第217話 ぷにぷにの二の腕

 場所は変わって、こちらはカルデイア大公国の北東部に国境を接する隣国ハサール王国。

 その首都アルガニルにあるムルシア侯爵家の首都屋敷。

 今日はそこに、西部辺境候ムルシア家と東部辺境候ラングロワ家の面々が集っていた。


 ムルシア家長女エミリエンヌとラングロワ家嫡男ラインハルトの電撃的な婚約が発表されてから一ヶ月。

 国の東西を代表する貴族家であり、王国第一第二の武家貴族でもある両家のあまりに唐突な発表は、それぞれの領民はもとより国中の者たちの注目を集めるところとなっていた。


 多分に政治的且つ特殊な事情のために、婚約発表から4か月後に式を挙げるという超過密スケジュールとなったために、今回慌ただしくも互いの親戚縁者の紹介を行う場が設けられた。

 もちろんその中には今回の花嫁――エミリエンヌの将来の義姉となるリタの姿もあった。



「それでは次に、我がムルシア家嫡男フレデリクの婚約者をご紹介いたします。 ――ではリタ嬢、ご挨拶を」


 相変わらず両家の会合を仕切る、ムルシア侯爵家婦人シャルロッテ。

 若い頃は「絶世の美女」と王国中に名を馳せ、現在も「絶世の美熟女」として変わらずその名を轟かせる西部辺境候婦人が、傍らに佇む一人の若い女性に声をかける。

 するとその女性――いや、未だ「少女」と呼ぶに相応しい、ともすれば幼気にも見える容姿の令嬢が立ち上がる。


 もちろんそれはレンテリア伯爵家次男令嬢にして、将来のムルシア侯爵家婦人を約束されているリタ・レンテリアだ。 

 今年15歳の成人を迎えた彼女ではあるが、母親譲りの童顔と小柄な体格から未だ10代前半と言われても違和感のない容姿をしている。

 しかしその印象を一瞬で覆すのが、これもまた母親から受け継いだ豊かな胸だった。


 確かに胸の大きさだけで言えばエミリエンヌも負けてはいないが、彼女の場合は加えて身長も高かった。

 代々のムルシア家の血を如実に表す背の高さに、母親同様に肉感的な巨乳。

 少々気が強そうなアーモンド型の瞳が目立ちすぎるが、それでも母親に似た美しい顔と均整の取れたプロポーションはまさに完璧だ。

 そんな絶世の美少女を地で行くエミリエンヌは誰もがその全身に目が行くので、豊かすぎる胸だけが目立つことはなかった。



 しかしリタの場合は少々事情が異なる。

 身長こそ152センチの母親より1センチ高いが、それでも成人女性としてはかなり小柄な方ではあるし、顔もかなりの童顔だ。

 さらに顔が小さく等身が高いスタイルは、ともすれば妖精のようにも見える。


 そんな愛らしい妖精のような容姿のリタではあるが、その中でも特に異彩を放っているのが誰もが目の行く大きな胸だった。

 両手でつかめるほどに細く華奢なウエストの上にけしからんほど豊かな胸が乗っている姿は、童顔な顔と相まって何処か背徳的な香りがした。


 まさに「低身長童顔細身ロリ巨乳金髪縦ロール」を体現するリタ。

 その彼女が「ふわり」と音が聞こえるような優雅な所作で立ち上がると、周囲の者たちは皆音のない感嘆のため息を吐いた。

 


「レンテリア伯爵家次男フェルディナンドが長女、リタ・レンテリアでございます。こちらに御座おわしますフレデリク様の許嫁にして、エミリエンヌ様の義姉になる身でもございますゆえ、以後お見知りおきを」


 白く小さく、まるで天使のように整った顔に優美な微笑を浮かべると、周囲を見渡しながら軽く会釈をする。

 すると再び周囲に音のないため息が広がった。 

 それと同時に、今回始めて彼女を見たラングロワ家とその親戚縁者たちは意図せず同じことを考えてしまう。


 すでに成人しているとは言え、背が低く小柄で華奢(しかし巨乳)な体格は、その童顔も相まってまるで子供のようにも見える。

 そんなリタではあるが、稀に見る強い魔力持ちでもあるために、今では王国を代表する女魔術師――魔女として注目を集めていた。


 15歳にして二級魔術師の免状を持つだけでも驚きなのだが、話によればすでに一級の実力があるらしく、王国魔術師協会の副会長を務めるロレンツォ・フィオレッティは以前から彼女に一級の免状を付与したがっていると聞く。

