第42話 彼女が昔に仕出かしたこと

 結論から言うと、ギルドから助けは来た。

 もっともそれは、クルスたちの家の前で覆面男が自害してから十分後のことだったのだが。


 長年の冒険者生活でそれなりに戦闘経験のあるクルスとパウラについては、護衛は必要ないとギルドは判断していたようだが、裏路地から書記官のフィオレ――ギルド長とクルスたち以外で唯一アニエスの居場所を知る人物――の死体が発見されると、即座にその考えを改めた。

 しかし慌てて護衛を差し向けたが、時すでに遅く、すでに二人の家の前には四人の死体が転がっていたというわけだったのだ。


 結果的に助けを寄こしたとは言え、いずれにしてもギルドの動きは鈍かった。

 もしもアニエスの人形の助けがなければ、今頃この二人も死体になっていただろうし、フィオレに至っては既に殺されてしまっていたのだ。


 それを考えると、今回のギルドの動きは遅きに失していたと言わざるを得ないし、そもそも最初からその判断が誤っていたとしか言えないものだった。

 そしてこの手の判断ミスは、今のギルド長――ランベルトに代替わりしてから増えたような気がした。


 この一件以降、クルスはギルドに対する考えを改めるようになった。




「あぁ、これはゴーレムだな」


 家の前の死体を片付け終わると、駆け付けた護衛の一人が口を開く。

 彼は玄関に鎮座する小さな人形を手に取ると、しげしげと見廻しながら何処か合点がいったような顔をしていた。


「ゴーレム? ゴーレムって言ったら、魔術師が自分の護衛のために魔法で作り出す下僕のことだろ? 岩や土でできた大きな人型の人形だって聞いたことはあるが…… こんなに小さくてもそうなのか?」


「いや、大きさは関係ない。魔術師が人形に魔力を込めて使役すれば、それは全てゴーレムだ」


「へぇ…… それじゃあこれもそうなんだ。ゴーレムって言やぁ、もっと大きなものを想像していたが――確かにこれもアニエスが魔力を込めたって言っていたからな」


 護衛がいじくり回す人形を見つめながら、クルスが呟いた。

 その言葉に、ピクリと護衛の眉が動く。



「……アニエス? アニエスと言ったか? いま」


「いててて…… い、いや、違う。何でもない、言い間違いだ」


 思わず口を滑らせたクルスの手の甲を、パウラが思いきりつねっていた。

 その瞳は細められ、無言の圧力を夫に向けている。


「――アニエスと言えば、あの『ブルゴーの英知』だろ。去年の魔王討伐で行方不明になったままだけどな」


「そ、そうなのか? その魔法使いってそんなに凄いヤツなのか?」


 クルスに質問をされた護衛は、急にその瞳を輝かせる。

 彼が人形を眺めている時から薄々感じてはいたが、この男は魔法に関して詳しそうだし、興味もありそうだった。

 その証拠に、クルスの振った話題に早速食い付いて来るのがわかる。



「なんだよお前、魔女アニエスを知らないのか? 当代の魔法使いの中で、その実力はずば抜けてるんだぞ。もっとも今は行方不明中だがな」


「そ、そうなんだ……」


「あぁ、そうだとも。他国も含めて、彼女に並び立つ魔術師はいないと俺は思っている。そもそもあのブルゴー王国の宮廷魔術師を百年以上務めているんだぞ。それだけでも凄いことだろ」


「そ、そんなにか?」


「あったりまえだろ!? うちの国も魔法には相当力を入れているし『魔力持ち』も積極的に育成しているが、未だに彼女を超える魔術師は出てこない」


「そ、そうか」


「そうだよ。しかも彼女が無詠唱で魔法を行使できるとくれば、それに敵うやつはいないだろ。無詠唱魔術師は他にもいるが、アニエス以外は基本的な魔法しか発動できないって言うしな」


「……お前、ずいぶん詳しいな。もしかして魔法オタクか?」


「……オタクって言うな、マニアって言え」


「……どっちも一緒だろ、それ……」




 アニエスがくれた不気味な人形、それは彼女が作り出したゴーレムだった。

 そしてその発動条件は、クルスとパウラに危険が訪れること、らしい。

 今回その発動タイミングは少々微妙だったが、確かにそれは二人の危機を救ってくれた。


 この人形がなければ、確実に二人の命はなかった。

 それはアニエスが二人を救ってくれたということだ。つまり稀代の魔女はこの新婚二人および、赤ん坊の命の恩人と言うことになる。


 そしてオウルベアに襲われた時から二度目であり、アニエスがいなければクルスは既に二回は死んでいたことになる。

 そう思うと、あの幼女には二度と足を向けて寝られないと思うクルスとパウラだった。



「それにしても趣味が悪いと言うか、随分とえげつねぇなぁ。このゴーレムを作った魔術師の気が知れねぇよ」


 地面に転がった切断された足先を拾い集めながら、もう一人の護衛が言葉を零す。

 彼は眉を顰めながら布袋の中に足先を入れているところだ。

 四人分、合計八足の足先ですでにパンパンに膨れ上がった袋の表面には、大きな赤い染みができている。

 それを見る限り、彼が言う「えげつない」という言葉も思わず納得がいくものだった。


 そんな作業を手伝う気も起きないままのパウラとクルスだったが、後始末を続ける二人のギルド員の会話を聞くとはなしに聞いていた。


「これよぉ、あれだな。『すね刈り街道』にそっくりだな」


「『すね刈り街道』? なんだよそれ」 

 

