幕間5 チェスの懺悔 其の一

※第124話と125話の間にあった閑話を、こちらに移動させました。

 内容に変更はありません。


――――――――――――――――――――――


 私の名前はチェス・エストリン。

 ブルゴー王国聖教会所属の女性僧侶で、現在20歳はたちの絶賛行き遅れ娘です。

 行き遅れとは言っても、そもそも私は神職に就く身なので一生結婚はできません。

 だけど教会の参拝者から冗談でもそう言われると、思わず首を絞めてやりたくなるのです。


 ……冗談です。

 神職に就く者が、そのような世俗に拘るなど……


 はい、すいません、正直に白状します。

 実は時々本気でそう思ってしまうのです。


 おぉ、神よ……懺悔します。



 出身は「カルドナ」です。

 そこは聖教会のある首都モンタンバルから馬車で二日ほどのところにある小さな街で、私の実家はその周辺を所領に持つ男爵家なのです。

 

 エストリン男爵家と言えば一応は貴族の一員ではあるのですが、その名が示す通り序列で言えば最底辺。

 つまりは貴族家の中でも末席ですね。


 所領は狭く、その中でとれる農作物だけでは税を納めることが出来ずに、当主である父も含めて一家総出で外に働きに出なければいけない程にひっ迫しています。


 それでも男爵家の中には、その肩書だけで所領を持たない家もあるくらいなので、土地の所有を許されているエストリン家はまだ恵まれているのでしょう。

 だからと言って、当主自らが市場に野菜を持っていくのはどうかと思いますが。


 あっと……神職に就く者が愚痴をこぼしてはいけませんね。


 おぉ、神よ……懺悔します。



 私はそんな貧乏男爵家の三女として生まれました。

 他に兄弟姉妹は七人いて、私の上に兄が三人、姉が二人、そして弟と妹が一人ずついます。

 何故そんなに兄弟姉妹が多いのかというと、それは家が貧しいからでしょう。

 

 決して広くはない実家の屋敷ですが、それでも毎晩のように蝋燭を灯せばそれだけお金がかかってしまいます。

 だから実家では陽が昇ると同時に起き出して、陽が沈めば眠る生活をしているのです。

  

 その生活はまるで市井の平民と同じですが、彼らが子沢山であるのと一緒で、長い夜は暇なので両親も色々と励んだのでしょう。

 仲の良い両親の間には毎年のように子供が生まれて、結婚してから12年で私を含めて八人もの子宝に恵まれたのです。


 

 その八人の兄弟姉妹の中で「魔力持ち」は私一人だけでした。

 それは私が可愛い盛りの4歳の時に突然発現させたもので、これまでエストリン家から「魔力持ち」が出たことはなかったため、それはもう上を下への大騒ぎだったそうです。

 

 しかし両親は、嬉しさよりも悲しみの方が大きかったのです。

 魔力鑑定の結果、私はすぐに聖教会への配属が決まったのですが、幼い娘を手放さざるを得なかった両親は酷く落ち込みました。

 そして将来の僧侶としての道が決められたことに、さらにショックを受けていたとも聞いています。



 何故ならそれは、私が生涯結婚できないから。


 多くの子供達に囲まれる暮らしに幸せを見出してきた両親にとって、私が一生一人で生きていくことを不憫に思ったのでしょう。

 幼い娘との別れを悲しむのと同時に、私の将来を思って涙を流してくれたのでした。


 幼い頃の私は、それに関して何も思いませんでした。

 早速始められた僧侶としての修行が厳しすぎて、そんな未来のことを考えている余裕はなかったし、なにより子供にとっては恋人や結婚などといったものを正確に理解することができなかったからです。


 しかし思春期になってくると、自分のこの運命を本気で悲観するようになりました。

 神殿に訪れる恋人達や若い夫婦、そして子連れの家族を見ていると、どんなに望んでもそれらが自分には手に入らないのだと思うと、本気で涙が出そうになったのです。


 それでも私は、そんなことに沈み込んでいる暇はありませんでした。

 頭の中の煩悩を追い払うように辛く厳しい修行に明け暮れた結果、気付けば弱冠17歳にして聖教会を代表する僧侶になっていたからです。




 聖教会の僧侶にも色々と種類がありまして、神殿に訪れる一般の信者を相手にする「神殿僧侶」、併設される診療所で貧しい人々の病を癒す「医事僧侶」、地方を巡回して神の教えなどを説いて回る「巡回僧侶」、そして本部に所属して様々な神術(白魔法とも言う)を極める「神術僧侶」などです。


