第220話 現れた助っ人
エミリエンヌとラインハルトが喧嘩の原因を説明している頃、リタは冒険者ギルド・ハサール王国支部へと向かっていた。
お気に入りの乗馬服の上から魔術師のローブを羽織ったリタは、二人の子どもたちを馬に乗せて勢いよく道を駆けていく。
結局彼女は専属メイドのフィリーネに伝言を託しただけで、両親はもちろんのこと婚約者のフレデリクにさえ事情を説明せずに屋敷を飛び出した。
あまりに大胆すぎるその行動は実家に何かしらの影響が及びそうだったが、今日の彼女はあくまでも脇役だったため、突然会食をキャンセルしても特に問題はなかったのだ。
とは言え、何も言わずに飛び出すなど、貴族の作法としてはあり得ない。
しかし子どもたちの話を聞けば聞くほど時間の猶予がないのは明らかだったため、こればかりは両家の事後承諾を期待するしかなかった。
対して今日の主役の一人でもあるラインハルトは、勝手にいなくなるなどできるはずもなく、如何に破天荒で名を馳せる彼にしてもさすがにそこまで非常識ではなかった。
そんなわけで、結果としてリタだけが先に出る形になったのだった。
専属護衛騎士のクラリスを唯一の同行者に選ぶと、馬車を出す時間すら惜しいとばかりに自ら馬を駆る。
そしてリタとアニーを乗せて疲れ知らずに疾走する馬は、この世のものとは思えないほど美しかった。
額に生える長い角が特徴的な、輝くように美しい白い馬のような魔獣。
もちろんそれは馬などではなく、ユニコーンのユニ夫だった。
大親友であるリタの召喚に応じた彼は、武者震いとばかりに嬉しそうな
そして自ら進んでリタとアニーをその背に乗せると、まるで疾風のように駆け出したのだった。
これまで二百年以上に渡ってユニ夫と友人であり続けたリタではあるが、
何故なら、彼女は数年以内に嫁ぐことが決まっているからだ。
幻獣の一種であるユニコーンは、清らかな乙女――処女にしか触れられない。
しかし結婚してしまえば、さすがのリタも純潔のままというわけにもいかなかった。
前世も含めると225年もの長きに渡って純潔を守り抜いたリタではあるが、貴族の妻の使命として、次代を担う子供――特に嫡男――を速やかに産まなければならなかったからだ。
そんな事情もあり、リタとユニ夫がこれまで通りの関係を続けられるのもあと数年だった。
その代わり――というわけでもないのだろうが、最近彼は女魔術師のブリジットと仲良くしていた。
しかし、ある日を境に彼女に触れられなくなってしまう。その理由とは、ブリジットに恋人ができたからだ。
生まれてこのかた、ただの一人も恋人がいなかったブリジット。
すでに32歳となった彼女には、この先もずっと恋人ができないだろうと思われた。
それはブリジット本人のみならず、彼女の大親友を自負するユニ夫ですらそう思っていたのだが、予想に反してある日突然彼女に恋人ができてしまったのだ。
しかも出会ったその日に早速
その事実は、ユニ夫を絶望の底に叩き落とした。
人間に召喚される以外は精霊界に住んでいるユニ夫ではあるが、実は彼には友達が少なかった。
そもそもリタ――アニエスやブリジットと気が合う時点でお察しだが、ユニ夫の性格はユニコーンとしては少々変わっている。
そのため彼は一族の中でも変わり者として有名で、同族の中でも距離を置かれた状態だったのだ。
そんなユニ夫を気にしたリタは、ここ最近はできるだけ一緒にいる時間を増やしていた。
しかし彼女も魔術師としての仕事を抱える身であるため、そう頻繁にユニ夫を召喚してもいられない。
彼女の事情を理解するユニ夫は最近では半ば諦めていたが、突然召喚されたかと思えば、思い切り走ってほしいと頼まれた。
するとユニ夫は、嬉しさのあまりまるで跳ねるように疾走していったのだった。
「お母さん!! 助っ人を呼んできたよ!!」
「これでお父さんを探しに行けるね!!」
冒険者ギルド・ハサール王国支部に、
