第218話 頼もしい助っ人
「大変お待たせいたしました。 ――
メイドに連れられたリタが屋敷から出てくると、正門横の警備小屋の中では二人の幼い子どもが待っていた。
半ば拘束された状態の彼らは何処か諦めたような顔をしている。
その顔を見る限り、本当にリタが現れるとは思っていなかったのだろう。
一人は燃えるような赤毛とひょろりと背の高い中々に整った顔立ちの10歳ほどの少女で、もう一人は7歳ほどと思われるこれまた年齢の割に背の高い少年だった。
よく似た顔をしているところを見ると、恐らく彼らは姉弟なのだろう。
しかし気が強そうに吊り上がった瞳の姉に対して、弟は全体的に優しげな雰囲気を醸していた。
そんな二人の子どもたちは、リタが姿を現した途端その表情を一変させる。
力なく何処か諦めていた顔にパッと喜色を浮かべると、慌ただしく駆け寄ろうとした。
しかしリタはムルシア侯爵家の次期当主婦人になる人物であるうえに、今日の会合の出席者でもある。
そんな重要警備対象の人物を、いくら幼い子供とは言え身元すらはっきりしない者を近づけるなど警備として有り得ない。
そのため、勢いよく立ち上がった子どもたちは次の瞬間には警備の騎士にその首根っこを掴まれてしまった。
「ぐえっ!!」
「おふっ!!」
思い切り首が絞まった二人は、苦しそうにもんどり打つ。
しかし騎士たちは決してその手を放そうとはせず、相手が幼い子供であろうとも容赦なく己の職責を果たそうとした。
「おい、勝手に動くな。お前たちはこの小屋から出てはならん!!」
首を押さえて
そんな彼らにリタが声をかけた。
「あなたたち、大丈夫? 申し訳ないのだけれど、ここは侯爵家のお屋敷なの。だから護衛騎士の言うことはきちんと聞かないといけないのよ。わかるわね?」
「げほっげほっ……ご、ごめんなさい……あ、あの、貴女がリタ様……ですか?」
二人の姉弟のうち、姉と思しき背の高い少女が必死に声を絞り出す。
本来であれば年齢相応に甲高い声なのだろうが、首が絞まったせいでその声は些か
するとその少女を、横の騎士が慌てたように遮ろうとする。
「お、おい!! こちらは当家の若君――フレデリク様の婚約者であらせられる御方だぞ!! つまりは将来のムルシア侯爵家婦人になられる方なんだ!! お前のような者が、気軽に声をかけられる――」
「かまいません。話によれば、何やら火急の要件だとか。今ここでそのようなことを言っている場合ではないでしょう。お下がりなさい」
「し、しかし――」
「この
まさに「ギロリ」といった面持ちでリタが睨みつけると、
そして慌てて謝罪の言葉を口にした。
「も、申し訳ありません!! 失礼いたしました!!」
「あら、なにもそんなに畏まらなくてもよろしくてよ。 ――ごめんなさいね。とにかく今は時間がありませんの。
打って変わって、口元に笑みを浮かべるリタ。
言葉は柔らかく丁寧だが、しかしその瞳は全く笑っておらず、まるで鋭く刺すような視線を投げてくる。
さすがは上級貴族家の息女と言うべきか、何処かふんわりとした妖精のような容姿にもかかわらず、その内面は中々に激しかった。
リタはその童顔とタレ目がちの瞳のせいで、一見柔らかい性格をしているように思われがちだ。
確かにその顔は「おっとり」を地で行くような母親――エメラルダにそっくりなのだからそう見えて当然なのだが、彼女をよく知る者はその印象を笑い飛ばす。
リタの怒りを買ったがゆえに、家ごと葬り去られたアンペール家。
その末路を思い起こせば、彼女を怒らせることがどれほど恐ろしいのかは火を見るより明らかだった。
言葉は柔らかく、口元は笑みの形に弧を描いているのに、全く目が笑っていないレンテリア伯爵家令嬢。
その姿を見た騎士たちは、不意に思い出してしまう。
未だ彼女はムルシア家の人間ではないが、数年後には若奥方としてこの家に嫁いでくるのだから、ここで彼女に逆らうのは得策ではない。
それどころか、次代のムルシア家の武を担うと言われるほどの武闘派であるリタは、絶対に怒らせてはいけない相手だった。
もしも本気で怒らせてしまえば、こんな木っ端騎士など即座に吹き飛んでしまうだろう。
そこに考えが至った騎士たちは慌てて直立不動になると、まるで図ったかのように同時に声を上げた。
「は、はいっ!! リタ様のお好きになさって頂いて結構です!!」
そんな騎士たちに満足そうな笑みを返すと、再びリタは子どもたちに向き直る。
そして話を続けた。
「話を遮ってしまって、ごめんなさいね。 ――それで、あなた達は? 何故
