第五章

55話 襲来

 広場の中心には、大勢の負傷者とすでに息絶えた冒険者の亡骸が並べられていた。通行人達も、皆ざわつき遠巻きに様子を伺っている。


 僕たちには、治癒術師の人がシャーロットさんを治療する様子を黙って眺めていることしかできない。


「ロロ……」


 ノルンに名前を呼ばれた。ノルンは怯えた様子で僕の腕にしがみついている。ちょっと力が強い。


「……おお、なんとむごい……」とシフ。


シフも僕の腕にしがみついている。二人とも……もしかして僕のこと盾にしてる……?


「ええと、そっちの人はここに運んでおいてちょうだい」


 背後でアンリエッタさんの声が聞こえた。


 アンリエッタさんは負傷者の手当てに奔走していて忙しそうだ。僕にも何かできることがあればいいんだけど、何も思いつかない。


「やっぱり……ロロは足手まといだよ」


 いつだったか、ミラにそう言われたことを思い出した。僕はもう誰の足手まといにもなりたくない。……だから、このまま何もしない方がいいのかもしれないな。


 だって何もしなければ誰かの足を引っ張ることもないだろうし。


 そんなことを考えていたら、シフに頬っぺたを引っ張られた。


「――いたっ!」


「……何かよからぬことでも考えておるのだろうロロ?」


「べ、別に、なんでもないよ……」


 どうやら顔に出てしまっていたらしい。僕は少し恥ずかしくなる。


「ロロは気がつくといっつも悲しそうな顔してるの。きっと今だって、『どうせ自分には何もできない』とか考えてたんだよ」


「なるほど、愚か者じゃのう」


 二人はそんなことを話しながら僕の頬っぺたをつんつんしてきた。


「や、やめてよ二人とも……」


 予想以上に見透かされていて恥ずかしい。顔が熱くなってきた。


「ロロくん、ノルンちゃん、それからシフちゃん……くん、みんな大丈夫かしら?」


 その時、背後からアンリエッタさんの声が聞こえてくる。


 僕は後ろを振り返り、黙ってうなずいた。


 ――ちらりと見た死体の様子は、どれも直視できないほどひどく損傷していた。


 おまけに、未だシャーロットさんの意識が戻る気配はない。一体、彼女ほどの実力者の身に何が起きたのだろうか。


 ……魔物によるものと考えるのが妥当だけど、シャーロットさんですらあんな風になってしまうような存在がこの町の近くに居るとはあまり考えたくない。


 僕も、ノルンやシフと同じように怖かった。


「……みんな大丈夫じゃなさそうね」


 そう言って苦笑いするアンリエッタさん。


「安心して……きっと大丈夫よ……」


 アンリエッタさんは、そう言って僕たちのことを抱きしめる。だけど、その声はまるで自分に言い聞かせているかのように弱々しいものだった。

 

 熟練の冒険者が取り乱すほどの異常事態なのだ。


 そう思って、何かアンリエッタさんに言葉をかけようとしたその時。


「――かはッ、ゴホッ、ゴホッ!」


 シャーロットさんが、突如血を吐き出して目覚めた。


「シャーロットさん!」


 僕たちは大慌てでシャーロットさんに駆け寄り、名前を呼ぶ。


 口の端に血をにじませ、目を大きく見開いて、虚空を見つめるシャーロットさん。


「…………来る……にゃ」


 僕たちを見て、ただ一言そう呟いた。


「来るって一体何が来るの!? しっかりしてよシャーロットさん!」


 ノルンは何度も必死に呼びかけるが、意識があまり安定しない。


 やがてシャーロットさんは、震える手を持ち上げ、恐怖におびえた顔で空を指さした。


「…………なんだあれ」


 近くにいた冒険者がぽつりとそんなことを呟く。


「…………え?」


 気になった僕はふと空を見上げた。


 ここから少し離れた方向に、いくつもの黒い点が見える。


「なに……あれ……」


「――っ! まずいぞロロ! あれ全部魔物じゃ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る