第75話 魔力測定とKY親父

 リタが婚約の話を受け入れてから三日後、今度は彼女の魔力測定のために王立魔術師協会から二人の担当官が訪れた。

 これから彼らの測定結果によってリタの進む道が決まるのだ。


 人に個性があるように、魔力の適性にも個人差がある。

 それは魔力の総量だったり、魔力の質や指向性など様々な見地から判断される。

 そしてその適正によって行先は様々に分かれるが、その中でも最高峰に位置するのが魔術師への道だった。


 もちろんリタとしては、今まで通り魔術師への道を希望していた。

 というよりも、もしも今回の測定で魔術師以外の道を示されてしまった場合、これまでの200年以上に渡る彼女の苦労が何だったのかという話になってしまう。

 もしも本当にそうなれば、それはあまりにも悲しすぎる。



 もしも魔術師としての適性が認められれば、リタにはこのまま自宅で家庭教師をつける予定だ。

 そして自宅でその能力を伸ばしつつ、彼女は自分の興味のある魔法研究に明け暮れるのだ。


 すでに200歳を超えるリタ――アニエスではあったが、未だ魔法の研究に対する情熱は尽きることはなかった。

 だから仕事を強制されない幼女としてこのまま自宅で過ごしつつ、興味のある魔法研究に明け暮れることができる現在の状況は、リタにとって願ってもないことだったのだ。

 


 所謂いわゆる平民から「魔力持ち」が見つかった場合、その身は国によって召し上げられる。

 つまりは金でその身柄を買い上げるのだが、その後の彼らは寮のようなところに入って集団生活を送ることになる。


 そしてそこで個々の進む道に合わせた教育を集中的に施されるのだ。

 しかしリタのような貴族の場合は扱いが異なる。


 まずはその「魔力持ち」の身柄は国としては召し上げないし、寮に入ることも強制されない。

 それは「魔力持ち」の貴族が国の役に立つのはとても名誉だという考えが根付いているし、そうするのが当たり前という思想があるからだ。

 

 そもそも寮で集団生活させるのは、個々の平民家庭では十分な教育を施せないからだ。

 そして国が代わりにそれを行う。

 だから各家庭で家庭教師をつけられる貴族に至っては、その身を召し上げる必要がないし、実際に各貴族家の屋敷にそのまま暮らしながらその才能を伸ばす場合がほとんどだった。





 そんなわけで本日、レンテリア家の屋敷の裏庭に王立魔術師協会の担当官二名が立っていた。


 立ち居振る舞いを見る限り出身は恐らく平民なのだろうが、彼らもリタと同じ「魔力持ち」だ。

 市井からその能力を見つけられて、国の機関によって集中的に教育を施された。

 そして最終的に魔術師協会に配属になった、言わば国の役人だ。


 彼らの給金は市井で暮らす一般人より、恐らく倍以上高いだろう。

 そのうえ勤め先が国の機関なので、一生失業の恐れもなく安定している。

 だから彼らのような平民出身の「魔力持ち」の男性は、とても女性にモテるのだ。


 何故なら、もしも彼らのような者と結婚出来れば、生まれてくる子供も「魔力持ち」の可能性が高いからだ。

 そしてその子供も役人になれれば、そこの家系は安泰だ。



 確かに地方で「魔力持ち」が見つかれば、両親は子供を手放さざるを得なくなる。

 国の機関に収容されてしまえば殆ど会うことも叶わないだろうし、その先も一生故郷に戻って来ることはない。


 だから両親は子供を手放すのを嫌がるが、子供の方からすれば貧しい田舎暮らしから脱出できるうえに、努力次第では裕福で安定した生活が約束されるのだ。

 そして国の中心である首都に住むこともできる。


 それらを考えると、「魔力持ち」の子供が国に召し上げられるのは一概に悪いものとも言えなかった。


 


