第221話 失策の尻拭い
「さて、パウラ。詳しい話を聞かせて貰えるかしら?」
大柄な厳つい男たちが多数集まる冒険者ギルド。
その人垣が二つに割れたかと思えば、まるで掻き分けるかのように一人の小柄な少女が近づいてくる。
するとパウラは、見覚えのあるその少女に向かって大声を上げた。
「ア、アニエ……じゃなかった、リタ様――ど、どうしてあなたがここに……?」
「何故かって? そんなの決まっているでしょう? あの子達が助けを求めてきたからじゃない」
「助けを……求めに?」
盛大に驚きつつも、何処か胡乱げな顔のままのパウラ。
そんな女冒険者に向かってニンマリとした笑みを浮かべると、リタは豊かな胸を持ち上げるように腕を組む。
そして「ふんぬっ!!」とばかりに仁王立ちになると、まっすぐにパウラを見つめた。
150センチを少し超える程度の小柄な身体に、八頭身かと思うほどの小さな顔。
珍しい縦ロールのプラチナブロンドは光り輝き、滅多に見ないほど整った容姿。
一目には10代前半のようにも見えるが、その細い体にアンバランスなほどの大きな胸は、ともすれば成人した大人の女性のようにも見える。
しかし可愛らしい「ウサギのアップリケ」が胸元に縫い付けてあるのを見ると、やはり可愛いもの好きな10代半ばの少女なのかもしれない。
そのように少々年齢不詳にも見えるリタではあるが、未だ幼さを残すその顔を見ていると、彼女が
そんな些か背徳的な香りのする容姿を、ざっくりとしたローブで包み込む。
その服装から想像するに彼女は王国魔術師教会の女魔術師――魔女なのだろう。
しかし見るからに仕立ての良いキメの細かい高級な生地のローブは、決して国から支給される安物のお仕着せではなかった。
一般に魔術師といえば、ただでさえ希少な「魔力持ち」の中でもさらにその頂点に君臨する、言わばエリート中のエリートだ。
そのため彼らは市井の者たちと比べても相当な高給取りなのだが、それでもそのローブは如何に高給取りと言えどもおいそれと買えないほどの高級品なのは間違いない。
そんなものを気軽に身に纏える者といえば、それはやんごとなき身分のものしか考えられなかった。
例えば貴族の子女などだ。
まるで妖精のような美しい容姿に、最高級のローブを
その姿から一目で只者ではないとわかるものの、冒険者たちにしてみれば見知らぬ少女に他ならず、その顔には「誰だこいつは?」と書いてあった。
この場に集まっているのは、皆腕に覚えのあるギルド員たちばかり。
討伐を専門にしている者、魔獣の駆除を得意とする者、そして護衛任務のスペシャリストなど、全員が戦闘に長けた者たちばかりだ。
中には上位貴族の専属護衛を務めるような者もいるほどで、この場にいる全員がまさにこの冒険者ギルドの武闘派集団と言えたのだ。
そんな男たちの視線が一点に集中する中、何処かから突然低く大きな声が響き渡った。
「こ、これはリタ様ではありませんか!! ――本日はどのようなご用向きで? 大変申し訳ありませんが、ご覧の通り我々は只今取り込み中なのです。急ぎのご用事でなければ、後日にしていただけると助かりますが……」
年の頃は40代前半だろうか。立派にたくわえた
それはここ冒険者ギルドハサール王国支部支部長のダリル・アントニーだった。
恭しくも彼が頭を下げてリタを見つめていると、周囲にざわめきが広がっていく。
支部長は彼女を「リタ様」と呼んだ。
そして自分たちが知るその名の女性は、
するとその中の一人が堪らず声を上げた。
「あれがリタ・レンテリア!? あんな小さな少女が!?」
「こんなに小さいのに……本当に
「噂には聞いていたがよ、マジで美少女じゃねぇか!! あんなに可愛いのに、怒らせると怖いんだって?」
「あぁ。アンペールの末路を知ってるだろ? あの子の逆鱗に触れたらしいぞ」