ギルドといえば、腕に覚えのある荒くれたちの溜まり場のような場所だ。
そんなところに子供の声が響くのは些か違和感を覚えるところではあるが、今やそんなことを気にする者は全くいなかった。
何故なら、その場の全員がある出来事の対応に頭を悩ませていたからだ。
しかしその中の一人の女性が、慌ただしく立ち上がる。
年の頃は30代半ばといったところか。中々に美しい――いや、その小柄な体格と童顔から『可愛らしい』と表現したほうが適当だと思われる――女性が、慌てて大声を上げた。
「アニー!! シャルル!! どうしてここに来たの!? あれほど留守番をしていなさいって言ったのに!!」
屈強な男たちを懸命に掻き分けてくる一人の女性――
それは冒険者ギルド・ハサール支部の副支部長にして冒険者クルスの妻、そしてアニーとシャルルの母親でもあるパウラだった。
現在37歳のパウラは、さすがに近くで見れば年齢相応の衰えは感じられるが、それでも150センチの小柄な体格と童顔は十分に愛らしいと言える。
ともすれば二十代半ばにも見えるほど未だに若々しい容姿を保っており、彼女の夫――クルスは今でも彼女に見惚れるほどだった。
そんなパウラは、幼い二人の子供を家に残したきりずっとここで夫の帰りを待っていた。
何故なら、盗賊討伐に出かけたままのクルスは、一週間経った今も戻ってきていなかったからだ。
しかしクルスと言えば、「なりはでかいが剣の腕はからっきし」の男のはずだ。
そんな彼が盗賊討伐に出かけるなど
今から数ヶ月前、
それは現役のギルド員から大量の犯罪者を出した責任を取らされたからなのだが、その後釜として隣国ファン・ケッセル連邦国から一人の男が送られて来た。
それはダリル・アントニーという名の、元々冒険者だった男だ。
現在43歳の彼は今から約10年前、冒険者時代に培った実績と豊富な人脈、そして巧みな話術と政治力によって若くして副支部長にまでのし上がった。
しかしその後が長かった。言わば「万年副支部長」とも言うべき状況が10年以上も続き、その後の出世はいい加減諦めていたのだ。
確かにアントニーは現場叩き上げの人物とは思えないほど有能な男ではあったが、残念なことに上位の役職者や役人、そして貴族にコネがなかった。
それでも彼は必死に奔走した。
しかし、やはり蛇の道は蛇、すでに出来上がった地盤に食い込むのはそう簡単なことではなく、結局その後10年も副支部長のままだったのだ。
しかしハサール王国支部長ランベルト解任という突然の出来事が、彼の運命を変えることになる。
現役のギルド員から13人もの犯罪者を出すという、前代未聞の不祥事。
その後始末のためにハサール王国支部の支部長になりたい者などいるわけもなく、その座は暫く宙に浮いていた。
そこに名乗り出たのがアントニーだった。
鼻息も荒くハサールに乗り込んでくると、アントニーは早速組織の改革に取り掛かる。
そして自身の右腕――副支部長として、経験の長いベテランのギルド員を選んだのだが、そこで推薦されたのがクルスだったのだ。
現在42歳のクルスは、ギルド員としての経験年数はすでに27年にも及ぶ。
常に危険と隣り合わせのギルド員は、40歳を境に引退する者も多い。そしてその後は穏やかな余生を過ごす者も多いのだが、彼に限ってはそうではないらしい。
結婚が遅かったクルスは、すでに42歳であるにもかかわらず、未だ長女が10歳で長男が7歳だ。
そのため、子どもたちが独り立ちするまであと10年、彼はこのまま冒険者を続ける予定だった。
クルスは長年に渡り非戦闘系の依頼専門だったため、決して戦闘経験が豊富とは言えず、それどころか190センチ140キロの熊のような巨体であるのに、剣の腕はからっきしだった。
そんな彼に、ある日突然副支部長の白羽の矢が立ってしまう。
しかしその事実に、クルスは驚きを隠せなかった。
