第51話 ハゲとの再会

「もうよせ!! 我々のほかにもすぐに応援が駆け付ける!! すぐに投降しなければ、有無を言わさず皆殺しにする!!」


 前触れもなく突然周りを取り囲まれたかと思うと、いきなりそう怒鳴りつけられた。

 その声にふと背後を振り向くと、そこには恐怖と戸惑いの表情を浮かべる両親の姿がある。

 そして耳元には小さな妖精が顔を寄せていた。


「ねぇねぇ、リタ、リタ。周りを囲まれちゃたの。あいつらも全員やっつけちゃうの。お願いなの」


 まるで危機感を感じさせない口調でピピ美が囁くと、すでに相手の魔術師が魔法の詠唱に入っているのが見えた。

 それに気付いたリタは咄嗟に魔法防壁マジックウォールを展開しようと試みたが、背後の両親に視線を移すと同時にそれを諦めてしまう。



 自分一人であれば防壁で十分に防御できるのだろうが、背後の両親も一緒となるとそれは無理だろう。

 通常の防壁は半円状に自身の周囲を覆うものだが、それは相手もわかっている。

 その証拠に、リタ一家を取り囲むように展開した彼らは、死角なく三方向から攻撃しようとしているからだ。


 以前確認した時は、この小さな身体では自分一人を取り囲める程度の大きさの防壁を作り出すので精一杯だった。

 もちろん先ほど焼き殺そうとした魔術師のように同時に複数枚の防壁を作ればいいのだろうが、それには高さも幅も些か足りないようだ。

 だから後ろにいる両親も同時に保護するのは難しいだろうし、それどころか防壁を展開した瞬間に抵抗の意志ありと見なされて、即座に攻撃魔法が飛んでくるのは間違いなかった。


 そもそもここで防壁内に閉じ籠ったところで、周りを敵に囲まれている状況は何も変わらない。それどころか、聞けばこの後には援軍も駆けつけるというではないか。

 だから結局この場で亀のようになっていても、何一つ問題の解決にはならないのだ。


 とりあえずここは相手の言うことを一旦聞いてみるべきだろう。

 彼らの目的が自分の捕縛であることを考えると、即座に攻撃されることはないはずだ。

 大人しくするふりをしながらも、隙を見て全員潰すなど造作もないのだから。




 そう思ったリタは、それまで火球ファイヤーボールを放ち続けていたのをやめると、そのままだらりと両腕を下げた。

 その両腕からは、未だ湯気と煙が燻ぶったままだ。 

 そして覚悟を決めたリタが声を上げようとした時、背後から父親の声が聞こえて来た。

 

「もう抵抗はしない!! このとおり武器は持っていないし、娘ももう魔法は使わない!! だから頼む、手荒なことはしないでくれ!!」


 自分たちを取り囲んで攻撃態勢に入っている騎士と魔術師に向かってフェルが叫んだ。

 その声には何処か悲痛な響きが感じられて、その声音からは彼が本気でそう言っているのが伝わってくる。


 騎士の叫びを聞いたリタが攻撃をやめたのを見て、娘がこれ以上抵抗する気がないと思ったのだろう。

 彼は腕をだらりと下げたままのリタに視線を送ると、小さく頷いていた。


「あぁ、リタ!!」


 その直後、母親のエメがリタの身体を抱きしめた。

 リタが魔法を発動している間ずっと近づけなかった彼女は、満を持したかのように思い切りその小さな身体を抱きしめると、金色の頭にキスをする。

 まるでこれが今生の別れでもあるかのようにきつくその身体を抱きしめる彼女の瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。



 突然降伏の意思を示した夫の姿から、エメはその真意を読み取っていた。

 目の前の騎士たちの目的を考えると、リタの身の安全は保障されているのは間違いない。

 そして先日の庶務調査官は自分たち夫婦を見つけ次第殺すと言っていたが、さすがにこの場の下級騎士の独断でいきなり処刑などはしないだろうし、上司の判断を仰ぐためにとりあえず連行されるはずだ。


