第229話 騎士見習いの現実

「よろしくお願いします!! そのために田舎から出てきたのですから、騎士になれるのならどんな困難も乗り越えてみせます。決してあなた様にご迷惑はおかけしません!!」


 迷いは認めぬ、今ここで決めろと言わんばかりの問いかけに、カンデはいささかの逡巡もなく答えた。

 侯爵家の者を前にして未だその身を低くしているが、見上げる顔には強い決意が覗く。

 先程までの気弱そうな若者の顔は、今やそこには見当たらなかった。


 そんなカンデに満足そうに頷くと、再びラインハルトは口を開いた。


「よし、良い返事だ!! そうでなければ面白くねぇ。それじゃあ早速――と言いたいところだが、少し時間をくれ。さすがの俺でも、受け入れ先など諸々の根回しが必要だ。準備ができ次第知らせるから、詳しくはその指示に従え」


「は、はい!! ありがとうございます!!」



「根回し? ねぇ、ラインハルト様、一つお訊きしてもよろしいかしら? 話しぶりではラングロワ家直々に取り立てるように聞こえたのだけれど……何処か他家に任せるおつもり?」


 何か気になることでもあるのだろうか。リタが横から疑問を口にする。

 するとラインハルトは鷹揚に頷いた。


「おうよ。できればうちで召し抱えてやりてぇところだが、ラングロワの騎士団は貴族出身者しか受け入れてねぇ。これは我が家の仕来しきたりだから、さすがの俺にも曲げられん」


「……それでは何処になさるおつもり? 何処か当てはあるのかしら?」


「当てか? あぁ、大ありだ。そんなのコルネート伯爵家に決まってんだろ。今回の山賊討伐では、ヤツはうちに借りを作ったからな。絶対に嫌とは言わせねぇよ。それにもともとあの家は、騎士見習いには平民出身者も受け入れている。 ――偶然と言うには少々出来すぎだが、これも何かの縁だろう……運が良かったな」


「あら? あなた様ともあろうお方が、運なんかに頼りますの?」


「違うな。俺が頼るのはこの腕だけだ。『いつか』と『神』には会ったことねぇよ。 ――あぁ、あとお化けもな」


 そう言うとラインハルトは、自身の腕を勢いよく叩いた。



 ラインハルトが言う通り、コルネート伯爵家は今回の山賊討伐でラングロワ家及びムルシア家、そしてレンテリア家に大きな借りを作ってしまった。


 街道に出没する山賊の討伐。

 もともとそれはギルドへの依頼だったのだが、ギルドがその依頼を失敗したうえに山賊たちに返り討ちにされてしまったのだ。


 その尻拭いのために、本来であればコルネート伯爵家が私兵を出すはずだった。

 しかしそれよりも早くレンテリア伯爵家からはリタが、ラングロワ侯爵家からはラインハルトが、そしてムルシア侯爵家からは100名を超える兵を率いたフレデリクがそれぞれ駆けつけた。


 本来の思惑はさておき、言うなればそれはコルネート伯爵家の山賊討伐に3つの有力貴族家が手を貸したことになる。

 もっとも結果的にそうなっただけであって、決してコルネート伯爵家が頼んだわけではないのだが、それでも国を代表する有力貴族家が三家も出張ってきた事実は、伯爵にとって地に額を擦り付けるほど恐縮する出来事だったのだ。


 コルネート伯爵家はもともと東部派閥に属する貴族家で、ラングロワ家が辺境候になる前から付き従っている。

 だから直属の上司にあたるラインハルトに逆らえるはずもなく、未だ根回しもしていないが、万に一つも否と答えるわけがない。

 それがわかっているが故に、ラインハルトは自信満々に答えたのだ。



 とは言え、そこに障害が全くないわけではない。思いつくだけでも幾つもの苦難が予想される。

 そこに思い至ったラインハルトは、真顔に戻って滔々と告げた。


「それでだ。一つ忠告しておくが、これからお前には多くの困難が待ち受ける。騎士の鍛錬、訓練は言うに及ばず、人間関係には相当苦労させられるだろう」


「は、はい!! 重々承知しております!!」


「おう。言っておくが、訓練の愚痴は聞かんからな。どんなに辛くても食らいつけ。もしも逃げ出したら、この俺――ラインハルト・ラングロワの顔に泥を塗ったと知れ」


「も、もちろんです!! 決して逃げたりしません!!」


「とは言え、お前の場合はそれ以外の障害のほうが大きいだろうな。それはお前が平民であるが故の人間関係だ」


 その言葉を聞いた途端、カンデの眉間にシワが寄る。

 どうやら彼はこれから告げられることを予想していたらしい。その表情は以前の弱気なものではなく強い覚悟を示すものだった。

 