 そんな平民出身と思しき担当官が二人、愛らしいリタの姿に微笑みながら口を開いた。


「あなたがリタ様ですね。ご両親からお話を聞いていらっしゃると思いますが、今日はこれから簡単なテストをします。よろしいですか?」


「うぃ」


「はい。それではこれからちょっとした魔法で、まずはあなた様の身体を拝見させていただきます。何も怖いことはありませんので、少しだけジッとしていてくださいね」



 担当官二名は、幼女とは言え貴族令嬢のリタに丁寧な言葉遣いをする。

 その態度は慣れたもので、彼らが普段からこれをやり慣れていることが伺われた。


 彼らは何やら呪文のようなものを唱えたかと思うと、次第に光り始めた両掌をリタの身体に上から下にかけて順にかざしていく。

 その間もブツブツと小さな声で呟きながら、目を閉じて何を感じ取っているようだった。


「はい。おわりました。それでは失礼ながら、次に頭を拝見させていただきます――」





「お、おい……ちょっと……」


「す、すいません、少し失礼します……」


 何やら慌てたように二人がかりでリタの頭に手をかざしていた二人だが、その顔に次第に焦りに似たものが見え始める。

 そして遂に途中で手を止めると、リタたちから少し距離を空けて小声で何やら相談を始めた。


「なぁ、わかったか?」


「あ、あぁ。もしかして自分だけかと思ったが、お前にも感じられたか?」


「間違いない。あの子の魔力量、凄いぞ!! あの歳でこの量なら、魔術師への道を選ばせるべきだろう」


「そうだな。俺もこの仕事は長いが、これだけの魔力量を持つ子供は初めてだ。絶対に魔術師候補だな」

 

 


 リタ親子から少し離れた場所で暫くヒソヒソと話をしていた担当官たちだったが、何やら結論が出たらしく慌てたように戻ってくる。

 その顔にはいささか興奮したような表情が浮かんでいた。


「だいたいわかりました。今回の鑑定の詳細は後日お知らせいたしますが、これ以外に特別何かお話しておきたいことはございますか?」


「あぁ、それならちょっと見てもらいたいものが――」


 担当官の問いかけに、フェルディナンドが思い出したように口を開く。

 するとリタは、その言葉に何か嫌な予感がしてしまう。


 実は今回の鑑定では、彼女は可能な限りその能力を抑え込んでいた。

 担当官に自分の魔力総量が見えないように、こっそりと魔力隠密化ステルス・マジックをかけておいたのだ。


 それでも膨大な量を誇る魔力総量を全て隠し切ることはできずに、一部は見えてしまっていたが、成人女性の現役魔術師の半分程度の量にしか見えないようにはなっているはずだ。

 もっとも四歳児がそれだけの魔力を持っているだけでも驚愕に値するのだが。



 すると、リタが苦労して己の魔力を隠していたというのに、この空気を読まないKY能天気貴族坊々ボンボンのフェルディナンドは、まるで自慢をするようなドヤ顔で口を開いた。

 

「実はこの子はすでに魔法が使えるのです。先日も私どもの目の前で――」


「おしっこー!! おしっこ漏れるのだー!! うおーっ!!」

 

 父親が全てを言い終わる前に、まるでその場から逃げ出すようにリタが走り出す。

 するとその場の大人たちは一斉にポカンとした顔をしていたのだった。




 リタとしては、自分の本当の能力を知られるのはどうしても避けたかった。

 それはいま隠したような魔力総量だったり、様々な魔法が既に使えることだったり、魔獣を召喚できたりすることだ。

 ましてや無詠唱で魔法を行使できるなど知られた日には、それこそ研究機関でモルモットのような扱いを受けてしまうだろう。


 そんな話を昨夜に親子三人と一匹で散々したはずだったのに、あの能天気KY貴族坊々ボンボン親父はドヤ顔で話を漏らそうとしているのだ。

 

「おのれぇ、許すまじ!!」


 それでもあの場に自分が戻らなければ話が終わらないと思ったリタは、たっぷりと時間をかけて用を足したていで現場へと戻って行ったのだった。




「あぁ、娘が戻ってきました。それでは続きを――」


 この男はまだそんなことを言っているのか。

 こんな危機感のない坊々ボンボンだからこそ、駆け落ち騒ぎなんぞ引き起こして周りに迷惑を巻き散らかすのだ、などと怒り心頭のリタは思ったのだが、ここでそんなことを言っても話は終わらない。