 結果的に自分たちが処刑されることになったとしても、リタ自身の身の安全は最後まで保障されているのだ。

 だからここで無理に抵抗して一家全員が皆殺しにされるよりは、ここで降伏すべきだろう。

 その結果最愛の娘と離れ離れにされるにしても、殺されてしまうよりはマシなのだから。




「ふんっ。今さらという気がしないでもないが――まぁいいだろう!! 荷物を捨てて地面に腹ばいになれ!! 全員だ!!」


「わ、わかった!!」


「は、はい……」


「うぬぅ……」


 騎士の言葉に一瞬不満そうな顔をしたリタだったが、やむなくその指示に従った。

 そして幼女が大人しく腹ばいになるのを見た騎士たちは、何処かホッとした顔をしていた。

 

 もしも相手が抵抗するのなら、それを力ずくで取り押さえるのが彼らの仕事だ。

 それも小さな幼女が相手とは言え、それは直前まであの恐ろしい魔法を放っていた相手なのだ。

 だから彼らは、内心ではリタたちに大人しく言うことを聞いてほしいと願った。

 そんな危険な相手を取り押さえるのは、できれば勘弁してほしかったからだ。


 そもそもこんな農民の親子三人を捕縛するだけなのに、どうしてこんなにも命がけなのかがわからない。

 相手が魔法を使うのであれば、こちらも魔法を使う者で対応すればいいだけではないか。

 それに、もうこんな面倒で危険な任務はさっさと終わりにしてほしかった。


 

 そんな苛立ちが現れていたからなのだろうか、降伏したリタたちに対する彼らの態度はとても厳しく、乱雑なものだった。

 特にフェルなどは降伏の意思を見せているにもかかわらず、ともすれば腕の一本くらいはへし折られる勢いで執拗に殴る蹴るの暴行を受けていた。

 さすがに女性のエメや幼児のリタに暴力を振るうことはなかったが、それでもその扱いは同様に粗雑でぞんざいだった。


 そしてその後彼らは身体を縄で縛られたまま、一番近くの町―モンタマルテまで連行されて行った。





 その日の夕方遅くにモンタマルテに着いた一行は、そのままの足で地方執行官事務所へと直行した。

 そしてフェルとエメとリタの三人は、それぞれ引き離されて暗い地下牢に入れられてしまう。


 さすがにそこに四歳の女児を一人で閉じ込めるのは執行官も気が引けたようだったが、事前に受けていた上からの指示と連行した騎士の命令によって、結局リタも一人で閉じ込められてしまった。


 並みの四歳児であれば両親と引き離されたのと、薄暗い牢に一人で閉じ込められたのとで恐怖と寂しさで泣き喚いたりするのだろうが、さすがにその内面が213歳の老婆であるリタには、そんなことにはお構いなしだ。


 彼女は牢に入れられるなりゴロリと床に横になると、昼間の魔法戦で消耗した魔力の回復にひたすら努めた。

 そして来るべく時をおとなしく待つのだった。




 牢屋の床にぐったりと横たわる幼児の姿に何処か哀れな視線を向けていた担当官だったが、二言三言話しかけてもリタが返事をせずにいると、諦めて何処かへ行ってしまった。

 するとそのタイミングを見計らっていたかのように、リタのフードの隙間から小さな妖精が顔を出す。

 

「ねぇねぇ、リタ、リタ、これからどうするの?」


「ふむ、そうじゃの。とりあえじゅ、明日の裁きまで待ってみるとしようかのぉ。どのみち、ととしゃまとかかしゃまをたしゅけても、どこにも逃げられんし」


「えぇー、あんな悪い奴ら、やっつけちゃえばいいなの。リタなら簡単なの」


「まぁの。皆殺しは簡単じゃが、かかしゃまが悲しむでなぁ」


「いいじゃん、いいじゃん、っちゃえばいいじゃん。あんな悪い奴らなんか、ぜんぜん気にしないの」


「うむ。かかしゃまも、ととしゃまも悲しむじゃろうが、いざとなったら、そうするしかないのぉ。まぁ、仕方ないけどの。殺しゃれるよりはマシじゃろ――そうじゃ、ピピ美よ、頼みがあるのじゃが」


「なぁに? なんなの?」


「ととしゃまの怪我を見てきてほしい。あと、かかしゃまの様子ようしゅもな」


「うん、わかった、わかったの。様子を見てくるの。待っててね――」


 