 しかし彼自身がリタの師匠でもあるために、そこに忖度そんたくが働いているとして先送りになったままだった。


 もっとも当の本人は免状などにはまるでこだわりはないらしく、そんな外野の批判を「くだらない」の一言で片付けていたのだが。



 そんな若くして魔術を極めつつあるリタではあるが、その華奢(しかし巨乳)な細腕で前東部辺境候の嫡男であり、次期アンペール家の当主でもあったジル・アンペールを素手で殴り倒したのは有名だ。


 さらにその仕返しとして襲いかかってきたアンペールの手下を返り討ちにした挙げ句、首都屋敷を襲撃して全壊、炎上させた。

 その結果、国王をも巻き込む騒動にまで発展してアンペール家は取り潰しとなったのだが、一説によると、その全ては将来の嫁ぎ先のライバルを消し去るためのリタによる計算と企みだったのではないかと噂されている。

 もっとも当の本人が明確に肯定も否定もしていないので、真相は闇の中なのだが。

 

 幼少時からのリタには、まるで策略かと疑いたくなるような逸話が幾つも残っている。

 出奔から戻ってきた両親をレンテリア家に受け入れさせたのも、シャルロッテを言い負かして婚約者として認めさせたのも然りだ。

 

 魔術の才能に溢れ、知恵も回り、そのうえ腕力でも並の男を上回る。

 その話だけを聞けば何やら化け物じみた女性を想像してしまうが、今目の前に佇むリタはまるで妖精かと疑ってしまうような可憐な少女だった。


 そんなリタの短い挨拶が終わった後も、ラングロワ家の面々は皆彼女に注目したままだ。

 しかしその視線に気づいているのかいないのか、変わらずリタはその美しくも愛らしい顔を澄ませたままで、その他の者の挨拶など最早もはや誰も聞いてはいなかった。




 

「こちらにいらっしゃったか、リタ嬢」

 

 滞りなく両家の挨拶も終わり、その後の会食まで暫く時間があったリタは気分転換も兼ねてバルコニーに出ていた。

 12月も末に差し掛かり、すっかり白く彩られた裏庭を眺めながら佇むリタ。

 そんな彼女が冷えた手に息を吹きかけながらぼんやりとしていると、不意に背後から声をかけられる。


 もちろんそれは今日の主役の一人――ラインハルトだった。

 普段の彼からは想像できないような畏まった態度で近づいてくると、そのままリタの横で立ち止まる。

 それが誰なのかはリタにはすでにわかっていたが、も驚いたかのように横を向くと、そこにはもう一人の主役であるエミリエンヌも一緒だった。

 そして再びラインハルトが口を開いた。

 

「お初にお目にかかる。ここなエミリエンヌ嬢とは一足先に夫婦めおとになるが、数年後には貴女とも親戚になるゆえ、よしなに頼む」



 その言葉にはすぐに返事を返さずに、リタは二人の様子を眺めてしまう。

 婚約者の左腕に手を回し、軽く頬を上気させた乙女の顔で寄り添うエミリエンヌ。

 その様は、今や政略結婚のための婚約者というよりは完全に恋人同士のようにさえ見える。

 そしてラインハルトも彼女のことを憎からず思っている証拠に、まるで大切なものを守るような仕草でエミリエンヌの手を引いていた。


 そんな仲睦まじい二人の様子に満面の笑みを浮かべると、弧を描いたままの口をリタは開いた。



「それはこちらの言葉ですわ、ラインハルト様。数年先とは言え、貴方様とは義兄、義妹になる身。そして将来の東西辺境候として、これからの関係に期待するところです」


「そうだな。こちらこそ期待している」


「エミリー――敢えてこう呼ばせていただきますが――との付き合いは、もう10年にも及びます。確かに幼少のみぎりは互いに殴り合いの喧嘩をしたこともありましたわ。しかし今では一番の友であり、また家族でもありますの。そんな彼女の伴侶が、貴方のような素晴らしい殿方であることに心から喜んでおります」


