49話 ミラ

 私の目の前に、ロロが頭から血を流して倒れている。 


「ロロっ! しっかりして! ロロっ!」


「ミラが無事で……良かった……」


「ごめんなさい……うわああああああああん!」


「え、ちょっと待って。そんなに抱きついたら苦し――」


「ごめんなさいっ! お願い死なないで! うええええええええええん!」


「う……ぐ……」


 あの日、私は決まり事を破ったせいで、ロロに一生治らない傷を負わせた。


 左目の傷のこともそうだけど、心にも深いトラウマを負わせてしまった。


 あの日以来、ロロも私もトロールを目の前にすると、上手く体が動かなくなってしまうのだ。


 それでも、ロロはいつも私の心配をしてくれた。


 ロロには一生かけて尽くしたって返しきれないくらいの恩がある。


 それなのに、いつしか私はロロのことを心のどこかで邪険に思うようになっていた。


 クレイグやエリィに流され、ロロをパーティのお荷物だと思うようになっていた。


 私はどうしようもないくらい最低な人間だ。


 思えば、ロロが自分のことで怒ったのなんて、あの迷宮の時が初めてだ。


 ロロはどんなに馬鹿にされようとも、私達のために頑張ってくれていたのだ。


 それなのに……私達はなんて酷いことを……!


 誰からも……最も信頼する仲間からも認められず、それでも必死に頑張っていたロロの気持ちを考えるだけで、頭がどうにかなってしまいそうだ。


「いつもいつもいっつもいっつもそうだ! 僕はみんなのために最善を尽くしているのに誰も僕の言うことなんか聞いちゃくれない! 孤児院にいたころはそんなことなかったじゃないか!」


 ごめんなさい。


「どうして僕の話を聞こうとすらしてくれないんだよぉっ!」


 違う……違うの……!


「やっぱり……ロロは足手まといだよ。ハーフリングだからとか、そんなことじゃなくて、単純にロロの能力がたりてないの」


 私が……私がロロに対してこんなことを言うはずがない! 私はいつだってロロのことを大切に思ってた!


「本気で……言ってるの……?」


 違うのロロ! こんなの私じゃない!


「ごめんなさいっ! ごめんなさい、ロロっ!」


 ロロはあんなに私を慕ってくれた。いつだってパーティのみんなのことを考えて行動していた。


 最低だ。本当に無能なのは私だ。


 ロロの本当の実力も見抜けないで回りに流されて……。


 ロロは何度私に助けを求めてきただろうか。最後にロロの心の底からの笑顔を見たのはいつだっただろうか。


 私は、身も心もぼろぼろのロロを無理やりパーティに繋ぎとめて、自分が危険な状況になったら酷いことを言って見捨てたのだ。


 最後まで、ロロは私を信じてくれていたというのに。


「私……どうかしてた! もう周りの言うことになんて騙されない! ロロの為なら何だってする! だからお願い……どうか……どうか私を許して……ロロ!」


「……いいよ、ミラ」


「ロロ!」


 気がつくと、私の目の前にはロロが立っていた。


 太陽の日差しが私たちを照らし、周囲には草花が咲き乱れている。


 それら全てが、私たちのことを祝福していた。


 私は涙を流しながらロロに駆け寄り、全身をロロへ委ねる。


「ミ、ミラ!?」


 女の子みたいに柔らかく白い肌、私へ向けられた穏やかな眼差し、小さくて華奢だが私のことをしっかりと受け止めてくれる心強い手足、そしてこの懐かしい匂い。


 ロロだ。今私は、間違いなくロロを抱きしめている。


 そして、ロロが私のことを抱きしめている。


「ミラ……大好き」


「私もよ……ロロっ!」


 身体中が幸せな気持ちで包まれた。


 *


「――ロロ!」


 気がつくと、私はベッドの上で寝ていた。


 全部……夢だったのだろうか。


 ……だけど、私にはまだロロを抱きしめた時の感触が残っている。


 その時私は、ロロがまだ生きていることを確信した。


「あい……たい……」


 ロロに会いたい。ロロに会って謝りたい。


 そのためなら私はどんなことだってする。


「あいたい……よ……」


 何としてでもロロを見つけ出す。そして、ちゃんと謝ろう。


「ごめんなさい……ごめんなさいっ……ロロ……!」


 目からぼろぼろと涙が零れ落ちる。


 もう一度ロロと会うことができたのなら、また一からやり直したい。


 何度も謝って、そうして私はロロのことを抱きしめ、優しいロロはそんな私を許して全てを受け入れてくれる。


 そして、昔みたいに私に優しく微笑みかけてくれるのだ。


「ああっ……あああああああああああああああああっ!」


 私は叫んだ。別におかしくなったわけじゃない。ただ、嬉しいのだ。


 ようやく私は、己のあやまちに気づくことができた。


 今なら、ロロのためになんだってできる。


 ああ、ロロが愛おしい。


 目を閉じれば、すぐそばにロロがいる気がする。


「待ってて……ロロ……!」


 すると、医院の人が入ってきて私を取り押さえた。


 私の邪魔をするつもりだろうか?


「離してっ! ロロに――ロロに会いたいのっ! お願い離してっ!」


 必死に手足を動かして暴れるが、かえって抑え込まれる。


 すると、急激に視界がゆがみ、私は再び眠りに落ちた。

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