第246話 閑話:三人のアラサー女子6


 ブリジットは現在32歳なのだが、その見た目はかなり若く見える。

 さらにざっくりとした切りっぱなしの髪と化粧気のない顔、そして国支給の安物のローブを普段着代わりにする様は、余計にその年齢不詳さに輪をかけていた。


 とどめは大きな黒縁の眼鏡だ。

 もとより地味な彼女がそれをかけていると、最早もはや少女なのか大人の女性なのかすらよくわからなくなる。


 しかしよく見るとその顔は決して不美人ではなく、適正に化粧を施せばかなり見れるのも事実だ。

 身長こそ平均的だが、さらに見る者全てを圧倒する胸の大きさはまさに破壊力抜群で、その存在感は顔の地味さなど一瞬で吹き飛ばすほどのインパクトを持っていた。


 そんなブリジットの胸を凝視しながら、再びリタが口を開いた。



「さぁブリジット、答えてもらうわよ。覚悟はいいかしら?」


「は、はいっ!! な、なんでしょうか!?」


「あなた……少し前に合コンに行ったでしょう? その話、私は聞いていなかったのだけれど」


「えっ……?」



 なんだ……何かと思えば、そんなことか。

 まったく脅かしてくれる……


 もとより合コンなんて、プライベートの最たるものだろう。

 それを家族でもなければ、ましてや主人でもないリタになぜ逐一伝えなければならないのか。


 そもそもそれには、お付きのフィリーネもクラリスも同席していたではないか。

 先にその二人に訊けばいいだろうに――



 などと思わず不満が顔に出てしまったブリジット。

 元来生真面目で正直な彼女は、感情もまた顔に表れやすい。

 つまりそれは嘘をつけない性格の裏返しでもあるのだが、この場においては逆効果だった。


 そんな不満溢れるブリジットに気付かないふりをしながら、尚もリタは話を続ける。


「合コンの話はもういいのよ。すでに二人から聞いたからね」


「それではいいじゃないですか。これ以上何をお訊きになりたいのですか?」


「その後の話よ。その後のね。 ――聞けばあなた、合コンで素敵な殿方と知り合ったって言うじゃない? それが訊きたいのよ。それで……その後はどうなったの?」


「あぁ……」 


 ブリジットの顔に理解の色が広がる。

 それまで不安そうに身を固くしていた彼女だが、「なんだ、そんなことか」と顔を綻ばせた。


「なんだ、ブレソールとのことですか? それならそうと初めから言ってくれれば良いのに。 ――そんなに興味があるのなら、話をするのもやぶさかではありませんよ?」


 突如明るい声を出し始めたブリジット。

 まさに嬉々とした表情を浮かべたかと思うと、まるでマシンガンのように恋人の話を始めたのだった。




 合コンで意気投合したブリジットとブレソールは、その後一夜にして結ばれた。

 とは言え、互いに初めてだった二人は様々な失敗を重ねてしまったのだが。

 決して人には言えないが、それらは今では笑い話になっており、時々思い出しては二人で笑い合うほどだ。


 それ以来二人は順調に愛を育んできた。

 休みの日には必ずデートに出かけたし、互いの住居が近いので平日でも夜を共にすることも多かった。


 二人の共通の趣味は、およそ常人には理解できないディープなものだ。

 巷で話題の児童演劇「魔法少女プリプリ」の絵を自分で描いてみたり、それを即売会で売ってみたり、二人揃ってその衣装を着てみたりと中々に一般人には理解が難しい。


 それだけでも珍しいと言えたが、さらにブリジットはディープだった。

 彼女は男同士の恋愛や、少年と大人の女性との恋愛を描いた絵物語を描くのも好きだったのだ。

 さすがの彼女も初めのうちはそれをブレソールには隠していた。