「リタ……」


「エミリエンヌの一番の親友であり、且つ家族でもあられるリタ嬢。貴女からそのような祝福を受ける以上に喜ばしいことはない。その言葉、心より感謝申し上げる」 


 今やうやうやしいを通り越して慇懃尾籠とさえ言える態度を続けるラインハルト。

 そんなエミリエンヌの婚約者をリタが真顔で見つめていると、負けじとラインハルトも見つめ返してくる。

 そして互いに無言のまま眺め合うこと暫し。


 ついに彼らは――吹き出した。



「ははははっ!! いや、失礼した。貴女の噂は予々かねがね聞き及んでいたゆえ、些か緊張してな」


「ふふふっ、何を仰るのです。わたくしの方こそ緊張しましたわ。エミリーの想い人なんて初めて会うのですから。どのような御仁ごじんなのかと、色々と想像しましたのよ」


「想い人……」


 思わず吹き出したリタの言葉に、顔を真っ赤に染めてしまうエミリエンヌ。

 そんな彼女に愛おしそうな視線を向けたままラインハルトが話を続けた。


「はははっ、いや、貴女の人となりはエミリエンヌから聞き及んでいた。しかしどうにも想像がつかなくてな。 ――なにせあの・・「猪公」ジル・アンペールを素手で殴り倒したというのだから、どんなゴリラのような女かと思っていたのだ。しかし、あまりに想像の域を超えた姿に度肝を抜かれた次第だ」


「度肝? なんですの?」


 その言葉に胡乱な顔をしながら、リタは思わず訊き返してしまう。

 するとラインハルトは、変わらず可笑しそうに笑いながら目尻に涙を浮かべたまま答えた。


「あぁ、すまない。いや、想像に反してあまりに愛らしい姿に驚いたんだ。しかも、とても小さくて可愛らしかったものだから、つい……ふははっ、いや、失礼」


 180センチを超えるスラリとした長身と風になびく長めの金髪、そして美青年とさえ言えるほど容姿の整ったラインハルト。

 そんな男性に面と向かって「可愛らしい」などと言われてしまえば、さしものリタも意図せず顔を染めてしまう。

 するとその時、突然背後から声をかけられた。



「ラインハルト殿。私の婚約者を口説くのはおやめ下さい。まったく、油断も隙もあったもんじゃない」


 その声に三人が同時に振り向くと、そこにはリタの婚約者にして次代のムルシア家当主でもあるフレデリクが立っていた。

 言葉に反してその顔には柔らかい笑みが浮かんでいる。


 恐らくリタに持ってきたのだろう。温かそうに湯気を立てるミルクを片手に、彼はバルコニーへ出てくるところだった。

 そんな婚約者に向かってリタが声をかける。


「フレデリク様。お父様とのお話はもう終わりましたの?」


「あぁ、終わったよ。それで君を探したんだけど……そんな格好でいたら風邪を引いてしまう。 ――ほら、ここは寒いだろう? 温かいミルクを持ってきたから、どうぞ召し上がれ」


 白いカップを手渡してくるフレデリクに手を伸ばしながら、リタが答える。


「ありがとうございます。ふふふっ、相変わらずお優しいですのね、フレデリク様は」


「い、いや、べつに優しくなんか……い、いいからほら、冷めないうちに飲みなよ」


 まるで照れ隠しのように少々ぞんざいな調子でカップを差し出すと、そのままフレデリクは顔を俯かせてしまう。

 恐らく彼の顔は真っ赤になっているのだろう。



 婚約者が差し出すカップを受け取ろうと、リタが白く細い腕を伸ばす。

 すると横から突如その腕を掴むと、ラインハルトはそのまましげしげと眺め始めた。


「ふむふむ……これがあの・・ジルを殴り倒した腕か。 ――見たところ特別なところはなさそうだが……」


「へっ!?」


「特に太くもなく、筋肉がついているわけでもない……いや、むしろこのぷにぷにとした感触は――」


 などと呟きながら、リタのぷにぷにの二の腕を揉み始めるラインハルト。

 婚約者の目の前で妙齢の女性の身体を無遠慮に触りまくるなどという、あまりに非常識且つ破天荒なその行動に、今やリタもエミリエンヌも信じられないとばかりに両目と口を大きく開いたままだ。

