47話 外道
クレイグは全て元通りになっている自分の手足を見る。
間違いなく、あの恐ろしい化け物によって捕食されたはずだ。
死んでいてもおかしくない。いや、死んでいなければおかしい。
しかし、それでもこうして五体満足で立っていた。
――どうやら、化け物は自分の方だったらしい。
「は、はは、ははははははッ!」
クレイグは歓喜する。もう、どのような危険な状況下に置かれたとしても、死の危険性に怯える必要はない。
――もちろん、痛みに耐えられるのであればの話だが、興奮状態のクレイグにそんなことを考えるほどの余裕はなかった。
「どこからでも来やがれこの化け物どもがああああああああ!」
大声で挑発するようなことを言いながら通路へ飛び出したクレイグは、そのまま目についた扉を片っ端から開け始める。
「どこだ! 出口はどこだぁ!?」
扉の先はどこも似たり寄ったりで、用途のわからない器具や瓦礫、壊れたベッドが散乱した小部屋が存在するだけだった。
そうして開けるたびに出口ではないことに落胆しつつも、諦めずしばらく歩き続けていたクレイグは、やがて下へと続く階段を発見する。
階段の先は更に明かりが少なく、気をつけて進まなければ足を踏み外してしまいそうだ。
クレイグの手元には光源として使える物がない。
仕方なく、壁に手をついて周囲を探りながら慎重に階段を下り始めた。
ほとんど何も見えない静かな空間に、クレイグが階段を一歩一歩下っていく音だけが響き渡る。
意を決して暗闇に足を踏み出し、硬い床に到達することができてやっと一息をつく。
そんな不毛なことを一段一段繰り返していくクレイグ。
ある時、硬い地面の感触が突然、べちゃりとした纏わりつくような何かの感触に変化した。
「…………?」
クレイグは一度足をそこから離して身構える。
しかし、何かが襲って来る気配はない。
「何だ……これ?」
もうだいぶ下って来た。今さら引き返すわけにもいかないので、クレイグは気にせず階段をさらに下りることにした。
「――って、おわッ!」
一瞬気を抜いた哀れなクレイグは、足を滑らせて階段から間抜けに転がり落ちる。
全身の至る所を強打し、べちゃべちゃまみれになりながら、どんどん落ちていく。
激しい激痛と不快感に襲われるが、折れたあばらの骨が肺に突き刺さったせいでろくに叫ぶこともできない。
やっと一番下までたどり着いた時、クレイグはすでに全身の骨を折り、壁や階段にこびりついていた肉塊まみれになりながらも、辛うじて意識を保っていた。
気絶していた方が本人にとって幸せだったかもしれないが、保っているものは保っているんだから仕方がない。
「がはぁっ! ごほっ!」
死にかけの彼の目の前には、一際大きな扉がそびえ立っていた。
もしかしたら出口に続いているかもしれない。
クレイグは激痛を堪えながら全身を引きずって、扉へ近づくと、扉は何もしていないのに自動的に開いた。
まばゆいい光が、クレイグの顔を照らす。
「やったぜ……出口だ……!」
嬉々として顔を上げるクレイグ。
しかし、彼の目前に広がっていたのは出口ではなかった。
「なんだよ……これ……」
その部屋の中にあったのは、整然と並んだ無数の透明な箱。
その中は赤い液体で満たされ、そして服を着ていない人間が目を閉じて液体に浸かっていた。
人間の顔はほとんど似通っていて、先ほどクレイグを襲った化け物――パメラとノエルによく似ていた。
「ひい、ひいいいいい!」
クレイグは悲鳴を上げてその場から逃げ出そうとするが、まだ傷が治っていないので上手く体を動かすことができない。
「どうなってやがんだよここはよおおおお!」
まるで人間を栽培しているかのような異常な光景に冒涜感を覚えたクレイグは思わずそう叫んだ。
「感心しませんね」
その時、背後から何者かの声が聞こえて来る。
振り返ると、そこにはザカリーの姿があった。
「ちゃんと牢屋の中に入っていなければいけませんよ。あなたにとっても、あそこが一番安全でしょうからね」
「だ、黙れ! ここは何だ! 何をする場所だ!」
「分かりませんか? 見ての通り、クローン……パメラとノエルの肉体を複製し、保管しておく場所ですよ」
「複製……だと……?」
「ええ。まだ完全とは程遠いですが、かなりオリジナルに近づきつつあります。後は寿命と……記憶の問題さえ解決できれば……」
ザカリーは矢継ぎ早にクレイグの理解の及ばないことを話し出す。
「意味が……わからねえぞ……なんでそんなことする必要がある……!」
それでもクレイグは、傷が治る時間を稼ぎのための質問をザカリーに投げかけた
「どうして……ですか」
ザカリーの表情が曇る。
「簡単な話です。死んでしまったパメラとノエルを再び蘇らせるためですよ。私なんかよりはるかに優秀で、優しくて、家族想いだったあの子達をね」
クレイグの脳裏を、先ほど遭遇した化け物の姿がよぎった。
「――気色悪いんだよ」
「…………はい?」
「ふざけるな……! こんなことしたって死んだ人間が生き返るわけねえだろ! てめぇが作ってんのは出来損ないの化け物じゃねえか!」
嫌悪感を露にしてザカリーを怒鳴りつけるクレイグ。
「……心外ですね」
「てめぇは人の命をなんだと思っていやがる!」
クレイグの言葉を聞いたザカリーは、驚き、呆れたような顔をして言った。
「それをあなたが言いますか……。どうやらあなたは、自分が悪い事をしたと自覚する知能すら持ち合わせていないみたいですね」
――言っている意味がまるでわからない。クレイグは更に怒りを募らせる。
「黙れ! てめぇのやってることは――」
「これ以上の対話は必要ありません」
突然、クレイグの視界がぼやけ、強烈な吐き気に襲われた。
「あなたはせいぜい、優秀な検体として役立ってください」
朦朧とする意識の中、クレイグが最後に聞いたのはそんな言葉だった。
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