「うへぇ、おっかねぇ……」
まるでつられるように声が広がりつつも、決して誰も声をかけてこようとはせず、ひたすらリタは好奇な視線に晒される。
その視線は彼女の整った顔やプラチナブロンドの縦ロールに向かっていたが、多くはリタの豊か過ぎる胸にも注がれていた。
そんな無粋で無遠慮に過ぎる視線にリタが無視を決め込んでいると、その横からパウラが声を上げる。
「支部長!! リタ様がここに来たのは、うちの子達が呼びに行ったからなの。だからこの場に同席してもかまわないと思うけれど」
「なに? お前の子どもたちが呼んできただと? 一体なんのために……? しかしそれは理由にならんだろう。彼女は部外者なのだから――」
突然の来訪に驚いたアントニ―は、顔に渋い表情を浮かべたまま何かを言い募ろうとする。
するとリタは笑顔で言葉を遮った。
「ご無沙汰しておりましたわね、ダリル・アントニー支部長。貴方とは先日の挨拶以来だったかしら?」
「あ……は、はい、そうですね。先日のご挨拶では失礼いたしました」
会話からもわかる通り、リタとアントニーは初対面ではない。
話は数ヶ月前に遡るが、アンペール侯爵家が取り潰しになった原因――俗に言う「ムルシア・アンペール決闘事件」の直後に彼はレンテリア伯爵家を訪れていたのだ。
それはリタがギルド員に殺されかけたことへの謝罪と、支部長交代の挨拶のためだったのだが、アントニーが念願の支部長に昇進できたのはその事件のおかげだったので、彼にとってその謝罪は表面的なものでしかなかった。
結果的には返り討ちにした。
しかし場合によっては命を落としていたかもしれない。
それを
そんなギルド支部長に向かってリタが声をかける。
「それで? どうやら子どもたちの独断だったみたいですけれど、わざわざこの
まるで問い詰めるかのようなリタの口調。
その声にアントニーは渋々口を開いた。
話は約一ヶ月前に遡る。
新ギルド支部長――アントニーは焦っていた。
支部長に就任してすでに二か月が過ぎていたが、未だ実績らしい実績も残していない。
実力でその地位に上り詰めたのであれば
普通であれば就任後数ヶ月は何事もないように安全運転に徹するのだろうが、とにかく彼は実績を残すことに拘った。
運ではなく実力でこの地位を手に入れたのだと、己と周囲を納得させるために躍起になったのだ。
偶然とは異なものである。ちょうどその時、ギルドに大きな依頼が舞い込んだ。
それは「盗賊討伐」の依頼だった。
依頼主はハサール王国中東部に領地を持つコルネート伯爵家。
依頼料が高額なのはもとより、なによりその依頼を達成できれば貴族家との間にパイプができる。そして自身の実績として大きく宣伝できるのだ。
そう思ったアントニーは、深く考えることなくギルドの直接受託案件としてその依頼を受けたのだった。
とは言え、ギルド長のアントニー自らが直接現場に赴くわけにもいかない。
あくまでも彼は責任者であって、現場指揮官ではないからだ。
そのため彼は、当時副支部長になったばかりのクルスに現場の指揮を任せたのだが、当然のように彼はゴネた。
もとより自身の希望で副支部長になったわけでもなければ、そもそも戦闘を伴う仕事には就かせないという約束だったはずだ。
それなのに突然盗賊討伐の陣頭指揮を執れなどとあまりにも無理な話だろう。
盛大にゴネて最後までクルスは固辞したのだが、結局はアントニーの強権に押し切られてしまう。
実際の戦闘はギルド員たちに任せればいいから、お前は現場にいるだけでいい。
最終的にそう言い包められてしまったのだ。
そんなわけでクルスは渋々現場に赴いたのだが、実際に盗賊に対峙してみれば大きく話が違っていた。
当初伝えられていた人数を軽く三倍は超える相手に取り囲まれた挙げ句に、同行したギルド員の半数がその場で死亡するという前代未聞の失態を演じてしまったのだ。
