第191話 絶望と足掻き

 図らずも冒険者ギルドと王国魔術師協会から非難されてしまったベネデット・アンペール侯爵。

 その事実が意味することは、実行犯の自白以外になんら物的証拠のないこの事件において、ベネデットと実行犯の繋がりをその組織が担保すると言ったに等しい。


 それは、ベネデットにとってかなりの痛手だった。

 世界中で活動しながらも、そのじつ何処の国にも属さない独立組織、冒険者ギルド。

 その強い独立性は誰もが認めるところであり、そのおかげもあってギルドの意思決定はあらゆる外的事情に左右されない。

 つまりその非難には一切の政治的思惑や忖度は存在せず、単純に悪いものを悪いと言っているのと同じだった。



 とは言え、世界23か国で活動する大規模組織である冒険者ギルドが、これほど素早く意思決定するのは珍しい。

 その理由を考えてみると、ひとえに支部長であるランベルトの頑張りが大きかったと言えよう。


 自身が統括する支部から13人もの犯罪者を出してしまった彼は、この件が片付き次第支部長を辞任するつもりだった。

 そしてこれが最後の仕事になるだろうと思いながら、必死の思いで報告書を書き上げたのだ。

 そして自身の進退についての顛末書と一緒に本部へ送ると、すぐに返事が返ってきた。


 実を言うと、これほど早く抗議書の取り付けができるとは誰も思っていなかった。

 確かにリタに脅されて必死ではあったが、一地方支部の支部長でしかないランベルトがそう簡単に本部を動かせるとは思っていなかったのだ。


 しかし、予想に反してギルドの動きは素早かった。


 その理由は、ベネデットの行為が冒険者ギルドの顔に激しく泥を塗るものだったからだ。

 ただでさえ厳しく禁止している「直依頼」をギルド員に持ち掛けたうえに、しかもその依頼は「暗殺」などという違法なものだった。

 さらにリタの護衛に就いていたギルド員――クルスもろとも皆殺しにするために、同じギルド員同士で殺し合いをさせようとしたのだ。


 その事実に大きな不快感を示したギルド本部は、ベネデットに対して即座に抗議することを決めたのだった。



 あまりに思惑通りに事が運んだことを不審に思ったランベルトは、何気にリタに訊いてみた。


「もしかして……初めからギルド員が襲撃に使われるとわかっていてクルスを雇ったのですか? 敢えて本部から不快感を引き出すために?」


「ふふふ……さぁ、どうかしら。 ――偶然じゃない?」


 などと怪しい笑みを浮かべながら、リタはうそぶく。

 その全てが彼女の思惑通りではないにしろ、その超人的な洞察力と先を読む力にランベルトは舌を巻く思いだった。


 


「おのれぇ……抗議書だと? しかも魔術師協会まで……一体どうなっている!?」


 青い顔をしながらベネデットが吠える。

 今やその額からは汗が止まらなかった。

 ギリギリと音が聞こえそうなほど歯を噛み締めて、まるで睨み殺す勢いでロレンツォを睨みつつ、大声で叫ぶ。


「そもそもその『抗議書』とやらは、本当にマクブレイン会長を通しているのか!? どう考えても、ヤツがそんなものを認めるわけがないだろう!?」


「お言葉ですが、アンペール侯爵様。間違いなく会長の決済を通っています。疑われるのであれば、サインをご覧になりますか?」

 

 そう言うとロレンツォは、持参してきた「抗議書」を広げて見せる。  

 ここに来て彼は、元来の調子を取り戻しつつあった。

 人によっては呑気ともとれるほどゆっくりとした口調で話すその姿は、ともすれば、わざと相手を苛立たせようとしているのかと勘ぐってしまうほどだ。

 