「なんだお前、こんな有名な話を知らねぇのか? ブルゴーの魔女アニエスが百年前にやらかした事件だろ。――いや、事件じゃねぇな、軍事作戦なのか? 一応」


「はぁ? 俺はお前と違って、魔術師オタクじゃねぇんだからよ。知らねぇよ、そんなもん」


「オタクじゃねぇよ!! マニアだよ!! ちっ、しょうがねぇなぁ。教えてやるからよく聞けよ」


 しょうがないと言いつつも、当代最強との噂も名高い魔女アニエスについて語れるのが相当嬉しいらしく、その護衛は嬉々として話し出したのだった。



 ――――



 いまから約百年前、ブルゴー王国は隣国のアストゥリア帝国との小競り合いが激化していた。

 その中で、遂に本格的な戦争に突入しそうな情報をブルゴー王国側の情報部が手に入れたのだ。

 それはアストゥリア帝国の百人規模の先遣隊が、国境を越えようとしているとの情報だった。


 しかし、不意を突かれた形になったブルゴー王国側は、国境沿いに軍を展開する余裕がなく、ついに先遣隊の越境を許してしまう。

 そしてその時、先代から宮廷魔術師の地位を引き継いだばかりだったアニエスは、何とかしてこいとばかりに半ば強制的に戦地に派遣されたのだった。



 当時宮廷魔術師になったばかりのアニエスは、歴代で初めての女魔法使い――魔女だった事もあり、その実力は疑問視されていた。

 そこで早速アニエスの足を引っ張ろうと画策する、敵対勢力側の貴族にはめられた形で強制的に現地に行かされたのだ。


 しかしそこでの味方は、なんと十人の兵士のみだった。

 それも国境警備の砦から駆り出されてきた田舎兵士ばかりで、目の前に迫りつつある百人からなる敵兵に恐れを抱いて右往左往する始末だ。


 結局アニエスは、たった一人で敵の先遣隊を迎え撃たなければならなくなったのだが、これと言って良い案も浮かばない。

 もちろん当時既に百歳を超えていたアニエスが、まさか武器を手に戦うわけにもいかないし、だからと言って「何とかしてくる」と言って出て来た手前、逃げ出すわけにもいかなかった。


 なにより、アニエスが失敗することによって貴族連中を喜ばせるのが非常に癪だったのだ。

 そこで彼女が選んだ方法が、当時召喚契約を結んだばかりの風の妖精「シルフィーヌ」の召喚と、アニエスが得意とする風刃ウィンドカッターの組み合わせだった。



 街道の途中で敵を待ち伏せたアニエスは、シルフィーヌによって威力を大幅に増強した風刃ウィンドカッターを敵の脛の高さで放った。

 すると街道を歩いていた兵士全員の脚が脛の高さで切断されたのだ。

 

 その光景は、まさに地獄絵図だった。

 それもそうだろう。百人からの歩兵全員の脚が、脛を境に切断されているのだ。

 それも大量の血をまき散らしながら、周囲には絶叫がこだましている。


 膝の下から両足を失った先遣隊百名は、耐えがたい痛みに絶叫を上げてのたうち回る。

 兵士たちはそこから一歩も動くことが出来ないまま、ある者は出血多量で、ある者は血の匂いを嗅ぎつけた魔獣に食われ、そしてある者は痛みと絶望に耐えかねて自ら命を絶った。



 馬に乗っていた指揮官数名は無事だったが、乗っていた馬を潰された彼らは歩いて自軍まで逃げ帰った。

 そこで事の次第を報告した結果、戦場での魔術師の姿に恐れを抱いたアストゥリア帝国は、今回の侵攻作戦をそこで終わりにしたのだった。

 

 その件を境に、その街道は『すね刈り街道』と呼ばれるようになった。そして今でもその名前は残っている。

 しかし既に百年も前の話なので、実際にその現場を見た者はもういない。


 唯一残る当事者はそれを実行したアニエス本人だが、彼女はこの件に関しては口を堅く閉じて何も話そうとはしなかった。


 これまで軍事作戦上では魔法そのものを軽視していた帝国だったが、この一件を切っ掛けにして積極的に軍への魔術師の登用を行うようになった。

 結果としてそれはアニエスにとって皮肉な結果になったのだが、その件を境に、貴族連中で彼女に対して表立ってケチをつける者はいなくなるのだった。


 そしてアニエスは、その日を境に広域殲滅魔法の研究に余念がなくなり、その約七十年後には大陸中でも他の追随を許さないほどのその道のスペシャリストになるのだった。



―――― 

 


「なぁんてな、そんなことがあったんだってよ。もう百年も前の話だから、真偽の程は定かじゃないがね」


「へぇ…… まぁ、実際にそんな目に合わされたらと思うとゾッとするな。実際にこいつらも死んじまったし」


 そう言いながら、上からむしろをかけて道路脇に積まれた四人の死体に視線を送る護衛の男だったが、改めて両足首のない死体に目を向けると、ぶるりとその身を震わせていた。


 

 二人の話をぼんやりと聞いていたクルスとパウラだったが、百年前にアニエスが仕出かしたことを聞いた途端、あのゴーレムは間違いなくこうなることがわかっていて、敢えてアニエスが仕込んだものだと確信していた。

 

 彼女は自分たちが狙われるとわかっていて、あの人形を渡してくれたのだ。

 その読みの深さと正確さに舌を巻きながら、クルスとパウラは玄関脇の棚に鎮座するお守り人形の姿を見て、護衛の男よろしく、その身をぶるりと震わせていたのだった。

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