第228話 固い決意

「うははははっ!! 話は聞かせてもらった!! なんだお前、騎士になりたいのか!? それならこの俺様に任せろ、いい考えがある!!」


 いつからそこにいたのだろう。

 そう思わざるを得ないタイミングで、ラインハルトが入ってくる。

 自信満々を通り越して、今や太太ふてぶてしいまでの表情を浮かべながら、ずかずかと無遠慮に歩く。

 その姿はいっそ清々しいほどに「俺様」だった。


 そんな未来の東部辺境候にしてリタの義弟になるべく人物は、相変わらず見目麗しい。

 男に対してその表現は相応しくないのだろうが、実際にラインハルトは美しいのだから仕方がない。

 

 口が悪く粗野な性格からは想像できないほど、その容姿は完璧だった。

 さらさらとした長めの金髪と切れ長の青い瞳は美しく、スラリと背の高い体躯は巷で話題の女性歌劇団に出てくる男役のようだ。


 その彼に向かって眉を顰めながら、リタは非難するような声を上げた。



「ラインハルト様……もしやあなた様はストーカーですの? そうでなければ、なぜわたくしの行く先々に現れるのです? しかも毎回のように場をかき回して――」


「うるせぇな、誰がストーカーだって!? ――おいおいリタ嬢、人聞きの悪いこと言わないでくれよ!! それじゃあまるで変態みたいじゃねぇか!!」


「変態……まさに言い得て妙ですわね。どうやら自覚がおありのようで。 ――よくもまぁ、わたくしの居場所をご存知でいらっしゃる。これではまるで監視されているようではありませんか。これが変態行為でなければなんですの?」


「変態言うな!!」


「……その熱心さを少しは婚約者にお向けになられたら如何いかがですの? 最近あなた様がかまってくれないと、エミリーが寂しがっていましたわよ」


「うっ……」


 まさに図星だったのだろう。

 リタの一言にラインハルトは固まってしまう。

 それでも彼は果敢に言い返そうとする。


「エ、エミリエンヌは関係ねぇだろ!! あいつにはちゃんと付け届けをしているし、時々会いにも行ってるぞ!! 昨日顔を出した時にも喜んでいたしな!!」


「さぁ、どうだか……そんな義務感だけで顔を出しても、エミリーは喜ばないと思いますけど」


「う、うるさいな!! お前は俺のお袋か!?」


「ふふんっ、そうかもしれませんわね」


「く、くそっ……まぁいい。ここに居合わせたのは単なる偶然であって、べつにお前をつけていたわけじゃねぇって。そこだけは譲れねぇ。 ――それから、俺を変態呼ばわりするんじゃねぇよ!! 今回はたまたまだよ、たまたま!!」


「さて、どうかしら。 ――とにかくこのことはエミリーに言いつけて差し上げますわ。あなたの婚約者は変態です。まるでストーカーのように付き纏われて困っていますと、涙ながらに訴えますの」


「や、やめろ!! それだけはよせっ!! それに俺は変態じゃねぇって言ってんだろが!!」


 言葉の勢いとは裏腹に、何処かバツの悪そうなラインハルト。

 彼にしても、どうやらリタの言い分には思い当たるふしがあるらしい。

 その様子を見る限り、口では必死に否定しつつも、リタの動きを部下に監視させているのは間違いなかった。




「いや、変態でしょ。あれほどの見目麗しい婚約者をほったらかして、ちっちゃい巨乳ちゃんにばかり付きまとってるんだから……」


 その時小声でボソリと呟く者がいた。

 それはラインハルトのお付きの騎士――お目付け役とも言う――アルノー・レーマーだ。

 19歳の専属護衛騎士は、部屋の中へと入っていく主人を追いかけもせず冷めた目で様子を伺っていた。


 そんなアルノーに、リタとラインハルトが同時ににじり寄る。


「誰が変態だぁ!? てめぇ、いい加減にしやがれ!!」


「誰がちっちゃい巨乳ですって!! あ゛ぁ!?」


「い、いや、だって……若がリタ嬢ばかり気にしているのは事実だし、リタ嬢だってけしからんほど乳がでかい――」

 

「やかましいわ!! べつに俺はリタなんか気にしてねぇし!!」


「乳、乳ってうっさいのぉ!! 言うほどでかくないわ、このハゲがっ!!!!」

 

