53話 決死行
序盤の進攻は極めて順調であった。魔物達はさほど強くなく、明るくて見通しの利く平野での戦いのため、奇襲の心配もない。
しかし、日が暮れ始め夜が近づくにつれ事態は悪化していく。
意気揚々と戦いに出た冒険者たちは、やがて自身が愚かであったことを悟った。
想像を絶する数の強力な魔物に押しつぶされ、あちこちで怒号や罵声が飛び交っている。
長時間に渡る戦いで疲弊している冒険者に対して、魔物たちの攻撃は時間が経つにつれて勢いを増していった。
「うわああああああああああああッ!」
ある者は羽を生やした魔物に持ち上げられたうえで上空から落とされ、地面に血の染みを作った。
「た、たすけ……てく……れ……!」
ある者は虫のような姿をした魔物の糸に絡め取られ苗床となり、またある者は全身を引き裂かれ頭からボリボリと喰らい尽くされた。
人の心を持たぬ彼らに慈悲はない。
あたりは、あっという間に阿鼻叫喚の地獄と化した。
「いやだああああああああ! 死にたくないっ! 死にたくないいいいいいい!」
泣き叫びながら大鎌を振り回し、次々と魔物を切り裂いていくのはメイジーだ。
「ひ…………!」
彼女の前に、巨大なスライムが立ち塞がる。それに取り込まれた冒険者は、瞬く間に全身を溶かされ、スライムの体の一部となっているようだった。
「こ……ろ……せ……!」
まだ意識が残っている溶けかけの冒険者が、メイジーへ向かって手を伸ばして懇願する。
「ぎゃあああああああああああッ! サンダーボルトおおおおおおおおッ!」
メイジーは手から雷撃の魔法を放ってスライムを蒸発させた。
「むりむりむりもうむりっ!」
ドロシーは呆れた様子で、喚くメイジーの背中を眺めている。
「ったく、情けないったらありゃしない。少しはアシュリーを見習いな」
アシュリー何も言わず、涼しげな顔をして襲いくる魔物達を淡々と氷漬けにして処理していく。
無詠唱どころか、予備動作すらしていない。
「………………ふぅ」
しかし、一息ついた隙に急接近してきた巨大な魔物の攻撃によって、鈍い音をたてながら弾き飛ばされた。
小さな体が物凄い勢いで回転しながら宙を舞う。
「おっと」
ドロシーはそれを片手で受け止める。
「大丈夫かい?」
「…………折れた」
アシュリーはドロシーを見上げて、ただ一言だけ呟いた。
「あんたもどっこいどっこいだね……」
肩を落としてため息をつくドロシー。
エリィとミラは、全てにおいてレベルが違いすぎて、戦いについていくことができない。
見たこともないような凶悪な魔物達を前にしてただ怯え、アシュリーやドロシーの後ろに隠れるのが精一杯だ。
しかしクレイグは違った。
「行くぜ行くぜ行くぜ行くぜ!」
目を血走らせ、口からよだれを垂らしながら、次々と遅いくる魔物を薙ぎ払っていくクレイグ。
返り血や、魔物の体液を浴びることすらまるで気にしていない様子だった。
「ほお、あんたはなかなかやるじゃないか」
ドロシーは感心したようにそう言って笑う。
「俺はクレイグだぜ!」
「わかってるよ」
それからも、一行は誰一人かけることなく、順調にミルヴァへ近づいていった。
クレイグが最前線に飛び出し魔物を蹴散らす。アシュリーとメイジーがその少し後ろで倒しきれなかった魔物を確実に仕留める。
ドロシーはそうしてできた魔物の居ない綺麗な道を、ぶつぶつと文句を言いながら歩く。
完璧な布陣である。
その更に後ろをエリィとミラが震えながらついていった。
「た……たすけて……ロロ……」
そう呟くミラはすっかり放心状態だ。こんな状況で自分が生き残れる気がしない。
「し、しっかりしなさいよっ!」
「エリィ……」
「あんたこんなところで死ぬつもり!? ふざけんじゃないわよ!」
エリィは顔を真っ赤にして叫んだ。
自分たちが絶望的に力不足であることは既に自覚しつつある。
しかし、もう後戻りすることはできないのだ。
「エリィ!」
「ミラぁ!」
「うわあああああああああああああん」
「なんであたしたちがこんな目にいいいいい!」
抱き合って泣き叫ぶエリィとミラ。
「ま、弾除けに期待しちゃいないさ」
ドロシーはそんな二人を横目にそう言った。
「もういやだあああああああ! いくら何でも数が多すぎるぜししょーっ! オレたちみんな死ぬんだああああ!」
彼女たちに影響されたのか、メイジーが音を上げてドロシーへ泣きつく。
「またかい、うっとうしいね。余計なことは考えず、あの男みたいにやればいいだろう」
クレイグを指さすドロシー。
「あいつがおかしいんだよぉ! もうおうちに帰りたいいいいいい!」
みっともなく泣きわめくメイジーに、ギルドで腕を組んでふんぞり返っていたころの面影は残っていない。
その時、前方で爆音が鳴り響く。
「おいおい、ここいらの魔物はこんな魔法まで使うのかい」
ドロシーがそう言い終わるのとほぼ同時に、爆炎の中からアシュリーが回転しながら吹き飛んできた。
即座に反応したドロシーは、それを受け止める。
「いやああああああああっ! アシュリーが死んだあああああああ!」
「…………大丈夫かい?」
騒ぐメイジーを無視し、きょとんとした顔をしているアシュリーに問いかける。
「…………全部折れた。……動かない」
ドロシーは露骨に落胆した。
「どいつもこいつも不甲斐ない弟子ばかりで苦労するよ。…………あの女どもよりはマシだけどね」
「わりいな!」
クレイグが言った。
魔法が直撃したらしく、黒こげになっている。
「……あんた、いつの間に私の前に……!」
「ああ、そうだな!」
狂気の笑みを浮かべるクレイグの右手には魔物の首が握られていた。
「…………まあいいさ、もうじき日が完全に沈む。使えそうな死体もたくさんあることだし……今日はここらへんで休憩といこうじゃないか」
「休めるのか!?」
その言葉を聞いたメイジ―の顔が、見る見るうちに明るくなっていった。
「そう、永遠に……ね!」
何かがそう答えた。
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