのだ。


 それなのに、それなのに……

 なんだこの男は!!

 なぜ俺の邪魔をする!!

 なぜ俺の前に立ちはだかる!!


 そして、なぜ……なぜ俺よりも強い!!!!




 一切の衰えを見せることなく、まるで機械のように動き続けるケビン。

 その彼とすでに100合近く斬り結び続けてきたゲルルフは、徐々に呼吸も荒くなる。

 彼とて自分の体力と持久力には相当な自信があるのだが、まさに底なしと言うべきケビンのスタミナは遥かにそれを超えていた。

 

 まるで鈍器のように太く重い剣が裏目に出てしまい、今や掌にも力が入らない。

 剣を振る腕も次第に鈍くなり、それに従ってケビンの攻撃を弾く回数も減ってくる。

 その度に切り傷が増え、血が流れ、力が抜ける。

 そして気づけば、ゲルルフは完全に劣勢になっていたのだった。



「これは……ケビン殿下の勝ちですわね」


「あぁ、ちげぇねぇ……見てみろ、もうすぐ決着がつくだろうよ。それにしても、こんなに長い斬り合いなんて見たのは初めてだ。あの大男が化け物なのは間違いないが、王配殿下も大概だな。 ――さすがは『魔王殺しサタンキラー』の名は伊達じゃねぇってとこか」


「ふふふ……どうですの? 前に一度、殿下と手合わせをしてみたいって仰っていましたわよね? 今でもその気は変わりませんの? ラインハルト様」


「……おいリタ、冗談はよせ。あんな人外とまともに戦えるわけねぇだろ。俺は人間と魔獣しか相手にしねぇよ」 

 

「うふふふ……まぁ、そうですわね」



 周囲を取り囲む兵たちに混じって、リタとラインハルト、そしてチェスとロレンツォがケビンの戦いを眺めていた。

 場合によっては参戦も辞さずと覚悟を決めて駆けつけていたのだが、あまりの凄まじさと魔法が使い物にならない事実に、彼らはすっかり傍観者と決め込んでいたのだ。


 とは言え、もしもケビンが怪我をした場合に備えて、チェスだけはいつでも飛び出していけるように身構えていた。

 しかしそれも杞憂に終わりそうだった。


 当初と全く勢いの変わらないケビンに対し、全身から出血しながら動きも鈍くなってきたゲルルフ。

 それでも何とか致命傷を避けつつ凌いでいたが、ついにそれも限界が見えていた。


 振れども振れども当たらない己の攻撃と、剣の重さに痺れる腕。

 呼吸は苦しく体は重く、ケビンの攻撃を満足に返すことすら儘ならない。

 普通であればその状況に絶望してしまうのだろうが、逆に怒りと苛つきを隠せないゲルルフはさすがというべきなのだろうか。


 それでも必死に身体を動かしながら、決して諦めずに剣を振り続けるゲルルフ。

 その彼が一際ひときわ高い声を上げた。


「ぬあぁぁぁぁ!!!!」

 

 しかしとっくに限界を迎えていた彼の身体は、そのやる気と掛け声についてこなかった。

 一瞬腕が遅れて反応した瞬間、ケビンの剣が一閃した。



 ざしゅっ!!



 飛び散る血潮と周囲のざわめき。


 まるでスローモーションのような光景の中に、二つに分かれた巨体があった。

 そして上下に離れ離れになりながら、湿った音を立てて地に落ちた。

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