第52話 青年魔術師の抵抗


「お前たちは全員、ここで死ぬのだ。我々の捕縛に抵抗した挙句に討ち死にした。つまりはそういうことだ。覚悟するんだな――お前もだぞ、このクソガキが」



 どうやらゲプハルトは、リタも含めて三人とも処刑するつもりらしい。

 それはそれだけ彼の怒りの大きさを物語っているのだろうが、それにしても、それはやり過ぎなのではないだろうか。


 もっともこれだけの人数を投入した大捕り物といえる事態を引き起こした張本人たちなのだから、それなりにその幕引きの責任は負わなければならないのだろう。

 しかし四歳の幼児まで処刑するのは、あまりにも慈悲がなさすぎる。


 もとよりこの事態は、この子供の身柄を確保して首都に送り届けるところから始まったはずだ。

 それを無視して処刑してしまってもいいものなのだろうか。

 領主であるオットー子爵は、これを承知しているのだろうか。



 この場にいるほぼ全ての者がそう思ったのだが、さすがに声をあげる者はいなかった。

 何故ならこの場の全員がゲプハルトには逆らえず、その言葉に粛々と従うだけだからだ。

 もしも異論など唱えようものなら、この家族と同じ道を辿るのは目に見えている。


「そ、そんな!! 私たちは甘んじて罰をお受けいたしますが、この子の命まで奪うなんて、そんな――」


「お、お願いです!! 私たちはどうなっても構いません!! ですから、せめて、せめてこの子の命だけは!!」


「やかましい!! この私に恥をかかせた者は、たとえ子供であろうとも容赦せんのだ!! 今すぐにでも殺してやるから覚悟するんだな!!」


 ゲプハルトの言葉を聞いたリタの両親は、凄まじいまでの絶望感をその表情に宿しながら縋るように声を上げた。

 しかしそんな声には眉一つ動かさずに、ゲプハルトは唾を吐く。


 そしてその姿を、リタは無表情に見つめていた。




「どうだ、お前たち、私の決定に異論のある者はいるか!? もしいるなら前に出ろ!!」


 ゲプハルトの言葉に周りの人間は一斉に口をつぐみ、言いようのない空気が辺りを支配する。

 そしてまるで無慈悲な表情を浮かべる彼を、この場の全員が見つめていた。

 役職上は庶務調査官という領地付きの役人ではあるが、クンツ・ゲプハルト自身はオットー子爵領内に領地を持つゲプハルト男爵の次男だ。

 つまり彼の身分は、下級と言えど貴族なのだ。

 

 だから平民でしかない騎士たちは彼に逆らうことなどできるはずもなかった。

 たとえ彼が四歳の女児を感情に任せて処刑しようとしていたとしても、誰もそれに異論を挟むことはできなかったのだ。


 ただ一人を除いては。




「庶務調査官、お言葉ですが少し宜しいでしょうか?」


 異様な雰囲気が支配する中庭に、一人の男の声が響き渡る。

 そして一歩前へ出てきたのは、リタに火炎弾ファイヤーボールを滅多打ちにされて焼き殺されそうになっていた、一人の若い魔術師だった。


 その男――ロレンツォ・フィオレッティは、ギロリと胡乱げに睨みつけるゲプハルトの視線などどこ吹く風と言わんばかりに、その火傷で赤くなった顔を向けた。


「調査官、それは如何なものかと思いますが。オットー子爵の命令では、この『魔力持ち』の女の子を保護して首都に送り届けることになっているはずです。それを処刑してしまうなど――」


「やかましい!! お前ごとき雇われ魔術師が口を挟むなど烏滸おこがましいわ!! 身の程知らずが、黙っていろ!!」


「いやぁ、しかし、異論があるなら前に出ろと――」


「なんだと、貴様、私の決定に口を挟むつもりか!?」


「ですから、異論があるなら前にと――」


「しつこいぞ!! なんだ貴様は!? この私に意見する気か!?」



 相手が貴族であることなど全く構わずに、どこかのんびりとした口調で言い募るロレンツォ。

 そしてただでさえ意見されたのが気に入らないゲプハルトは、その姿に余計に腹を立てていた。


 しかし、異論があるなら前に出ろと言っておきながら、その言葉に全く聞き耳を持たず、それどころか声高に威圧する。

 まるで呆れるような庶務調査官の姿に、周りの者たちは互いに顔を見合わせていた。


 しかしこの若い魔術師は、天然なのかわざとなのかわからないが、ゲプハルトの怒鳴り声に気圧される様子を微塵も見せずに、尚も口を開く。



「それではこの件はオットー子爵に報告させていただきます。もとより僕は子爵から直接命令を受けているのです。ですから事の次第を全て報告する義務があります」


「な、なにを……貴様ぁ……!!」


 この期に及んで何気にのんびりと聞こえるロレンツォの声は、まるでわざとゲプハルトを怒らせようとしているようにも見える。

 もっとも普段から彼と親しい者であれば、これが彼の素であるのはわかるのだが。


「それよりも、この子をこのまま死なせるのは非常に勿体ないと思います。あくまでもこれは私個人の感想ですが、この子の魔術師としての才能は――」


「ええい、うるさい!! 誰もお前の講釈など聞いてはおらん!! とにかく黙って私の言うことを聞いていればいいのだ!!」


「――しかし、異論があるなら前に出ろと――」


「やかましい、またそれか!? 貴様はわざと私を怒らせようとしているのか!?」


「いいえ、そんなつもりはありませんよ。僕はただオットー子爵の命令を遂行しようとしているだけです。もしその命に従えないと言うのであれば、ゲプハルト庶務調査官のお名前で申立書を提出して頂きたいのです。この女の子をこの場で処刑する正当な理由が必要です」