 もちろん僧侶以外にも、雑務をこなす下男、料理人、洗濯女など様々な人間が働いていますが、基本的に奉仕の精神のもとに安い賃金で使われている者が殆どです。

 その代わり、彼らは衣食住を保証されています。


 ちなみに「魔力持ち」の中でも特に魔力保有量に優れていた私は、僧侶の中でもエリートと言われる「神術僧侶」見習いとして神殿に入りました。

 そして14歳で資格試験をパスした私は、史上最年少タイで正式な僧侶として認められたのです。


 しかし実際に「神術僧侶」になってみてわかったのですが、そこに「出会い」は全くありませんでした。

 一般の僧侶が男女混じりながら日々参拝客の相手をしているの対して、私たち「神術僧侶」は、朝から晩まで同じ面子で神術の研究と実践、そして練習に明け暮れるからです。

 それも明確に男女を分けられた建物で行うので、そこに出会いなどはまるでありません。



 ……おっと、神職に就く者が一体何を言っているでしょうか。

 男女の出会いなどと――これでは煩悩の塊ではないですか、まったく……

 

 おぉ、神よ……懺悔します。




 そんな私でしたが、ある時転機が訪れます。

 それは私が18歳の時、魔王討伐メンバーに選抜されたからです。

 もちろんそんな危険な任務に就くのはとても恐ろしかったのですが、無事に帰って来られた暁には一つだけ願いを叶えて貰うことを条件に承諾しました。

 

 それは「週に一日、一般の僧侶として神殿に出ること」です。


 ――そうです、私は人との触れ合いを求めたのです。

 同じ寮に住む女性僧侶たちと朝から晩までずっと顔を突き合わせているのに飽きた私は、週に一日だけの出会いを求めたのです。


 ……誤解しないでくださいね? 

 べつに私は男性と知り合いたいと思ったわけではありませんよ?

 そこのところ大事なので、強調しておきますね!!



 しかし実際に神殿に出てみてわかったのですが、基本的に参拝にやって来るのはお年寄りばかりでした。

 たまに若い男性が訪れることもありましたが、その殆どが恋人連れや、夫婦だったりして、若い男性が一人で神殿にやって来るなんて、まずなかったのです。


 ……しつこいようですが、べつに私は若い男性との出会いを求めたわけではありませんよ?

 そこ大事。


 そもそも神職に就く私が、そんなことを求めるわけがないじゃないですか……




 ――――




「あぁー、恋人がほしい!! うぁぁぁ――!!」


「な、何を言っているの? ちゃんと仕事しないと、また叱られるわよ」


 参拝客が途切れた昼下がりの神殿。

 その一角に、二人の若い女性の声が響く。


 誰かに聞かれたら「神の社である神殿で何を言っているのか」と叱られるところだが、周りに誰もいないのを承知のうえで彼女たちはそう叫んでいた。


 そんな二人は目深に被った頭巾で髪を完全に隠し、顔だけを晒している。

 そして地が厚く足首まである長いワンピースを着た姿は、可能な限り肌の露出が抑えられるものだった。


 その格好からもわかる通り、彼女たちは神殿に所属する女性僧侶だ。

 参拝客が切れたところを雑談に興じていた一人が、突然そんな叫びをあげていた。



 その声をあげたのは18歳のリンジーだ。

 彼女は参拝客の相手をする神殿僧侶の一人で、16歳で資格を得てからずっとこの神殿で働いている。

 ちなみに彼女も「魔力持ち」なのだが、その能力はあまり高くなく、あと数年ここで務めたあとは何処かの田舎の神殿に配置換えになる予定だ。


 そしてそれを咎めたのがチェスだった。

 二年前の魔国の遠征から無事に生還した彼女は、予てからの希望通り週に一日だけ神殿に出ていた。

 現在20歳はたちの彼女だが、頭巾で髪を隠して顔だけを出した姿はとても幼く見える。

 

 彼女は同僚のリンジーよりも2歳年上なのだが、背が高く大人びた顔立ちのリンジーの方が年上に見えるほどに童顔で、身長こそ平均的だが、ざっくりとした僧侶服の中は幼児体形でぺたんこだった。

