36話 記憶喪失
女の子は僕をじっと見つめ、自分が何者なのかという問いに対する答えを求める。
しかし、そんなことを聞かれても僕には答えられない。
だって今見つけたばっかだもん。
「のうのう、なぜ黙っておるんじゃ? 余が何者なのかわからんのか少年?」
黙り込んでしまった僕の肩を、人差し指でつんつんしながら何度も問いかけてくる女の子。
「たった今倒れている君を見つけたばっかだから……わからないよ」
「そうか……それでは、そちらの少女は何か知らぬか?」
そう言って、ノルンの方を向く女の子。
「私もロロと一緒だから……わからない……」
僕にわからないのだから、当然ノルンも答えられない。
「そうか……」
女の子は僕たちが何も知らないとわかって、がくりと肩を落とした。
気まずい沈黙の時間が流れる。
……どうしたらいいんだろう、この状況。
「本当に何も思い出せない……? せめて名前とか……何か思い出す手掛かりになりそうな物とか持ってないかな?」
とりあえず、いくつか提案をしてみる。
僕の言葉を聞いた女の子は、自分の服を探り始めた。
「……お、でかした少年。何かあるぞ……!」
すると、ポケットの中から冒険者のペンダントが出てきた。
――シルバーランクのものだ。
冒険者だったということだろうか?
女の子は、ペンダントの裏側を眺めてさらに続ける。
「おお、裏に名前らしき物が書かれておるぞ。……えーと、なになに……シ……ル……フィー。なるほど、余の名はシルフィーというらしい。長いからシフとでも呼んでくれ。そのほうが親しみやすいじゃろう?」
別に……略すような長さの名前じゃないと思うけど……。
僕はそう思ったが、ノルンが頷いて「よろしくね、シフ」と言ったので言い出せなかった。
「あと、もう一つだけ分かったことがあるぞ。少年の名前はロロ、少女の名前はノルンじゃ!」
そう言って笑いながら、シルフィーもといシフはペンダントを首にかけた。
「う、うん、よろしく。……とりあえず、細かいことは迷宮の外に出てから考えようか」
僕がそう言うと、シフは真剣な顔つきになる。
「迷宮? ここは迷宮の中なのか……?」
「そうだけど……それがどうかしたの?」
「そうじゃ……思い出した……余は……奴らから逃げて……必死でここへ……!」
頭を抱えてそんなことを呟くシフ。その時、ノルンが叫んだ。
「ロロ……! 何か来る!」
ノルンは武器を構えて泉の方を警戒している。
次の瞬間、水しぶきが上がり、泉から何かが飛び出してきた。
「……なんだァ? ガキが増えたぞ?」
泉から姿を現した男が、僕たちの姿を見て言う。
鎧を身に着け、大剣を持った冒険者の男だ。
さらにその男の後に続いて、三人の冒険者が泉の中から這い出して来る。
持っている武器はそれぞれ弓、槍、杖だ。
前衛二人、後衛二人といったところだろうか。
パーティの編成としては一般的である。
しかし、不思議なことに全員ペンダントを身に着けていなかった。
ペンダントをつけていない冒険者がいたとしたら、二つの場合が考えられる。
一つは探索の途中で紛失した場合。
もう一つは――
「闇ギルド……!」
「何だ……小僧? 少しは詳しいみてぇだな? ……ああ、カタギの冒険者か。そりゃそうだ。ただのガキがこんな場所にいるはずねぇ」
直接遭遇したのは初めてだが、話には聞いたことがある。
普通のギルドには登録できないような犯罪者達が所属し、迷宮ないで他の冒険者の戦利品を掠奪する集団。
それが闇ギルドだ。
僕はダガーを取り出して構える。
「おいおい、そんな怖い目で見るなよ」
大剣を持った男はそう言ってニタニタと笑った。
「大人しく後ろにいる羽の生えたガキを渡せ。そうすれば貴様らには何もしない」
男の背後に居た仲間の一人が、僕たちに向けて言った。
シフは震えて僕とノルンの後ろに隠れる。
よほど恐ろしい目にあったのだろう。シフはひどく怯えていた。
「シフを捕まえて、どうするつもり……?」
ノルンの問いかけに対し、男は嬉々として答える。
「高値で売るんだよ。見たことねぇ珍しい種族だからなぁ……その後は、裏オークションで取引されて物好きな貴族のおもちゃにでもされるんじゃねぇか? 魔獣と戦わせるなり、剥製にするなりしてさぁ。……あ、顔が良いから――」
そこまで話して、男は仲間に「喋りすぎだ」と止められた。
よほど話し好きと見える。
その話を聞いたシフは、より一層怯えた。
「い、嫌じゃ……たす……けて……!」
そう言って、僕の着ている服の
「余計なことまでぺらぺらと……!」
「さあ、どうすんだ?」
……わざわざそんな話をして、大人しくシフのことを渡すと思っているのだろうか。
「ロロ」
隣にいるノルンから、激しい怒りを感じる。
奴隷だったノルンには、思うところがあるのだろう。
「……別にいいよ。今あったばかりだし、助ける義理もない」
ノルンとシフは、僕の言ったことに驚き、言葉を失う。
二人にとって、僕の言ったことはあまりにも唐突で、おかしかったらしい。
男は、その答えを聞いて、下卑た笑みを浮かべる。
「そうか。それじゃあそいつを――」
油断し構えを解いた男の脳天目掛けて、僕は右手に持っていたダガーを投げた。
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