 まさに正論を吐くロレンツォに、ゲプハルトはその禿げ上がって地肌の見える頭頂部から、まるで湯気が上る勢いで顔と頭を真っ赤にしていた。

 彼とても、上司であり領主でもあるオットー子爵の名前を出されてしまえば、それ以上は何も言えなくなってしまう。

 しかし、それでもゲプハルトの気はおさまりはしなかった。

 


「くっ…… それならガキの両親は好きにさせてもらう。そこまでは子爵の指示は出ていないだろう!?」


「――子爵の命令書には『対象人物及びその関係者の捕縛と移送』とありますね。つまりこの子の両親も調査官の自由にはできないということです」


「な、なにぃ!? この私に不敬を働いたというのに、それを自由にできないだと!? そんな馬鹿な話が――」


「捕縛中に誤って殺めてしまったのであればともかく、幸いにも生きて身柄を確保したのです。ですから生きたまま子爵のもとへ移送しなければなりません。なにせそれが命令ですから。もしもその指示に不服があるのであれば、子爵宛てに申立書を――」


「えぇい、くどい!! 何度も同じことを言うな!! 貴様は黙って私の命令に従っていればいいのだ!! この私の言うことが聞けないのか!?」


「聞けません。僕は他の方々と違ってあなたの指揮下には入っていないのですから」


「くっ……!!」


「しつこいようですが、私は調査官ではなくオットー子爵に命令を受けているのです。ですからあなたへの不敬罪の償いよりも、子爵による身柄確保の命令を優先しなければなりません。もしもそれに不服があるのなら、子爵宛てに申立書を――」


「しつこい!! くどい!! いい加減にしろ!!」


 またしてもゲプハルトが顔を真っ赤にして怒鳴りつける。



 彼はしつこいというが、この場合どちらが本当にしつこいのだろうか。

 さっきからずっと堂々巡りではないか。

 自分はただ子爵の命令を実行しようとしているだけなのに。



 などと庶務調査官の頭頂部の地肌をぼんやりと眺めながらロレンツォが考えていると、おもむろにゲプハルトが顎をしゃくった。

 最初その仕草の意味がわからなかったロレンツォだったが、背後で複数の足音が聞こえた時点でピンときたようだ。


 背後に違和感を感じたロレンツォは、咄嗟に自分の周りを見渡した。

 するとそれまでリタ一家に向かって弓を構えていた弓兵も、魔術師も、そして騎士までもが自分の方に狙いを定めているのが目に入った。

 

 その動きから想像できること――それはつまり、彼らは自分の口を塞ごうとしているということだ。

 自分の存在が邪魔になったゲプハルトは、部下に命令を下したのだ。

 

 このままでは殺される。


 瞬時にその結論に達したロレンツォは、前方の地面に転がるリタの方へ向かって走り出していた。



 


 目の前でゲプハルトとロレンツォが言い合っているのを、リタと両親はぼんやりと眺めていた。

 直前の庶務調査官の言葉に絶望を味わった彼らだったが、どうやらあの若い魔術師は自分たちを殺さないように進言してくれているらしい。

 しかしそのあまりにも正論過ぎる言葉にも、ゲプハルトは激高するだけで、まるで言うことを聞こうとしない。

 

 そうこうするうちに、彼らの間に不穏な空気が漂い始める。

 とは言え、独特の空気を漂わせる魔術師の青年の方は全く気付いていないようだったが。

 彼が正論を吐いて庶務調査官が激高する度に、周りで構えていた弓兵や魔術師たちの狙いが青年魔術師の方へと変わっていく。

 そして気付けば、ゲプハルトは周りの騎士たちに青年魔術師への攻撃を指示したのだった。




「くそっ!! なんでこうなる!?」

 

 普段ののんびりとした雰囲気をかなぐり捨てて、ロレンツォがリタたちに向かって走っていく。

 するとその背後では騎士が抜刀しつつ走り出し、彼の左右を弓が飛んでいく。

 未だ攻撃魔法は飛んできていないが、呪文の詠唱時間を考えるとあと十秒もかからずに飛んで来るはずだ。



 それにしても、なぜ自分がこの幼女に向かって走り始めたのかが自分でも理解できない。

 そこに逃げたとしても縄で縛られた彼らが助けてくれるわけでもないだろうし、もとより味方というわけでもないのだ。

 いや、むしろ自分はあの幼女に焼き殺されかけたのだ。



 咄嗟とは言え、何故自分が彼女たちのもとへと走っているのか、ロレンツォにはまるでわからなかった。

 

「ちくしょう!! なんだってんだよ!!」


 それでもロレンツォは、罵声を吐き捨てながらリタたちのもとへと走った。

 するとすぐに彼の判断が正しかったことが証明されたのだった。

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