 もっとも、可能な限り肌の露出を押さえた彼女たちの服装は、そのコンプレックスを上手く隠していたのだが。



 リンジーが天井を見上げながら、絶望的な呟きを漏らす。

 「恋人がほしい」などと俗世の欲に塗れた言葉を他の僧侶に聞かれでもしたら、それこそ再教育されてしまうのだろうが、そんなことにはお構いなしに溜息を吐いていたのだ。


「もう、リンジー。あなたいつもそんなことばかり言って。 ――だめじゃない、私たちは神に仕える身なのよ? そんな世俗に未練を持つようなこと言うものじゃないわよ?」


「相変わらず固いよねぇ、チェスは。ここに来ているのは、あんただって男との出会いを求めているからでしょ? わかってるんだから」


「な、なななな、何を言うの? ち、違うわよ!! ずっと研究漬けの生活に嫌気が差したから、これは息抜きに――」


「あー、わかった。あんた遂に二十歳はたちを過ぎたから焦ってるんでしょ? 私はまだ18歳だからねっ、にひひひひ……セーフッ!!」


 何故か年下のリンジーはチェスに対してぞんざいな口をきく。

 しかしそれについてチェスが気を悪くしていないところを見ると、それは彼女のキャラクターなのだろう。

 その証拠にリンジーは、一般の参拝客に対しても飾らない言葉を使うので、主任から注意される姿をよく見かける。



「でもさぁ、いつも不思議に思うんだけど、チェスってさぁ、あの魔王討伐の英雄じゃない? それなのにどうしてこんなところで地味に生きてるわけ? あの勇者ケビンなんて、お姫様と結婚までしたっていうのにさ。 ――ただ危険なだけで、なんの旨みもないじゃない」


「えぇ、だって私は仕事――使命として行ってきただけだし…… それに見返りだってちゃんと貰えたし……」


「見返りって……こんな週に一回の神殿務めが? もっと何かなかったの? 還俗して何処かの貴族の令息と結婚するとかさぁ」


「そ、そんなこと……認められるわけないじゃない」


「あぁーあ、そんなことばっかり言っているから、行き遅れちゃうんだよ。その歳で恋人すらいないなんて、この先も絶望的でしょ」



 15歳で成人してすぐに結婚することも多いこの時代において、20歳という年齢は立派な行き遅れと言ってもよかった。

 しかしそれは市井で暮らしている一般市民の話であり、そもそも結婚が認められていない彼女たち僧侶は一生を神に捧げるのが普通だ。

 

 だから先ほどからぼやいているリンジーにしてもチェスと同じ道を辿るのは決まっているわけで、ただ彼女は自分の絶望をチェスの姿に重ねているだけだった。

 そして一生叶えられることのない願望を口にする。


 少数ながら、僧侶の中には還俗して結婚する者もいるのだが、その殆どは出身が貴族の者たちだ。

 それは長男が死んだとか、親が死んだなどの理由で家の存続が絡む場合であって、その場合は特別に許可が出る。

 しかし逆に言えば、そういったよっぽどの事情がない限り還俗は認められないということだ。

 「魔力持ち」が聖教会に配属が決まった時点で、凡そ普通の人としての営みは大幅に制限されてしまう。



 それはチェスにしてもそうだった。

 彼女の実家は男爵家なので、一応貴族に列する身分ではある。

 しかし実家には他に7人もの兄弟姉妹がいるので、実家の跡継ぎ問題が生じる心配はない。

 

 つまり、どんなに彼女がそれを望んだとしても、ほかの兄弟たちが死に絶えたりでもしない限り跡継ぎ問題で還俗することはないだろう。

 そしてこのまま神術の研究と修行、後進の指導を行いながら歳をとり、そして死んだときには教会の裏の墓地にひっそりと葬られるのだ。

 多くの先輩たちがそうであったように。

 

 もうすっかり慣れているとは言え、それを思い出す度に何かモヤモヤとしたもので胸の中が埋め尽くされて、言いようのない絶望に打ちのめされる。

 しかしそれを思ったところで自分ではどうしようもないので、チェスは必死にそれ以上考えないようにしていたのだった。

 