「は、はいっ!! わ、私は冒険者ギルド員の、ク、クルスとパウラの娘で、ア、アニーと言います!! こ、こ、こっちは弟のシャルルです!!」
初めて会う上級貴族に対して、緊張しているのだろうか。
アニーと名乗る少女が盛大に噛みながらもなんとか自己紹介をすると、その様子にリタは小さな笑みを浮かべる。
それは騎士たちに向けたものとは違って、本心から滲み出た笑顔だった。
「あぁ、思い出した。あなた達はあの二人の子どもたちね。あらぁ……もうこんなに大きくなって…… それはそうとアニー、どうか落ち着いて。ちゃんと最後まで聞いてあげるから、私にもわかるようにゆっくりと話してくれる?」
貴族令嬢を前にして、緊張に震える子供たち。
その様子を見るに、彼らが貴族と話し慣れていないことは明白だ。
そんな子どもたちの想いを
もっともそれは、むしろ彼女の素に近いものではあったのだが。
美しく髪を結い上げた見るからに豪奢な貴族令嬢が、しがない平民の自分たちに気を遣ってくれている。
その事実に気づいた子どもたちは些か恐縮する素振りを見せたものの、同時に安堵の表情を浮かべた。
そして子供らしい遠慮の無さで再び口を開いた。
「お父さん……じゃなくて、ち、父が大変なんです!! ギルドの仕事で盗賊退治に出かけたんですけど……もう何日も帰ってこなくって!!」
「盗賊退治……?」
「は、はい!! 本当は一週間ほどで帰るはずだったんだけど、ずっと帰ってこなくて……それで待っていたら、一緒に出かけた人が怪我をして帰って来て……」
「怪我を?」
「はい。その人は、自分だけ助かったとか言ってて……お父さんとその他の人たちも、逆に盗賊にやっつけられたとか……」
「……」
10才児の説明は
どうやら彼らの父親のクルスは、ギルドの仕事で盗賊退治に出かけたらしい。
しかし逆に返り討ちにあってしまい、命からがらそのうちの一人だけが逃げ帰ってきたのだろう。
しかしその説明に、リタは少々違和感を感じてしまう。
彼女がよく知る冒険者のクルスは、なりはデカイが剣の腕はからっきしのはずだ。
190センチ140キロのまるで熊のような巨漢であるにもかかわらず、ギルドで受ける仕事は素材採集や人探しなどの非戦闘系のものばかりで、今や仕事よりも家庭を大事にする男だった。
少なくとも一緒にアンペール家を潰した時はそんな感じだったし、あれから半年しか経っていないことを考えても、そう変わっているとは思えない。
その思いにリタが胡乱な顔をすると、アニーとシャルルは不安そうな顔をする。
そんな彼らを安心させるように微笑むと、再びリタは話を続けた。
「そうね……こんなこと、あなた達に訊いてもわからないわよね。 ――わかったわ。それで私はどうすればいい? 誰か話のわかる大人はいるのかしら?」
「は、はい!! えぇと、私達と一緒にギルドに来てほしいの。いまそこにお母さんたちがいるから、詳しくはそこで聞いて下さい」
「あ、あの、リタ様お願いです!! お父さんを助けてください!!」
リタとアニーが話をしていると、その横から弟のシャルルが身を乗り出してくる。
それまで姉の後ろに隠れて一言も発しなかった彼だが、ここに及んで必死の形相を見せていた。
未だ幼さの抜けない7歳児のシャルルは、気の強そうな姉とは対象的に見るからにおとなしそうに見える。
その彼が瞳に涙を浮かべながら、まるで拝むようにリタを見つめた。
そんな庇護欲を誘う幼気な頭に手を置くと、安心させるようにリタは頭を撫でた。
「きっと大丈夫。とりあえず私と一緒にギルドへ行きましょう。あなた達のお母さんからも詳しく話を聞きたいしね。 ――それじゃあ私は準備をするから、少しだけ時間を貰えるかしら?」
同じ目線の高さまでしゃがみ込んだリタがニコリと笑いかけると、シャルルもつられて笑みを浮かべる。
物静かでおとなしそうな顔をしながらも、顔には間違いなく彼の母親――パウラが透けて見え、さらにその横顔には父親のクルスの面影も見えた。
そんな7歳児の頭をリタが撫でていると、突然その声は聞こえてきたのだった。
「うははははっ、話は聞かせてもらった!! 盗賊討伐などと聞いてしまえば、これは見逃すわけにはいかんな!! ここは俺も一枚噛ませてもらうぞ!!!!」
低く響くようでありながら、何処か清々しさも感じさせる独特の声音。
その声はリタが先程聞いたばかりのものだった。
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