 しかし今後の付き合いを考えれば、いつまでも隠してはいられない。

 たとえ彼が拒絶反応を示したとしても、その時はその時、運命さだめとして諦める覚悟だった。



 しかしブリジットが恐る恐る打ち明けてみると、なんとブレソールも一定の理解を示したのだ。


 まさにそれは奇跡だった。

 自分のような趣味を持つ者がそう多くないことはわかっていたし、決して人に誇れるようなものでもない。

 如何にオタクのブレソールでも、さすがにBLやショタそれらには抵抗を示すだろうと、そう思っていたのだ。


 もっともその反動で、ブレソール自身も実は幼女好きロリであることをゲロしたのだが。



 常人には自分の趣味を理解してもらえないだろう。

 そう思いながら長年生きてきたブリジットだが、蓋を開けてみれば見事なまでに理解を示してくれた。


 この人を逃がしたら絶対に次はない。

 年齢を考えても、これが最後のチャンスなのだ。


 そこに思い至ったブリジットは、突如秘密作戦を決行することにしたのだが、それは俗にいう「カニバサミホールド作戦」と呼ばれる少々下世話なものだった。


 ここで詳しくは語れないが、それはアラサー女性のまさに最終兵器リーサルウェポンと呼ばれるもので、その術中にはまった男は間違いなく青ざめることになる。

 そしてハメていたはずの男の方が気付けばハメられていたという、かなり笑えない話でもあった。




「そんなわけで彼とは今でもラブラブなんですぅ。 ――私は今とっても幸せですぅ!!」


 満面の笑みとともに、嬉々として惚気のろけ話を語るブリジット。

 まるで連射式ボウガンのように絶え間ない早口で捲し立てながら、訊いてもいないことまでベラベラと喋りまくる。

 そして自分の幸福感を共有してくれと言わんばかりに笑顔を振りまきながら、甲高い声優ボイスを炸裂させた。

 

 その姿をフィリーネは、終始無言のまま見つめていた。

 今やその顔は青白く無表情で、瞳には一切の感情がこもっておらず、一目見ただけでは一体何を考えているのかすらわからない。


 そんな対極的な二人の様子に、リタ一人が慌てていた。

 クラリスの時のように、いつ何時なんどき嫉妬に駆られたフィリーネが叫び出すのかと、内心ヒヤヒヤしていたのだ。

 それと同時に、ブリジットの最後の言葉に引っ掛かりを覚えてしまう。



「ねぇ、ブリジット。最後のところなんだけれど……その後は? 結局どうなったの?」


「最後……ですか? ――あぁ、本当に私は幸せですよ。あんな素敵な男性に出会えて、こんなに幸せなことはないと――」


「いやいや、そこじゃなくて。えぇと、そのぉ……もう少し前かしら。 ……カニバサミなんちゃらとかって――」

 

 何気に頬を赤らめながら、それでも懸命にリタが質問をする。

 するとブリジットもポッと頬を染めた。


「あぁ……それは……」 


 しかし次の瞬間、ブリジットの様子が急変した。

 それまで赤く染まっていた顔を突然青くしたかと思うと、両手で口を覆って何かを探し始めたのだ。

 その姿は少し前に見たクラリスと同じだったので、リタにはすぐにわかった。



「ブリジット……まさかとは思うけれど、もしかしてあなた……」


「す、すいません!! わ、忘れてましたけど、私……実は吐きそうだったんです!!」


「えぇ!!」 


 リタは今日何度目かわからない素っ頓狂な声を上げてしまう。

 眉間には盛大にシワがより、今や愛らしい美少女面が台無しだった。


 しかしそんな伯爵令嬢になど一切かまわず、遂にブリジットは部屋の隅でその身を屈めてしまう。

 そして……吐いた。


「おえぇぇぇぇ!!!! うっぷ……おえっ!!」

 