「ちょ、ちょっと!! 人に当たるのはやめてくださいよ!! 俺は関係ないでしょ!?」



 最悪のタイミングで失言してしまったアルノーは、まるで八つ当たりのように矛先を向けられてしまう。

 彼とても若くして侯爵家嫡男の専属護衛に抜擢されたほどの人物なのだから、いざ戦闘となれば凄まじいまでの剣技を披露する。しかし、とかく世俗に疎いのが玉に瑕だった。


 常々それは同僚のニコリーネ・ボッセに諫められていた。

 しかし若さゆえなのか、思慮が足りないのかは不明だが、一向にその失言癖は直らない。

 もっとも主人であるラインハルトと年齢が近く、性格的にも気が合う上に剣の腕も遜色ないとくれば、彼以上の適任者がいないのも事実だったのだが。

 

 じりじりと後ずさりしながらドアの取っ手に手をかけて、忙しなく周囲を見回しながらアルノーは逃走の機会を伺っている。

 そんな19歳の若者に、リタが一喝した。


「金輪際、乳をネタにすんなや!! いわすぞ、われぇ!! おぉ!?」




 逃走に失敗した哀れなアルノーは、「俺様ラインハルト」と「老害リタ」にサンドバックさながらに当たられてしまう。


 しかし、アルノーの発言は事実だった。

 リタの胸が大きいのは言うに及ばず、ラインハルトがリタを見張っているのも事実だったのだ。

 もっともそれには理由があった。

 「戦いこそ我が人生」を座右の銘にするラインハルトは、自分と同じ匂いをリタに感じ取るとその実力が知りたくなったのだ。


 

 若くして二級魔術師の免状を持つ、稀代の女魔術師。

 本来は一級の実力さえ持つと言われるリタの戦いを、どうしてもラインハルトは見たかった。

 ジル・アンペールを素手で殴り倒した腕力と、アンペールの屋敷を瞬く間に更地にした攻撃魔法。

 その両方をどうしても見てみたかったのだ。


 しかしてその希望は、すぐに叶えられてしまう。

 それはあの山中での山賊狩りだった。

 

