39話 柔らかなるもの

「うーん……」


 朝だ。朝がやってきた。


 だけど、昨日はなんだか眠れた気がしなかった。


 ノルンとシフが頬っぺたをくっつけてきたところまでは覚えてるんだけど、そのあとぷつんと記憶が途切れている。


 ひょっとして、僕は寝たのではなく気を失ったのではないだろうか。


 とりあえず、ベッドから起き上がろう。


「…………ノルン……シフ……どうやって寝たらそんなことになるの……?」


 ノルンとシフは、僕の腕にぐるぐるにまとわりついて寝ていた。


 体勢は凄いことになっているのに、寝ている顔は穏やかである。


「二人とも……朝だよ、起きて」


「う……ん……」


 最初に起き上がったのはノルンだった。


「ふあぁ…………」


 ノルンは大きな欠伸をして体を伸ばした後、僕の方を見て微笑む。


「……おはよぉ、ロロ…」


 目は半開きで、若干ろれつがまわっていない。


「お、おはよう」


 どうやら、ノルンはまだ寝ぼけているようだ。


起きたのに一向に僕から離れようとする気配がない。


 おまけに、そんなに至近距離で見つめられると恥ずかしい……。


 僕は思わず反対方向に目を逸らした。


 ノルンは、そんな僕に抱きついてほっぺたをくっつけてくる。


「お、お願いだから目を覚ましてよ……」


わらしはらいじょうぶわたしはだいじょうぶらよぉだよ!、ロロ!」


 ノルンはしばらくだめそうだ。


「……ほら、シフも起きて」


 とりあえず、ノルンのことは諦めてシフを起こすことにする。


「……むにゃ、むにゃ……根絶やしに……してくれよう……くらえー……」


 シフは僕の腕と格闘していた。


「いきなり怖い寝言いわないでよ……」


「ーーっは? ここは一体どこじゃ?」


 突然目覚めて周囲をきょろきょろと見回すシフ。


「宿屋だよ……昨日のことはちゃんと覚えてる?」


「……お、おお、ロロ! いかにも、お主とノルンのことはしっかり覚えておるぞ」


 そう言って、シフまで僕に抱きついてきた。


「余の命の恩人にして、初めてできた友だちじゃ」


「な、なんですぐそうやって抱きついてくるのっ! は、恥ずかしいからやめてよ……!」


「お主からは安心する匂いがするのじゃ、おまけに柔らかくて暖かいから抱き心地が大層よい」


「なにそれ……」


 困惑する僕。


 だけど、シフの表情は真剣そのものだった。


「それにのう、ロロ。お主からは消えてなくなってしまいそうな危うさを感じるのじゃ。だからこうして捕まえておる」


「意味がわからないよ……」


「わからなくてもよい」


 シフはそれっきり黙って、僕の肩に頭を乗っけた。


 髪がさらさらでいい匂いがする。


「う、動けない……」


 結局、二人を起こしても当分ここから動けそうにない。


 だけど、正直なところ悪い気分はしなかった。


 二人して僕にべったりくっついてくるのは恥ずかしいけど、少なくとも、怒鳴られたり殴られたり、蹴られたり罵倒されたりするよりはずっといい。


「ありがとう……」


 僕は、二人に向けてぼそりと小さな声で呟いた。


 その後、僕は雰囲気に流されて二度寝した。



「もう昼じゃん」


 結局、ちゃんと起きて宿屋を後にしたのは昼になってからだった。


「ごめんね……ロロ……気持ちよかったからつい……」


 ノルンはばつが悪そうに目を伏せ、人差し指をくっつけながら謝ってくる。


「いや、別に怒ってるわけじゃないよ。けど……」


「余のおかげでたくさん寝ることができたのう!」


「シフは少し反省して」


「……すまん」


 とにかく、人員が増えたのでますますお金を稼がなくてはいけない。


 本来であれば、のんきに寝ている暇などないのである。


 僕がもっと優秀なやつだったら、二人に楽をさせてあげられるんだけど……。


「とにかく、今日も冒険者ギルドで依頼を探そう!」


 しかし、あまり卑屈になっていても始まらない。


 僕は二人を心配させないように、自身を鼓舞した。


 ――三人もいればやれることも増える。


 話によると、シフには治癒魔法と風の魔法が使えるらしいので、ノルンと僕が全衛、シフが後衛になればバランスも良いだろう。


 僕たちは宿屋を後にし、冒険者ギルドへ向かう。


「ほう、ここが冒険者ギルドか……」


「シフも一応ペンダントを持ってるんでしょ? 何か思い出せない?」


「いや、まったくじゃな」


 シフは首を振った。


「中を見たら何か思い出すかも?」とノルン。


「まあ、それもそうだね」


 僕は冒険者ギルドの扉を開けて、二人の方へ振り返る。


「とにかく入ってみようか」


 そう言いながら中へ一歩踏み込んだその時だった。


――ぽすっ。


「………………?」


突然、視界が真っ暗になり、周囲が甘い香水の香りで満たされる。


なんだか柔らかくて気持ちがいい。まるで、シフとノルンにほっぺたをくっつけられたみたいだ。


「あらあら」


 突然、声が響いてきた。僕はそのまま、何かに頭を撫で回される。


「ロロ…………っ!」


 ちょっとだけ怒っているようなノルンの声。


「余と代わって欲しい」


 シフはわけのわからないことを言っている。


「…………うん?」


 状況がわからない僕は両手で周囲を探ってみる。


 すると、何かとても柔らかいものが掴めた。どうやら僕はこれに挟まれているらしい。


 ということは、後ろに下がればいいのか。


 僕が一歩後ろに下がると、目の前には大きな胸があった。


「…………あ」


 僕はだんだんと自分のしたことを理解し始める。


 ゆっくりと顔をあげると、髪の長い女の人が、微笑みながら僕の頭を撫でていた。


「うふふ、ごめんなさいね」


 つまり、僕はこの人の胸に顔面から突っこんだと言うことになる。


 おまけに、僕の両手は現在この人の胸にがっつり触っている。


 そう理解した途端、僕は急激に青ざめる。


 それから、破廉恥はれんちだったので急激に赤くなった。

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