40話 アンリエッタの胸の内
「すみませんでしたあああああああ!」
僕は女の人に全力で土下座をする。
「そ、そんなに謝らないでちょうだい? かえって私の胸が痛んでしまうわ」
女の人は胸のあたりを抑える。
「前方不注意でぶつかって、大切なお胸を痛めてしまいごめんなさいいいい!」
「意味が分からんぞ」
後ろにいるシフから何か言われた気がするが、今はそんなことどうでもいい。
「ごめんなさい……悪気はなかったんです……許してください……!」
とにかく僕は謝った。見ず知らずの女の人にそれだけ酷いことをしたのだ。
市中引き回しからの打首獄門を覚悟しなければならない。
さようなら、ノルン、シフ……。
「い、いえ、私は怒ってないわよ……?」
その人はとても慈悲深かった。
「とにかく顔を上げてちょうだい。――ロロくん」
「……え、何で僕の名前を……」
名を呼ばれ、僕は思わず顔を上げる。
「少し前にあなたの名前を耳にする機会があったのよ。それからずっと……探していたの。聞くところによると、あなたがロロくんらしいわね。やっと会うことができたわ!」
「そうだけど……どうして僕のことを……?」
その問いかけに対し、女の人は待ってましたと言わんばかりに胸を張る。
揺れる女の人の胸を見て、揺れる僕の胸の内。
……こんな状況だというのにまたくだらないことを考えてしまった。やはり僕はもうだめかもしれない。
「私は今、とある事情で優秀な冒険者を探しているの。それも、将来芽の出そうな若い子を……ね」
そう言って、女の人は僕の目をじっと見つめてくる。
「だとしたら……僕は違いま――」
女の人は目の前で屈み、僕の口に人差し指を当ててきた。
「それは今から私が判断するのよ、ロロくん。それから……」
そして、今度は後ろにいる二人へ目を向ける。
「えっと、私はノルン……です」
「余はシフじゃ」
「そう、よろしくね、ノルンちゃんとシフ……くん。私の名前はアンリエッタよ。――あなた達みんなにお話があるの」
そう言って微笑む女の人改めアンリエッタさん。
その長い金髪が風邪でなびく。
僕は恐る恐る立ち上がって問いかけた。
「あの……話って……なんですか?」
「そうねえ……」
アンリエッタさんは周囲をきょろきょろと見回す。
「ここで話すと邪魔になってしまうから、私についてきてちょうだい?」
「は……はい……」
一体僕たちはどこへ連れて行かれてしまうのだろうか。
いざとなったらノルンとシフの命だけは助けてもらえるようにお願いしよう。
僕は悲壮な覚悟を決めた。
*
「良い子のみんな、ちょっと大人でお洒落な冒険者の酒場『フォーチュンズバー』ミルヴァ支店へようこそ!」
「…………あれ?」
僕たちがアンリエッタさんに連れて来られたのは、冒険者の酒場だった。
しかも、ここには以前ノルンと二人で来たことがある。
確か、右目に傷のある自称ダンディーでイケメンなナイスミドルのマスターが経営する、やたらとメニューの名前が長いお店だ。
「あの……これは……どういう――」
「さあ、とにかく入ってちょうだい!」
そう言って僕たちの背中を軽く押して店の中へ案内するアンリエッタさん。
連れてこられたのは四人掛けの丸テーブルの前だ。
「よい店じゃ。センスあるのう」
のんきで生意気なことを言いながら、ちょこんと椅子に座るシフ。
僕とノルンも、その後に続く。
僕たち全員が座ったのを確認すると、アンリエッタさんも席に着き、にっこりと笑って言った。
「みんなお腹が空いているでしょう? 好きなものを頼んでいいわよ」
「余はこの、ヴァルア水牛のステーキ~カザス野菜と春の香りを添えて~とかいうふざけた名前の料理が食べてみたい!」
そう言ってシフは目を輝かせる。いくらなんでも言い過ぎだよ……。
「えっと、私は……このマスターの愛情たっぷり手ごねハンバーグ〜ヴァルア水牛のチーズを乗せて〜ってやつがいい……です……」
さらにノルンが続く。二人とも遠慮がないな……。
「ええ、わかったわ。ロロくんは何がいいかしら?」
「そんな、僕はいらな――」
そこまで言いかけて、不意にお腹が鳴る。
「あらあら、うふふ」
微笑むアンリエッタさん。
――もういっそ殺して。
「…………ノルンと……同じやつで……」
何だか最近ノルンに似てきた気がする……。
「それじゃあ、みんな注文は決まったわね」
――ここのメニューはいちいち名前が長い上に口に出すのが恥ずかしい。
おまけに、頑張って注文したらマスターはメニュー名を短縮する。
そんなひどい罠が仕掛けられているのだ。
「ご注文をどうぞ」
テーブルまでやって来たマスターが言う。
「ええと……」
だめだアンリエッタさん! 真面目にメニュー名を言ったら恥をかくだけだ!
僕は心の中でそう叫ぶ。
「これとこれとそれからこれを二つお願い。後はお水を四つね」
「かしこまりました」
詠唱破棄……だと……?
もしかして、このお店のメニュー真面目に読み上げて注文したのって僕だけ……?
……もういい、そのことについて深く考えるのはやめよう。
そんなことより、今はアンリエッタさんに話を聞かなければいけない。
「……あの、アンリエッタさん」
「あら、どうしたのかしら?」
「さっき言ってた話って……何ですか……?」
「そう! その話をするんだったわね! すっかり忘れていたわ! ありがとう、ロロくん!」
アンリエッタさんは手をぽん、と叩いた。
「は、はい……」
もしかしてこの人……天然なのかな……?
「ロロくん、あなたには私と一緒にパーティを組んで欲しいの」
「…………え?」
僕は自分の耳を疑った。
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