「さぁ、そんなこと言っていてもしょうがないでしょ? そろそろ懺悔室に行かなくちゃ」


「あぁ……もうそんな時間? 毎日毎日、懺悔という名の愚痴を聞かされるこっちの身にもなってよねぇ……めんどくさぁーい」


「リンジー!! 僧侶がそんなこと言ったらダメじゃない!! 先輩に聞かれたらまた叱られるわよ!!」  


「先輩って……チェスだって私の先輩じゃない」


「あのねぇ……本気でそう思っているんなら、せめて敬語くらい使いなさいよ。あなた私のこと『あんた』なんて呼ぶけど、そもそも凄い失礼だと思わない?」

 

「えぇー。だって私とチェスの仲じゃない。まるで妹のように可愛いと思っているのにー。これは親愛の情の現れなのよ」


「妹ってねぇ……私の方が年上なんだけど…… まぁいいわ、いまさらだし」


 先輩である自分の小言にもまるで悪びれないリンジーに、チェスは諦めたような小さな溜息を吐いた。



 まるでふざけ合うようなその姿は、毎週のように繰り返されていた。

 確かに僧侶としてはチェスの方が先輩だったが、神殿僧侶としてはリンジーの方が先輩なのだ。

 チェスが週一回の神殿勤務が決まった時に仕事を教えてくれたのはリンジーだったし、これまでも色々と助けてもらった。


 もちろん逆にチェスがリンジーを助けることもあるのだが、神殿業務は週一回の手伝いのようなものだったので、どうしても彼女はリンジーに頭が上がらなかった。


 一般の僧侶よりも高い地位の「神術僧侶」であり、魔王討伐の英雄でもあるチェスは、その他の僧侶たちからは一目置かれる存在だ。

 しかしリンジーはまるでそんなことに拘る様子は見せずに、まるで親友のような態度を崩さない。


 しかしそれはチェスにとっては心地よいらしく、何かと文句を言いながらも決して本気でそう思ってはいないようだ。

 そしてそんな彼女との関係を、とても大切にしようとしているチェスだった。

 



 時間になった二人は、他の僧侶に混じって移動していく。

 そして小さな個室――懺悔室の裏側に入ると、参拝客が入って来るのを待ち続けた。

 尻が痛くなるような固い椅子の上で暫くチェスが待っていると、小さな懺悔室の扉がノックされた。


「どうぞ、お入りください」


「……失礼いたします」


 1メートル四方しかない狭い懺悔室には小さな窓が開いており、そこを通して僧侶が懺悔者の話を聞く。

 低い位置に付けられたその窓からは互いの顔が見えないようになっているので、懺悔者のプライバシーを守りながら告白をすることができるのだ。


 だから互いに相手を確認することなく、話が始まった。

 しかし中々話を始めようとしない懺悔者に、チェスは小さく声をかけた。


「如何されましたか?」


「い、いえ……お相手があなた――いや、女性だとは思わなかったもので……」


「僧侶に男も女も関係ありません。みな等しく神のしもべなのです。 ――しかし気にされるのであれば、別の者に代わりますよ。同じ男性の方が話しやすい場合もあるでしょう」


「あ、いえ、大丈夫です。失礼しました」


 その声に、チェスは胸を撫で下ろした。

 何故なら、女性だからという理由でこれまで懺悔を断られたことがなかったからだ。


 相手がそれを気にするということは、今回の懺悔は男女関係に類するものなのかもしれない。

 しかしその手の話はチェスは一番苦手にしていた。

 もちろんそれは、彼女がこれまで色恋沙汰を一度も経験したことがないからだ。

 自分が経験していないことを、したり顔で話すのはどうなのだろうと思ってしまう。


 そんな思いが頭を過ったチェスは、何気に冷や汗を流しながらも冷静を装って話を促した。



「それでは懺悔を」


「……はい。私はある人を好きになってしまいました。しかしそれは決して許される相手ではなかったのです。しかしこの気持ちを我慢していると、私は気が狂いそうになるのです」


「そうですか。しかし人を好きになるのはとても良いことだと思います。それはあなたが優しく心が豊かな証拠なのです。それはとても素晴らしいことですよ」


「そう言っていただけると、少しだけ気持ちが楽になります。ありがとう」


「いえ。――人が人を好きになる。これは自然の摂理なのです。そしてそれが長きに渡って続いてきたからこそ、我々がいまこうしていられるのです。全ては神の思し召し。あなたのそのお気持ちは大事になさるとよいでしょう。……ちなみにお訊きいたしますが、あなたの恋は身分違いなのですか? 例えばお相手が貴族であるとか――」


