46話 おにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさま

「それにしても、どうなってんだよここは。気味の悪いところだぜ」


 牢屋の中には、奇妙な人型の物体やおぞましい肉の塊のような何かが入っている。


 それらは、鉄格子をガシャガシャと揺らし、外へ出ようと暴れ回っていた。


 あまりの気味悪さに思わず身震いするクレイグ。


「こんな奴らと俺を同じ場所に入れようだなんて、完全にイカれてやがる」


 クレイグはぶつぶつとそんなことを言いながら歩みを進める。


 通路の最奥には頑丈そうな扉があった。


 クレイグはその扉を開けて迷宮の更に先へ進む。


 扉の先には、更に廊下が続いていた。


 廊下は薄暗く照らされ、左右に扉が並んでいる。


 床には瓦礫や器具が散乱しているため、気をつけて進まなければ危険そうだ。


「なんだここは?」


 眉をひそめながら、不気味に静まり返った通路へ踏み出すクレイグ。


 その瞬間、突然右側の扉が開いた。


「お……お……にい……さま……」


 中から何かが這い出して来て、クレイグを見つめる。


「なんでてめぇがここに!」


 ずるずると体を引きずりながら現れたのは、先ほどクレイグが気絶させ牢屋に投げ込んだはずのパメラだった。


 しかし、明らかに様子がおかしい。


 肌は死人のように真っ白で、本来目があるべき場所からは真っ黒な液体が流れだしている。


「……へっ、気味の悪い奴だとは思ってたが、ま、まさか本当に化け物だったとはな」


 クレイグはそう言って笑いながら武器を抜こうとするが、すでに回収されていたことに気が付いた。


「――くそっ!」


「……おにい……さま」


 丸腰のクレイグは、元居た牢屋の方へ引き返そうとする。


「なんでだよッ! なんで開かねえんだッ!」


 しかし、扉が固く閉ざされていて開けることができない。


「おにいさま」


 パメラはゆっくりとこちらへ這い寄ってくる。


「開けろ! 開けろおおおおおお!」


 錯乱し、何度も扉を蹴飛ばすが、作りが頑丈であるためびくともしない。


 気が付くと、パメラがクレイグの足首に縋り付いていた。


 その手はあまりにも冷たく、思わずクレイグの背筋が凍る。


「だ、黙れ……俺は悪くないぞ……!」


「おにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさま」


「黙れえええええええ!」


 クレイグは叫びながらパメラを振り払い、その場から逃げ出す。


「くそッ!」


 間近にあった扉を開け、中へ逃げ込んだ。


「……はぁ……はぁ……どうなってやがる……っ!」


 一息ついた次の瞬間、ばんばんと背後のドアが勢いよく叩かれた。


「おにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさま」


「やめろッ! 俺は違う!」


 必死に扉を抑えながら叫ぶクレイグ。しかし、扉を叩く音は一向に弱まる気配がない。


「おにいさま」


 その時、扉を押さえつけるクレイグの背後から、パメラのものとは別の声が聞こえてきた。


 ゆっくりと後ろを振り返ったクレイグの表情が絶望に染まる。


 彼の目の前に立っていたのは、生気のない顔色をしたノエルだった。


 その左腕は異常に肥大化し、臙脂えんじ色の肉塊と化している。


「おにいさま」


 怒りと悲しみが混ざりあった声がした。


 クレイグへ向けてゆっくりと近づいてくるノエル。


「なんだよそのなりは……いよいよ本格的に化け物じゃねえか……!」


 それがゆっくりと移動するたびに、ぐちゃぐちゃという音が漏れ聞こえてきた。


「へ、へへへっ、くははははッ!」


 正面と背後を挟まれたクレイグは、目を見開いて大声で笑い出す。


「この化け物どもがああああああああああ!」


 刹那、クレイグの両足がノエルの振り下ろした左腕によって押しつぶされる。


「あがあああああああああああああああッ! 足がッ、足がああああああああッ!」


 絶叫するクレイグ。


 苦痛にのたうち回るクレイグを、ノエルは捉えて離さない。


 彼の左腕からぶら下がった肉塊の先端が四つに分かれ、クレイグを足からずるずると飲み込み始めた。


「やめろっ! やめてくれええええええ!」


 次第に体を引きずられ、ノエルの左腕にジュルジュルと飲み込まれていくクレイグ。


 突然、腹部が生暖かい感触に包まれる。


「が……あ……?」


 ノエルの左腕が、腹部を突き破って飛び出していたのだ。


「ごほぉッ!」


 クレイグは口から血の塊を吐き出し、灼かれるような痛みに襲われる。


 ――痛い痛い痛い痛い!


 朦朧とする意識は、激痛によって無理やり覚醒させられる。


 その拍子に、押さえつけていた後ろのドアが開いてしまった。


 ノエルによって、体の半分を原型をとどめないほど掻きまわされたクレイグの背後にパメラが立つ。


「おにいさま」


 とても優しい声だった。


 上品な仕草で、白衣をたくし上げるパメラ。


 しかし、その下に足は存在せず、代わりに無数の触手がスカートのように蠢うごめいていた。


 触手の腹の部分には、鋭く尖った棘のようなものがいくつもあり、あれに捕まれば全身がバラバラになるであろうことは容易に想像できた。


「あ……たすけて……たすけ――」


 恐怖のあまり目から涙を流して命乞いをするクレイグ。


 パメラの伸ばした触手が、クレイグの首をねじ切り、腹から上を引きちぎって捕食した。


 こうして、クレイグは地獄のような苦痛を味わいながら、二人によって上半身と下半身を引き裂かれ飲み込まれた。 


「ち……がう……」


 しばらくして、ノエルがうわ言のように呟く。


「うぐぅっ!」


「うえええええええええええっ!」


 突然嘔吐えずいた二人によって、クレイグだったものが地面へぶちまけられた。


 それにもはやクレイグとしての面影はなく、誰が見ても得体の知れない肉片としか答えることができないだろう。


「どこ……」


「おにいさま」


「おにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさま」


「おにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさまおにいさま」


 残った二人は、悲しそうな声でお兄さまを探して部屋の奥の暗闇へと消えていった。


 最後に残ったのは、クレイグだったものの残骸。血と肉と、パメラとノエルの体液にまみれた断片。


 やがてそれらが、再び互いに結合を始める。

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