38話 葛藤

「えっ? えっ?」


「何を驚いておる?」


 不思議そうに僕の顔を見るシフ。


 僕は突然知らされた衝撃の事実を前にして、頭の理解が追いつかない。


「ノ、ノルンは知ってたの……?」


「知ってるも何も……匂いでわかるもん」


「匂いで!?」


 さらに加えて、ノルンは鼻が利くという衝撃の事実まで発覚してしまった。


 僕は完全に思考を停止し、その場で立ち尽くす。


 ノルンとシフを交互に見比べてみるが、やはりどちらも女の子にしか見えない。


「あの……お客様……ご宿泊でしょうか?」


 そうこうしているうちに、とうとう痺れを切らした宿屋の主人。


「そうじゃよ」


「えっと……一部屋で……お願いします……」


 僕が放心している間に、二人が勝手に手続きを済ませてしまった。


 主人はいぶかし気な表情をしながらも、僕たちを部屋まで案内してくれる。


 部屋の中にあるのは、やや大きめのベッド一つと、ランプがのった小さな丸テーブルが一つ。


 加えて、窓も一つだ。窓からは夕陽が差し込んでいる。


「流石に三人でこのベッドは……狭いんじゃない……?」


 僕は二人に抗議した。


「みんなちっこいから大丈夫じゃ」


「私は……ロロと一緒の方が安心するし……」


 しかし、まるで取り合ってくれない。


 おまけに、シフが増えたことにより、さらに僕の分が悪くなってしまた。


 その時、再びノルンのお腹が鳴る。音が小さかったのでシフは気づいていないようだが僕には、はっきりと聞こえた。


「そ、そんなことより……私……お腹が……空いた……」


 ノルンは、顔を赤らめながら恥ずかしそうに呟く。


「……そうだね」




 その日、僕たちが食べたのはパンとシチューだった。


「余も……食べて良いのか?」


「もちろんだよ」


 僕にそう言われたシフは、嬉しそうにシチューをかきこむ。


 ……ノルンだけでなく、シフも大食いだった。


 これから食費がかさみそうだなぁ……。


 *


 夕食を食べ終わった後は、お風呂だ。


 冒険者にとって、一日の汗を流せるこの時間は至福のひと時……なんだけど、今日は隣にシフが居る。


「シフは……本当にこっちに入るの……?」


「当然じゃ! 裸一貫の付き合いといこうではないかロロ!」


 そう言って笑いながら、無遠慮に服を脱ぎ始めるシフ。


「うわぁっ!」


 僕は思わず目を覆う。


 ……結論として、確かにシフは男の子だった。


 でもやっぱりどこか納得いかない。


 僕は一人湯船に浸かりながら悶々とする。


「何を恥ずかしがっておる。せっかくじゃ、仲良く語らおうではないか……!」


 すると、顔を赤くして気持ちよさそうに目をとろんとさせたシフが、僕の隣にやってきた。


 ……やっぱりかわいい。


 くそっ、僕は一体何を考えているんだ! 頭を冷やせ!


 僕はシフから顔を背けて、湯船に深くつかる。


 しかし、頭は冷えるどころか、かえって暑くなった。


「なんじゃ、つれないのう」


 シフはいじけながら、僕の背中を人差し指でなぞり始める。


「ひゃうっ!」


「なんじゃ、くすぐったいのか?」


 一体何を考えているんだ!


「や、やめ――」


 振り返って止めさせようとしたその時、首筋にシフの息が吹きかかる。


「ひぃっ!」


「どうしたんじゃ? おかしな声を出して?」


 シフはそう言ってくすくすと愉快そうに笑った。


「わ、わざとやってるでしょっ!」


「さあ? 何のことやら」


「僕、もう上がる!」


 そう言って、僕は湯船から外に出た。


「まあまあ、少し待つんじゃ。まだ体を流していないじゃろう? 余が流してやろう。ほれ、そこへ座れ」


  シフは、上がろうとした僕の腕を掴み、不敵にほほ笑む。


「あ…………」


 その瞬間、僕はのぼせて倒れた。


 大きな音を立てて、水しぶきが上がる。


「お、おい! ロロ! ロ……ロ……」


 シフの声が遠い。僕はそのまま意識を失う。


 *


 次目覚めたとき、僕はベッドの上に寝かされていた。


 頭の上には濡れたタオルが乗せられている。


 どうやら、のぼせてしまったらしい。


 …………主にシフのせいで。


「ふぅ…………」


 僕は深呼吸をし、そして――


「――――――っ!?」


 右隣にはノルンが、そして左隣にはシフが、それぞれ心地良さそうに眠っていることに気が付いた。


「………………」


 どうしよう。やっぱり寝れないよこれ……!


「あ、あの、二人とも……? やっぱり僕は馬小屋でーー」


 僕が耐えかねて起き上がろうとしたその時、ノルンが抱きついて阻止してきた。


「ノ、ノルン!?」


「……ロロ……ずっと……いっしょ……」


 どうやら、寝ぼけているらしい。僕は、ノルンの柔らかい腕に包まれ身動きがとれなくなってしまった。


 体が火照り、顔が熱くなっていくのがわかる。


 ただでさえのぼせて倒れたばかりだというのに、こんなことをされては死んでしまう。


「く、苦しいよ……ノルン……」


 さらに追い討ちをかけるかのようにシフまで僕に抱きついてくる。


「一人ぼっちは……いやじゃ……」


 目の端に涙を浮かべて、うわ言を呟くシフ。


 花の蜜のような甘い匂いがした。……ノルンは匂いで性別がわかったとか言ってたけど、僕には全然わからない。


「……シフは一人ぼっち……じゃないよ」


 だからちょっとだけ離れて欲しい。


 両側から抱きつかれると僕が眠れないから。


 しかし、僕のそんな願いも虚しく、二人はさらに近づいてくる。


「ちょ、ちょっと……!」


 さらに、ノルンとシフは僕に頬ずりを始めた。


「ロロのほっぺ、柔らかい……」


「もちもちじゃ……」


 誰か助けて。


 僕は恥ずかしさのあまり顔から火を吹いた。


 二人のほっぺはとても柔らかく、僕は気持ちよさのあまり理性を失ってしまいそうになる。


「お願いだから……もう離れてっ!」


 柔らかくて気持ちがいい。このままこれをされ続けたら、くせになってしまいそうだ。


「ぐぅっ――――――!」


 ――もう耐えられない!


「――――――あっ」


 僕は二人のほっぺたに押しつぶされて埋もれた。

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