第四章 シルバーパーティ
42話 クレイグ
孤児院の裏手で、俺とロロは剣を模した木の棒を使って打ち合いをしている。
「はああああああッ!」
不意も打たず、俺に真っすぐ突進してくるロロ。
「とうっ!」
勢いはあるが、力が弱いので容易に打ち返すことができる。
あっさりと剣を弾き飛ばされたロロは、驚いたような顔をしてその場に座り込んだ。
「……また負けちゃった……やっぱりクレイグはすごいよ!」
ロロはそう言って笑った。負けたくせに、まるで自分が勝ったように嬉しそうだ。
「ロロ、お前は真っ正面からきすぎだぜ。ただでさえ体格差があるんだから、もっと隙をつかねぇと」
そうアドバイスする俺の声は、幼かった。
――これは……昔の記憶だ。俺が孤児院を出る前の、ずっと忘れていた記憶。
「……うん、やってみる!」
ロロは何度負けても立ち上がって挑んでくる。そして、負ける度に俺のことを褒めた。
「……またまた負け……やっぱり、クレイグには敵わないなよ」
「でも、ロロだってさっきよりいい感じに動けてたぜ。俺のアドバイスのおかげだな!」
「ほんと!? 僕は強くなれる……?」
期待のこもった眼差しで俺のことを見つめてくるロロ。
「ああ、もちろんだ!」
「ありがとう……クレイグ!」
ロロはにっこりと微笑んだ。
「強くなれよ、ロロ。俺は将来立派な冒険者になる。お前はそんな俺の右腕だ!」
「わかったよ、クレイグ! 僕がんばる!」
以前のロロは、素直で俺の言うことには何でも二つ返事で従った。
俺にとってあいつはかわいい弟分であり、あいつは俺のことをただひたすらに尊敬していた。
……いつからだっただろうか。ロロが俺に口答えするようになったのは。
*
「クレイグ! いくらなんでもこんなの無茶だよ!」
宿屋の一室で、俺とロロが話していた。
奴は、俺に何かを抗議している。
「何言ってんだロロ。パーティの昇格がかかってんだぞ? これを逃せば当分チャンスは回ってこねぇ」
「でも……それで死んじゃったら元も子もないよ……今回の依頼は僕たちが受けるには危険すぎると思うんだ……」
「てめぇは俺の強さを信用してねぇのか……?」
「ち、違うよクレイグ! でも、もう少しゆっくりでも――」
「うるせぇんだよッ!」
その時、俺は初めてロロのことを殴り飛ばした。
俺を賞賛している間は何も問題ない。
だが、俺に口答えをしてきた瞬間、奴のーーハーフリング特有のガキみてぇに高い声は、神経を逆撫でする非常に耳障りなものとなる。
「……うぅ……クレイグ……」
ロロは赤くなったほおを手で押さえ、怯えた目つきで俺を見る。
「いや、すまねぇなロロ。とにかく、今回の依頼は受ける。俺が全員守ってやるから安心しろ」
「…………わかったよ」
結局、その依頼でロロは重傷を負った。理由は奴が魔物の攻撃から俺をかばったことにあるが、そもそも俺はあの程度の攻撃なんとか出来たはずだ。
余計なことしやがって。
奴が夜な夜なうなされるようになったのはそれ以来だ。
その声が煩かったので、ロロには馬小屋で寝るよう命令した。
エリィは俺の言うことに賛成し、ミラは少しだけ反対したが、結局は何も言わなくなった。
俺は、ただ冒険者として成り上がることができればそれで良かったのだ。
役立たずは、せいぜい俺のストレス解消に役立ってくれればそれでいい。
*
それから、俺はムカつくことがあると理由をつけてロロを殴るようになった。
「やめてよ……クレイグっ……やめてっ」
鈍い音が響く。奴の右目の周りには、綺麗な青あざができている。
左目の見えないロロは、もう片方の目を失明することをひどく恐れた。
だからそこを狙う。
「あっ……うぐぅっ!」
胸ぐらを掴んで、何度も何度も、執拗に。
「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ!」
投げ捨てられたロロは、ガタガタと震えながら俺に必死に謝ってきた。
いい反応だ。殴りがいがある。
その時すでに、パーティ内でのロロの地位は地の底まで落ちていた。
理由は簡単で、俺が奴の無能なくずっぷりをミラやエリィに吹き込んだからである。
おそらく、この時点でミラも、エリィも、ロロは無能だとすっかり信じ込んでいただろう。
そして、俺自身もそう信じていた。パーティにとってあいつは、ろくに戦えない雑用である。
そして、俺にとってのあいつは、いくら殴っても問題のない喋る人形程度の認識だった。
*
ある時、俺は迷宮の攻略中にミスをした。地図をなくしてしまったのである。
仲間の命を脅かしかねない重大なミスだ。俺は、そのミスを奴になすりつけた。
無能は俺の尻拭いをするのがお似合いである。
連日俺に叱責され、殴られ続け、疲労困憊しきっている奴に、もはやまともな判断力は残っていなかった。
奴はそれを自分のミスだと信じ込み、俺たちに土下座をして謝罪した。
当然、命に関わるミスをしておいて土下座程度では済まされない。
俺は、クズを町外れにある廃墟の地下室まで連れて行き、そこで罰を与えた。
「ごめん……なさい……ゆるして……ください……」
クズはうずくまって、俺にただひたすら謝罪の言葉を言い続ける。
いい気味だ。俺はまず手始めに、うずくまるクズの脇腹を思いっきり蹴飛ばした。
体の小さいクズは勢いよく吹き飛び、近くの壁にぶつかる。
「あぐぅっ……うぅっ……!」
クズが苦しそうに呻き声を漏らしながら丸まっている。
うずくまる奴の腹を蹴飛ばすと、よく飛ぶので爽快だった。
罪悪感は全くない。
悪いのはこのクズで、俺はただそれをしつけているだけだ。
「てめぇは雑用すらできねぇのか?」
髪をひっつかんで無理やり顔を上げさせ、そう問いかける。
「げほっ…………でも……僕は確かにっ!」
「口答えすんなって言ってんだよッ!」
俺は剣を抜いて、その切っ先を奴の右目に突きつけた。
「ごめんなさいいいいいいいいいいいいいっ!」
「うるせぇ!」
奴の着ている服のフードに剣を突き刺し、壁に固定する。
そこから俺は、動けなくなったクズを気の済むまで殴り続けた。
「うぐっ、ごほっ、ごほぉっ」
奴の絶叫が地下室に響き渡る。
床には血が飛び散っていた。
*
初めは苦痛に泣き叫んでいたクズだったが、何度も罰を受けるうち、次第に何も反応しなくなった。
その代わりに、ただ悲しそうな目で俺を見てくるだけ。
それがかえって俺をイラつかせる。
気絶するまで殴り続け、今度は手足を踏み潰して叫ばせる、首を締めて窒息させる。
ミラが治療できる範囲で、思いつく限りのことは全てやった。
一通りやり切った時、奴は何をされても大した反応をしない、つまらないクズに成り下がっていた。
もうこいつにはストレス解消の役割すらないだろう。
もうすぐプラチナに昇格する俺たちのパーティに、ただの役立たずは必要ない。
そう考えた俺は、奴をパーティから追放した。
そしてそれから、全ての歯車が狂い始める。
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