 そんなロレンツォに、案の定ベネデットはキレた。

 どうやら彼は、ここに国王が同席していることを忘れ去っているようだ。


「ふざけるな!! お前は私を陥れようとしているのか!? そもそもあのマクブレインが私を非難するなどありえぬ!! 何かの間違いに決まっているのだ!!」


 今や必死としか言えない表情で言い募るアンペール侯爵。

 そんな彼の姿を、ロレンツォは困ったような顔で見ていた。




 ハサール王国魔術師協会会長、オーガスト・マクブレイン侯爵。

 すでに現職を20年も務め続ける彼は、昔からアンペール侯爵派の閥族で有名だ。


 代々マクブレイン家は魔術師協会を束ねる家系であり、現会長のオーガストもその地位を父親から継いでいた。 

 しかし会長を務めながらも、彼自身は全く魔法を使えなかった。それどころか「魔力持ち」ですらない。


 しかし組織の代表に求められるものは、リーダーシップと交渉力、そして政治的な力であって、決して個人の魔術的能力ではない。

 その意味においてオーガストは十分に力を発揮していると言えた。

 事実マクブレイン侯爵家はアンペール派閥内での序列は二番目であり、その圧倒的な政治力を活用して所管組織――魔術師協会の運営に力を注いでいたからだ。


 つまり、魔術師協会自体がアンペール侯爵閥に属していると言っても過言ではなく、対抗派閥の長であるムルシア家が、これまで魔術師を重用してこなかったのもその辺に事情があった。


 そんな魔術師協会に属する現役の二級魔術師であるリタは、色々な意味で風当たりが強かった。

 ご存じのように彼女は将来のムルシア家に嫁ぐ人物であり、そんなリタと懇意にしようとする魔術師はおらず、事実リタは魔術師の友人は少なかった。

 もっとも彼女自身はそんなことなど全く気にしていなかったのだが。


 そんな中、彼女の師匠であるロレンツォも当然のようにムルシア侯爵閥だと思われていた。

 しかし組織の私物化との批判を躱すために、マクブレインはロレンツォを敢えて副会長の座に就かせたのだ。


 このように多分に政治的な理由で副会長に就いたロレンツォではあったが、彼の名誉のために言うならば、もちろん理由はそれだけではなかった。

 その圧倒的な魔法の才能と能力に加え、10年前の戦役では勲章を与えられるほどの活躍を見せた。

 そして他の誰にも使えない無詠唱魔術を唯一行使できる彼は、誰から見ても副会長に相応しいと思われていたのだ。


 さらに言えば、トップの会長職が言わば名誉職であることを考えると、実質的に副会長のロレンツォが実務組のトップだと思われていた。



 そのロレンツォが事情を説明すると、即座にマクブレインは折れた。

 何故なら、ベネデットの行動があまりにも危険すぎたからだ。

 確かに本人は否定しているが、彼の性格をよく知るマクブレインはそれが事実であると即座に看破した。

 それは明らかに国王をないがしろにするものであり、もしも明るみに出れば極刑は免れない。


 さすがにそれは、マクブレイン会長をしてベネデットを庇いきれるものではなかった。

 もしも庇ったうえでベネデットが検挙されてしまえば、自分まで巻き込まれかねない。

 迫りくる危機を鋭く嗅ぎ付けたマクブレインは、ロレンツォの助言を受け入れて即座に「抗議書」を送りつけることを決めた。

 もちろんその理由は、所属する魔術師に対して違法な「直依頼」を持ち掛けたものであり、ベネデットの行為を違法として非難することを決議したのだ。

 

 その行動が示す意味は、魔術師協会、延いてはマクブレイン侯爵家がベネデットを見限ったことに他ならなかった。

 つまりそれは、アンペール侯爵家派閥からそのナンバー2が離脱することを決めた瞬間だったのだ。



 盟友マクブレイン家に見限られた。

 その事実は重くベネデットにかる。

 冒険者ギルドに非難され、魔術師協会に抗議され、あまつさえ自派閥のナンバー2に見捨てられたのだ。

 それはベネデットにして茫然とさせるのに十分だった。

 しかしそれでも彼は足掻き続ける。


「そ、それは絶対に間違いだ!! 間違いだと言えっ!!」


「間違いではありません。こちらをご覧ください、これは紛うことなきマクブレイン会長のサインです。それすらも怪しいと仰るならば、会長自らにお越しいただきましょうか? アンペール侯爵様の求めとあらば、会長自ら足を運ぶのも吝かではありません」