 チェスのその質問に、相手が考え込む様子が伝わってくる。

 まさか僧侶から逆に質問をされるとは思っていなかったのだろう。

 壁の向こうからは何処か戸惑う様子が伝わってきた。


 ちなみに今の質問は、単純にチェスの好奇心だった。

 年齢的に色恋沙汰に敏感だった彼女は、思わず訊いてしまったのだ。

 しかしそんな彼女の好奇心など知る由もない相手は、真面目に答えようとする。



「いえ、違います。私自身は貴族ですが、相手の方はそうではないのです」


「……それでは、お貴族様が平民に恋をしたと?」


「まぁ……そう言えるのでしょうか。――いえ、それならば、まだよかったかもしれません。そうであればまだ結ばれる可能性はありますから」



 ほう、貴族が貴族ではない者に恋をしたと。

 しかも相手は貴族でも平民でもない。

 うーん、それは一体如何なる人物なのだろう。

 気になる、とっても気になるー。

 これは是が非でも訊き出さねば――

 


 ここまで来ると、すでにもうチェスは懺悔を聞く僧侶ではなくなっていた。

 それは井戸端で他人の色恋話を聞きたがる年若い娘のそれでしかなかったのだ。

 もっとも年若いとはいっても、すでに二十歳を過ぎた彼女は立派な行き遅れと言える年齢だったのだが。


 そして好奇心に満ち満ちた声で、尚もチェスは質問を続けた。


「それではお相手は一体どのような身分の方なのです?」


「はい……相手の方は、神に仕える方なのです。そんな女性に愛の告白をしてもきっと迷惑になるに決まっています。それでも私はこの気持ちを伝えずにはいられないのです」


「……神に仕えるというと……例えば私のような僧侶だとか?」


「は、はい……そうなんです。私は女性僧侶の方に恋をしてしまったのです!!」


 なんですとー!!

 好きになった相手が、女性僧侶だったですと!?


 ぬおー!!

 これは、これは、これはー!!


 

「そ、それはまさか、ここの神殿の者ではありませんよね?」


「それが……仰る通り、その方はこの神殿にお勤めされている方なのです」


 なんですってー!?

 きたー!! まさかの身内ー!!

 誰、誰、誰なのよー!?

 貴族に見染められるような、幸多き女性僧侶ってだれー!?


 えぇと、ニーナ? ブリギッタ?

 確かにあの子たちは若い参拝者には人気があるけれど……

 でも平民出身のあの子たちは、苦手だからって貴族の相手は避けていたし……

 

 あぁそれなら、もしかして……


 

「も、もしかしてそれは、カテリーナという者では……? あの背の高い、シュッとした――」


「ち、違います」


「そうですか……」


(むふぅ……彼女でもないのか。

 しかしそうなると――

 いやいやいや、ここはやはり、大穴を狙って……)


「そうすると、やはりリンジーでしょうか?」


「違いますよ……あの、先ほどから凄い食い付きですけれど、そんなに私の意中の女性に興味があるのでしょうか?」


「そ、そんなことは、あ、ありませんよ!! わたくしは神にこの身を捧げたのです。そのような世俗のことに興味などありません!!」


「そうですよね…… やはりそんな俗界の色恋になど、あなたは興味ありませんよね……」



 チェスの言葉に、目に見えて声のトーンが下がる。

 顔も見えていないし仕草もわからないが、明らかに壁の向こうの男性が沈み込んでいるのがチェスにはわかった。


(もしかして自分は、気付かないところでこの男性を傷付けるようなことを言ったのだろうか。なにか失礼をはたらいたのだろうか)


 そう思った彼女は、会話を初めから順番に思い返しながら話を続けた。



「え、えぇ。そうですね。何度も言いますが、私は神の子。そのようなことに興味は……って、ちょっと待ってください。私の聞き間違いでなければ……いま『あなた』って仰いました?」


「はい、言いました。私は確かに『あなた』と言いました」


「……」


「――何故なら私が恋をした女性とは、誰あろうあなたなのですから……チェス殿」


「……」


「……」



 私かいー!!

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