第50話 将来が楽しみな子
己の作り出した
その様子を眺めていたフードの男の顔に、焦りの色が広がっていた。
彼にしても己の作り出す防壁にはそれなりの自負があるのだが、それが目の前の幼女の絶え間ない攻撃を前に今にも破壊されてしまいそうだった。
「お、おい!! 大丈夫なのか、これ!? お前の作った壁が段々薄くなってきてないか!?」
「そ、そうだ、もしかしてこれはヤバいんじゃないのか!? おい!?」
ローブ男とともに壁の内側で守られていた騎士たちが、焦りの声をあげる。
するとその男は、この期に及んでものんびりと受け取られかねない口調で答えた。
「大丈夫です。もう一度同じものを重ね掛けしますから――少し下がってください。 ――光よ、大地よ、
男が呪文を詠唱し終わるまで約10秒。
今にも壁が壊れそうな勢いにハラハラとしていた騎士たちだったが、そうこうしているうちに目の前にもう一枚の壁が現れる。
しかし、もしもこのままの勢いでリタの
その証拠に、最初に作り出した壁は既に消え去っていた。
男が見る限り、リタが放つ
確かに一度に数発の弾をそれこそ絶え間なく打ち続けているが、その一発一発の威力は大したことがなさそうに見えたのだ。
それでもその一撃は、恐らく人の拳大の鉛玉を思い切りぶつけられる程度の破壊力はあるだろうし、そんなものを一度に数発当てられれば決して無事では済まないだろう。
そしてまるで馬鹿の一つ覚えのように同じ魔法しか使ってこないところを見ると、彼女はそれしか使えないのかもしれない。
それにあの小さな身体では、それほどの魔力総量はないはずだ。
それならばこちらも防壁を作り続けて、彼女と自分のどちらの魔力が先に尽きるかのチキンレースをすればいいだけだ。
もちろんそれは、言うまでもなくこちらの勝ちだろう。
こちらとて長年の訓練で相応の魔力量は持っているのだ。
今さらあんな小さな幼女に負けるわけはない。
などとローブ男は考えていた。
しかし、それはもちろんリタにはお見通しだったのだ。
「ふんっ、こんなのは
ぼそりと小さな声でリタは呟くと、突然左右の腕を入れ替えてまたもや無詠唱で魔法を放ち始める。
それは人の頭ほどの大きさのある大きな火球――ファイヤーボールだった。
そして防壁にぶつかると同時に派手な爆発音を響き渡らせる。
ドガゴンッ!!
ズガンッ!!
ドゴゴン!!
「なっ……!! く、くそ……」
目の前の防壁に火球が当たると、やはり徐々に壁が薄くなっていく。それも以前にも増して勢い良く。
それと同時に、耐え難い熱さが襲いかかってくる。
たしかに防壁のおかげで火球の直撃を免れてはいるが、その熱までは防ぐことはできないようだ。
恐らく1,000℃を上回るであろうこの熱では、何か対策を講じなければすぐに身体を焼かれてしまうだろう。
さすがに不味いと思ったのか、ローブ男はその後ろにもう一枚の防壁を追加した。
リタの掌から際限なく火球が飛んで行き、騎士たちの前に張られた虹色の壁に当たって派手な音とともに爆発する。
そんな場面が延々と繰り返されていた。
その様子は言葉で表せないほどに凄まじく、少し離れた場所のフェルとエメの顔にもその熱が伝わってくるほどだ。
これほど離れていても熱が伝わってくるのだから、それを至近距離で受ける騎士たちは相当だろう。
そんなことを考えながらリタの両親が目の前の光景を眺めていると、そのまわりをピピ美が飛び回っていた。
「へぇ、さすがはリタなの。凄いの、凄いの。あんなに魔法を使っても、まだまだ魔力は残ってるの。凄いの、さすがはリタなの」
興奮気味にそう言うと、ピピ美はエメの肩に降り立った。
そんな小さな妖精に向かって、
「とにかくもうあの子には危ないことはしてほしくない…… なんとかここから逃げ出す方法を――」
「いいなの、いいなの。このままあいつらを、やっつけちゃえばいいなの」
「で、でも、人を殺めるだなんて……そんなことあの子には……」
直前まであんな目に会っていたというのに、未だにエメは親としての理想を口にする。
しかし、たとえ自分たちが助かるためとは言え、可愛い盛りの四歳児が人を殺さなければならないというのが異常なのだ。
そしてそんな状況に娘を引き込んでしまった自分たちの愚かさ、無責任さを痛烈に思い知らされるエメだった。
しかしそんな二人の囁きを尻目に、ただただフェルは驚いていた。
残念ながらフェル自身には魔法の才能は微塵もなかったが、それでも魔法についての知識は幼いころから叩き込まれている。
だから自分の娘が目の前で繰り広げる魔法戦の凄まじさは、フェルにはよくわかるのだ。
生まれついての魔力持ちらしいリタではあるが、誰に教えを受けたわけでもなく、今使える魔法は全て彼女が独力で使えるようになったものだ。
さらに老練の魔術師のなかでもそうはいない「無詠唱魔法」も発動できる。
そしてこれまで一度も経験したことがないはずなのに、リタは本物の魔術師相手に魔法戦を繰り広げている。
それも相手の防壁の状態に応じて、臨機応変に攻撃魔法まで変化させているのだ。
彼女は未だ四歳の幼い女の子だ。
そんな子が一度も経験のないはずの魔法戦を繰り広げたうえに、見たところ完全に相手の上をいっている。
そんな話はフェルにしても一度も聞いたことがなければ、実際にその目で見ていても
しかしそんなフェルも、心配そうに娘を見つめる妻の姿を見た瞬間ハッと我に返った。
今は娘の魔法の才能に感動しているところではないのだ。