 フレデリクに至っては、手に持ったカップをそのまま落としてしまった。


 しかしそんな彼らの様子になど一切かまわず、ラインハルトはリタの二の腕を撫で回し続ける。

 そして最後にはクンクンと匂いまでかぎ始める始末だった。


「ふぅむ、特に気になるところはないか……この細腕の一体何処にそんな力が――」


「ひぃ……ひぃやぁーーーー!!!! な、なにさらすんじゃい、このボケがぁ!!!!」


 

 あまりに唐突な出来事に固まるリタだったが、ついに正気を取り戻すと、むんずっとばかりに腕を引き抜く。

 そして思い切り罵倒し始めた。


「なんじゃぁ、おまぁは!! 断りもなく乙女の二の腕なんぞ揉みおってからに!! しかも匂いまで嗅ぐとは正気の沙汰とは思えぬ――」


「ぬおー!! 許せん!! 婚約者の僕ですらリタの二の腕なんか触ったことはないのに!! しかも匂いまで……!! い、一体どんな匂いがしたっ!? お、教えろっ!!!!」


「ラインハルト様ぁ!!?? な、なんて破廉恥なことを!!!! そ、そんなに揉みたいのなら、わ、わたくしのを揉んでくださいまし!!!! も、もちろん、匂いも嗅がせて差し上げますわよ!!!!」


「ぬおー!!!! 許すまじっ、このハゲがぁーーーー!!!!」


 突然胸ぐらを掴んだかと思えば、思い切りガクガクと振り回し初めたリタと、掴んでいた左腕を力いっぱい引っ張りながら大声でがなり立てるエミリエンヌ。

 そしてリタの匂いを教えろと、容赦なく顔を近づけてくるフレデリク。

 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図に思わず後退ってしまうラインハルトだったが、それでも彼なりに言い訳をしようとした。


「い、いや、これには訳があってだな……お、おい、お前らやめろ!!」


「ぬおっーーーー!!!!」



「あ、あの、こちらにリタ様――レンテリア伯爵家令嬢のリタ様はいらっしゃいますか?」


 あまりにげきしすぎたリタが思わずその右手にパリパリと電気を走らせはじめた時、再び背後から声をかけられた。

 その声に四人が同時に振り向くと、そのあまりに異常な状況に鼻白んだ一人の女がいた。


 それは一人のメイドだった。

 彼女は一瞬後退る様子を見せたが、すぐに職務を思い出すと思い切ったように声を出した。


「あぁ、リタ様。こちらにいらっしゃったのですね。 ――何やらお取り込み中のところ大変失礼いたしますが、リタ様にお客様がお見えになっておいでです。なんでも火急の用事だとか申されておりますゆえ、このような席であることを承知でお取次ぎした次第なのですが――」


 遠慮がちなメイドの言葉に怪訝な顔を返すリタ。

 ご存知のように、本日は彼女の親友でもあり将来の義妹になるエミリエンヌの大切な婚約の顔合わせの席だ。

 それをわかっていながら来客を取り次いだということは、それは相当な要件なのだろう。

 それを一瞬に察したリタは、ラインハルトの胸ぐらを掴んでいた手を放すと即座にメイドに詰め寄った。



「その話しぶりだと、随分と急ぐ用事のようね。相手は誰?」


「は、はい。幼い子どもが二人です。アニーと名乗る10歳くらいの女の子ともう少し幼いシャルルという男の子です。ともに平民だと思われます」


「アニー……シャルル……? それで、要件は?」 


「なんでも、父親を助けてほしいの一点張りでございまして……どうにも要領が得られませぬゆえ、詳しくはわかりかねます」


 メイドの反応に小さく息を吐くと、リタはそのまま話を続けた。


「……わかったわ。とりあえず会ってみる。 ――案内してくださる?」


「は、はい!! どうぞ、こちらでございます」


 鬼のような形相から一転して、今や微笑みすら浮かべて返事をするリタ。

 その反応に目に見えて安堵した若いメイドは、リタを案内するために先頭に立って歩き始めた。

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