 そう思った彼女は、その愛らしい顔に諦めの表情を浮かべたまま裏庭まで戻って行ったのだった。



 話を聞けば、娘が我流で簡単な魔法を使えるようになったと、父親は少しだけ自慢がしたかっただけのようだ。

 さすがに何かを呼び出したとか、無詠唱で魔法を使ったまでは言う気はないらしい。

 それでも我流で魔法を行使できるだけでも凄まじいことなのだろうが。


 しかし父親がそこまで言ってしまった以上、この場である程度披露しなければ父親が嘘吐きになってしまう。

 そう思ったリタは半ば諦めの境地に至っていたのだった。




「うぃ、そりでは魔法を使ちゅかいましゅ。危ないのれ、しゅこし離れてくらさい」


 そう言うとリタは、とっくの昔に唱えるのをやめていた呪文を思い出しながら、ぶつぶつと小さく囁く。

 そしておもむろに前方へ向けて掌をかざした。


ズドンッ!!


 次の瞬間、レンテリア家の裏庭に生える太い木の幹に傷がついた。

 それはリタお得意の魔法矢マジックアローだった。

 その規模も威力も到底大きいとは言えず、とてもささやかな可愛らしいものだった。


 本音を言うとこの十倍は強い威力の魔法を放てるのだが、これ以上注目されるのを避けたいリタは敢えて最低の威力で行使した。

 それでもやはり、担当官を驚かすには十分だったようだ。


「おぉ、凄い、凄い!! これを独力で学んだのであれば、本当に素晴らしいことです。凄まじい才能を感じます!!」


 目の前の担当官二名は、リタの放ったプチ魔法矢マジックアローを見て、パチパチと手を叩きながら誉めそやす。

 確かに四歳児が独力で攻撃魔法を放ったのは凄いことなのだが、彼らにしてみればこの小さな威力の魔法はとても可愛らしく見えたようだ。 

 そしてリタの容姿にもとてもお似合いな可愛らしい魔法だとも思っていた。


 そんな二人の姿を些かニヤついた顔で眺めながら、フェルディナンドはドヤ顔だった。

 そんな父親の顔を見たリタは、思わずイラっとしていた。




 担当官による鑑定の結果、予定通りリタは魔術師への道を歩むことになった。

 しかし一言でそう言うものの、「魔力持ち」の中からその道を選べるのはほんの一握りであることを考えると、まさに彼女がエリートの仲間入りを果たしたことに他ならない。


 それはこれまでも多くの「魔力持ち」を輩出してきたレンテリア家をして初めての快挙だったので、両親も祖父母もそれはもう大変喜んだ。

 特に祖母のイサベルに至っては、普段の冷静で落ち着いた仮面を脱ぎ捨てて、リタに抱き着いて思い切りキスをして、周りから止められるまでリタを揉みくちゃにするほどだった。


 もっともリタ自身にとって、これは当たり前の結果に過ぎなかった。

 もしも魔術師以外の道を勧められていれば、前世での200年以上に渡る努力を全て否定されるに等しいもので、それは落ち込むどころの話ではなかったからだ。




 こうしてリタは、魔術師としての道を歩み始めた。

 これまで200年以上に渡って魔術の研究に明け暮れた自分が、まさか再び基礎から学び直すことになるとは露にも思わなかったが、今ここにいるのはアニエスではなく四歳のリタなのだ。

 ここはもうリタとして運命を受け入れるしかないのだ。


 これからの数十年に及ぶ魔術師生活の第一歩として、今日から新しい家庭教師が訪れることになっていたので、果たしてどんな人物が現れるのかと密かにリタは楽しみにしていた。


 約束の時間が近づき、リタとピピ美が玄関脇の窓に身を乗り出して外を眺めていると、屋敷の前の馬車留めに一台の馬車が走り込んでくる。

 そしてそこから、全身をローブに包んだ年若い青年が姿を現した。



「失礼いたします。本日よりリタ様の魔術学の家庭教師として派遣されました、魔術師協会所属二級魔術師、ロレンツォ・フィオレッティと申します。ご主人様はご在宅でしょうか?」

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