 ――――




「やっと会えたな、お前たち。この前は散々愚弄してくれたうえに騎士二人を潰してくれおって――早速だが、あの借りはきっちりと返してもらうぞ」


 地方執行官事務所の中庭に庶務調査官クンツ・ゲプハルトの声が響く。

 すでにモンタマルテの一つ手前の町までやって来ていた彼は、リタ一家捕縛の報を受け急遽徹夜でやって来たのだ。

 とは言え、ゲプハルト本人は馬車の中で熟睡していただけなのだが。


 そんな相変わらずでっぷりと太った肥満体を揺らすゲプハルトの顔には、ニヤニヤとしたいやらしい笑みが浮かんでいる。

 前回リタに護衛を瞬殺された彼は、結果的に尻尾を巻いて逃げた形になっていたが、縄でぐるぐる巻きにされたリタ一家の姿を前に勝ち誇ったような声を上げていた。


「ふんっ、この前はよくも私のことを『はげ』などと抜かしてくれたな、この糞ガキが。 ――まぁいい、今日はまた随分といい格好をしているじゃないか」


 ゲプハルトが目の前に転がされているリタの姿を、満足そうに見下ろしていた。

 今の彼女は上半身を縄でぐるぐる巻きにされたうえに、両親二人とは違って口にも猿轡をされている。

 それは彼女が呪文を唱えるのを警戒したゲプハルトが命じたものだったが、冷静に考えると無詠唱で魔法が使えるリタには何の意味もなかった。


 それでもそうすることで魔法の行使を防いでいるつもりなのは、魔法に対する一般人の理解が所詮その程度であることを示していた。

 実際リタにしてみれば、もしも自分一人であったならこの状況を打開するのは容易だったからだ。

 

 しかし縄で身体の自由を奪われた両親を抱えては、勝手に暴れ回ることもできない。

 ぐるりと周りを見渡せば、中庭の中央に転がされた自分たちの周りには二十名からなる騎士が腰の剣に手をかけて、さらに十名ほどの弓兵までもが自分達に狙いをつけている。

 さらにその隙間を埋めるように五,六名の魔術師が配置されて、いつでも魔法攻撃が放てるように待機していた。


 いくら魔法が使える者がいるとは言え、単なる農夫一家に対する警戒としてはいささか過ぎているように思えるが、それはそれだけゲプハルトがリタを警戒している表れなのだろう。


 

「さて、随分と手間を取らせてくれたな。何か釈明はあるか? あるなら言ってみろ!!」


 まるで吐き捨てるようにゲプハルトが声をあげる。

 するとその声にフェルが答えた。


「先日のご無礼はこのとおり謝罪いたします。お二人の騎士に怪我をさせてしまったのはお詫びのしようもありませんが、それでも小さな子供のやったことです、どうかお許しください」


 そう言いながら、縄で縛られたままのフェルが身体を屈めて詫びの形に身体を折り曲げる。

 するとその姿を妻のエメも真似をした。

 前日の騎士の暴行によって彼の顔は大きく腫れて、切れた唇から漏れる声は些か聞き取りにくかった。


「ふんっ、あんな騎士のことなどどうでもいい。それよりもこの私のプライドを傷付けたことが許せんのだ。一体お前たちは子供にどういう躾をしているのだ!?」


「そ、それに関してもお詫びいたします。それもなにぶん小さな子供がしたことですので、何卒お慈悲を――」


「やかましい!! 平民――いや、農民が貴族に対して無礼な口をきくなど、到底許されることではない!! これは不敬だ、万死に値する!!」


 一度は自分を恐怖に貶めた相手を、縄で縛って地面に転がしたことに圧倒的な優越感を覚えたゲプハルトは、鼻息も荒く言葉を吐いている。

 その姿には微塵も慈悲などは感じられず、彼が本気でリタの両親を処刑するつもりなのは間違いなかった。



「さて、やっとこのガキを捕えることができた。本来であればコイツは首都に送って『魔力持ち』として教育するべきなのだろうが、そんなことはこの私がさせんっ!!」 

 

「えっ!?」


「お前たちは全員、ここで死ぬのだ。我々の捕縛に抵抗した挙句に討ち死にした。つまりはそういうことだ。覚悟するんだな――お前もだぞ、このクソガキが」

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