何故なら彼はただ経験年数が長いだけで、決して強くもなければギルドに対して協力的とも言えなかったからだ。
それどころか、前支部長のランベルトに対しては
その彼が何故副支部長に推薦されたかと問われれば――それは他の多くのギルド員と、前支部長であるランベルトの推薦だったのだ。
長年に渡り新人冒険者の面倒を見てきたクルスは、すでにベテランと呼ばれるギルド員たちにも慕われている。
凄腕と謳われる冒険者の中にも、新人の頃にクルスに教えを受けた者も多かった。そのため、副支部長の推薦をする際に多くの者が彼の名を挙げたのだ。
そしてさらに影響力を持っていたのが、前支部長であるランベルトだった。
更迭されて任を解かれたとは言え、未だに支部に影響力を持つ彼は、副支部長にクルスを強く推した。
もっともその人選は、外からやってきたアントニーにとっても最適と言えた。
クルス以上に長くギルド員を務める者も少なかったし、他のギルド員たちからも慕われている。
そんな彼が副支部長に推されたことを、アントニー自身も歓迎していた。
しかしその人事を一番反対したのは、なんとクルス自身だった。
とにかくそんな面倒な役職はごめんだとばかりに、彼は必死になって固辞したのだ。
新しくやってきた支部長の言葉になどまるで耳を貸さずにひたすら断り続ける日々だったが、ある日突然その言葉を翻してしまう。
その原因は、レンテリア伯爵家令嬢――リタ・レンテリアの一言だった。
ご存知のようにランベルトは、リタの正体を知る数少ない人物だ。
その彼がギルドからいなくなると色々と不都合が多いため、その後釜として副支部長には色々と事情を知るクルスを据えようとしたのだ。
とは言え、何処の国にも属さない完全な独立組織である冒険者ギルドに対して、一伯爵家令嬢が影響を及ぼせるわけもない。
しかしそれを知ったうえでリタがクルスに脅しと圧力をかけると、渋々ながら副支部長への就任を受け入れたのだ。
そんなわけで、まんまとギルドとのパイプを維持したリタは、次は新支部長――ダリル・アントニーも取り込んでやろうと企んでいたのだが、その矢先に今回の事件が起こったのだった。
「あなた達……何を勝手なことを……それに助っ人って……」
必死な顔でありつつも、どこか得意げな表情を浮かべる子どもたち。
そんな彼らの姿を見つめながらパウラが訝しげな声を上げると、アニーもシャルルも一転して泣きそうな顔になってしまう。
「だって……本当に困った時は、あの人を頼れって……お父さんが……」
「お母さんだって……そう言ってたじゃない? だから僕たちは、あの人を呼びに行ったんだよ」
「あなた達……あの人っていったい……」
子どもたちの説明にピンとこないパウラは、怪訝な顔のまま訊き返す。
すると彼らの背後から、突然甲高い声が響いてきた。
「パウラ!! まずは事情を聞かせてもらおうかしら!? どうやら時間がなさそうだから、手短にお願いするわね!!」
厳つい冒険者たちが集うギルドの事務所。
決して広くはないその場所に突如響いたその声は、確かにパウラにも聞き覚えがあるものだった。
そしてその声を合図にして男たちが二手に分かれると、その向こうに一人の少女が姿を現す。
気が強そうに吊り上がった細い眉と、たれ目がちの灰色の瞳。
少々時代遅れにも見える、ゴージャスな縦ロールのプラチナブロンド。
八等身かと思うほど顔が小さいその姿は、小柄な体格と相まって何処か妖精のようにも見えた。
それはハサール王国レンテリア伯爵家令嬢リタ・レンテリアだった。
まるで掻き分けるかのように冒険者達の間を抜けて来ると、彼女は大声で告げた。
「荒事なら私におまかせ!! どんなに凶悪な盗賊だろうと、確実に根絶やしにして差し上げますわよ!!」
鼻息も荒く言葉を吐くリタは、すでにやる気満々にしか見えなかった。
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