第108話 突然の知らせ

「ふむ、そこでおまぁの出番じゃ。わちはその秘密の証拠を持っておる。それをおまぁに託したい」


 二年以上に渡って離れ離れになっていた養育者にして教育者、そして親愛なる養母でもあるアニエス――リタに出会えたケビンではあったが、その感動の再会に浸っている時間はなかった。


 リタの機転によって二人きりになる時間を作ることはできたが、そう長い時間は無理だろう。

 いまこうしている間も、会談場では両国の代表者たちが二人の話し合いが終わるのを待っているからだ。


 それに他の者たちに話の内容を伝えていない以上、必要以上に長時間に渡れば不審に思われてしまうかもしれない。 

 そんな事情もあり、前置きを省くとリタは単刀直入に要件を切り出して来たのだった。



「ケビンよ、おまぁに頼みがある。セブリアンの身柄の確保と罪人じゃいにんとしてヤツを処断することを、この後ハサール国王に約束やくしょくしてほしいのじゃ」


「えぇ!?」


「この二つの約束だけでええ。さすがに一国の第一王子を、いきなり他国に送致などできんじゃろうからの」


「……そ、そんな約束できるわけないでしょう? そもそもセブリアン殿下は王族なのですよ? そんな人物をおいそれと捕縛などと……」


 敬愛する師匠の言葉とは言え、いきなりそんな頼みをされても困ってしまう。

 自分にだってできることとできないことがあるのだ。

 ケビンの顔にはそう書いてあった。



「それに今回の事件の犯人が殿下であるという、誰もが納得できる証拠がありません。 ――というよりも、ムルシア公が殺されたのはある意味事故なのだから、証拠や動機と言われてもそんなものは存在しないのでは? それにこれ以上踏み込むと、実はあなたがアニエスだという話に辿り着いてしまいますよ?」


「まぁの。確かに王位継承位一位の者をおいそれと捕縛などできんじゃろ。じゃが、その立場を失わせることが出来るとしたらどないしゅる?」


「え……?」


「おまぁも鈍いのぉ。じゃから、セブリアンに王位継承権がないとしたらどないしゅるかと訊いておるのじゃ」

 

 ケビンは咄嗟にその言葉を理解できなかった。

 セブリアン第一王子と言えば、次期国王になる人物としてケビンが物心ついた時からずっと存在していたからだ。

 それをいきなり否定されても、とっさに言葉が出てこなかった。


 そんな勇者の姿を見つめながら、リタは小さく鼻息を吐く。

 彼女は元養い子の顔を、何処か面白そうな顔で眺めていた。



「ヤツが第一王子じゃから捕縛出来んのじゃろ? ほんなら、そうでなければできるっちゅうことじゃろが。違うか?」


「た、確かにそうですが…… しかし、そんなことが――」


「そこで、おまぁの出番じゃ言うちょろう。わちはその証拠を持っちょるからの。あとはヤツやちゅとカルデイア大公国との関係じゃな」


「カルデイア大公国……ですか? なぜその国が? どんな関係が?」


「ふむ。ハサール王国は今回の犯人をセブリアンと断定はしたものの、その動機とムルシア公との接点がどうしてもわからなかったようじゃ。そこで、無理やりカルデイア大公国を結び付けようとしたのじゃよ。今回の黒幕はそこじゃとな」


「はぁ……」


「もっともそれには国民の目を欺く目的が多分に見え隠れしておるがな。――それでじゃ、一見その両者はかなり強引なこじつけにも思えるのじゃが、わちにしてみればじちゅはかなりいい線いっていると思うちょる」


 そこまで言うと、リタはパチリとウィンクをした。

 それは以前のアニエスが時々した仕草だったが、いまのリタの姿でそれをされると、そのあまりの愛らしさに思わずケビンは抱きしめそうになってしまう。


 しかし一瞬で我に返ってわざとらしく咳払いをすると、それを見たリタは怪訝な顔をした。


「なんじゃ? どうした?」


「い、いいえ、なんでもありません。続きをどうぞ」


「なんじゃ、変なやつじゃのぉ…… それでじゃ、今回はセブリアンとカルデイア大公国とを無理やりこじつけた形になっているが、じちゅはこの両者には関係が大ありだということじゃ」


「え……? そうなんですか? 殿下とカルデイア大公国には何か関係があるのですか? それはどんな?」


「ふむ。それではここからが本題じゃな。ええか、よく聞くのじゃ。時間がないので一度しか言わぬぞ――」





 ――――




「大変お待たせいたしまちた。ケビンしゃまとのお話が終わりました」


「ずいぶん時間がかかったようだが……もうよいのか? 話はすべて終わったのか?」


「はい。この場においてお時間をいただきましたこと、深くお礼申し上げます」


 リタとケビンが戻って来たのは、会談場を出てから約一時間後だった。

 その間も両国の代表者たちは、部屋の中でジリジリしながらひたすら待っていたのだ。


 ブルゴー王国側の者でその場に残されたのは事務官が三名だけだったので、ハサール王国側から彼らに話しかける者は誰もいなかった。

 どちらからも口を開くことなくただ気まずいだけの一時間が経過すると、やっと戻って来た二人の姿に全員がホッとした顔をしたのだった。

 