とは言え、それがクルスの責任かと問われれば些か微妙だった。
何故なら、全ては十分に情報収集を行わなかったアントニーの失策だったからだ。
手柄を焦るあまりに依頼主からの情報を鵜呑みにした彼は、綿密な事前調査を行わないままギルド員を送り出してしまう。
結果、討伐対象の人数を三倍以上も読み違えるという、あまりにもお粗末且つ致命的なミスを犯してしまい、クルスを始めとするギルド員たちは命からがら逃げ出さざるを得なくなったのだ。
しかし同時にその半数を殺されてしまい、生き残った者たちも山の中に逃げ込んだまま
そして彼らは、今も山狩り同然に追い詰められているらしい。
その情報を持ち帰ったのは、唯一逃げ帰ったギルド員だった。
彼は現状を報告するとともに支部長アントニーを痛烈に批判し始めると、即座に救出部隊の要請を進言した。
そして今まさにその打ち合わせをしているところだったのだ。
身動ぎ一つせず、一言も発しないまま説明を聞き終えたリタ。
せっかくの美貌が台無しだと言わんばかりに渋面を浮かべると、紅い唇を歪めながら口を開いた。
「……アントニー支部長。つまりは貴方の失策の尻拭いに協力せよと?」
「あ……いや、私は貴女様を呼んだつもりはありませんが……」
意図的にリタと視線を合わせようとしないアントニーは、隣で立ち竦むパウラと子どもたちに交互に視線を投げながら言葉を続けた。
「彼らが貴女様を呼んだのです。理由は私にはわかりかねますがね。それはパウラと子どもたちに直接お訊きになればよろしいかと存じますが?」
無表情に訥々と答えるアントニーの顔には、「そんなの俺の知ったことか」と書いてあるようにしか見えない。
するとパウラが二人の子どもたちを代弁した。
「この子達はどうしても父親を助けたかったのです。そのためには少しでも可能性の高い方法を選んだのでしょう。それでリタ様を呼びに…… 本当に困った時には貴女様を頼れと、私も夫も普段から言っていたので……それで……」
「なっ!? そ、それはどういう意味だ!? 俺ではクルスを助けられないとでも言うのか!?」
パウラの言葉に激高するアントニー。
その彼に向かってリタは言葉を吐き捨てた。
「えぇ、つまりはそういうことなのでしょうね。子供は正直だとよく申しますし。 ――事実、この子たちの父親は、あなたのせいで危機に瀕しているのです。少しでも助けられる可能性の高い方法を選ぶのは道理でしょう。一度失った信頼はそう簡単には取り戻せませんのよ」
「それは……し、しかし、如何に優れた魔術師の貴女様でも、100人からの盗賊に正面から挑むなどあまりに危険ではありませんか? それに生き残ったギルド員を人質にでも取られてしまえば、如何に貴女様でも――」
どうしてもリタを同行させたくないのだろうか。
アントニーが後ろ向きな発言に終始していると、突然ギルド事務所の扉が開け放たれた。
そして大声が響き渡る。
「そのための俺様だ!! この俺がいる限り盗賊どもの好きにはさせねぇぜ!!!! なぁ、リタ嬢よぉ!!!!」
美しくよく通りながらも、些か下卑た響きを含む声。
言うまでもなくそれは、東部辺境候ラングロワ侯爵家嫡男のラインハルトだった。
彼は真っ白なタキシードのまま大声で叫んだ。
「この俺様が来た以上、大船に乗ったつもりでいろ!! ――おう、嬢ちゃんよ。おめぇの父ちゃんは必ず助けてやるからな!! おとなしく待ってろよ!!!!」
まるでパーティーにでも出席するような格好で、思い切り啖呵を切るラインハルト。
そのあまりに場違いな姿に、リタは大きなため息を吐いたのだった。
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