 カンデの視線を真っ直ぐ受けながら、ラインハルトは尚も言い募る。

 


「忠告するが、お前以外は殆どが貴族の子弟だ。稀に平民がいたとしてもその数は少ない。 ――いいか、貴族のいじめは陰湿だぞ。同じ騎士見習いであっても、実家の爵位によって上下関係があるのはもちろんのこと、その力関係がもろに影響する。下は上には逆らえん、絶対にだ。 ――そこに来てお前は平民だ……この意味がわかるな?」


「は、はい」


 思わずカンデは唾を飲み込んでしまう。

 如何に覚悟を決めているとは言え、はっきりとその事実を告げられてしまえば恐れてしまうのも無理はなかった。


「俺の口利きの事実はすぐに広まるはずだ。 ――なんせ貴族ってもんは噂話が大好きだからな。嫉妬、やっかみ、妬み……受け取り方は様々だろうが、決して良いとは思われん。さすがに命までは取られんだろうが、それなりの目にあわされるのは覚悟しておけ」



「カンデ……」


 それまで黙って聞いていたリタの顔に、心配そうな表情が浮かび始める。

 前世も含めて200年以上に渡って貴族社会を見てきた彼女には、ラインハルトの言葉はあまりにリアルだった。

 騎士見習い同士のいじめや確執があるのは昔から知っていたし、それが今も変わらないのはクラリスからも聞いていたからだ。

 

 貴族同士ですらそうなのに、そこに平民のカンデが飛び込んで果たして耐えられるのだろうか。

 夢が叶えられるのはもちろん諸手もろてを挙げて歓迎するが、その後に待ち構える苦難の道のりを思うと単純には喜べない。


 何気に複雑な表情を浮かべるリタ。

 そんな将来の義姉を見たラインハルトは、その整った顔に皮肉そうな笑みを浮かべた。



「はっきり言わせてもらうが、お前一人では早晩潰されて終わるだろう。なんせお前には味方も庇ってくれる者もいないからな。 ――おっと、俺やリタ嬢なんかは当てにするなよ? そんなことには介入できんからな」


「……」


「そこで俺からひとつ提案がある。 ――お前の他にもう一人騎士見習いを募ろうと思うのだが、どうだろう。同期として互いに助け合えば、どんな苦難にも耐えられるはずだ」


「同期……ですか?」


「そう、同期だ。お前と同じ平民だ」


「そうですわね、それは確かに心強いでしょう。だけどその者も平民であれば、所詮貴族には逆らえないでしょう? いい考えだとは思うけれど、そもそもの問題解決にはならないのではなくて? カンデと一緒にその者も苦労するのが目に見えていますわ」


 再びリタが口を挟んだ。

 相変わらず不安そうな表情を貼り付けて、ラインハルトとカンデを交互に見つめている。

 するとラインハルトは、小さく鼻息を吐いた。



「なんだリタ嬢、ここまで言ってもピンとこねぇのか? 意外とぼんやりしたヤツだな」


「う、うるさいわね……なんですの? ピンって」


「ほら、お前もよく知っているヤツだよ。 ――いるだろう? 平民であって平民でもない、貴族にも顔が利くうえにおよそいじめになんて縁のなさそうな腕っぷしの強えヤツがよ」


「えっ……?」


 まるで思い当たるふしがない。

 そんな思いを顔に浮かべたリタを眺めながら、ラインハルトは可笑しそうに笑みを浮かべた。


「まぁ任せろ。これからそいつをスカウトしに行ってくるからな。期待して待てっ!!」

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