54話 化物
次の瞬間、激しい風が吹き荒れ、周囲の死体が巻き上げられる。
「久しぶりに外へ出てきてみれば、随分と懐かしい気配がしていたものだから立ち寄ってみれば……これは一体どういう風の吹き回しかな?」
それはどこかから、ドロシーにそう語りかけた。
「……御託はいらないよ。さっさと姿を現したらどうだい」
ドロシーの呼びかけに応じて、次第に風が強まっていき、虫の羽音のようなものが近づいてくる。
やがて風が止み、ドロシーの前に姿を現したのは、背中から美しく光り輝く六枚の羽根を生やし白装束を身にまとった男だった。
「…………あんたはアシュリーを連れて隠れてな。――メイジー」
ドロシーは小声でメイジーへ呼びかける。
しかし返事はない。
ふと足元へ目を落とすと、迫ほどまでドロシーにしがみついていた二人は、血だらけになって地面へ倒れていた。
「…………ちっ」
「おやおや、僕の攻撃はもう始まっていたんだけど、気付かなかったのかな? 君の前にいたそいつらに直撃したおかげで命拾いしたね」
男の攻撃を免れたのは、ドロシーの背後にいたエリィとミラだけだ。
クレイグは全身を風によって切り裂かれ、血まみれになりながらも気合で立っている。
「あんた、名前は」
「魔女に名を名乗るわけがないだろう?」
「ふふ……そりゃそうだね」
刹那、周囲がどんよりとした重苦しい空気に包まれる。
「あんた一体何者だい。そんな不快でおぞましい殺気をまき散らしてさ……学院の地下にいるあれと全く同じじゃないか。……今回のこれもあんたの仕業かい?」
ドロシーは心底不愉快そうに言った。
「いちいち答える義理はないね」
「……わかったよ」
ドロシーが体を前へ折り曲げると同時に、重苦しい空気は更に強まる。
「なによ……これ……うぅ…………うええええええええっ!」
彼女の近くにいたエリィとミラは、威圧感と不快感によって思わずその場に嘔吐した。
視界はくらみ、全身から冷や汗が噴き出す。
今にも意識を失ってしまいそうだった。
「ばけ……もの……っ!」
ミラが呟いた。
「味方に向かって化け物とはご挨拶じゃないか。……まあいい、まずはあんたから使ってやろうか。ミラ」
ドロシーは身の毛がよだつような低い声で、聞いたこともないような魔法の詠唱を始めた。
「お、おいおい、何をする気だい? させないよッ!」
男は再び強風を発生させ、ドロシーを切り裂こうとする。
しかし、その攻撃は通らなかった。
みるみるうちに男の体から魔力が失われていったせいで、風の魔法を使うことができなかったからだ。
男が動揺している間も、ドロシーは詠唱を続ける。
「な、なに……いや……っ…………やめてっ!」
頭を抱えて苦しみだすミラ。
やがて、彼女の体が何かに引っ張り上げられるように宙へ浮き始める。
そうしてドロシーは詠唱を止め、手をぱん、と叩いた。
「いやああああああああああああああああああああああああッ!」
刹那、彼女の背後で絶叫が響きわたる。
ミラの手足があり得ない方向へねじ曲がり始めたのだ。
「――――がぁっ!?」
それに応じて、男の手足もバキバキと音を立てながら捻じ曲がる。
「痛い痛い痛い痛い痛いッ!」
泣き叫ぶミラ。
「ぐううううううっ、がああああああああああああッ!」
苦痛に悶える男。
「あんたが名前を明かさなかったところで、他にやりようはいくらでもあるんだよ」
ドロシーはそう言って笑った。
再び手をたたくと、ミラの体がぼとりと力なく地面へ落ちる。
「くくッ……こりゃ手厳しい……」
男は苦しそうな表情で無理やり笑いながら言った。
すでにその手足はねじ曲がり、立っていることすらできない。
「その恰好がお似合いだよ。……あんたも良い眺めだろう?」
ドロシーは男の顔をのぞき込む。
「この……やろう……」
「わりいな!」とクレイグ。
「お前に言ったんじゃない!」
男は逆上して叫んだ。
「もう一度だけ聞くよ。あんた一体何者だい?」
「……よくも……やってくれたじゃないか」
男はドロシーの問いかけに答えるつもりはないようだ。
「――エリィ」
仕方なく、ドロシーはエリィの名前を呼んだ。
ミラの身に起きたことを間近で見ていたエリィは、これから自分が何をされるのか理解してしまう。
「や……だ……やだやだやだやだっ!」
「こっちにはまだ使える体が三つもあるんだ。あんた、いつまでもつかねえ」
男の髪を引っ掴んでほほ笑むドロシー。
おぞましい気配を放つ今の彼女には、魔物すら近づいてこない。
「おねがいころさないでっ! 死にたくないっ! 死にたくないわよおっ!」
「黙りな。死にはしないさ。……ただ、すごく痛いだけだよ」
ドロシーは泣き叫ぶエリィの方へ振り返ってそう言った。
やがて、エリィの体が先ほどのミラと同じように空中へ浮かび始める。
「…………たす……けて……」
大粒の涙を流しながら命乞いをするエリィ。
「ロ……ロ……!」
それからすぐ、ぱんと手が叩かれる音が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます