43話 真珠

「きっと、ロロって子があなた達の実力不足を全部カバーしていたのね!」


 あの女は、俺たちに対してそう言った。


――ふざけるな。


「あなた達は冒険者として失格よ?」


――黙れ。


黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!



「うるせえんだよおおおおおおおおおおッ!」


 クレイグの叫び声が虚しくこだまする。


 気がつくと、そこは牢屋の中だった。


 周囲には自分が入れられているものと同じ牢屋がいくつもあり、その中から呻き声や唸り声が聞こえてくる。


 通路を挟んで向かい側にある、クレイグから見てちょうど正面の牢屋の中では、無数の人間を無理やりくっつけたかのような肉の塊がうごめいていた。


「……さ……ザ……リ…………に…………ま」


 それは、悲しそうに何か言葉のような音を発し続けている。


「なんだよ……これ……!」


 その狂気に満ちた光景に、クレイグはたじろいだ。


 なぜこんな場所にいるのか、記憶がまったくない。


 壁や天井は、石のような硬い灰色の物質で構成され、鉄格子は硬く頑丈だ。


 脱出は不可能だろう。


 ところどころに付着した血のしみが、クレイグの不安をさらに掻き立てる。


「出せ……ここから……出してくれ!」


 しかし、彼の叫びに応えるものはいない。


 絶望し、冷たい床へ座り込むクレイグ。


 その時、遠くから足音が聞こえて来た。


 それが人であれば、ちょうど三人分の足音だ。


 歩幅からして大人一人に子どもか小人族が二人といったところだろうか。


 足音は次第に大きくなっていき、ちょうどクレイグの牢屋の前で止まった。


「お目覚めになったみたいですね」


 そこに立っていたのは、長い白髪をし丸眼鏡をかけた美青年。


 その口調には抑揚があまりなく、白衣に身を包んだその姿もあいまって、どこか無機質な印象を覚える。


 青年の両隣には、同じく白衣に身を包んだ、顔のそっくりな金髪の子どもが二人立っていた。


 あどけない顔つきだが、肌が白く非常に整っていて、まるで絵画に描かれた天使のような姿をしている。


「ここは……どこだ……! 答えろ!」


 クレイグがそう怒鳴ると、子どもは怯えて青年のすぐ後ろに隠れた。


「旧ミタ医院跡」


 冷淡な口調でそう答える青年。


「――――禁域じゃねえか……!」


「その通り。国からの許可がなければ、たとえ冒険者であっても足を踏み入れることができない迷宮。あなたは今、その禁域にいるのです」


「どうして……俺がそんな場所に……!」


「それはですね」


 突然、青年は格子越しに魔法を放った。


 眩く輝く光が、一瞬のうちにクレイグの左腕を通り抜ける。


「――――?」


 次の瞬間、クレイグの左腕は綺麗に切断された。


「ぐあああああああああああッ!」


 切断面から勢いよく血を吹き出しながらその場へ倒れ込むクレイグ。


「腕がッ! 腕がああああああああッ!」


 苦痛によって表情をゆがめ、のたうち回る。


「落ち着いてください」


「があああああああああッ!」


 しかし、その時奇妙なことが起こった。


 なんと、切り離されたはずの左腕が元通りにくっついてしまったのだ。


「あ……? へ……!?」


 まるで状況が理解できず、クレイグは息を切らして狼狽する。


 元通りになった左腕が正常に動くことに気付くと、悲鳴を上げて青年から遠ざかった。


「て、てめぇ! 俺の体に何しやがった!?」


 動揺し、目を血走らせながら叫ぶクレイグ。


 やがて背後にある壁にぶつかり動きを止める。


「私はまだ何もしていません。あなたの体でこのような異常が発見されたため、今からこちらで調べさせていただくことにしたのですよ」


「ふざけるな! 誰がそんなこと許可したぁ!」


 未だに馴染まない左腕を抑えて叫ぶクレイグ。


「私です。……そういえば自己紹介がまだでしたね」


 青年は白衣からペンダントを取り出してクレイグに見せる。


 それは鍵の形をしていて、透き通るような純白の真珠で作られていた。


「私の名前はザカリー。ザカリー・セルザム。全ての医院を取り仕切り、禁忌とされる死者蘇生に最も近い人間と目されるてんさ――」


真珠パールの……ザカリー……」


 自己紹介の途中でそう呟くクレイグ。


 ザカリーは眼鏡をかけ直して言った。


「ええ、その通り。ご存知のようで何より。説明の手間が省けました」


「ここから出せ!」


「…………とにかく、意識がはっきりしているようですから、すぐに実験に取りかかります。あなたの体に起きた異常の原因を解明することができれば、この国の医療技術は更に進歩いたしますのでぜひご協力ください」


「ふざけるんじゃねえぞ……てめぇ……!」


「私は準備をしますので、パメラとノエルは彼の問診をお願いしますね」


 両隣の二人は同時に「わかりました、ザカリーお兄さま」と返事をした。


「聞けよ!」


 クレイグの言葉を完全に無視してその場から立ち去るザカリー。


 残された二人の子どもは、クレイグが入れられている牢屋の前へ歩み出た。


「……なんだてめぇら」


「わたしはパメラ! パメラ・セルザムっていいます!」

「……ぼくはノエル。ノエル・セルザムといいます……」


 礼儀正しく、同時にちょこんとお辞儀をするパメラとノエル。


「うぜぇな……それは知ってんだよこのクソガキが!」


 クレイグはそう吐き捨てる。


「そ、そっちから聞いておいてひどいです!」

「あ、あんまりです……」


「……………………」


「え、えーと、それじゃあ今からいくつか質問をするのでちゃんと答えてください!」

「しっかり答えてください……」


「二回も言うな! てめぇは黙ってろ!」


「あうぅ…………」


 クレイグに怒鳴られたノエルは、怯えて引き下がった。


「あんなのの言うこと気にしちゃだめです!」


 パメラはすかさずノエルの背中をさすり、クレイグをにらみつける。


「……別に答えてやってもいいけどよ。怒鳴りすぎて声がでねぇんだ。もっと近づいてくれよ」


 クレイグは鉄格子から腕を出して、パメラを手招きした。


「答えてくれる気になったんですね! それじゃあ――」

「引っかかっちゃだめですパメラ……どう考えてもわなです……」


 まんまと騙され、鉄格子へ近づこうとしたパメラの服を引っ張って引き留めるノエル。


「――チッ」


 目論見が外れたクレイグは舌打ちをした。


「でも、どうしましょう。これではお兄さまのご期待にそえません!」

「こ、困りました……お兄さまなら、こんな時どうするのでしょうか……」


 どうやら、二人は「お兄さま」であるザカリーに全幅の信頼を寄せているらしい。


 そのことに気が付いたクレイグはにやりとほくそ笑んだ。

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