 ラインハルトの目の前で、見たこともない攻撃魔法を駆使するリタ。

 さらに折れそうなほど細い腕で山賊たちを殴り飛ばす姿は、およそラインハルトが見たことのないものだった。

 言わば近接戦闘と遠距離攻撃を融合するようなリタの戦い方は、ラインハルトに深い感銘を与えたのだ。



 手の届く範囲にしか攻撃できない剣の攻撃。

 もちろん補助するための弓や投擲武器なども存在するが、リタが放った攻撃魔法はそのどれとも似つかない。


 もしもあの攻撃が自分に向けられていたならば、恐らく死んでいただろう。

 本気でそう思ってしまうほど、リタの闘い方には隙が無かった。

 それはまさにラインハルトが長年追い求めてきた理想の戦い方に他ならず、見た瞬間に目が覚める思いだった。


 それ以来ラインハルトは、リタに強く興味を持ってしまう。

 もちろんそれは女性としてではなく、強者に憧れる少年のような純粋な思いだった。


 ラインハルトはリタに付き纏っている。

 意図的ではなかったが、スバリ事実を言い当てられてしまったラインハルトは、本心を誤魔化すようにアルノーに当たってしまう。

 そして事情を知らないリタまでも、まるで八つ当たりのように怒りの矛先をアルノーに向けたのだった。




 そんなわけで、一人で貧乏くじを引かされたアルノーが這々ほうほうていで逃げ出すと、部屋の中には落ち着きが戻ってくる。

 するとラインハルトが再び口を開いた。


「ふぅ……なんだか異常に疲れたな……」


「……その原因はあなたでしょう? 被害者面しないでほしいものね」


「そう言うなよ、リタ。これからその埋め合わせをしてやるからよ」


 一言そう告げると、ラインハルトは壁際に佇むカンデに視線を向けた。


「あぁ、ごほん。それでさっきの話だが……カンデと言ったか?」


「えっ? あ、は、はいっ!! カンデです!!」


 それまで蚊帳の外にいたカンデは、突然矛先を向けられてその身をブルリと震わせる。

 そして直立不動のまま固まってしまった。


 もっともそれは無理もなかった。

 リタとの掛け合いを見ていれば、ラインハルトがとても親しみやすい人物であるのはよくわかる。

 しかし東部辺境候の嫡男にして次期ラングロワ家当主である人物を目の前にして、たかが17歳の平民が平静でいられるはずもなかった。


 片や次期西部辺境侯夫人、片や次期東部辺境侯。

 そんな二人と同時に相対していれば、どんなに肝が座った者であろうととても落ち着いてはいられなかったのだ。



 思わずカンデは、再び平伏する勢いでその身を低くする。

 するとラインハルトは、その思いを知ってか知らずかまるで無遠慮に話し続けた。


「お前、騎士になりたいんだってな――そうか、その心意気やよし。平民にしては見上げたものだと言っておこう」


「は、はい、ありがとうございます」


「とは言え、平民のお前にはその門戸がとても狭いのも事実だ。相当厳しい道だと知れ」


「はい。それも重々わかっております。すでに10を超える貴族家を訪ねましたが、全て門前払いとなり――」


「まぁそうだろうな。騎士なんぞ、貴族の子弟の専売特許みたいなものだからな。確かに平民出身の騎士もいないこともないが、いずれも剣の腕を買われたなどの事情が絡むのが普通だ」


「……」



 その言葉に、カンデは落胆を隠せなかった。

 騎士になるには貴族の子弟であるか、剣の腕を買われるほどの平民でなければならないが、自分は貴族でもなければ剣の腕も決して優れているとは言えない。

 そんな自分が騎士になろうだなんて、いくら何でも世間を知らなさすぎる。

 

 その事実に押しつぶされそうになっていると、まるでお構いなしにラインハルトが話を続けた。


「まぁ、そう落ち込むな。聞けばお前はリタ嬢の幼馴染だそうだな。であれば、この俺様が一肌脱ぐのもやぶさかかではない」


「えっ……? 一肌……ですか?」


「あぁ。今言った通り、騎士になれるのは何も貴族ばかりじゃねぇ。中には平民もいる。俺の権限で、お前をそこに突っ込むこともできるということだな」


「ええっ?」


 直前までの様子はどこへやら、驚きを隠せないカンデはラインハルトを凝視する。

 許しもなく平民が貴族を凝視するなど、場合によっては不敬に当たるのだろうが、今やここには誰も気にする者はいなかった。



 するとリタが横から声をかけてくる。

 それまでずっと黙っていたが、ここにきて言いたいことがあるらしい。


「確かにそうだけど……カンデには申し訳ないけれど、貴族の世界に平民が飛び込むなんて、自らいばらの道を歩むようなものよ。決してお勧めはできないわ。だから私は、敢えて勧めようとは――」


「まぁな。リタ嬢の言うとおりだ。 ――言っておくがカンデ、俺はお前を騎士見習いとして取り立てることはできる。しかしその道は相当厳しいぞ。身分からくる差別、貴族の派閥など想像を超える困難が待ち受けると警告しておこう。そして騎士の実態に失望することもあるかもしれん。場合によっては、このまま冒険者を続けていたほうが良かったと思うかもしれんぞ?」


「……」


「それでも夢を諦め切れないと言うのなら、騎士への道を示してやろう。 ――さぁ、どうする?」



 力強く選択を迫るラインハルト。

 騎士への道をほぼ諦めていたカンデにとって、それは最後のチャンスだった。

 ここで否と答えれば、その道は完全に閉ざされてしまうだろう。そして是と答えれば、本当に騎士に取り立ててもらえるのは間違いない。


 調子が良く軽口ばかり叩くラインハルトではあるが、その言葉に嘘はない。

 彼の身分や立場であれば、平民の一人や二人を騎士見習いとして取り立てるなど造作もないことだからだ。

 

 つまりはこの選択が自分の未来を決めるのだ。

 それにはあまりに時間が無さすぎるようにも思えるが、これまでだって散々考えてきたはずだ。

 もとより騎士になるために田舎から出てきたのだし、ビビアナにもそう告げてきた。

 

 何を迷っているんだ。

 答えは一つしかないだろう。


 

「よろしくお願いします!! そのために田舎から出てきたのですから、騎士になれるのならどんな困難も乗り越えてみせます。決してあなた様にご迷惑はおかけしません!!」


 未だ身を低くしたままではあるが、上を向いたカンデの顔には固い決意が浮かんでいた。

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