「う、うるさい!! くそぉ……何奴どいつ此奴こいつも私を愚弄しおってからに――」


 青い顔のままブツブツと呟き始めるベネデット。

 そんな彼に向かって国王ベルトランが声をかける。



如何いかがか、アンペール侯爵。これで己の置かれた立場が多少は見えて来たのではないか? そろそろ真実を語る頃合いだと思うが」


「へ、陛下!! まさか陛下までこの私を疑われるのですか!? この忠臣たる私を?! それはあまりに捨て置けませぬ!! 魔術師協会と冒険者ギルドの非難が何だというのです? そんなものは奴らが勝手に言っているだけのこと。いくら陛下のげんとは言え、真実ではないことを認めるなどできませぬ!!」


「なれば問おう、アンペール侯爵よ。襲撃者の自白と関係組織の抗議だけでは足りぬと申すか? なにかしらの物的証拠が必要だと?」


「は、はい。恐れながら申し上げさせていただきますが、なんら物的証拠のないこの件においては、被疑者である私の自白がない限り拘留はできないはず。まさかこの私に、真実ではない自白を強要されるおつもりですか?」


 

 その言葉に、ベルトランの眉があがる。

 確かに以前からその凡庸としか言えない能力と些か稚拙な言動が気になってはいたが、腐っても二大辺境伯の一翼を担うアンペール侯爵家の当主なのだ。


 そんな彼をまかり間違っても自白させるために不当に拘留したり、ましてや拷問などできるわけもなかった。

 そしてそれを知っているからこそ、最早もはや無礼とも言える態度を見せてまでベネデットは国王に食い下がろうとしているのだ。


 その様子を見たベルトランは、不意に片方の口角だけを上げると何処か皮肉そうな笑みを作った。


「ほう。なれば物的証拠がありさえすれば、お主も拘留に従うと? そして自白も?」


「も、もちろんでございます!! 動かぬ証拠さえあれば、この私とてそのめいに従うのは吝かではこざいませぬ!!」


「しつこいようだが、その言葉に嘘偽りはないな?」


「はい。証拠をお示し下さりさえすれば!!」


「あいわかった。お主の覚悟は訊き遂げた。それではその覚悟とやらを試してやろう。 ――突然話が変わって申し訳ないが、宰相のモデストがお主に話があるそうだ。 ――モデスト、頼む」


「はっ。失礼ながら申し上げます」



 ベルトランに促されると、それまで背後に控えていた老年の男が前に進み出る。

 その男はハサール王国の宰相を務めるモデスト・エッカールだった。

 彼は代々宰相を務めるエッカール侯爵家の現当主で、ベネデットとは同じ爵位にある。


 しかし同じ爵位の侯爵家と言えど、その序列は宰相を務めるエッカール家の方が上であり、如何にベネデットであれ逆らことなどできようもない。

 さらにベルトランと歳の近いモデストは、幼少の頃から一緒に学んだ言わば幼馴染のような関係であるので、それが余計にベネデットを萎縮させてしまう。


 そんな宰相モデスト・エッカールが口を開く。


「話は変わるが、アンペール侯爵。ここ数年市井を騒がせている事件を存じているか?」


「事件……?」


「そうだ、事件だ。ここ首都アルガニルにおいて、若い女が忽然と姿を消している事件があってな。特に見目の良い者ばかりが行方不明になっているのだ」


「えっ……」


 その瞬間、ベネデットの表情が一変する。

これまで困惑しつつも、そのじつ強気な態度を崩さなかった彼の顔に、あからさまに別の感情が浮かんだ。


 ベネデットはその顔を死にそうなほど真っ青にすると、思わずよろけてしまう。

 しかしそんなことには一切構わず、モデストは言い募る。



「実はその事件について、しばらく前から捜査官が内偵を続けていてな。しかし決定的な証拠が見つからずに、少々困り果てていたところだ」


「……しょ、証拠……?」


「そう、証拠だ。 ――先日、ここなリタ嬢が貴殿の屋敷を全壊させたな? 実はその瓦礫の中から面白い物が見つかったのだよ。 ――なんだと思われる?」


「……」


「驚くなよ? 地下室だよ。貴殿の屋敷の下から地下室が見つかったのだ。これからその話を、捜査官立会いの下に詳しく聞かせてもらいたいのだが、よろしいか?」


 その言葉を聞いた途端、最早もはや立っていられないとばかりにベネデットは机に手を突いた。

 そしてそのまま、派手な音を立てて椅子に座り込んだのだった。

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