彼女が相手の魔術師を押さえつけているうちに、この状況を打開する方法を何か考えなければならない。
まさかこのままリタがあの三人を焼き殺すのを期待するわけにもいかないだろう。
それこそ親としての矜持が問われることになってしまう。
しかしこれはどうすれば――
「
ジワジワと後退しながら、騎士たちが大声で怒鳴っている。
防壁を通して伝わってくる1,000℃超えの熱に顔を歪める様子は、すでに限界が近いことを物語っており、その様子を見つめるフード男の背中には冷たい汗が流れていた。
防壁の幅は約二メートル。
それが半円状に三人の身体を覆っているのだが、その範囲から少しでも身体がはみ出れば即座に1,000℃からなる火球の直撃を受けることになる。
だから牽制のように時折左右の地面に打ち込まれる火球からも、十分に身体を遠ざけることさえできない。
肌が露出している部分は火傷のためにヒリヒリと痛みが走り、少しでも気を抜けば着衣に炎が燃え移ることは必至だった。
「まずい……やばい……このままじゃジリ貧だ……確実に焼き殺される……」
すでに三重に重ねていながら、それでも次々に破壊されていく
たとえ直接当たらなくても、その熱によって次第に身体が焼かれていく。
一見ただ闇雲に火球を打ち込んでいるようにも見えるが、目の前の幼女にはそれがわかっているに違いない。
その証拠に今では防壁を破壊することよりも、広範囲に火球を爆発させて壁越しに相手を焼き殺しにきているのがよくわかる。
それにしても見るからに幼い小さなあの身体の、一体どこにあれだけの魔力を持っているのだろうか。
もしも自分であれば、今放っているあの大きさの火球であれば精々20発が限界だろう。しかし彼女は優に50発以上撃っている。
しかもその前にも同様に
その保有魔力量は、これまでの彼の経験では
これはもしかすると、将来の稀代の魔術師の誕生に立ち会っているのかもしれない。
焼ける額から冷たい汗を流しながら半ば己の死を覚悟したローブの男は、まるで場違いな興奮に身を委ねていたのだった。
ザザザザ……
熱で身体が焼かれる感覚に、ローブ男は意識を朦朧とさせていた。
すると突然、多数の足音のようなものが聞こえてくる。
その音に現実に意識を引き戻されて周りを見渡せば、そこに複数の騎士や魔術師の姿が見えた。
騎士の紋章を見る限り、彼らはオットー子爵領の騎士たちだろう。
ということは、その隣の魔術師たちも当然その味方で間違いない。
突然現れた彼らは、目の前で繰り広げられる魔法戦に一瞬唖然とした顔をしていたが、すぐに扇状に広がってリタたちを囲むような陣形を取り始めた。
数にして約十名。
騎士が七名に魔術師が三名だ。
そんな彼らがリタ一家に向かって大声を上げた。
「す、すぐにその攻撃をやめろ!! お前たちは包囲されている、もう逃げられんぞ。大人しく縄につけ!!」
などと一人の騎士が叫んでみたものの、彼の腰は引けていた。
それもそうだろう、目の前では見たことがないような魔法戦が繰り広げられているのだ。
それも人の頭ほどの大きさの火球が飛び交っている。
もしもその標的が自分に向けられでもすれば、即座に焼け死ぬのは間違いだろう。
それでも彼は使命感を前面に押し出して叫び続ける。
「もうよせ!! 我々のほかにもすぐに応援が駆け付ける!! すぐに投降しなければ、有無を言わさず皆殺しにする!!」
恐らくその言葉は脅しではないだろう。
その証拠に周りを取り囲む複数の魔術師らしき服装の男たちが、両手を前に突き出して何やら呪文らしきものを唱え始めている。
その言葉に何を思ったのか、突然リタは攻撃の手を止めるとそのままだらりと腕を垂らした。
何か湯気か煙のようなものが立ち昇るその腕は、直前までの激しい魔法攻撃を思い出させるものだった。
「た、助かった……」
「はぁぁぁぁ……」
「……お二人とも、怪我はありませんか? 火傷は? 痛いところはありますか?」
「だ、大丈夫だ。顔が少しヒリヒリするが、大したことはない」
「お、俺もだ。とにかく助かった。このまま焼き殺されるかと思ったよ……」
未だ残る
そしてふと見れば、残った1枚の防壁も、
もしもあと30秒も遅れていれば、自分たちは間違いなく焼け死んでいただろう。
気付けば自分の魔力はほぼ尽きかけていた。
それも最初から最後まで防壁の展開しかしていなかったにもかかわらずにだ。
一体自分は何枚の防壁を作り出したのだろうか。
15枚? 20枚? あまりにも必死過ぎて、いまさら正確な数すら思い出せない。
しかし自分以上にあの幼女は魔力を消費したはずだ。
基本魔法とも言えるこんな防壁を作るのに比べれば、彼女の方が何倍も魔力を使っているはずなのだ。
それを考えると、目の前の小さな幼女の凄まじさがよくわかる。
これはやはり、将来の稀代の魔術師誕生の瞬間に立ち会っているのは間違いないのだ。
確かに彼女が庶務調査官に仕出かしたことは決して許されないだろうが、それでもこのまま彼女を見殺しになどできない。
それはあまりにも勿体なさすぎる。
それほどまでにこの子の将来が楽しみだ。
絶対に偉大な魔術師になるに違いない。
ざっくりとした灰色のローブに身を包んだ、ハサール王国魔術師協会所属二級魔術師「ロレンツォ・フィオレッティ」は、火傷で痛む顔を摩りながら、目の前の幼女に興味津々の眼差しを向けていたのだった。
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