 図らずもその姿はクラリスと同じだった。

 部屋の隅に身を屈ませて、苦しそうに今朝食べたものを吐いている。

 あまりの衝撃に我を忘れたリタは、ブリジットを介抱することさえ忘れてしまう。


「お、お主、まさか……それは……」


「は、はい。お察しのとおり、これは悪阻つわりです。おえっ!! なんとか、作戦が成功して、うぷっ、赤ちゃんが……できました……おえぇぇぇ!!!!」 


「な、な、な、なんじゃとぉーーーー!!!!???? ブリジット、お前もかぁぁぁぁぁ!!!!」


 驚愕のあまり、思い切り大声を出してしまうリタ。

 するとそれを合図にしたように、再びフィリーネが叫び出してしまう。


「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「ぬぉー!! しかもブリジット、お前朝からラーメンなんぞ食ってんじゃないわぁー!!!!」





 そんなわけで(どんなわけだよ)、レンテリア家のアラサー女子三人組の合コン劇はしめやかに幕を閉じた。


 悪阻つわりが酷すぎて護衛の任務に就けなくなったクラリスは、惜しまれながらもそのまま騎士を引退することになった。

 すでに妊娠中であることから、速やかに相手の男性騎士――レオ・ドプナーとの婚姻届けを提出してそのまま一緒に住み始めた。


 クラリス同様にレオも領地を持たない一代男爵家出身だったので、結婚に際しては非常にスムーズに話が進んだ。

 今では次第に大きくなりつつあるお腹をさすりながら、クラリスは慣れない家事に四苦八苦する毎日だ。



 リタの勧めもあり、ブリジットもすぐに結婚した。

 とは言え、平民出身のブリジットたちには役所に婚姻届けを出す必要はなかったので、ただ一緒に住み始めただけだったのだが。


 それでもクラリスと違ってデスクワークが主体のブリジットは、出産間際まで仕事を続けるつもりだ。

 今は悪阻つわりが酷くて大変なのだが、もう少しすれば落ち着くそうだ。

 そして週末になる度に、大きなお腹を抱えながら夫と共に同人誌の即売会に顔を出しているらしい。



 そんな二人の結婚を機に、リタは私財を投げ打って託児所のようなものを作った。

 少しでも小さな子を持つ女性の助けになればと、それは彼女が前世の時代から夢見ていたものだったが、女性の社会的地位が低いこの時代においては中々理解が得られない。


 それでも次第に利用者が増えてくるに従って便利さが口コミで広がり、数年後には二軒目、三軒目と増えていくことになる。

 中にはそれを真似して成功する者も出てきたが、敢えてリタは放置した。


 もちろんそれらを面白く思わなければ、あからさまに邪魔してくる者もいた。

 しかしそんな輩が出てくる度に実力で排除し続け、最終的にはあまりのリタの恐ろしさに誰も手出ししてこなくなる。


 そしてその先進的な試みは成功を収めていくのだが、そのお話はまた別の機会に語られることになるだろう。




 肝心のフィリーネだが、彼女の周りも急に動き始めた。


 不名誉なことに、この一件で行き遅れアラサー女子として広くその名を轟かせてしまった彼女だが、むしろそれが注目を浴びる結果となった。


 すらりと背の高い抜群のスタイルと優雅な所作、そして名門伯爵家令嬢の専属メイドに抜擢されるほどの完璧な礼儀作法を身に着けたフィリーネ。


 仕事人としてはまさに完璧な彼女だが、実はその看板が周囲から敬遠される原因になっていたのだ。

 彼女に興味を持ったとしても、その看板とあまりに隙を見せない性格に声をかける前に皆諦めてしまう。


 フィリーネにしてみれば「せめて声ぐらいかけてよ!!」といったところだろうが、彼女自身にも原因があったと言えよう。



 せめて自分が嫁ぐまでには、結婚相手を探してやろう。

 タイムリミットはあと二年。


 甲斐甲斐しく自分の世話を焼く専属メイドを見つめながら、リタはそう心に誓うのだった。

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