 最初にリタが国王に礼を述べていると、その次に勇者ケビンが入ってくる。

 その顔はいささか青ざめているように見えて、明らかに先ほどとは様子が違うことがわかった。


 そんな彼に、国王ベルトランが焦れたように声をかけた。


「いかがでしたかな、勇者殿。どのような話をされたかはわからぬが、果たしてその返答は?」


「はい。亡きムルシア公との誓いのためにその内容をここで子細には語れませぬが、わたくしことブルゴー王国コンテスティ公爵家ケビン・コンテスティは、その名において此度こたびの事件の容疑者として、ブルゴー王国第一王子セブリアン・フル・ブルゴーを捕縛及び訴追することをここにお約束いたします」


 ベルトランの問いにケビンが滔々とうとうと答えると、突如会場内にどよめきが広がった。


 つい一時間前まで、彼は嘲るような表情を浮かべながらハサール王国の言い分を真っ向から否定していたのだ。

 それが幼女と二人きりになって部屋に戻って来るなり、自国の第一王子を捕縛、訴追するとまで約束してきた。


 あれだけ強硬にこちらの言い分を否定していたというのに、突然180度変わったその態度は少々気味悪くも見えた。

 それはハサール王国側にとって歓迎こそすれ不満に思うものではなかったが、思いがけず自国の言い分が通ったことに皆戸惑いを隠せなかった。



 そんな彼に、再びベルトランが声をかける。

 その顔には変わらず胡乱な表情が浮かんでいた。


「ケビン殿。何故急に意見を変えたのか、その理由を伺っても宜しいか?」


「大変申し訳ございません。先ほどリタ嬢が仰られた通り、亡きムルシア公との約束がございますゆえ、この場で子細を申し仕上げるのは憚られます。何卒お許しください」


「そうか……」


「しかし、ひとつだけお話しできることがございます。それはセブリアン殿下とカルデイア大公国との繋がりです」


「なに……? それはまことか!? その両者には本当に繋がりがあるのか!?」


 その言葉に思わずベルトランの声が大きくなる。

 今でこそ両者が繋がっている話になっているが、もとよりそれはこじつけに近いものだったからだ。

 彼らはセブリアンがバルタサールを暗殺する理由がどうしても思いつかず、半ば無理やり名前を上げたのがカルデイア大公国だったのだ。



 今回の事件において、敢えて大公国を黒幕とすることによって全ての説明をつけた。

 そして意図的に国民の目を向ける格好の的にしたのだ。


 最初は自分たちでもそれは強引過ぎるだろうという思いも強かったが、それを事実として国民に流布しているうちに、いつの間にか自分達もそう思い込むようになっていた。


 しかしそれは間違っていなかったとケビンは言う。

 これも詳しく説明できないが、今回の事件の大元はセブリアンとカルデイア大公国との繋がりであり、このタイミングで事が起こったということは、その裏には必ず別の目的があるはずだとも。



「なんだと!? それでは本当にその両者には繋がりがあるのだな? そして今回ムルシア公を亡き者にした目的とは……」


 そこまで言うと、ベルトランは宰相エッカールの顔を見る。

 するとエッカールも国王の顔を見返した。


 

 ダンダンダンッ!!


 そんな二人が互いの顔を見つめながら何か言おうとした時、突然部屋の扉が激しく叩かれた。

 全員の視線が集まる中護衛騎士が要件を確認していると、直後に彼は慌てて国王の元に駆け寄ってくる。

 そして敢え無く警護に止められた。


 その青ざめた顔と酷い慌てよう、そして会談中であるのにもかかわらず無理に割り込んできた様子を見る限り、それは相当な案件なのだろうと皆が思った。

 そんな中、胡乱な顔のままベルトランが口を開いた。


「よい。そこで話せ。皆に聞かれてもかまわん。――ずいぶんな慌てようだが……如何いかがした?」


「お、恐れながら申し上げます。ただいまムルシア侯爵領より火急の知らせが入りました。二日前にカルデイア大公国が国境を越え、現在ムルシア侯爵領の西国境沿いで交戦中とのことです!!」


「なにぃ!? カルデイア大公国だと!! ――やはりこれが目的だったのか!? ムルシア公が討たれてから未だひと月しか経っておらぬというのに――」


 半ば独り言のようにベルトランが呟いていると、宰相のエッカールが声を合わせてくる。

 さすがは宰相と言うべきか、火急の知らせを聞いた直後であるのに、彼は完全に落ち着き払っていた。


「あまりに動きが早すぎますな。ひと月で軍に国境を越えさせるなど、事前に綿密な準備でもしていない限りできるわけがありません。この度のムルシア公の暗殺は、やはりこれが目的だったのでしょう。――それで如何されますか?」



「もちろん、返り討ちにしてくれる!! ここまで姑息な手を使われて、黙ってなどいられるか!! 各方面の軍部の者たちを招集せよ、急げ!!」

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